汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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4月13日はタキオンの誕生日です。おめでとう。という訳で長めにしましたが、残念ながら今回の主軸はトレーナーです。

ところでタキオンちょろくね? と思っている方もいると思います。
しかし冷静に考えてほしい。プランA断念→プランB→トレーナーに言われプランAの流れは、クラシック級6月後半の出来事です。長く見積もっても1年半。
ちょろくね?


第13話

 無事にデビューを終えた夜、トレーナー室で作戦会議を行っていた。議題は次の目標だ。

 

「ホープフルステークスだ。構わないね」

「……そう言うと思ったから調べてある。他の出走メンバー次第なところもあるが、ホープフルステークスには出られるだろう。ただ不安ならGⅢないしGⅡに出て、賞金稼ぎを行う必要があるが――」

「嫌だ。万一出られなかった場合は弥生賞だ。そこから皐月賞。いいね?」

 

 タキオンは名のある、強いウマ娘が出走するレースに出たがっている。その裏返しとして、OP戦なんかにはまったく興味を示していない。地方なんか論外だろう。

 

「まあ、それでいいよ。ところでこれからのトレーニング方針なんだが」

「基礎だ。何せまだ私の脚の補強が終わっていない」

「構わないが、何か俺にできることはあるか」

「……おかしいな。私は実験を行ってはいないはずなんだがねえ」

 

 タキオンは怪訝な顔をした。

 

「俺が献身的なのが気持ち悪いか?」

「いや、別にそこまでは――」

「今日、相当手抜いて走っただろ」

「……いかにも。それで?」

「本気で走ってほしいんだよ。それで、どれくらい速いのか俺に見せてくれ」

 

 彼女は少し俯いた。畳みかけるように、逸らされた目を見つめた。

 

「そうできない事情があるのはわかってる。だから、それをなくす手伝いをしたいんだ」

「……そうか。好きにすると良い」

 

 ぶっきらぼうな言い方だが、怒ってはいないようだ。憎まれ口の一つも言わないのは、彼女なりに悩んでいるのだろう。

 タキオンの脚の脆さは俺の想像以上に深刻なようだ。検査結果やデータは見た事があるが、そういえば触診はしていなかったな。

 

「タキオン。脚触ってもいいか?」

「さわっ……!? 君、いきなり何を言いだすんだ!」

「触診って奴だ。医師免許はないが、これでもちゃんと勉強はしたんだぞ」

「……良いだろう」

 

 屈みこんで、座った状態のタキオンのジャージにそっと手を付ける。尻尾が揺れたのが視界の端に映った。

 足首の辺りから少しずつまくり上げていき、膝のところで止めた。物凄く緊張するのはなぜか。ウマ娘という容姿端麗な存在だからだろうか。タキオンの脚は真っ白で、軽く押すと弾き返された。その調子で何か所か触っていく。ふくらはぎから足首へ。靴下と靴を脱がして触っていくと、アキレス腱の辺りに違和感を覚えた。

 

「……んー? 何かがおかしい気がするが、何がおかしいのかわからない」

「……驚いたな」

 

 タキオンの声が聞こえ、顔を上げた。耳がピンと立っていて、目が見開かれている。

 

「私は”足が悪い”と言っただけだ。部位まで特定できるとはね」

「ウマ娘の怪我と言ったら、だいたいここだろ。骨に異常がないのはレントゲンとかでわかるしな」

「何かわかったことは?」

 

 そのまま足首の辺りを触っていく。ほんのわずかにだが、熱を持っているような気がした。普段からトレーニング後にアイシングはしているが、今日はもう少し念入りに行った方が良いかもしれない。

 

「とりあえず冷やそうか。さっきも冷やしたけど、まだ少し熱い気がするんだ」

「そうかな。まあ、そういうなら従おう」

「あとマッサージをしてやろう。泣いて喜んでくれ」

「ありがとう。ところで、涙が止まらなくなる薬品γならある。オススメだ」

 

 妙に意地を張ってしまうというか、タキオン相手に素直に親切にするのは難しい。お互い素直に感謝はできるのだが、その後に何かしら付け加えてしまう。

 

「保健室に行くぞ。ベッドもあるし、その方が楽だろ。実験がしたいからって逃げるなよ」

「逃げはしないさ。なんだか研究という気分になれなくてね……」

 

 タキオンが研究意欲を失っている。異常事態だ。

 もしかしたら風邪、いや熱発と言うべきか? 体調が悪いのかもしれない。

 

「寮長には俺の方から連絡しておく。栗東寮長はフジキセキで良かったよな」

「そんなにかかるのかい? まあ……任せるよ」

 

 明らかに気怠そうだ。脚の状態が悪化して、気力が引き摺られているのかもしれない。

 気休めかもしれないが、念入りに処置を行った。風邪ではなさそうなのが唯一の救いか。寮長に連絡を入れると、怒られるかと思ったが逆に心配された。ギリギリ日付が変わる前には寮に帰したが、終始調子が悪そうだった。

 メイクデビュー、手を抜いて走ってこの状態か。先が思いやられた。

 

 

 

 ジュニア級、9月前半。デビュー戦から2か月ほどウマ娘はトレーニングをせず、トレーナーばかりが鍛えてきた。何かがおかしい。俺たちは何をしていたんだ?

