汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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これが私のタキオン資金源問題の答えです。冷静に考えたらアグネス家って名家ですよね。ウマ娘で出てくる奴にイカれたメンバーしかいないのでそんな印象皆無ですけど。


第24話

 有馬記念も終わると、トレセン学園はいよいよ年越しを迎えることになる。地方に帰るウマ娘もあれば残るウマ娘もあり、千差万別だ。

 翌日の放課後、今年最後のミーティングを行っていた。そこで意外な事実を聞くことになった。

 

「実家に帰るのはブルボンとタキオン、で良いんだよな?」

「肯定」

「ああ」

「正直、タキオンが実家に戻るとは思わなかった」

「寂しいのかい? ん? 生憎だが、私は実験予算を貰ってこないといけないからねぇ」

「……そんなに裕福なのか?」

「アグネス家はウマ娘の間では有名なんですよ、トレーナーさん」

 

 スズカ曰く、アグネス家とはメジロほどではないにせよ、結構な良いとこらしい。今までレース賞金もないのに資金をどうしていたのか、ようやく謎が解けた。

 

「ボクはカイチョーがやるパーティーの手伝いをするんだ!」

「会長が?」

「会長さんは毎年、年末になると色々な催しをするんです。クリスマスパーティーだったり、年越しパーティーだったり」

「へぇ……スズカ、ありがとう。テイオーも楽しんで、でも食べ過ぎには注意しろよ」

「はーい!」

 

 元気が良いのは良いことだ。トレーナー素人の俺がこういうことを言うのもどうかと思うが、年末年始はトレーニングを控えさせる方針だ。皆まだ学生なのだから、家族や友人とゆっくり過ごしてほしい。とはいえ完全に休むと身体が鈍ってしまうので、ごく簡単なメニューを全員に渡し、簡単な説明を行った。さて、もうやることはない。解散の雰囲気になったところで、フジが飄々とした態度で声を上げた。

 

「ところで、トレーナーはどう過ごすんだい?」

「ん? 寮で研究でもしてるよ」

「それならパーティーにおいでよ。歓迎するから」

 

 満面の笑みのせいで無下に断るのも憚られる。俺に出来るのは玉虫色の回答だけだった。そして、通じない奴が1人いた。

 

「あー、覚えてたら行くよ」

「じゃあボク呼びに行くよ! トレーナーの部屋どこ?」

「あはは……」

 

 フジには暗黙の意図が伝わったが、テイオーに通じるはずもない。しかもフジはテイオーを止めてくれなかった。渋々寮の部屋を教えると、とてつもなく嫌な予感がした。やっぱりやめておけばよかった。逃げるように言った。

 

「さて、詳しいことは来年にも話すが、今のうちに来年の予定を伝えておこう。気持ちの準備とかあるだろ」

 

 異論はないようだ。まずタキオンの方を向いた。

 

「前々からの方針だが、タキオンは弥生賞なんかのトライアルは使わず、皐月賞に直行する」

「脚が弱いから……ですか?」

「その通り。言われなくてもわかってるだろうが、4月前半だ。基本的には根本的に速度を上げられるようにスピードを鍛え、タイム更新を狙う。あとは体幹を鍛えてバランスを取れるように。転倒はもちろん、ちょっとでも左右で負荷が違うだけでタキオンの場合は怪我に繋がるからな」

「構わないよ」

 

 一番詳しそうなフジに目を向けたが、異論はないらしく頷いてくれた。

 

「で、スズカなんだが……いくつかレース映像はこっちでも確認済みだが、本人の意見も聞きたい」

 

 今のところ一緒に練習してきてわかったことは、スズカは大逃げ一辺倒なウマ娘で、適正距離は1600から2400メートルまでということだ。ただしこれはあくまでも可能な範囲というだけで、できればこの中央らへんの距離を走りたい。具体的に言うと、1800から2200メートルがベストだろう。左回りが望ましい。新しいことをするから、見慣れた東京レース場が良い。

