汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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阪神競馬場を見過ぎてうっかり東京競馬場を右回りって書きました。ゆるして



第8話

 

 サービスエリアでの休憩中、健康に致命的な悪影響があるのを承知で俺とテイオーはラーメンを啜っていた。一方、タキオンは暇そうだった。途中まではノートパソコンを眺めていたが、やがてそれも飽きたらしく唇を尖らせた。

 

「モルモット君。何か面白いことをしたまえ」

「うわ。トレーナー頑張れー」

「……なら俺の研究の進展について語ろうか」

「おお、面白そうだ」

「えぇー?」

 

 テイオーは放置して、研究の進捗状況を伝えることにした。もっとも、技術協力はお互いに進めているので、概ね想像はついているだろうが。

 ここに来る前は進んでいなかった研究は、今や飛躍的に発展している。それに伴って越えがたい壁も発見されたが、とりあえず壁の存在すら見えなかった以前と比べれば雲泥の差だ。

 俺は思い切った提案をした。

 

「タキオン。変な癖がついたら悪いから、デビュー戦の後で良いんだが」

「前置きをするなって言っているだろう?」

「俺と競争して欲しい。併走って言っても良いかもしれないが、それよりはもう少し勝負っぽい感じで」

 

 辺りが静まり返った気がした。タキオンは目を丸くして興味深そうな表情を浮かべていたし、テイオーは完全に頭がおかしい人を見る目を向けていた。

 

「トレーナー? 君って耳と尻尾が無くて女性じゃないウマ娘?」

「それはウマ娘ではない。人間だ」

「無謀な試みだねぇ、トレーナー君」

 

 いつぞやの皇帝との対決の調子で走られた場合、もちろん負ける。当たり前だ。

 

「手加減してもらうのは前提だぞ」

「それくらいわかっている。しかし、君が陸上競技に打ち込んでいた話は聞いているが、オリンピック級の選手ではなかったのだろう? 彼らをして我々ウマ娘の走力には勝てないのに、果たして君には何が見えているのかな?」

「やればわかるさ」

 

 俺のやったことは単純だ。例の代償付きの薬、あれの代償をそのままに効果だけを高めた。同じ負荷――同じくらいの体調不良――で、今や何倍にも早く走れる。理論上は。

 この辺りの事情を伝えると、タキオンは顎に手を当てた。

 

「私の研究に役立つ可能性があると言うのなら、協力することもやぶさかではないよ」

「じゃ、決まりだな」

「ところで、君の言う”手加減”はどのくらいかね? 競歩というのは経験がないから、なかなかに難しいのだが」

「いいや。さすがに全力は無理だろうが、タキオンの――そうだなあ、3割くらいとなら渡り合えるはずだ。一応言っておくが100mじゃないぞ? 2000mだ」

「ほう! ウマ娘の現時点での最高時速は時速70kmとされている。それを知っての上で、3割と言ったんだね?」

 

 人間の最高速度は時速45kmほどで、それもトップアスリートの100m前後に限った話だ。距離が延びれば伸びる程、ウマ娘と人間の差は広がっていく。まして俺はトップアスリートではない。

 それでも俺は頷いた。

 

「ククククッ、楽しみだなあ! 面白いデータが取れそうだ! どんな結果になるのやら」

「ねえ、本当に大丈夫? データが欲しいだけならボク代わってもいいけど」

「ああ、ありがとう。でもいいんだ。俺の研究目標はウマ娘より速く走ることだから」

「へぇー……すごいね」

「君に言われたくはない」

「ボクは絶対勝つから、そうでもないけどね。まっ、君もこのテイオー様の背を追ってくれたまえよ。ふぉっふぉっふぉっ」

 

 なんだか少しテイオーからの視線が暖かくなった気がした。食事を済ませると早々に出発した。

 

 

 

 土曜日の朝、我々は阪神レース場近郊に辿り着いた。前日だというのに物凄い活気だ。新幹線の席が取れなかったのも、恐らく宝塚記念効果ではないだろうか。宿を予約しておいてよかった、と思ったところで背筋が凍り付いた。

 

「一応聞くんだが。テイオー、宿の当てはあるか?」

「宿? ……ないよ」

 

 まあ、そうだよな。

 新幹線の座席すら取れないのに、果たして現地のホテルが開いているだろうか?

