テイオーの加入以来、珍しく一致団結してトレーニングに励んでいた。とはいえ肝心のスピードトレーニング……実際に走るのは週1ペースだ。それ以上増やすと負荷が回復ペースを上回ってしまう。ただ、もちろんレース直前にはもう少し厳しく追い込んでいく予定だ。
限られたトレーニングを最大限有益にするため、基本的には二人で併走しながら行っていた。
「タキオーン! ちゃんと本気で走れー! テイオー! その踏み込みやめろー! 脚ぶっ壊す気か!」
「勝ちたいもーんだ!」
これだからスピード練習は余計に少なくなってしまう。その分実践的な内容にもなるので、あまり文句も言えないが。スパートを掛け始めたタキオンを追ってテイオーが例のステップで突っ込んでいった。
タキオンの戦法はいつも同じ。まず最終コーナーに差し掛かるまでは控え、コーナーを曲がりながら加速して先頭集団に取り付く。そして最終直線で末脚を使って追い抜く。コーナーで加速なんてしたら普通は遠心力で身体が吹き飛ぶところだが、タキオンには可能だ。
一方のテイオーは少し違う。常に逃げのすぐ後ろ、先行集団の先頭を確保して、最終コーナーを曲がったところで逃げを抜き、そのまま他を置き去りにする。この戦法は大逃げ以外の全脚質に対応できるが、大逃げ相手だけは問題が生じると予想していた。うっかりテイオーが引き摺られてしまうと、途中でスタミナ切れを起こすだろう。理論的に導き出した答えだが、テイオーがそれを実際にできるかは不明だ。
総括すると、両者先行だがテイオーは逃げ寄り、タキオンは差し寄りということになる。レース展開は往々にしてテイオー先頭で進み、最終コーナーでタキオン先頭、次いでテイオーが差し返せるか否かで勝敗が決まる。今日は……テイオーに差し切られたようだ。
「テイオー! 1バ身差だ! おめでとう!」
「へへっ、やったー!」
「くぅ……やはり姿勢制御に問題がある。モルモット君! はやくデータを寄越したまえ!」
「先にクールダウンしろ!」
何周もさせたら脚が折れる。これで3週目だが、ここで仕舞いにしよう。クールダウンを終えるとテイオーがぴょこぴょことこちらに駆け寄ってきて、ドヤッと嬉しそうな表情を浮かべた。どうして欲しいのかは手を取るようにわかった。
「テイオーはすごいな。タキオンは強いのに」
「へへーん。無敵のテイオー様だからね! でもタキオンも強いよねー。本気で走ってる時は」
「まあなあ。けど、それだと効果が高い練習とは言えないからな。既にタキオンの末脚とスパートは一級品だし、それをさらに磨く段階じゃない」
「でも本気でレースしたいよー、ボクは本気のタキオンに勝ちたいのに」
タキオンも戻ってくると、不満そうな表情を浮かべていた。聞こえていたのだろう。
「いつも本気さ。私が実験機会を無駄にするはずないだろう! コーナーで加速してから末脚勝負に持ち込めば更なる速度がだね」
「いっつも加速しきれてないじゃん!」
ほんのわずかにでもバランスを崩せば転倒の危険がある以上、細心の注意を払わねば曲がり切れない。レース本番でその余裕があるとは限らないので、無意識に行えるまで習熟が必要だ。
「で、トレーナー? 次は何するの?」
「とりあえずタキオンが相変わらず体幹不足で制御できてないから、脚を休ませてから筋トレだ」
「またぁ~? ボクもう飽きたよぉー、もっと一杯走ろうよぉー」
「テイオーだって脚弱いだろうが。うっかり折れたらどうする」
「そこまで虚弱じゃないんだけどなぁ……トレーナーもタキオンも心配しすぎだよー」
「いや十分危険さ。用心したまえよ。ところでモルモット君。この実験データには不備がある、さらなる研究のために――」
「もう一本は許可できない。行くぞ」
「タキオンは脚弱いんだから、気を付けないとね!」
この調子だ。片方が無茶をしようとすればもう片方が止める。よってオーバーワークにはならないのが唯一の救いだ。
テイオーに連行されていくタキオンの後ろをついていくと、彼女のぼやきが聞こえた。
「研究の進捗がなぁ……ホープフルステークスまでに、プランAが完成……は無理だろうなぁ。せめて検証段階に入れたら良いのだが」
「実験には協力する。走るなら俺がやろう」
