汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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第18話

 翌日。

 俺とタキオンが徹夜で洗い出した昨日の分析レポートを脇に、三人でトレーナー室に集まっていた。事務的にテイオーからトレーナー契約書へのサインをもらい、さあ始動といったところで躓いた。

 

「ところで君、一つ残念なお知らせがある」

「なんだいきなり。どうした?」

 

 俺が事務用の席に、タキオンとテイオーが向かい合ってパイプ椅子に座っている。残念というが、ぱっと見では何も変化がない。おまけにタキオンはもったいぶって何も言わない。

 

「言い辛いことか?」

「あっ、もしかしてボクお邪魔だった? 二人だけの話がしたいなら――」

「そうではない。むしろテイオー君にいて貰わないと困るし、私たちは既に同志だろう」

「タキオン……!」

 

 二人に絆を感じる。まあ元々知り合いだったのだから、当然といえば当然だが。

 タキオンは散々渋った後、はぁと溜息をついた。

 

「テイオー君も脚に爆弾を抱えている」

「……爆弾だと?」

「ボクの脚、爆発するの?」

 

 キョトンとしたテイオーと反対に、俺は心当たりがあった。タキオンがテイオーに何かと構う理由が理解できた。冷や汗が背中を伝う。

 タキオンは説明を続けた。余命宣告を行う医師のような調子だった。

 

「自覚はないかもしれないが、テイオー君の脚はいずれ折れる。運が良ければ疲労骨折、悪ければ開放骨折だ。レース中に起きれば死の危険も伴う」

「え……?」

「なぜ今まで黙っていたんだ?」

「定期的な実験は診察も兼ねていて、問題がなかったからだよ。けどさすがにトレーニングをしてデビューしようって言うなら事情も変わってくる」

「え? え? えっ……そんな」

「今になって言った理由はわかったが、回答になってないぞ」

「……デビュー前の中学生の夢を無為に打ち砕く必要があるかね?」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 タキオンは皮肉気に笑っていた。そうか、自分の夢が打ち砕かれたから、遠慮したのか。

 真っ青な顔をしたテイオーに、タキオンは穏やかに告げた。

 

「まあ安心したまえ。走れないわけじゃあない」

「そうなの?」

「少なくとも私よりは頑丈だし、インターバルを設ければそうそう故障はしない。私の実験に協力してくれれば、いずれは常識的な範囲内での連続出走だって可能になる」

 

 あ、悪い癖が始まった。止めようと思ったがテイオーが目を輝かせていて、できなかった。

 

「インターバルって、どれくらい?」

「1回出走して全力疾走したとすれば、3ヵ月はおくべきだ」

「……それじゃあ三冠できないじゃん! やだやだー!」

 

 皐月賞と日本ダービーの間隔は長くても1ヵ月半ほどだ。菊花賞はともかく、片方を諦めないとその先の競争人生を諦めることになりかねない。リスクは回避するべきだが……。

 

「テイオーの脚はどれくらい悪いんだ? 俺たちの研究は活かせる類か?」

「私の研究よりもモルモット君の研究の方が役立つだろう。私は筋肉の問題だが、テイオー君は骨の問題だからねぇ」

 

 骨か。確かに俺の方が詳しいかもしれない。何か役立つデータがないか探そうとしたところで、タキオンが動きを制した。

 

「まず現段階でも施せる対策がある」

「教えて!」

「テイオーステップをやめたまえ。少なくとも練習では使用禁止。あんなのを使うのはGⅠだけ、それも君の場合は三冠レースだけに限るべきだ」

「でも、それじゃ無敗が……」

 

 みるみるうちに耳が垂れていくのは不謹慎ながら面白かった。ただ、テイオーならば脚を温存したまま無敗を貫くことは可能だと信じていた。幸い、実例は昨日見たばかりだ。

 

「昨日の会長を思い出せ」

 

 ハッとした表情を浮かべたテイオーは、落ち込んでいたのが嘘のように元気を取り戻した。

 

「よぉーし! ボクもカイチョーみたいになるぞー!」

「それすら達成可能な実力が備わっていれば、三冠も叶うだろうねえ」

「違うよタキオーン。ボクが欲しいのは、む、は、い、の、三冠だよ!」

「わかったわかった……ああ、一応見せておこうか」

 

 タキオンはそう言いつつ、小型の端末に昨日の映像を映し出した。ズームしてテイオーの足元を映し出す。

 

「抉り取られた芝生、爆発的な加速は素晴らしい。しかし凄まじい力に君の脚は耐えられないのだよ。長所が諸刃の剣になっているわけだ。私と同じだね」

「同じ?」

「私は全力で走ると身体が空中分解して死んでしまうのさ」

 

 どこかで聞き覚えがある上にひどい表現だったが、これ以上ないほど適切な表現だった。時速70km以上で生身の人間が転倒した場合、分解といって差し支えないことになるだろう。

 テイオーの顔は青ざめていた。生々しい光景を想像してしまったのだろう。

 

「だから私は8割の力で勝てる自信のあるレースしか出ない予定さ。他にも長距離となると走行時間が長くなり、負荷は増大するから出ない。春の天皇賞なんて論外だね」

 

 かといって、タキオンにスプリンターとしての適性はない。本気でやればスプリンターの速度でも走れるかもしれないが、多分1回で脚が砕けるだろう。ところで、8割の力で勝つとは初めて聞いたのだが。抗議すると、昨日決めたと彼女は言った。

 

「GⅠクラスとなれば手を抜けないのはわかっていたが、昨日の会長を見て考えを改めたよ。圧倒的な実力差があれば余裕のままの勝利は可能さ」

「……すごい自信だな。いや、タキオンらしいよ。その方が」

「なんだか侮辱された気分だ、実験三本を所望する。だいたい昨日の敗北は君にも責任があるんだぞ」

「はあ。責任とは?」

「君、私を応援しなかっただろう! おかげで実験ができなかったじゃないか!」

「なんの?」

「声援による能力向上の可能性を確かめたかったのに!」

 

 妙に理論的なようで感情的な可能性だ。彼女は時々、こういう風な方向に走る。俺にはよくわからない。

 

「そういうわけだから、これを飲みたまえ。テイオー君も」

「……えー」

「大丈夫、危険ではない」

 

 タキオン薬は製造過程まで含めて謎と神秘に満ちている。唯一わかっているのは大抵ロクでもない結果を招き、怒るに怒れない絶妙に迷惑なラインをついてくることだ。ただ今回は我慢してもらおう。

 

「走る以外のテイオーの実力とか、色々とデータが欲しいんだ。トレーニング計画を作るために」

「ふむ、一理あるね」

「さっそく行こっか!」

 

 少し焦った様子のテイオーと共にジムへ向かう。

 なぜかタキオンもついてきたので、結局その日はテイオーのデータ取りに費やした。

 


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