 思い浮かぶ光景は主に三日月に彩られていた。皇帝の補助と帝王のお守り。幸いにして皇帝は復活し、ジャパンカップで復活戦を行うらしい。テイオーにはタキオン的に何か感じる物があるらしい。甘いものに目がないテイオーはタキオンによって容易く懐柔され、時折実験に付き合っていた。モルモット捕獲成功、研究も上手くいっているらしい。

 

 しかし皇帝の支援という名の研究、テイオーへの実験という名の研究、そしてプランA……究極的にはすべて”タキオンの脚を強化する”に行きつくとはいえ、すべてを並列させるには時間的問題があった。

 その結果がこれだ。7月8月のトレーニング時間、何とゼロだ。調子は上向きになったがいかんせんこの出遅れは痛い。上の世代が夏合宿をする間、我々は夏休みを楽しんでいたのだ。

 体調最優先とはいえ、さすがにそろそろ動かないとまずい。

 

 そういうわけで、タキオンをトレーニングに連れて行こうとしたのだが……。

 

「やーだー。私は怪我人だー」

「もう治ってるからな? 検査だってしたし、だいたいこの間”もう体調は万全だからねぇ”とか言ってたじゃないか」

「いやー……それはだねぇー」

「わかった、じゃあ脚に負荷のかからない上半身のトレーニングからやっていこう。さ、いくぞ」

「私にものっぴきならない事情が――」

「そうか。脚がまずいのか?」

「それならちゃんと言うさ」

 

 少し嬉しい言葉だった。しかし打算が見え見えだ。

 

「で、なんでだ?」

「あの二人から取れた新鮮なデータが私を待っている! 君ならわかるだろう私の苦しみが!」

 

 残念だが苦しくてもやらなくてはならないこともある。例えば俺のトレーナー業なんかもそうだ。金のためにやっているが、今のところは結構楽しくできている。

 

「辛くてもそのうち楽しくなるかもしれないだろ」

「嫌だね!」

「わかった、じゃあ俺と併走しよう。それなら研究のついでにトレーニングになる」

「研究? ……ああ、デビュー後の。あったね、そんな話」

 

 タキオンは抵抗をやめた。好奇心には抗えないようだ。

 

 

 

 数日前から予約しておいた芝コースには誰もいない。良かった、無法者はいないようだ。これなら誰にも邪魔されずに実験が――。

 

「おーい! タキオーン!」

「おや、この声は……」

「テイオー! 今からちょっと併走するから、用があるなら手短に頼む!」

「わかったー!」

 

 テイオーは素早く近寄ってきて、勝ち気に笑った。

 

「併走するならボクも混ぜてよ。何となく来たら面白そうな話してたからさ~」

「うーん……ちょっと待ってもらってもいいか。俺の実験も兼ねてるからさ、全力で走られると困る」

「えー、ボクだって手加減くらいできるよー」

 

 不安だが、ここで認めないと拗ねてしまいそうだ。

 

「わかった。5割くらいで頼むぞ」

「うん! ねねタキオン、これ終わったら――」

「状況による。トレーナー君、準備をしたまえ」

「手伝えよ……やるけど」

 

 トレーナーの仕事だから仕方ない。コース脇に置かれていた簡易ゴール板を運びながら、ウォーミングアップをする二人に声を掛けた。

 

「距離は2000だ。正直俺には厳しいんだが、トレーニングだからな」

「タキオン、ホープフルステークス出るんだよね!」

「ああ。検証のためにはさらなるデータが必要不可欠だからねえ」

 

 そう言ったタキオンの瞳は、いささか狂気に満ちていた。

 爛々と輝く瞳から顔を背けつつ、テイオーは顔を引きつらせた。

 

「そうなんだー……あははー……ト、トレーナー! どう!? 準備できた!?」

「すまん、もうちょい」

「そうか。それではテイオー君、少し――」

「遅いよトレーナー! よーし、ボクが手伝ってあげる!」

「……まあいい、どちらに転んでも損はない。では私は計測機器のセットを……」

 

 この謎の分業が功を奏し、少しだけ早く準備が整った。さすがにゲートはないし見てくれる人もいないので、コインを投げて合図にする。

 

「誰が投げる?」

「ボク投げたい!」

「じゃあそういうことで。もっかい言っておくけどな、頼むから手加減してくれよ?」

「君に合わせよう。つまり、モルモット君の速度次第でトレーニングにはならないわけだ。わかるね? 私は悪くない」

 

 せめて本気の半分は引き出せないと、研究の成果が出たとは言えない。あとタキオンがサボってしまう。

 テイオーが大きくコインを振りかぶった。

 

「いっくよー! それ!」

 

 今まで幾度となく見てきたように、始めて大地を蹴って飛び出した。

 

 

 

 ウマ娘を超える前に、並ばなくてはならない。そのためには? 模倣するのが一番だ。しかし肉体の構造だけでは説明がつかない部分での圧倒的な差がある以上、外見的な模倣には限界がある。

 

 故に内部の肉体を模倣する。普通の体質改善でどうにかできる物ではないので、タキオンの流儀には反するが薬にはガンガン頼っている。薬品をさらに改良してドーピング以外での方法での強化を求めるタキオンの、一歩前段階の成果を利用するわけだ。言い換えれば俺が基礎を作り、彼女が発展させる。だからこそ――。

 

「何っ……」

 

 タキオンの知らない技術、タキオンのできない方法で、俺は肉体を強化できる!

