汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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好きなウマ娘はタキオンですが、好きな馬(非誤表記)はミスターシービーです。出番少なすぎてウマ娘的には好きになりようがない。悲しい。


第31話

 自由にやろうと決めてからは、細かい問題は起きなくなった。正確には無視していた。これで安心と思いきや、思わぬ伏兵が現れた。放っておくと無限トレーニングを始める2名である。スズカとブルボンを止めるのが、近頃唯一のトレーナーらしい仕事だった。ちなみにフジは俺に代わって胃を痛め、タキオンに胃薬開発を命じていた。

 

 3月後半、テイオー、タキオン、俺はグラウンドの適当な段差に腰かけてブルボンを眺めていた。

 

「ボク……あんなに走れるかな?」

「積み重ねがあれば可能だろうが、無理をする理由もあるまい。そもそも長距離が苦手なわけでもないだろう?」

「え~? でも、中距離走ってる時よりも少し走り辛いんだよねー。トレーナー、どう?」

「却下だ。テイオーの脚で坂路なんか走ったら砕け散るぞ」

「菊花賞は? まさかトレーナー、距離を忘れたわけじゃないよね?」

「素の実力が高ければ何とかなる、と思ってる。ダービー終わったらスタミナ重点トレーニングの予定だ」

「そっか。ちゃんと考えてあるならいいや。ボクも早くレースしたいなぁ……」

「そう言うなよ。レース出るようになったら負荷掛けられんし、出来るだけ先延ばしてトレーニングしたい」

「なにー? ボクは無敵のテイオー様だぞー?」

 

 驕った発言にも取れるが、俺も実際負けるとは思わない。文句こそ言うが、厳しめのトレーニングで着実に強くなってきている。まあストレス発散に自棄はちみーして太ったり色々問題はあるが、テイオーステップ頼りは脱却しつつある。後はここぞというところで切り替えれば、本当に無敵になるだろう。

 秋になったら休みつつ緩くトレーニング、冬デビュー戦、春にある程度稼いで3冠路線。タキオンはシンプルにずっと緩めだ。それでも危なそうなら自主的にサボってくれるので、そこらへんは安心できる。

 

 さて、ここで問題が1つある。まだまだ先のブルボンは置いておくとして、スズカはいったいどうしようか?

 

「テイオー、ちょっと相談に乗ってくれ。スズカは次どのレースが良いと思う?」

「えぇー、それトレーナーが考えることでしょ?」

「まあまあ、そう言わずに」

「スズカからは何か聞いてないの?」

「ない。秋の天皇賞は出たいらしいが」

「えぇー? でも春は全部お休みっていうのも勿体ないよね」

 

 しかし、正直ターフを走るだけならどこでも良い。1人暮らしさせたら彼女の自宅には芝コースが建設されるだろう。そんな彼女に、レースに出ろと果たして言ってもいいものだろうか。

 

「スズカの動機がわからないんだよな。テイオーは何か知らないか? 気持ち良いレースがしたいらしいが、GⅠなら何でもいいのか? それとも競う相手が必要ってことか?」

「スズカにライバルなんていたっけ?」

「非科学的なことを話し合っていないで、ひとまず実力を試したらどうだい? 時間は有限だぞモルモット君」

「とりあえず大阪杯でいいんじゃない? あとはスズカが決めてくれるでしょ」

「本人が出たいって言ってもいないのをお勧めするのもなあ」

「ずっとトレセン学園から出られないよ」

「金銭に貪欲だったころのモルモット君はどこへ行ったんだい? あの時の君なら迷いなく選んでいただろうに」

「タキオンが稼ぐからな。ダービー勝てば……いくらだっけ?」

「えぇー? 私にも楽させておくれよー」

 

 へたくそな泣き真似を無視していると、ブルボンが戻ってきた。息も絶え絶えの彼女に飲み物を渡した。

 

「はぁ、はぁ……ん。マスター、6本目の坂路トレーニングを申請します」

「却下。汗凄いことになってるし、足もちょっと震えてるぞ。給水と直ちに充電に入れ」

「……了解」

「念のために言っておくが、今日のトレーニングはこれで終わりだからな」

 

 彼女は渋々頷いた。この一言が無ければ6、7本目を勝手にやっていたに違いない。今のところ故障の危険はないが、この時期にブルボンが問題を起こすと困ったことになる。もうまもなく見えている爆弾が起爆するからだ。

 

「……タキオン、本当に皐月賞は出ても大丈夫なのか?」

「危なければ回避しているさ。心配は無用だ。まあ事後的な問題は起こりうるが、それは仕方のないことだろう?」

 

 要するに”走ってる最中に故障はしないがレース後は確証が持てない”と言っている。だが止められない。万全の状態を追い求めていたらそのまま卒業だ。7割、8割まで持って来れた以上、これは好機なのだ。

 