 この考えを伝えると、スズカは無言で頷いた。

 

「1800メートル、東京レース場、オープンクラス。2月前半のバレンタインステークス。大逃げの初戦としてどうだ?」

 

 トレーニングの動きを見る分にはいきなり重賞に送り出しても勝てそうだが、慣れないことは格下で試すに限る。スズカは幸い身体が弱いわけでもないので、無理にGⅠにこだわる必要はあるまい。

 

「わかりました。では、それに出ようと思います」

「おう。何か希望が出来たら言ってくれ、問題がなければ通すから」

「はい。よろしくお願いします」

 

 移籍から数か月だが、大逃げのトレーニングは楽だった。スズカの場合余計なことを考えれば考えるほど遅くなる、ひいては弱くなってしまうので、教えたのは簡単なことだけだ。走り方、上手な先頭の取り方、3コーナーか4コーナー手前で少し息を入ること。これだけだ。途中で息を入れさせるためだけに数か月費やしたと言っても過言ではない。それでタキオンもテイオーもぶっちぎっていくのだから、明らかに基礎スペックがおかしい。

 

「で、テイオー」

「なになにー? 1月でもうデビューしちゃうとか?」

「んなわけあるか。来年から本格的なトレーニングを始めるから、そのつもりでいろってだけだ」

「ちぇー、でもやっとかぁ……やっとテイオー様の伝説が始まるんだぁ……!」

 

 デビューできるだけでも興奮するようだ。確かに誰にもスカウトされないままデビューできずに去るウマ娘も一定数いるから、間違ってはいない。もっともテイオーがそんなことを考えているとは思えないから、多分単純なだけだろう。

 

「ブルボンはとにかくスタミナをつける。スピードは後回しで、まずは3000走れるようにする。それに並行してラップタイムの刻みをより厳しい状況でもブレないように。走りのフォームも調整していくぞ。」

「了解」

「フジは情報をまとめてくれるとありがたい。二人の出るレースの情報や、テイオーと同期の有力ウマ娘とか。俺の方でも調べはするが、性格とかはどうもね……そっちの方が詳しいこともあるだろ」

「ん、わかったよ」

 

 1人だけ何も振られないと悲しいだろうから、試しにサポートをお願いしてみた。今までも率先して何かと雑務を引き受けてくれていたが、こちらから頼るのは初めてだ。満足そうなので多分正解だったのだろう。

 

「ところでトレーナー、クリスマスパーティーをしていないね?」

「ああ。ホープフルでそれどころじゃなかったからな」

「このままじゃエアグルーヴに怒られるよ? 祝勝会も兼ねてさ、どうかな?」

 

 エアグルーヴに怒られる理由はわからないが、やることはわかった。寮の食事は無料だし美味いはずだが、たまには違う味も食べたくなるだろう。話し合いの結果、甘い物を食べようということになった。買ってくるか食べに行くか検討していると、フジが練習をしたいと言い出した。テイオーも頷いていたので、多分会長が主催するらしいパーティーだろう。

 というわけで材料を買い出しに行き、夕方から食堂の厨房を借りた。

 

「……で、この中に料理ができる奴はいるのか」

「不可」

 

 真っ先に声を上げたのはブルボンだった。触れた機械が壊れてしまうので、コンロも冷蔵庫も触れない。でも材料を切ったりはできるし変な薬品を混入させることもないので、料理ができる判定になった。他は……自信はなさそうだが、まあ壊滅的な奴はいなさそうだ。というわけでフジに全部投げた。苦笑しながら引き受けてくれたので、いよいよ俺の仕事はない。

 

「じゃ、俺は帰る」

「あれ? トレーナーもしかして料理できないの? ボクが教えてあげよっか?」

「できるが面倒だし、仕事があるんだよ。あとはウマ娘同士で楽しくやってくれ」

 

