実況で雰囲気のためにモブウマ娘を作りましたが、フィクションです。仮に同名の存在がいたとしても実在の人物や団体などとは関係ありません。
暮れのGⅠ、ホープフルステークス。正直GⅠの中では最も格の無いレースだ。歴史が浅く、賞金が飛びぬけて高いわけでもない。ジュニア級王者決定戦は朝日杯で、人気と話題は有馬記念が持っていく。まるで有馬記念の裏番組のようだ。
……そう、思っていた。
ふたを開けてみればどうだ。見慣れつつあるレース場はまるっきり別の場所に見えた。今更ながらに緊張している自分がいる。これがGⅠ。生で見た回数だって多くないのに、トレーナーとしては完全に初見。というか、トレーナーとしても2戦目がGⅠなのだ。緊張するなと言う方が嘘である。
一方いきなり大舞台を2戦目に選んだはずのタキオンは、控室で項垂れていた。
「実験が……検証が……」
「ほんっと何というか、メンタルが強いというか、図太いというか、面の皮が厚いというか」
「レースなんか恐れてどうする。それよりも、この絶好の機会を活かせないのは……トレーナー君、本当に重バ場なのかい?」
「重じゃなくて不良だってさっき発表があった」
タキオンは溜息をついた。さっきからずっとこの調子だ。中山レース場だから良かったものの、阪神ならボイコットしそうなくらいだ。
「今日は速度を追求できそうにないよ。モルモット君、私はどうすればいい?」
「じゃあ、1個良いか。タキオンくらいにしか言えないことだ」
「なんだい? 言ってみたまえ」
「……手を抜け。それで勝て」
GⅠは多くの人々の想いが集まっている。応援してくれるファンにだって失礼な行いだし、共に走るライバルにも顔向けできるようなオーダーではない。それでもタキオンの脚を優先したい。今は雨も上がっているが、泥濘に嵌ろうものなら目も当てられない。
タキオンは顔を少し顰めたが、長く息を吐いて頷いた。
「良いだろう。今日は実験もできないし」
「……こんなことを言うのは、トレーナー失格かもしれないが」
「ん?」
「怪我しそうだと思ったなら、少しでも違和感を覚えたなら……脚を緩めて、立ち止まれ」
勝利を信じて送り出すトレーナーとしては不適切かもしれないが、間違いなく俺の本心だった。
すべてのウマ娘たちが追い求めるGⅠ。一等星の輝きは、一生に一度、このジュニア級でしか掴み取れない。その重みを理解するには、あまりにも経験が浅すぎた。だからこうして漠然とした不安に襲われるのだろう。
「やれやれ、まあ齧歯類というのはストレスに弱いという物だ。モルモット君は私の分まで緊張してくれているようだがね」
「うるさい。一応聞いておくが、今は大丈夫なんだよな?」
「ひどく気乗りしないこと以外は絶好調さ。ほら、行った行った」
心底気怠そうだ。俺としても残念な気持ちはある。ウマ娘の限界速度、今日は見れそうにない。
とはいえ俺があまり下を向いていてもダメだ。他のメンバーに余計な心配を掛けてしまう。軽く頬を叩いて、観客席へ歩き出した。
観客席で他のメンバーとも合流すると、テイオーがぴょこぴょこと尻尾を揺らした。
「トレーナー、タキオンどうだった?」
「調子は良いらしい。脚も大丈夫だとさ」
「じゃあヨユーだね!」
「慢心しすぎてはダメよ、テイオー。ちゃんと応援しましょう」
「……マスター。応援とはどのようにすれば良いのでしょうか」
「声でも掛ければいいんじゃないか? フジ、細かいことを教えてやってくれ」
「じゃあこれを飲むと良いよ。応援になるから」
フジキセキは謎の薬品γを取り出し、疑いを知らぬブルボンに飲ませた。その瞬間、ブルボンがカッと目を見開いた。
「未知の信号を検知。エラーです」
「タキオン薬にしては普通の効果だな」
「危ない物なら飲ませないよ。実は私も前に飲まされてね、面白そうだから貰ったんだ」
ブルボンの肌がメタリックなシルバーカラーで塗装されていた。まるでロボットである。良かった、輝かなくて。輝いていたらフラッシュを焚いたと勘違いされてもおかしくなかった。鏡を渡すと、ブルボンはぽけーっとした表情を浮かべていた。
「トレーナーさん、始まりますよ」
「ああ、ありがとう」
「頑張れー、頑張れー」
「もうちょっとこう、緩急をつけて」
フジキセキとブルボンは放っておいても大丈夫そうだ。視線をゲートに移したタイミングで、タキオンが問題なくゲートに収まるのが見えた。この期に及んでゲート入りを拒むウマ娘はいないようだ。これがGⅠということだろうか?
