翌朝タキオンにチームを作ることになったと告げると、彼女はフリーズしたのちに電話を掛け、いつも通りの調子で椅子に腰かけた。以前のテイオーの反応からして反対すると思っていたのだが、あまりにも予想に反している。何となく居心地が悪くて、求められてもいない説明をした。
「チームを作る目的は、一言でいうと金だ。研究資金、消耗品、とにかくお金がいる。是非ともチームを作って予算を得たいんだよ。単純に5人の担当をする以上の収入になるからな」
「……ああ、わかっているよ」
冷淡な声だった。怒らせてしまっただろうか、それも無理もない話だ。
「悪かった、相談もなしに」
「良い。君たちがそうするのなら、私にだって考えがあるというわけさ」
「考え?」
「なに、気にすることは――おっと失礼」
タキオンのスマホに着信が入った。他人の電話を盗み聞きする趣味はないため、少し離れて様子を伺う。タキオンは打って変わって明るい声で応対していて、先程との差異が露骨に不安を煽った。
数分の通話を終えると、タキオンはスマホをポケットに突っ込みながら立ち上がった。
「悪いが急用だ。チームの件に関わることだから、嫌とは言わせないよ」
「ああ、それは良いんだが……チーム、良いのか?」
「構わないと言っておこう。では」
タキオンは渋面を浮かべながら消えていった。そのうち彼女が喜ぶ物を買っておこう。物で釣るのは原始的な方法だが、気を使われて嫌がるタキオンではあるまい。
テイオーも現れてはすぐ消えてしまった。メンバー集めに行くらしい。今日のトレーニングは中止になった。
新チームの立ち上げは学園内でも話題になる。慢性的なトレーナー不足が続くこのトレセン学園において優秀なトレーナーは得難く、優秀の判断基準として”5人集められる”というのは重要な指針となるからだ。ましてやメンバーに有名なウマ娘がいればなおさらである。
悪名高き天才アグネスタキオン。彼女は付き合う相手を選り好みする上に研究狂いなだけだが、傍から見ると癖ウマ娘に他ならない。話題にはなったが、入りたいというウマ娘は現れなかった。まさかの応募者0である。たまげたものだ。
そんな状況の中、放課後二人が妙な面子を連れてきた。
「あの、私はもうチームに入っているのですが……」
チーム設立に際し、色々と調べた。新入生に配布されるチーム紹介のパンフレットをひっくり返して読んだだけだが。その中に、この眼前に佇む栗毛の大人しそうな少女の写真があった気がする。名前は確か……サイレンススズカだ。ちょうど今年クラシック級を迎えていて、タキオンの一つ上にあたる。今のところ目立った戦績はないし重賞勝ちもないが、所属チームはベテラントレーナーが率いているところだ。強豪チームに所属している以上、才能はあるに違いない。
問題はトレーナー同士のもめごとにならないかという心配である。
「テイオー? 一応聞くが、勧誘は頼んだが引き抜いてこいとは言ってないぞ?」
「最近スズカの走りが面白くないからさー。多分トレーナーが悪いんじゃないかなって」
「返してきなさい」
「やーだー! せっかく連れてきたのにー!」
ダメだこりゃ。何も言えなくなった俺の代わり、に黙っていたタキオンが口を開いた。いや、開くと同時に立ち上がり、サイレンススズカの足元に屈んで太ももをさすり始めた。
「良い脚だね。まさに速度を極めた者の……」
「あ、あの……」
「やめなさい。砂糖没収するぞ」
「ちっ、わかったわかった」
「えっと、名前を聞いても良いかな? 噂では聞いてるんだけど、一応ね」
「サイレンススズカです。あの、トレーナーさん……」
「ありがとう、サイレンススズカさん。もし良かったら、話だけでも聞いていってくれないかな」
そう言いながらタキオンとテイオーをチラ見すると、彼女は頷いてくれた。テイオーが連れてきたとは思えないほど良い子だ。
さて、次だ。
「……ステータス『困惑』が発生」
「ふむ? 機械の真似かな?」
「とりあえず、君も残っていてくれないか? あと、名前を教えてほしい」
「ミホノブルボンです。オーダーを承認。オペレーション、待機を開始します」
機械みたいな喋り方をするウマ娘で、怖ろしいほど表情が変わらない。というか、通常人が持っている仕草とかささやかな動きの類が皆無。色々と人間離れしたこの子もテイオーが連れてきた。なんでも再来年デビュー予定、つまりテイオーの1年後にデビューするわけだ。今のところ詳しい性格は不明だが、ともあれ変な子に違いない。
「テイオー、ミホノブルボンさんはどこから連れてきたんだ?」
「ブルボンは今フリーだよ!」
