なんで?
会長が持って来た厄介ごとは毒だった。
「以上の理由により、すまないが君の知見を活かして是非担当して欲しいウマ娘がいる」
「……俺が今年採用された新人トレーナーだってことは、ご存じなんですよね?」
「ああ。URAも学園理事達も秋川理事長も、もちろん私も承知している」
妙な言い方だが、俺はトレーナ―としては異色の存在だ。
普通この名門である学園に来るのはトレーナーとして正規の課程を修めてきた人間か、地方などで実績を積んできた叩き上げしかいない。いずれにせよ、『純トレーナー』的人物ばかりである。
一方俺はというと、半ば飛び入り参加の如く降って湧いた、学園が特別に招致した存在だ。冷静に考えればおかしいのだ。”何か求めていることがある”から、特別に遇して連れてくる。実に合理的であって、むしろこの時期まで何もないことの方がおかしいくらいだった。
ルドルフは俺が事態を整理するまで待ってくれていたらしい。俺が何度か頷くと、続きを語り始めた。
「私としても、願わくば君に担当して欲しいと思っている。上手くいくとは思っているんだ。ただ万一にでも、その結果としてアグネスタキオンまで巻き込んで不幸にすることは望まない」
「念のため確認ですが、掛け持ちするというだけでタキオンとの契約解除をしろという意味ではないんですよね?」
「もちろんだ。むしろ何の落ち度もないのに学園側が圧力をかけるようなら、私は全力で君たちの味方をしよう」
彼女の瞳には情熱が宿っていた。ルドルフは信じて良いだろう。
頼みにしてますよ、と軽く応じてから、俺はいよいよ本題に入った。
「で……そのウマ娘の名は?」
「……トウカイテイオーだ」
「ふんふん……うん?」
聞いたこともない名前が出るかと思ったが、この間一緒に走った相手の名前が飛び出した。
「えーっと……俺の知ってるテイオーで良いんですよね?」
「ああ。それが学園上層部からの要請だ」
テイオーに並外れた素質があることは一目見ればわかる。あの足のバネはそれだけで才能になるし、好奇心旺盛なのは知識に貪欲とも言える。それにタキオンと競り合っていたあのレースを見てしまえば、才能の程は窺い知れた。
俺なんかが担当して良いウマ娘なのか。タキオンも大概才能の塊だが、あいつはどうしようもなく性格に問題を抱えている。だから俺が担当する他なかった。しかし、俺の知るテイオーはちょっと我儘で子供だが、それだけだ。才能ある中学生として考えればあんなものだろう。
黙っているのを渋っていると勘違いしたらしく、ルドルフは立ち上がり深々と頭を下げた。
「私からも頼む。テイオーの夢、”無敗の三冠ウマ娘”。どうか君の力を貸してほしい」
「……理由を聞いていません。それからです」
「君に依頼が回ってきた理由は簡単だ。テイオーが誰とも契約しないまま、アグネスタキオンの再来となることを恐れている」
「そんなことはないでしょう。性格がまるっきり違う」
「いや……」
ルドルフは心底気まずそうに説明してくれた。無敵のテイオー伝説は限りなくどこかで聞いた話ばかりだった。
テイオーの契約解除理由その1。束縛が多い。トレーナーごとに指導方針は違い、俺のように最早何も決めていないに等しい状態でウマ娘の好きにさせる者もいれば、日々の一食に至るまで徹底管理する者もいる。このような”管理派”が現在の主流であり、言うまでもなくテイオーとの相性は最悪だった。どこかで聞いたことがあるな。
「こればかりはテイオーの趣味嗜好の問題だから、私がずけずけと言えることではない」
「そうですね。無理に変えても不和を招くだけです」
その2。こればっかりはテイオーは悪くないのだが、トレーナーの実力不足。
「テイオーは独特の脚運びをするだろう。”テイオーステップ”、君も見ていたはずだ」
「いやまあ、知ってますけど」
なぜそれをルドルフが知っているのか。ああ、そうか。テイオーから聞いたのか。
「あの走法は足に掛かる負担が大きい。下手なトレーナーではやめさせて長所を殺してしまうし、あの子は目標が高い。少しでもトレーナーが信用できないとなれば、すぐに離れてしまう」
「まあ……何だかすみません」
「君を責めているわけではない。確かに君がトレーナーとして素人に近いことは知っている。しかしそれはレース関係のことであって、こと”走ること”に掛けては抜きんでているだろう」
他にもいくつかテイオーの欠点を聞かされた。結局のところテイオーは自身の能力に誇りを持っていて、トレーナーの存在を不要だと思っているそうだ。どこかで聞いたことがある。
要するに、我儘で手に負えないけど未来を嘱望されたスターだから走って欲しい。けど放っておいたらデビューできるのにしないままになりかねない。どっかで聞いたことがある。
「”あのアグネスタキオンのトレーナーなら、きっと大丈夫だろう”……これが理事会の見解だ」
「俺は癖の強いウマ娘専門じゃないんですが」
「私はそうは思わない。むしろ”君にしか頼めない”。私はそう感じているよ」
「それは買い被りすぎじゃ」
「テイオーも成長している。あの宝塚記念以来、少しだけ目つきが変わったんだ。どうだろう、トレーナー君。お願いだ」
真摯な表情を浮かべないでほしい。俺はその顔に弱いんだ。ましてルドルフのような人がやると、物凄い罪悪感と破壊力を生み出す。
「……わかった。とりあえず俺は構わない。が、タキオンの話も聞いてからにしたい」
「感謝する。せめて、こちらで説得を行おう。今彼女はどこに?」
「指示通りやってるならプールだと思います。いなかったらラボでしょうね」
「わかった。では」
戸を開けたところで、彼女は深々と礼をして去って行った。
さて、どうしたものかな。ルドルフのレースは俺のトレーナーとしての勉強に非常に有益だったし、テイオーからカイチョー伝説を聞かされたおかげで非常に理解を深めている。恐らくテイオーのカイチョートークに付き合うのは可能だが、全部についていけるとは思えない。
不安だ。お菓子でも買って来れば良いだろうか。ルドルフの写真集でも置くか? いやもう持ってそうだな。どうしよう。あ、そうだ。まだ仕事がある。
俺は書類仕事に没頭することで、すべてを忘れようとするのだった。
悩みましたが、チーム周りの設定について。
アプリ版では最低5人(チーム『シリウス』)となっているが、アニメではチーム『カノープス(4人)』などもあり、整合性が取れない。アプリ版優先の方針に従って、基本的にアニメ版チームはなかったことにしています。名前だけ流用したり等はあるかもしれませんが、メンバーがアニメと一致することはないことだけは伝えておきます。