汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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口調、難しい


第21話

 一気に見るのは不可能だが、レース形式の方が実力が発揮しやすいだろう。

 タキオンとミホノブルボン、テイオーとサイレンススズカの組み合わせで模擬レースを行うことになった。フジキセキは審判を買って出てくれた。怪我で走るのは難しいそうだが、その分きっちりサポートをすると笑っていた。表情は確かに笑顔だったが、もはや素直にそれを受け取れるほど無知ではなかった。彼女がウマ娘であり、このトレセン学園に来た以上、彼女にも勝ちたい何かがあったはずだ。

 GⅠが難しくともせめてレースには出られるようにしてやりたい。そのためには? 研究の進展だ。結局そこに尽きる。彼女にチームに入ってもらわねばなるまい。

 

 

 

 残りは二人だ。じゃんけんの結果、タキオンとミホノブルボンのレースからになった。距離は3000m。どう考えたってデビュー前のウマ娘が走る距離じゃないのだが、ミホノブルボンはクラシック三冠に並外れた思い入れがあるらしい。タキオンの脚部に不安が残るが、相手はデビュー前だ。ある程度は手加減するはずだ。

 

 ……と、思っていたのだが。

 想定外は二つある。一つ、ミホノブルボンはデビュー前とは思えないほどに強かった。完璧なスタート、完璧なラップタイムで展開される、完璧な逃げ。自分の目を疑ってタキオン謹製測定装置を見ると、やはり1ハロンごとの経過時間は一定だった。

 

「すごいでしょ。これがブルボンの走りなんだー。ボクが興味を持つだけのことはあるでしょ?」

「計器のミスを疑うレベルだな」

 

 相当優れた体内時計を持っている。しかも、速度を出して走っていると頭なんて回らないだろうから、余裕があるということだ。

 

「あの口調のこともあって、サイボーグってあだ名なんだよ。あと、坂路の申し子っていうのもあるんだ」

 

 フジキセキが苦笑しながら教えてくれた。正確無比な体内時計、坂路上手。そして、単純だがスピードもかなりの物だ。手を抜きすぎればうっかり負けかねない。

 

 そこで、もう一つの想定外がやってくる。まずタキオンは手を一切抜いていない。長く付き合ってきた時間は伊達ではない。今タキオンは大人げなくぴったりミホノブルボンの背後につけている。スリップストリームを狙うにしても露骨すぎる。圧力のような物も遠くから感じられるので、ミホノブルボンでなければ怯えて早々に沈んでいただろう。

 

「タキオンは何をやってるんだ……」

「まあまあ、怒らないであげてよ。彼女にも色々あるんだ」

 

 嗜めるような口調だった。何か考えがあるのだろう。ひとまずタキオンは置いておき、ミホノブルボンをどうするか考えていた。

 

 確かにトレーナーになったのは金のためだ。しかし一人の人生に深く関わる以上、生半可な気持ちでは付き合えない。そして、俺は強いだけのウマ娘には興味を持てそうにない。タキオンもテイオーも一緒に見る夢がある。フジキセキの叶わなかった夢を思うと、何だか涙が出てくる。要するに力になりたいと思えない相手に力を貸す契約をするのはアホらしい。

 

 ミホノブルボンの夢はクラシック三冠だ。すごいとは思うが、夢にはできない。だって三冠に興味がない。タキオンは気分次第だからともかく、いずれテイオーが取ってくれるからだ。紹介してくれたテイオーには悪いが、担当の話は断るのがお互いのためだろう。1600mを通過するまで、そう思っていた。

 

「……なんかおかしいな」

「気づいたみたいだね。ブルボンの問題に」

「なあ、テイオー、フジキセキ。もしかしてだけど、ミホノブルボンさんって……スプリンターじゃないのか?」

「そうだよ?」

 

 あっけらかんとテイオーが答えるのに、俺は呆気に取られてしまった。スプリンターの主戦場は1200メートルだ。一方、クラシック三冠路線はダービーですらスプリントの2倍ある。菊花賞なんか考えたくもない。

 

「あはは、みんなそういう顔するんだよねー。それでトレーナー、どう思った? ブルボンの夢!」

 

 不可能だと思う。無謀だと思う。才能を浪費しているとも思う。限りなく困難な挑戦だ。だからこそ。

 

「面白いな!」

「だよね! 無謀な夢だって笑う人もいるけど、ボクもトレーナーにさんせー!」

「無謀って言ったらだいたい、うちのチームの目標だって似たような物だろ」

「打倒カイチョーだもんね!」

「そうなのかい? それは知らなかったな……嫌いじゃないよ、むしろ好きだ」

 

