汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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第19話

 テイオーの加入以来、珍しく一致団結してトレーニングに励んでいた。とはいえ肝心のスピードトレーニング……実際に走るのは週1ペースだ。それ以上増やすと負荷が回復ペースを上回ってしまう。ただ、もちろんレース直前にはもう少し厳しく追い込んでいく予定だ。

 

 限られたトレーニングを最大限有益にするため、基本的には二人で併走しながら行っていた。

 

「タキオーン! ちゃんと本気で走れー! テイオー! その踏み込みやめろー! 脚ぶっ壊す気か!」

「勝ちたいもーんだ!」

 

 これだからスピード練習は余計に少なくなってしまう。その分実践的な内容にもなるので、あまり文句も言えないが。スパートを掛け始めたタキオンを追ってテイオーが例のステップで突っ込んでいった。

 

 タキオンの戦法はいつも同じ。まず最終コーナーに差し掛かるまでは控え、コーナーを曲がりながら加速して先頭集団に取り付く。そして最終直線で末脚を使って追い抜く。コーナーで加速なんてしたら普通は遠心力で身体が吹き飛ぶところだが、タキオンには可能だ。

 一方のテイオーは少し違う。常に逃げのすぐ後ろ、先行集団の先頭を確保して、最終コーナーを曲がったところで逃げを抜き、そのまま他を置き去りにする。この戦法は大逃げ以外の全脚質に対応できるが、大逃げ相手だけは問題が生じると予想していた。うっかりテイオーが引き摺られてしまうと、途中でスタミナ切れを起こすだろう。理論的に導き出した答えだが、テイオーがそれを実際にできるかは不明だ。

 

 総括すると、両者先行だがテイオーは逃げ寄り、タキオンは差し寄りということになる。レース展開は往々にしてテイオー先頭で進み、最終コーナーでタキオン先頭、次いでテイオーが差し返せるか否かで勝敗が決まる。今日は……テイオーに差し切られたようだ。

 

「テイオー! 1バ身差だ! おめでとう!」

「へへっ、やったー!」

「くぅ……やはり姿勢制御に問題がある。モルモット君! はやくデータを寄越したまえ!」

「先にクールダウンしろ!」

 

 何周もさせたら脚が折れる。これで3週目だが、ここで仕舞いにしよう。クールダウンを終えるとテイオーがぴょこぴょことこちらに駆け寄ってきて、ドヤッと嬉しそうな表情を浮かべた。どうして欲しいのかは手を取るようにわかった。

 

「テイオーはすごいな。タキオンは強いのに」

「へへーん。無敵のテイオー様だからね! でもタキオンも強いよねー。本気で走ってる時は」

「まあなあ。けど、それだと効果が高い練習とは言えないからな。既にタキオンの末脚とスパートは一級品だし、それをさらに磨く段階じゃない」

「でも本気でレースしたいよー、ボクは本気のタキオンに勝ちたいのに」

 

 タキオンも戻ってくると、不満そうな表情を浮かべていた。聞こえていたのだろう。

 

「いつも本気さ。私が実験機会を無駄にするはずないだろう! コーナーで加速してから末脚勝負に持ち込めば更なる速度がだね」

「いっつも加速しきれてないじゃん!」

 

 ほんのわずかにでもバランスを崩せば転倒の危険がある以上、細心の注意を払わねば曲がり切れない。レース本番でその余裕があるとは限らないので、無意識に行えるまで習熟が必要だ。

 

「で、トレーナー? 次は何するの?」

「とりあえずタキオンが相変わらず体幹不足で制御できてないから、脚を休ませてから筋トレだ」

「またぁ~? ボクもう飽きたよぉー、もっと一杯走ろうよぉー」

「テイオーだって脚弱いだろうが。うっかり折れたらどうする」

「そこまで虚弱じゃないんだけどなぁ……トレーナーもタキオンも心配しすぎだよー」

「いや十分危険さ。用心したまえよ。ところでモルモット君。この実験データには不備がある、さらなる研究のために――」

「もう一本は許可できない。行くぞ」

「タキオンは脚弱いんだから、気を付けないとね!」

 

 この調子だ。片方が無茶をしようとすればもう片方が止める。よってオーバーワークにはならないのが唯一の救いだ。

 テイオーに連行されていくタキオンの後ろをついていくと、彼女のぼやきが聞こえた。

 

「研究の進捗がなぁ……ホープフルステークスまでに、プランAが完成……は無理だろうなぁ。せめて検証段階に入れたら良いのだが」

「実験には協力する。走るなら俺がやろう」

「んー、それで手を打っておこうじゃないか。君の速度は確かにウマ娘に近いものがあるし、使えない訳じゃない」

 