「ふぅン? 珍しいね? 走る能力で言えば恐らく上位に位置すると思うが――」
「前のトレーナーと喧嘩になって追い出されたんだって!」
その流れで聞いた”前のトレーナー”は、俺でも知るベテランだった。チームリギルほどではないが、こっちも大概である。大丈夫なのかそれは。早くも胃が痛い。この後もっと痛くなる。首を右隣にスライドさせると、苦笑する黒髪の女性がいた。
「……お久しぶりです、フジキセキさん」
「そんなに畏まらなくていいよ、君はトレーナーなんだから」
栗東寮の寮長、フジキセキ。女性人気の高いイケメンウマ娘だ。彼女は区分上、シニア級ということになる。成績は4戦4勝。ただしジュニアとクラシックでの記録であり、シニア級に入ってから――というかこの数年、レースに出ていない。なんでそうなったのかは不明だし、この場にいる理由も不明だ。すべての謎はタキオンが握っている。視線を送ると、彼女は鼻を鳴らした。
「フジ君は今フリーだし、実力者で私の研究にも有益な存在だ。そうだろう?」
「前提を共有しろ」
タキオンに言ったつもりが、フジキセキが答えてくれた。
「ああ。私も脚が弱いんだよ。それにフリーなのも事実なんだ。普通引退するところを無理にしがみついていてね、前のトレーナーに落ち度があるわけじゃないんだけど、ね」
「そうでしたか……答えてくださりありがとうございます」
「口調、崩してよ。私も肩が凝ってしまう」
「……じゃあ御言葉に甘えよう。で? タキオン? フジキセキの脚が弱いのはわかったが、それとチームに何の関係が」
「チームという想定外の要素も何もかも、研究と私のために最大限利用するだけさ」
少し芝居がかった仕草でタキオンはサイレンススズカとミホノブルボンに手を差し出した。
「ちょうど他にも二人いるわけだ。フジ君とスズカ君とブルボン君の3人と、私とテイオー君でチームを結成しようじゃないか」
「さんせー!」
「え、いや……私は……」
「ステータス『戸惑い』を感知」
「私は構わないよ、トレーナーがそれで良いのなら」
「モルモット君、早くその二人を説得したまえ」
フジキセキは承知のうえでここに来ているから良いとして、残る二人を説得しろと言われても困ってしまう。
「そもそもさ、二人がどんな風に走るのかわからないし、その状態で担当トレーナーになるのは無理だ」
「じゃあ走ればいいんだね!」
「そんな簡単に――」
「ねえスズカ、ブルボン! いいよね、ボクとちょっと走ろうよ!」
「……私、走るのはあんまり」
「いかなる距離でも遂行しますが、距離次第ではミッション完遂が困難な可能性があります」
「つまり良いってことだよね! ねえスズカぁー! 一緒に走ろうよー!」
「うーん……」
「おーねーがーい! 1回! 1回だけだから!」
「私としても是非スズカの走りは見たいな。君が最近落ち込んでいるの、気になっていたから。思いっきり走れば気分が変わるかもしれないよ」
テイオー、フジキセキが後押しをする。タキオンは何も言わず、ただ黙って段ボール箱から実験用の機材を取り出していた。その無言の圧力が決定打になったらしい。サイレンススズカは諦めたように俯いた。
「じゃあ、一度だけ」
「わーい! ほらトレーナー! いくよー!」
「モルモット君。運びたまえ」
「私も手伝うよ」
「オペレーション『輸送』を開始」
「あっ、待ってブルボン。君はこれに触らない方がいい」
フジキセキが慌てて段ボール箱に触れようとしたミホノブルボンを止めた。なんでも聞くところによると、ミホノブルボンが触れた機械はすべて爆発するらしい。箱越しでもうっかり爆ぜたらまずいので、彼女にはコース整備をお願いした。
興味を持てない子の担当はさすがにできないし、正直ただ才能があるだけなら他を当たってもらいたい。お互い不幸になるからだ。さて、どうなることやら。
ぶっちゃけフジキセキのキャラはよくわからないが、個人的な趣味によってこうなりました。
競馬なんか知らん(筆者)人用の説明を置いておきます。すごくざっくり言うと「サンデーサイレンス産駒組」と「無敗三冠を達成できなかった、故障が多かった組」です。
サイレンススズカ:三冠どころかGⅠは宝塚の1度しか勝っていないが、出すしかないと思った。故障は粉砕骨折。
フジキセキ:幻の三冠馬。タキオン繋がり。タキオンと同じ4戦4勝GⅠ1勝だが、こちらは朝日杯。故障は屈腱炎。
アグネスタキオン:幻の三冠馬。こちらは皐月賞。故障は屈腱炎。
ミホノブルボン:無敗二冠、菊花で2着の後、引退。テイオー繋がり。故障は骨膜炎や骨折など。
トウカイテイオー:無敗二冠、菊花は不出走。故障はダービー後に骨折、あと沢山。