汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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第28話

 一週間後の放課後。タキオンとフジが盛大に遅刻していた。およそ20分。行方は誰も知らないらしい。電話を掛けたが繋がらない。

 何かに巻き込まれたかと思うと心配だが、あの2人なら厄介事は巻き込まれるより起こす側だろう。悩んでいると、戸が開いた。

 

「やぁやぁ、遅くなってすまなかったねぇ」

「悪いねトレーナー。タキオンが未練がましく弄ろうとするから」

 

 二人は珍妙な機械を運んでいた。フジの手には極々一般的なVR用のゴーグル。恐らくだが、スズカ用おもちゃこと模擬走行装置だろう。そしてタキオンが押してきた物は、少々近未来的なただの車椅子だった。

 

「タキオン、それは?」

「見ての通りだが?」

 

 確かに車椅子にしか見えないが、俺は彼女を信頼しているのだ。タキオンがまともな物を作るはずがない。80%の善意と20%の好奇心でロクでもない物を作るタキオンに限って、普通の車椅子なんて用意するはずがない。

 もし善意100%で作っていたらと思うと心が痛むが、元を正せば前科が多すぎるタキオンが悪い。疑いの目を向けていると、案の定タキオンは悪役じみた笑顔を浮かべた。

 

「クククッ、この車椅子には少々手を加えていてねぇ。さぁモルモット君遠慮はいらないから座りたまえ。それが君のケージだ」

「どういう機能があるんだ?」

「君のための物なんだから、君が試すに決まっているだろ?」

 

 説明を求めたら実演させられた。外付け安全装置ことフジに目を向けると頷いたので、多分大丈夫なのだろう。

 車椅子にはシートベルトがついていた。それだけなら理解できるのだが、やけに厳重だった。まるで振り落とされる可能性に想定しているかのようで、ジェットコースターを連想した。

 座ると、肘置きの両側にボタンがたくさんついていることに気づいた。

 

「気づいたね? それでは右側の起動ボタンを。マークがあるだろう? ……よし。では次に右側のパネルにある……ロケットのマークだ。押したまえ」

 

 嫌な予感しかない。そうだ、名案を思い付いた。

 

「ブルボン、ちょっとこっちに来てくれ」

「はい、マスター」

「もしこの機械が暴走したら、触って破壊してくれ」

「……オーダーを受理」

 

 少し耳が垂れてしまっている。すまないが命には代えられないのだ。今度賄賂でも渡しておこう。

 

「はーやーくー」

 

 急かされるままにボタンを押すと、ゆっくりと前に進みだした。当然進んでいくと壁がある。

 

「どうやって止めるんだ?」

「安心したまえ」

「何をどう安心するんだよ」

 

 破壊するのは心苦しいが、ブルボンを呼ぼうとした。その声にかぶせるように、鳥が羽ばたく音がした。慌てて振り向くと、ハトが舞っている。その中心にはシルクハットを振り回すフジがいた。呆気に取られて数秒ロスし、車椅子が止まった。ゆっくり顔を前に戻すと、壁の前で自動で停止したようだった。

 

「よし、安全装置も機能しているようだねぇ」

「そういうことは先に行ってくれよ……」

「これは私の提案ではない。フジ君に脅されたのさ。それでも君は私を責めるのかい? 残念だなぁ、お詫びとして実験に付き合いたまえ」

 

 ……そうか、鳩を出したのはブルボンの気を引くためか。

 フジはにこにこと嬉しそうに笑いながら窓を開け、鳩を空に放っていた。忘れていたがこいつも問題児か。

 呆れ果てていると、タキオンが得意顔で言った。

 

「その車椅子にはこの学園内の構造がすべて入っている。左側を見たまえ、色々と行先が書かれたボタンがあるだろう? 行きたい場所を選べばそこまで自動運転してくれる。障害物があれば自動で減速、回避、迂回もする。あと万が一に備えて、GPSによる位置特定機能もある。うっかり置き忘れても大丈夫な仕様だ」

 

 確かに食堂だの寮だの色々と書いてあるボタンがあった。日常的に使いうる場所が登録されているらしい。

 試しにトレーニング用のジムへ向かうボタンを押すと、動き始めた。そしてドアの前で止まった。これはとんでもない。俺は二重の意味で感動していた。製品自体の凄さなんて言わなくてもわかっているだろうから、もう片方を伝えた。