 二人の脚を強化しつつ自分も強化しないといけない。トレーナーというのは大変だ。例えば、こんな風に予想外の出来事が起きた時には特に。

 

「タキオンさん!?」

 

 現れたのは高い声をした女子生徒だ。背が少し高いし胸も大きいし何よりツインテールがでかい子だった。誰だあれは。未知のウマ娘は明らかにテイオーとタキオンの知り合いだった。

 

「おや……スカーレット君。聞いておくれよ。このテイオー君とトレーナー君が私をいじめるんだ」

「そうなんですか!? ちょっと、あなたトレーナーとして恥ずかしくないんですか!」

 

 スカーレットと言うらしい。聞き覚えが――あ、あの子か。ダイワスカーレットとかいう、だいぶ下の世代に期待の新星がいるとか聞いたことがある。タキオンは慕われているようだ。スカーレットがタキオンを奪い取った。テイオーは不思議そうに声を上げた。

 

「スカーレット? どうしたの、タキオンがぐずるからこうしてるだけなのに」

「タキオンさんはそんな人じゃありませんっ!」

「……え、そうか?」

「こういう人だよね」

「なっ、と、とにかく! タキオンさんをこんな風に扱う人たちに任せられません! それじゃあ!」

「あ、ちょっと」

「あー……やめといたほうがいいよトレーナー。スカーレットかなり頑固だから」

「……まあほっとけば戻って来るか。トレーニング、続けるぞ」

「はーい。えへへ。ちゃーんとボクから目をそらさないでね?」

 

 なんだか嬉しそうだ。テイオーは子供っぽいし、たまには構ってあげないと拗ねてしまう。どうせタキオンもすぐ戻って来るだろう。俺たちは二人でジムに向かい、並んで筋トレをし、そして――日が暮れた。

 二人きりのトレーナー室で、トレーニング後のミーティングを行っていて、ふと思った。

 

「俺の担当ウマ娘はテイオーだったかもしれない」

「いや、実際ボクの担当でしょ。ところでさ、チームって作らないの?」

「5人いるんだろ」

「それはそうだしボクもチームなんて要らないと思うけど、資金援助とか施設の予約が優先されたりとか、色々特典があるよ? ちゃんとわかってる?」

「よくわかってない」

「仕方ないなぁ。教えてあげるっ」

 

 チームを持つとチーム単位で予算が出て、消耗品なんかのグレードだって上げられるようになるらしい。もちろん現時点でも普通の額は出ているのだが、最低限の品質の物を揃えるので限界だ。シューズや蹄鉄も拘れるなら拘りたい。

 それに、一番の金食い虫がいる。

 

「タキオンがなあ、研究予算にしちゃったからな」

「しょーがないよ。ボクたちも使うし」

 

 俺には二人分の予算が下りてきているが、テイオーの分までタキオンの研究費に消えていた。テイオーの同意はあるから倫理的な問題はないが、金がないという問題は何一つ解決していない。タキオンの研究開発による利益も多少はあるが、雀の涙ほどだった。今までタキオンが資金をどうしていたかと聞けば、どうにもなっていなかったと返ってきた。何も言えなかった。

 

「とにかくね、テイオー様にはテイオークラスの待遇が必要なんだい!」

「良い道具と良い環境で練習したいんだな。確かにチームでしか取れない予約もある」

「でしょ!?」

 

 大きな施設を貸しきったりするのはトレーナーにしかできないし、担当が少ないトレーナーにはあまり機会が巡ってこない。

 利益と要望は理解した。

 

「どこから人を連れてくる」

「トレーナーはスカウトとかしたことないの?」

「ない。気が付いたらタキオンと契約していた」

「運が良いのか悪いのかわかんないや。じゃあさ、人集めしたらチーム作ってくれる?」

「ああ、キャパシティに余裕はある。ただ10人も20人もだと無理だから、あと3人な」

「そんな不安そうな顔しないでよ~わかってるからさぁ。大丈夫、ボクにぜーんぶ任せてよ」

 

 不安だが、泥船とわかっていても乗り込まねばならない時がある。大海に漕ぎ出さなければ魚は手に入らないのだ。テイオーは部屋を飛び出した。結局その日、タキオンは戻ってこなかったので相談はできなかった。

 翌日彼女がひょっこり顔を出した時に、チームを作ることにしたと告げると表情が凍り付いた。

 




リアル馬パートがあるウマ娘二次創作が好きです。よろしくお願いします。

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