 フジキセキはニッと笑った。悪戯っぽい笑顔だ。テイオーは尻尾が鬱陶しいくらい揺れている。

 サイレンススズカは先程からじっと黙り込んでいて、何を考えているのかわからない。多分無口なのだろう。ただ打倒会長と聞いて、少し目を丸くしているのが印象的だった。

 

 

 

 戻ってきたミホノブルボンには長距離用のスタミナトレーニングについて教え、タキオンにはもう少し脚を労われと説教をしてから、次のレースを迎えた。

 スタートして1ハロンもしないうちにテイオーが先頭に立ち、少し離れてサイレンススズカが続いている。サイレンススズカは差しか? いや、それにしては随分と……。

 

「走り方が不自然すぎないか?」

「破裂する直前の風船のようだねぇ。というわけだからモルモット君、爆発させようじゃないか」

「は? どうやって」

「声の一つでも掛けたまえ。トレーナーからの要望ならば応えるだろう」

 

 タキオンに唆されている。つまり何かがある。フジキセキにも目を向けたところ、彼女も頷いた。やるか。

 

「サイレンススズカさーん! 脚をためないで走ってくれ!」

 

 返事はなかった。もう一度。

 

「トレーナーとして頼む! テイオーのためにも、脚を溜めない君の走りが必要なんだ!」

 

 これで逃げても大して強くなかったら惨事だが、テイオーが連れてきたんだから多分強いのだろう。

 彼女の返事は聞こえなかったが、明らかに走りが変わった。

 サイレンススズカは猛烈な勢いで加速し始め、テイオーを追い抜いてどんどん引き離していく。

 

「スズカ……良かった」

 

 フジキセキは安堵しているらしいが、俺は戦慄を覚えていた。

 サイレンススズカは1000mを通過したところで、テイオーに20バ身近くつけている。普通あんな大逃げをしたならば終盤で垂れてくるはずだ。だが垂れてこない。1600mを通過した。まだ垂れない。テイオーが必死に追っている、それでもサイレンススズカの逃げの方が速い。

 素晴らしい。何だあれは。その言葉が漏れてしまっていたようだ。隣にいるタキオンが笑った。

 

「いやぁ、君が知らないのも無理はない。数年ぶりだろうからねえ、あの走りを披露するのは」

「どういうことだ?」

「クククッ、トレーナー選びは一生に関わるということさ。常識の埒外にあるものを常識に押し込めようとする行いの、何と不毛なことだろうか!」

 

 上機嫌すぎて会話にならない。

 フジキセキに目を向けると、彼女は目じりに涙が浮かんでいた。嬉し泣きらしい。しかし一番気分が良いのは走っているサイレンススズカだろう。あんな速度で走っておいて、顔は心底嬉しそうだった。

 最終直線、サイレンススズカは……ペースが落ちなかった。どころかますます加速していく。”逃げて差す”とでも言えば良いだろうか? その圧倒的なスピードに、辿り着くべき到達点を見た気がした。

 呆気に取られていると、隣から喉を鳴らすような声が聞こえた。

 

「素晴らしいだろう? 私のプラン候補だっただけのことはある」

「……なんでこの子、クラシック勝ってないんだ?」

「さあねえ。ただ私が思うに、トレーナーの問題だろう」

 

 あの有名なトレーナーで力不足というのは考え難い。極端に本番に弱い? そういう人もいるが、彼女がそうだとは思えなかった。だとすると、やはりトレーナーの問題と考えるしかないか。

 

「君が代わりにトレーナーになりたまえ。彼女は見る限り大人しそうだし、大丈夫だろう」

 

 何が大丈夫なのか不明だが、タキオンが前向きなのは覚えておこう。

 問題はトレーナ―の問題だったとして、俺に代えれば解決するのかどうかだ。

 悩んでいると、二人が戻ってきた。

 

「トレーナー! 負けちゃったよぉー!」

「頑張ったな、テイオー」

「すごく気持ちよかった……こんな感覚、いつ以来だったかしら。テイオー、あなたのおかげよ」

「ああ。タイムは……うわあなんだこりゃ。テイオーの走破タイムも自己ベストだぞ」

「そ、そう? 嬉しいけどなんかフクザツだなぁ。次は勝った上でタイムも更新するからね!」

「ふふ。トレーナーさんも、ありがとうございます。私の走っているのを見て、どうでしたか?」

 

 さて何と答えよう。他のウマ娘たちからも鋭い視線が向けられていて、嘘なんかついた日には八つ裂きにされそうだ。

 

「まあ、なんだ。憧れるよ」

「憧れ、ですか?」

「このモルモット君は頭の中も齧歯類でねぇ。人の身でありながらウマ娘と同様の、いやそれ以上のスピードを求めているのだよ」

 