 これがウマ娘の見る世界! あまりにも速く脚を動かしていて、肉体がバラバラになりそうだ。最初のコーナーを曲がったところで、遠心力で吹き飛ばされるかと思った。

 

 浮かぶのは恐怖だ。しかしそう思えば脚は自然と止まってしまう。そこで脳の神経系にちょこーっと作用する薬品を投与し、”止まれない”ようにする。脳の感覚を裏切って、理論上の数値を信じる。まだ大丈夫。まだ壊れない。ならば――

 

「もっと速く! もっと! もっとだ!」

「君は本当に興味深いねえ。狂っているよ」

 

 調子に乗っていたのだろう。

 左隣から呆れたような声が聞こえて、冷や水を浴びせられた気分だった。タキオンは少し息を弾ませながらも、問題なくついてきている。溜息をつきたい気分だった。

 

「置き去りに出来たかと思ったんだがな」

「まさか。今4割くらいかな」

 

 時速換算すれば人間のトップレベルか。なるほど、速くも遅い。

 

「トレーナー、速いんだね!」

 

 テイオーも少し経って、右隣りに並んできた。彼女は加速の際に一瞬だけ溜めが入るようだ。

 この速度で走りながら喋れるのは、自分の心肺能力が強化されている証左か。

 

「タキオン、外見的に見て俺に異常はあるか?」

「極度の興奮状態にあることは間違いない。それ以外は特に」

「じゃあもっと速度を上げるぞ!」

「……危険と判断すれば制止する。従いたまえ」

「わかった!」

「むっ、負けないよーっ」

 

 テイオーを真似して、少し強く踏み込んでから加速するがうまくいかない。俺には難しいようだ。

 速度に興奮する一方で、どこか冷めた自分もいた。あれだけ研究してこんなものかと。タキオンもテイオーも息一つ乱していない。もし彼女たちが息を乱していたらそれはそれで問題なのだが、素直に喜べない自分がいた。

 

 向こう正面に入って限界速度が訪れた。これ以上加速すれば、万一の時は身体が文字通り木っ端みじんに砕けるだろう。だが限界を超えるには、限界に挑まなくてはならない。唯一わかっていることは、”万一”が起こればウマ娘以上にひどいことになる未来図だけだ。

 

 でも、耐久力が持たないだけなんだ。加速自体はできるんだ。危ないスイッチを押しかけた時、いつになく強い調子の声が聞こえた。

 

「やめたまえ、モルモット君。それ以上は君が持たない。ここが理論上の限界値だ」

「トレーナー? ボクよくわかんないけど、無理しちゃだめだよ。無理はレース本番でしなきゃ」

 

 ……そうだな、研究を続ければもっと速くなれるはずだ。まだ終わるべきじゃない。

 加速を止め、現状安全なトップスピードのままで走っていった。もちろん転んだら致命傷だが、制御はできている。

 しかし1400mに差し掛かった時点で、まるで海に沈められたかと錯覚した。頭を蹴られているような片頭痛に襲われ、倒れ込みそうになったのを必死に立て直した。今にも吐きそうだ。急激な失速に二人が慌てて振り向いたところで、消えかけの酸素を振り絞る。これだけは言わなくてはならない。

 

「先に行け。あとから行く」

「トレーナー!」

 

 テイオーが表情を歪めて叫んだ。タキオンは渋面を浮かべた後、覚悟を決めた表情を浮かべた。

 

「ふぅン。テイオー君、勝負といこう。残り600m、3ハロン。我々が代わりに”果て”を見せてやろう」

「……負けないよ!」

 

 そうだ。それでいい。俺が追い付くには、まだ二人は速すぎる。

 呼吸を整えながら失速する俺と反対に二人はどんどん加速して、弾丸のようにゴール板を駆け抜けた。そこから先はわからない。ジョギングにも劣る速度でゴール板の脇を通ったところで、タキオンが俺の下に潜り込んだのは覚えている。

 

「やれやれ。手間のかかるモルモットだ」

「悪い。手間かけさせた」

「なぁに、良い物が見れた分のお代さ。君は間違いなくあの瞬間、ウマ娘の速度に並びかけていた」

「俺は……」

「なんだい。きっと忘れてしまう君に代わって覚えておこう」

「ウマ娘にではなく……お前らに……」

 

 勝ちたい。その言葉は紡がれなかったが、間違いなく届いたのだろう。

 

「クククッ、それは楽しみだねえ」

 

 少し弾んだ声が聞こえるのと共に、全身の力が抜けていった。

 




ウマ娘二次創作はやれ。流行ってくれ。そうすれば私が書かなくて済むんだ。私が自作を更新する暇もないくらいの速度で増殖してくれ。

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