 

「こんなまともな物をよく作れたな」

「怪我をしないための研究はもちろん、怪我をしても研究生活に不便しない備えもしている。これもその一環、つまり今のモルモット君のような状態は想定内ということさ」

 

 誕生経緯があまりにも暗かった。返答に窮していると、今まで黙っていたテイオーがどうでも良さそうに言った。

 

「ねータキオン、それって速く移動できたりする?」

「しない。あくまでも日常生活の範疇だ」

「ちぇー、つまんないの」

 

 速く動けたとして何なのか。自動車と競争するのと同じで不毛なだけで、生身であることに価値がある。まあテイオーにそんなこと言ってもわからないかもしれないが。

 

 車椅子の機能を確認していると、腕時計が目に入った。もうこんな時間か、そろそろ行かないと日が暮れてしまう。

 

「2人ともありがとう。さて、今日はメニューにも書いてある通り筋トレだ」

「マスター。坂路走行を希望します」

「今日もパワートレーニングですか? あの、今度は是非ターフで……」

「トレーナー、ボク言ったよね? カイチョーと併走したいって。どうだった!? ボクから頼んでもダメって言われるんだよぉ!」

「はは……トレーナー、今日は休んでもいいかな?」

 

 フジが死にそうな顔をしていたので、威嚇しながら首を横に振った。1人だけ逃げられると思うなよ。だいたい俺に言わせればお前だってそっち側だ。タキオンだけが黙っていたが、今は特に言いたいこともないのだろう。怪我のデータを渡してからずっとこの調子で、データの分析に情熱を費やしている。実験もその影響でお休みだ。

 

「ねーねー併走したいよー、カイチョーに会いたいよぉー……お正月に会えなかったんだよぉ!」

「わかったわかった、後でな」

「後っていつ!?」

「……トレーニング中に生徒会室行くから。な?」

 

 1人だけの言うことを聞いて無視するのは不公平なので、ブルボンにはトレーニング後に付き合うことを約束し、夜になったらスズカの大逃げトレーニングを見る誓いを立てた。

 ここで、俺は学んだことを活かした。ここでタキオンを放っておくと面倒になる。こちらから明日は研究に付き合うと申し出ると、了承された。ハイライトのない目が丸くなっていたから、相当意外だったのだろう。フジはさっき憂さ晴らしに付き合ったばかりなので無視した。苦笑していた。

 

 

 

 トレーニングを見てアドバイスした後、俺は廊下を移動していた。一度始めてからはちゃんとやってくれるので、その点では安心していられる。

 俺の目的地はもちろん、生徒会室だ。なぜか行き先に設定されていなかったため、近くのポイントまで行ってからは手動で操作する。

 

 それにしても、彼女たちはなぜ素直にトレーニングできないのだろう? 俺のせいか。それともチームの個性が相乗効果で爆発しているのか?

 現状、トレーニングに従ってもらう代価に俺の時間が使われている。だからこの数日、俗に言う「お休み」がまったくない。研究時間と睡眠時間とウマ娘時間で1日が終わってしまうのだ。スズカはスペシャルウィークの帰還を受けて部屋を訪ねる頻度はめっきり減ったが、それでも時折は顔を出しにくる。

 

 ここで事態をややこしくしているのは、俺が嫌だと思っていないことだ。研究の遅れやプライベートが消えることは問題だが、彼女たちに付き合うこと自体は何の苦でもない。

 ブルボンが満足するまで坂路に付き合っても構わないし、スズカが走ってるのを見ると俺も走りたくなる。テイオーは近所の悪ガキ感があり小生意気だが怒る気にはならない。タキオンも越えてはいけないラインは超えないし、フジの悪戯は可愛い物だ。

 

 多分、決めたメニューに従わせようとしているから疲れるのだろう。いっそほとんどウマ娘に任せた上で、助言や補助に徹した方が良いのではないか。トレーニングしたければする、したくなければしない。全員あれでも理想や願いがあるから、無理に管理しなくたって勝手にトレーニングはするはずだ。

 

 ただ、ウマ娘指導のスタンダードからは大きく外れている。王道には王道なりの理由があるのだから、まずそちらを試してからでも遅くはあるまい。とはいえ、あまり悠長に構えてもいられない。

 バレンタインステークスで決めよう。そう決断した時、もう生徒会室の扉は迫っていた。

 




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