 なんて言い様だ。全員苦笑いを浮かべている。ただ誰も可哀想だとは言ってくれなかったので、無謀だと思っているのは事実なのだろう。

 生暖かい空気を流そうと、咳払いした。

 

「あ、あー。俺は君たちにチームに入ってもらいたいと思った。どうだ?」

「……すみません。私は先行と逃げ、どちらが向いていると思いますか?」

 

 思いっきり流された。が、多分彼女は口下手なのだろう。幸い、答えは考えるまでもない。

 

「逃げ一択だろう。精神的な問題か走りの癖かまではわからないが、脚をためる、ペース配分とか余計なことを考えるのが向いてないんじゃないか。走ってる時の表情が完全に別物だったぞ」

「表情、ですか?」

「ああ。同じ逃げでも、ミホノブルボンとは真逆のタイプに見える」

 

 サイレンススズカはぼーっとしていた。聞いているのだろうか。

 彼女はやがて眼をパチパチと瞬かせて、すっと頭を下げた。

 

「チームの件は考えさせてください。今のトレーナーさんとも話し合ってから決めたいんです」

「もちろん。他の二人は?」

「あなたのトレーナーとしての実績は未知数ですが、一定水準の知識の存在を推定。私の目標は三冠ですが、承認していただけますか」

「難しい夢だからこそ支えがいもある。君は強いから、スプリンターで暴れ回るなら支えはいらないだろ」

「……では、これからよろしくお願いします。マスター」

 

 マスターってなんだ。気にするだけ負けか。

 フジキセキに目を向けると、照れたように笑った。

 

「私はタキオンに頼まれて来てるから、最初から入るつもりだったよ」

「ありがとう。よろしく頼む」

「よろしく。サブトレーナーだと思ってくれていいからね」

「まだ1年目だ。むしろ俺がサブだろ」

 

 とは言った物の、さすがにトレーナーとしての勉強もかなり進めてきた。多分同期の誰よりも詳しいのではなかろうか。

 なぜここまで詳しくなったのか? 理由は簡単である。勤務時間が長いのに対して仕事が少ないから、勉強するくらいしかやることがなかっただけだ。さすがに勤務中に研究は憚られるし、タキオンは手が掛からないし掛けるだけ無駄だったし、テイオーはちゃんと授業に出るタイプのウマ娘である。

 

 

 

 数日後、サイレンススズカは正式に移籍が決まった。元担当トレーナーの承諾もあるので、問題はない。問題はクセの塊のようなメンバーである。

 タキオンは相変わらず実験と研究に狂っている。チームメンバーが増えてますます研究狂いに弾みがついて、1日に50回くらい実験のお誘いが来る。

 テイオーは週に3回はカイチョートークに付き合わないと機嫌が悪くなる。構わないとちょっと悲しそうにするので質が悪い。

 スズカは走っている時以外は9割ポンコツだ。まともな良い子だと思ったが、あれは走ることしか頭の中にないだけだ。つまり何も考えてない。

 ブルボンはわかりにくいし融通が利かない。放っておくとスズカより静かだが、あれでもウマ娘or生き物である。望みをこっちで解読して、先回りして助けないとエラーを吐く。

 フジは優しくて良い奴で頼りになるが、悪戯大好きという可愛い悪癖を抱えている。引き出しを開けたら花が咲いた時、頭がどうにかなりそうだった。

 そして俺。週に1回くらいウマ娘と併走してはボロ負けして、相手を研究攻めにする癖を抱えている。まあ他の連中と比べたら大したことはないはずだ。

 

 つまるところ、このチームには豪華な顔ぶれの問題児が集まってしまったようだ。何せメンバー全員クセが強い。個性の塊だ。そんなイカれたチームの名前は、『ベテルギウス』だ。まるで今にも爆発しそうな名前である。なんと10分間の大激論の末、まともな天文知識を持っているのがタキオンだけだったからそうなった。

 

 ただ、良いこともある。このチームは”走ること”にかけては基本的に一流、ないし元一流のウマ娘が集まっており、予算が溢れるほど貰える見込みだ。しかも重賞を勝つなど、結果を出せばさらなる増額もあるらしい。なんて素晴らしいのだろう! これで買えなかった実験器具が手に入る!

 

 そういうわけだから、何としても重賞勝ちが欲しい。まずはホープフルステークス。スズカはしばらく走り方を逃げに戻す訓練が必要だから、今年はお休みだ。つまり我々の予算はタキオンの双肩にかかっている。不安の極みと言えよう。

 ただ、速く走りたい。その夢がどんどん膨らんで行くのを感じながら、冬の到来を待ち続けた。

 


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