 俺に限らず年末年始は忙しい。私用はもちろん、まだ書類仕事が残っているのだ。予算の要求もそうだし、来年の計画もトレーニングメニュー以外に色々ある。

 後ろ手で右手を振りながら立ち去って、トレーナー室で仕事にとりかかった。

 

 

 

 数時間後、一段落ついたので休んでいた。この分には明日明後日には片付くだろう。いったん息抜きに――いや、まだやらないといけないことがある。彼女たちに渡したのはあくまで年末年始の休みのメニューだ。つまり1月のメニューというのは別途考えなくてはならない。方針は決まっているが、さすがにそのままでは杜撰すぎる。

 

「もしかしてだが……トレーナー業って滅茶苦茶忙しいのか?」

 

 今更気づいてしまったかもしれない。でも今更引き返すわけにもいかないし、引き返したいとも思わない。でも疲れるものは疲れる。たまにはコーヒーでも飲もうか、タキオンがいない今なら飲んだって文句は言われまい。一人でのんびりとマグカップを持っていると、心が穏やかになった。

 

 しかし、その平穏は5分も経たないうちに破壊された。

 

「やっほー! ワガハイからのクリスマスプレゼントだー!」

「……あの、トレーナーさんも疲れてるでしょうし、もう少し控えめに」

「やぁやぁモルモット君……うわっ、なんて物を飲んでいるんだ」

「目標をテーブルに設定」

「メリークリスマース!」

 

 フジはシルクハットをどこからともなく取り出して器用にもてあそび、放り投げて俺の頭にかぶせてきた。

 

「データの照合を開始……該当、『探偵』です」

「ウソでしょ……安直すぎ……」

「お前ら何の用だ」

「可哀想なトレーナーに料理をごちそうしてあげようと思って!」

「というわけだからモルモット君? ここにチキンがあるだろう? 実は作ったのは私なんだ。なぁーに焼くだけだから異物は混入していないさ。さあ、食べたまえ」

 

 タキオンを除く全員が無言で首を横に振っていた。タキオンは一歩進み出て差し出しているため、気づいていない。彼女とは長い付き合いだから、どっちを信じるかなんて言うまでもない。

 

「……遠慮しとくわ」

「えー!」

「薬品で焼いたんじゃないのか? それ?」

「あ、今のそれカイチョーっぽい!」

 

 それは罵倒ではないか? 次々と彼女たちが皿を並べて、卓上は瞬く間に豪華絢爛たる状態になった。その隅っこに例のタキオンチキンも混ざっている。水の中に無味無臭の毒薬が混ざっているのを連想した。とはいえそれ以外の料理に罪はない。

 

「わざわざ悪いな、みんな。ありがとう」

「気にしないでください」

「そうそう! テイオー様の慈悲深さに感謝するが良いぞよー!」

「疑問。それは気にしているのではないでしょうか」

「トレーナーもお疲れ様。新人なのにこんなメンバーのまとめをするのは凄いことだ。誇って良いよ」

 

 タキオンは無言で皿の位置を入れ替えようとしていた。何となく乾杯の音頭を取ろうとして、重大なことに気づく。

 

「乾杯とか言おうと思ったんだけどな」

「うん」

「飲み物ないじゃん。いや俺はあるけどさ、みんなの分ないじゃん」

「……私にいい考えがある!」

 

 物凄く嫌な予感がした。タキオンは吼えた。

 

「ここに試験管と薬品がある!」

「よし! みんなで飲み物を取りに行こうか! 行くぞスズカ! フジ! ブルボン! テイオー!」

「待ちたまえ! 少なくとも健康に悪影響は……」

「行きましょう」

「ボクはジュースがいいなー」

 

 かくして、どうにも締まらないクリスマスパーティーを過ごしたのだった。

 




筆者の競馬知識はほぼ皆無と言って差し支えないので、主にwikiが由来です。

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