「んー、それで手を打っておこうじゃないか。君の速度は確かにウマ娘に近いものがあるし、使えない訳じゃない」
二人の脚を強化しつつ自分も強化しないといけない。トレーナーというのは大変だ。例えば、こんな風に予想外の出来事が起きた時には特に。
「タキオンさん!?」
現れたのは高い声をした女子生徒だ。背が少し高いし胸も大きいし何よりツインテールがでかい子だった。誰だあれは。未知のウマ娘は明らかにテイオーとタキオンの知り合いだった。
「おや……スカーレット君。聞いておくれよ。このテイオー君とトレーナー君が私をいじめるんだ」
「そうなんですか!? ちょっと、あなたトレーナーとして恥ずかしくないんですか!」
スカーレットと言うらしい。聞き覚えが――あ、あの子か。ダイワスカーレットとかいう、だいぶ下の世代に期待の新星がいるとか聞いたことがある。タキオンは慕われているようだ。スカーレットがタキオンを奪い取った。テイオーは不思議そうに声を上げた。
「スカーレット? どうしたの、タキオンがぐずるからこうしてるだけなのに」
「タキオンさんはそんな人じゃありませんっ!」
「……え、そうか?」
「こういう人だよね」
「なっ、と、とにかく! タキオンさんをこんな風に扱う人たちに任せられません! それじゃあ!」
「あ、ちょっと」
「あー……やめといたほうがいいよトレーナー。スカーレットかなり頑固だから」
「……まあほっとけば戻って来るか。トレーニング、続けるぞ」
「はーい。えへへ。ちゃーんとボクから目をそらさないでね?」
なんだか嬉しそうだ。テイオーは子供っぽいし、たまには構ってあげないと拗ねてしまう。どうせタキオンもすぐ戻って来るだろう。俺たちは二人でジムに向かい、並んで筋トレをし、そして――日が暮れた。
二人きりのトレーナー室で、トレーニング後のミーティングを行っていて、ふと思った。
「俺の担当ウマ娘はテイオーだったかもしれない」
「いや、実際ボクの担当でしょ。ところでさ、チームって作らないの?」
「5人いるんだろ」
「それはそうだしボクもチームなんて要らないと思うけど、資金援助とか施設の予約が優先されたりとか、色々特典があるよ? ちゃんとわかってる?」
「よくわかってない」
「仕方ないなぁ。教えてあげるっ」
チームを持つとチーム単位で予算が出て、消耗品なんかのグレードだって上げられるようになるらしい。もちろん現時点でも普通の額は出ているのだが、最低限の品質の物を揃えるので限界だ。シューズや蹄鉄も拘れるなら拘りたい。
それに、一番の金食い虫がいる。
「タキオンがなあ、研究予算にしちゃったからな」
「しょーがないよ。ボクたちも使うし」
俺には二人分の予算が下りてきているが、テイオーの分までタキオンの研究費に消えていた。テイオーの同意はあるから倫理的な問題はないが、金がないという問題は何一つ解決していない。タキオンの研究開発による利益も多少はあるが、雀の涙ほどだった。今までタキオンが資金をどうしていたかと聞けば、どうにもなっていなかったと返ってきた。何も言えなかった。
「とにかくね、テイオー様にはテイオークラスの待遇が必要なんだい!」
「良い道具と良い環境で練習したいんだな。確かにチームでしか取れない予約もある」
「でしょ!?」
大きな施設を貸しきったりするのはトレーナーにしかできないし、担当が少ないトレーナーにはあまり機会が巡ってこない。
利益と要望は理解した。
「どこから人を連れてくる」
「トレーナーはスカウトとかしたことないの?」
「ない。気が付いたらタキオンと契約していた」
「運が良いのか悪いのかわかんないや。じゃあさ、人集めしたらチーム作ってくれる?」
「ああ、キャパシティに余裕はある。ただ10人も20人もだと無理だから、あと3人な」
「そんな不安そうな顔しないでよ~わかってるからさぁ。大丈夫、ボクにぜーんぶ任せてよ」
不安だが、泥船とわかっていても乗り込まねばならない時がある。大海に漕ぎ出さなければ魚は手に入らないのだ。テイオーは部屋を飛び出した。結局その日、タキオンは戻ってこなかったので相談はできなかった。
翌日彼女がひょっこり顔を出した時に、チームを作ることにしたと告げると表情が凍り付いた。
リアル馬パートがあるウマ娘二次創作が好きです。よろしくお願いします。