『各ウマ娘、ゲートに入り態勢整いました』
この一瞬、静かな時間だけは何度聞いても慣れそうにない。
『……スタートしました! 3番アグネスタキオン良いスタートです! ハナに立ったのはアグネスタキオン!』
逃げ、るわけではないか。単純にスタートが上手くいきすぎただけらしい。タキオンは流れるようにペースを落として先頭を逃げウマ娘に譲り渡し、逃げ勢の後ろ3番手で悠々と走っている。順調な滑り出しだった。
今回の作戦は先行だ。差しはこのバ場状態では脚への負担が大きいからやめた。何度となく行ってきた併走トレーニングや模擬レースの結果からして、タキオンは最終コーナーまで控え、曲がりながらスパートを掛けるのが勝ちパターンだ。
『向こう正面に入って先頭は変わりません、12番スターハムハム、続いて1番エスケープフラワー、1バ身差3番アグネスタキオン、本日の1番人気です』
予定通りにレースを進めている。あとは展開次第か。タキオンが抜け出すタイミングを誤れば、後方から一気に上がってきたバ群に埋もれる危険性がある。抜け出せる力はあるが、無駄に消耗してしまえばどうなるかわからない。
『4コーナー、最初に立ち上がってきたのはアグネスタキオン!』
……杞憂だったか。まあ走れなかった分、それ以外を重点的にやったんだ。今更仕掛けどころを間違えるわけないか。そういえば、このまま終われば怒られてしまう。
「タキオーン! ほどほどに頑張れー!」
「ひどい声援……」
スズカの呟きが俺の心を殴りつけた。しかし頑張れと言って本当に頑張られても困るのだ。ここで脚を浪費するくらいならトレーニングに使いたい。実戦が最大の練習とは言うが、こんな公開練習じみたレースでは然程変わりはあるまい。
『アグネスタキオン、リードを開いていく! 残り200メートルで2バ身差! 差が広がらないが縮まらない! 後続のウマ娘も追っているがしかし先頭はアグネスタキオン! ゴールッ!!』
2バ身差を完璧に維持したまま、タキオンは最後まで全力を出さずに勝ってしまった。良いレースではない。蹂躙と表現した方が良いくらいだ。しかしこの圧倒的な勝ち方は、俺たちの目標にそっくりだった。
「すごいすごい! タキオン、カイチョーみたいだった!」
はしゃぐテイオー、声援を送るフジ、少し微笑んで拍手するスズカとブルボン。皆喜んでいる。それは金が欲しいとか汚い欲望ではなく、純粋に勝利を讃えての物だ。会場もゴール直後はどよめいていたが、今では声援を送っていた。
みんなが喜んでいる。俺も嬉しいはずなのだが、何だか現実離れした気分だった。そもそも勝ちに来ているのではなく、スピードを出しに来ていたからだろう。ゴールの少し先でタキオンが手を振っている。表情から察するに、タキオンも然程嬉しい訳ではないらしい。俺もタキオンもこれが欲しかったわけじゃない。良バ場ならきっと全力で走って、速度の限界を探りに行ったはずだ。手を抜いて走った。それでも、なぜこんなに声援がある? これがGⅠを勝つということなのか?
「ほら、トレーナーも何か言ってあげなよ」
「……頑張ったなー! タキオン!」
テイオーに促され、上滑りした文句を叫んだ。タキオンが俺を見て笑っている。アホだと思われた気がする。
こうして余韻もないままに、俺はGⅠウマ娘のトレーナーになるのだった。
ちょっとしたご報告。
まず結論から説明しますと、投稿は続行しますし、今のところ本作を削除する予定もありません。R15タグはついていますが予防線に過ぎず、元々いわゆるR指定の必要な作品ではないと考えているためです。
なんでこんなこと今更言ってるのか。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、先日一部の方がウマ娘二次創作を巡って馬主様と騒動になりました。(一部の方、馬主様ともに個人名は出しません)結局その馬主さんは「全年齢ならいいよ」と言ってくださいましたが、色々と慎重を要する状況になっているためです。
本作では今後もウマ娘のガイドライン(長いので引用はしません)と原作(現実)を最大限尊重しつつ、時折創作的都合や個人的趣味によって捻じ曲げていこうと思います。よろしくお願いします。