汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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第30話

 ウイニングライブを見た後、現地で解散した。祝勝会という雰囲気にもならなかった。ただ帰り際にスズカの表情は暗いままだった。いよいよ困り果てた末に、頼れる相手の存在を思い出した。

 

 彼女は門限を過ぎた時間にトレーナー室に現れた。飲み物を渡すと、フジは穏やかな表情でコップに口を付け、溜息をついた。

 

「要件はチームのことだよね?」

「何が正しいのかわからなくなった」

 

 言わずともわかっているだろう。

 対面に座るフジは物思いにふけるように目線を上に向け、呟いた。

 

「まず、その問いが間違っているかな」

「間違い?」

 

 フジは少し片手を上げて、お道化た調子で言った。

 

「トレーナーはさ、”友達を作る方法”とか、”恋人を作る方法”とか、そういう本を信じるタイプ?」

「いや。眉唾だろ」

「ならトレーナーは”チームの運営方法”っていう本があったら、それに従う?」

「どうかな」

 

 必要性と不安に駆られているから、一概にこうとは言えない。しかし理性的な結論は見えている。

 見かねてフジは脚を組み、気軽に語りかけるように言った。

 

「元々タキオン、テイオーとは上手くいっていたんだよね」

「たぶん」

「あの2人をまとめられて、スズカとブルボンと私をまとめられないわけないよ。こういう風に直接言うのは好きじゃないけど、言わせてもらう。君は普通の道を進めないんだ」

「……そうか」

「あの2人は王道を歩めなかった。だからトレーナーが今まで決まらなかった。そこに君が現れたんだ。今更普通の道に戻ろうとすれば、あの2人はどうなると思う?」

 

 再び放り出される。俺にとって彼女たちは良くも悪くもただのウマ娘だ。こういう言い方は好きじゃないが、代わりはいる。しかしタキオンやテイオーにとって、俺の代わりはいないのだ。もしいるならば、とっくの昔にデビューしているはずなのだから。

 

「君は道を切り開くしかない。不安だろうけどさ、安心しなよ。多少のトレーナーの失敗くらい、帳消しにできるから……もう少し、私たちを信じても大丈夫さ」

 

 照れたように笑うフジに、俺は何も言えなかった。

 道を切り開く、か。並々ならぬ才能が必要なはずだが、俺に出来るだろうか。いや、それも織り込み済みか。私たちを信じろというのは、1人だけで考えるなという意味か。

 

「ありがとう」

「こういう説教臭いのは私の役目じゃないんだけどね。もうすぐレースだし、スズカには今度こそ楽しく走って欲しいから」

「ああ。頑張ってみる」

「うん。でも、頑張らない方が君らしいんじゃないかな?」

 

 そうかもしれない。何も知らないから何もしていなかった時は、こんな問題は起きていなかった。

 肩の力を入れ過ぎていたかもしれない。彼女たちは優秀で、テイオーが前に言っていた通り、走るのはウマ娘なのだ。トレーナーは元より主体ではない。

 

「……わかった。最近はちょっと真面目にトレーナーをしすぎたんだな。研究も進められてないし」

「あ、でも私の分はちゃんと作ってね」

「フジがそれを望むなら。ところで怪我の方はどうだ? ちょっとはマシになったか?」

「ちょっとはね……でも、走るのはまだダメそう。なんとなくね」

 

 フジの怪我はタキオンの研究の方が近い。どうもタキオンの方は進捗が思わしくないらしく、それがトレーニングをサボる理由にもなっている。トレーニングをしないと負ける、なんてのも常識にとらわれ過ぎていたかもしれない。自分で言っていたではないか。敵は他のウマ娘ではなく、自分の脚だと。

 それからフジと別れた後、大幅なトレーニングメニューの修正に掛かるのだった。

 

 

 

 翌日の朝、全員集まったところで頭を下げた。

 

「悪かったな、今まで」

「あの……どうかされたんですか?」

「走りたいのは一緒なんだから、俺があれこれ指図する必要はなかったってことに気づいた」

「えーっと、つまりボクのやりたいよーにやって良いってこと?」

「怪我しそうなら止めるけど、それで間違ってない。必要なら助言はするが、最終的にやるかはテイオーの判断だ」

「モルモット君。私は研究をしたいんだが」

「ならトレーニングしなくていいが、まったく動かさないと色々とまずい。最低限はやってもらうぞ」

「……ふむ」

「坂路を希望します」

「好きなだけ上り下りしていいが、トレーニング時間中は付きっ切りでは見れないと思う。これは他のみんなにも言えることだけどな」

「……何も考えずに走って良いですか?」

「構わないが、息だけは入れた方がいい。じゃないとレース中にスタミナが切れて、最後まで好き放題走れなくなる」

「えーっと……じゃあ、私も泳ぎますね」

「スズカも一緒? ふふん、負けないからね!」

 

 そこまでして無心で走りたいのか。そりゃ理論上基礎スタミナがあれば大逃げで息を入れずに走れるが、それができるなら苦労はしない。否定しようとしたところで、フジの言葉を思い出した。才能を信じよう。もしかしたら彼女が伝説になるかもしれない。

 フジは何も言わず、ただ無言で頷いた。これで良いのだろう。

 

「じゃ、何をしたいか言ってくれ。ブルボンは坂路でパワーとスタミナ、スズカはプールでスタミナトレーニング。テイオーもプールでいいのか?」

「うん。なんか泳ぎたい気分なんだよねーボク」

「じゃあ、それで。先に言っておくが俺は泳がないぞ。ところでタキオンは……もういねぇし」

 

 気が付いたら消えていた。多分ラボだろうけど、一応後で確認しにいこう。

 

「それじゃ、ブルボンの方から先に行くか……あ、そうだ」

「ん?」

「フジは水中ウォーキングをしないか? 軽い運動だし、負担にもならないだろ。あと、まとめて見れるから楽なんだが」

「わかった。けど帰るつもりだったから、ちょっと時間を貰うよ。いいかい?」

「大丈夫だ。プール組は準備もあるだろうし、先にブルボンから見るよ。というわけでテイオー、着替えたら準備運動とかしといてくれ」

「オッケー! ボクに任せてよ。スズカは放っておいたら寝ちゃいそうだし!」

 

 そんなことはない、ない……あるかもしれない。走っている時以外常にぼーっとしているから、あり得る。

 

「じゃ、各自行動開始で。最初はブルボンから見るぞ」

「了解。行動を開始します」

 

 ブルボンはいつも通り無表情だったが、尻尾が揺れていた。坂路を走れるのが嬉しいようだ。何が彼女をそうさせているのかわからないが、楽しくトレーニングできるならそれで良い。そういえばこんなに和気藹々とトレーニングするのは久しぶりだった。

 


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