「なぁに勝算はあるとも。さすがの私も自殺は御免だ。まだその段階でもないからねぇ」

 

 不安ではあったが、こうなったら反対しても止まらない。仕方なく頷いておいた。

 

 

 

 4月、シニア級、大阪杯。2000の距離に良バ場。

 勝てるとは思うが、不安なのは2人。

 まず、エアグルーヴ。トリプルティアラこそ逃したがGⅠを2つ、負けたレースでも基本的に大きく崩れていない。

 次にメジロドーベルも有力候補だろう。年末年始の調子はすこぶる悪かったようだが、さすがに3か月あれば調子も戻っているはずだ。

 

 ただ、十中八九スズカが勝つとは思う。

 現状の、絶好調のスズカと真っ向勝負できるウマ娘は限られている。シンボリルドルフくらいだろう。エアグルーヴもメジロドーベルも実力者だが、ただの強者では相手にならない。有力な逃げウマ娘がいれば展開次第で話も変わるが、エアグルーヴもメジロドーベルも差しだ。一応逃げ自体はいるが、恐らくスズカはハナを取れるだろう。そうすれば独壇場である。

 

 控室のスズカはぼんやりとしていたが、少し不安そうでもあった。なんでもエアグルーヴは彼女の友人らしい。直接の面識はないが、生徒会副会長でルドルフと仲が良いのなら、レースで負けて逆恨みして友情破綻……とはならないだろう。

 

「スズカ」

「はい。どうしましたか、トレーナーさん」

「気負う必要はない。何枠だ、人気だ、展開だとか、そんなことは無視してしまえ。って、数か月前まであれこれ言ってた俺が言うのは卑怯かもしれないが」

「そんなことは」

「あるさ。でも言わせてくれ。これだけは絶対だ……俺とタキオンには見たい物がある。スズカが見てる物とは少し違うかもしれないが、間違いなくその一端は掴めるはずだ」

 

 一拍おいて、俺は頭を下げた。

 

「先に行って、偵察してきてくれ。後で追いつくから」

「……はい!」

 

 その時のスズカを見て、俺は嬉しさ、安堵などと同時に期待交じりの不安を抱いた。あまりにも熱が入り過ぎている。こんなのは初めて見る姿だ。いったいどんなレースをしてくれるのか。

 

 感情を揺らしながら本バ場入場を見て、ゲート入りを見て、そしてスタートを見た。勝ったな、と思った。あまりにも速すぎる。1人だけ違う物を積んでいる。そうとしか言えない走りだった。放送席の解説も何も言わなかった。察してしまったのだろう。

 唯一気になるのはスタミナ切れだが、それも中盤で息を入れたことで克服された。95%が99%になった。

 実況が囃し立てる声が、少し空虚に聞こえてしまった。

 

『さあ大逃げするサイレンススズカを捕まえられるのか!? 女帝エアグルーヴ迫る! メジロドーベルも来ている! しかしゴールが先だ! サイレンススズカ1着! 圧勝です!』

 

 最早笑うしかない。トレーナーとしてインタビューされた時の顔は、うまく笑えていただろうか。まあいずれにせよ、俺は注目されないから良いか。スズカのインタビューは一種のネタ、あるいは強すぎる印象を和らげる効果を発揮していた。

 

『おめでとうございます! 良い走りでした! 今のお気持ちをお願いしてもよろしいですか!』

『……うーん。えーと、走っていたら勝ちました』

 

 当たり前である。それを大真面目に言うのだから、一発で彼女が天然だと判明した。つまりレースで強くてキャラクターも立っている。おかげで人気は急上昇中。最近ファンクラブができたらしい。俺も入ったら驚いてくれるだろうか?

 

 こうなるとチームにも注目が集まる。怪我で療養中だがフジキセキとて朝日杯を制しているのだ。つまり現役メンバー全員GⅠタイトル獲得済みで、まだデビューしていないテイオーやブルボンにもかなりの期待がかかっている。

 それ自体は良いのだが、どうにも困った出来事が起きてしまった。

 

 

 

 3冠ウマ娘とは、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞のすべてを制したウマ娘に与えられる称号である。並の強者では手が届かない、まさに絶対王者だけが名乗りを許された称号だ。実際、テイオーとブルボンはこのためにトレーニングしているくらいだ。

 

 そして今回タキオンが挑むのは、第1弾の皐月賞となる。もっとも速いウマ娘が勝つレースとして知られ、成長の速さと走力の2点が重要になる。つまりタキオンは勝利条件を既に満たしていた。想定外さえ起きなければ大丈夫なはずだ。

 しかし不幸にもパドックにおいて、完全なる大誤算が生じていた。その日、あろうことかタキオンには――。

 

『アグネスタキオーン! 頑張れぇー!』

『3冠取ってー!』

『期待してるぞー!』

 

 大歓声と声援が向けられていた。

 どうしてこうなった?

 




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