 

「タキオン、調べておいてくれ」

「君の携帯端末は何のためにあるんだね、まったく」

「俺は電話するんだよ。ホテルに」

 

 タキオンは肩をすくめた。一方の俺は言葉通りにホテルへ連絡して状況を説明したが、ベッドの追加は不可能らしい。ただし二人部屋を一人で取っているので、一人を二人にする分には構わないそうだ。礼を言って通話を切った。

 

「タキオンはすごいなあ。これを見越して二人部屋に一人で泊まるなんて言い出したんだな」

「……おいおいまさか。そりゃあ君、いくらなんでも」

「なら空いている場所があるのか?」

 

 タキオンは不服そうに首を横に振った。

 取った部屋は二つ、俺は一人部屋だ。タキオンは荷物を置く場所が欲しかったらしい。まあ要するにテイオーとタキオンが一緒の部屋で眠れば、だいたいの問題は解決される。

 

「大阪か神戸の方でなら部屋は開いているそうだ。そっちで良いんじゃあないかな」

「あまり遠くの宿に泊まらせるのは、会長に引率を任された身として問題がある」

「……なんかゴメンね? ボクのせいで」

「いや、気にするな……でもどうしたものか。タキオンの部屋に一人追加するなら大丈夫らしいんだが、どうだ? 空いているベッドが1個あるだろ。そこに――」

「あの部屋はツインベッドの二人部屋じゃない。だいたい、一人で寝るつもりだったのにベッドが二つあるわけないだろう? あれはダブルベッドの二人部屋だ」

 

 おお。

 つまりあれか。俺は今まで”同じ部屋に泊まる”だと思っていたのだが、”同じベッドで眠る”だったらしい。そりゃあタキオンも渋るわけだ。いくら同性で仕方ないとはいえ、今日会ったばかりの相手と共に寝ろと言うのは中々にハードルが高い。

 

「いや、しかしな、いくらなんでも……」

「えっと、ボクにももう少し詳しく教えてくれない?」

 

 テイオーが拗ねる気配を感じたので、諸々の事情を説明した後、現状の打てる手を伝えた。

 彼女は微妙そうな表情を浮かべていた。人懐っこい印象のテイオーだが、さすがに快諾はできないらしい。

 

「んー……あ、そうだ。カイチョーに聞いてみてもいい?」

「ああ、良い案だ。頼む」

 

 テイオーが電話を掛ける。何度か驚きや落胆の声が聞こえた後、彼女は限りなく気まずそうな表情でこちらを向いた。

 

「無理だって。さすがに学園の施設は借りられないってさ」

 

 俺から言うしかないか。

 

「……悪い、二人とも。同じ部屋に泊まってくれ」

「モルモット君とテイオー君が眠ると言うのはどうだい?」

「それはさすがにちょっと……ごめんね、トレーナー」

「謝る必要はない、俺だってそうする。あと理事長か会長に殺されるから、やめてくれ」

 

 さて、どう言いくるめるか。意外なことに、タキオンはそこまで嫌そうにはしていない。諦めているのかもしれないが、後回しにして大丈夫だろう。つまりテイオーを言いくるめれば万事解決する。

 

「なあ、テイオー。修学旅行って覚えてるか? 小学生の時とか行っただろ?」

「あ、うん。確かに行ったことある。でも一緒の布団では寝なかったような……まあ、いっか。お泊り会みたいなものだよね」

「タキオンも頼むよ。今晩だけだから」

 

 タキオンは大きくため息をついて腕を組んだ。

 

「仕方なし、か……次からはもっと良い案を考えたまえよ」

「悪いな。助かるよ」

「実験三本、いや五本だ。付き合いたまえよ、モルモット君。あとテイオー君は……間違って実験器具を壊さないように」

「ボクをなんだと思ってるの!」

 

 テイオーが不機嫌そうに唸っている。タキオンがまあまあと言いながら白衣の中から何かを渡したところ、機嫌が復活した。何を渡したのだろうか。いや、聞かない方が良いか。

 

「これからどうする?」

「ねね、お土産買っていきたいんだけど」

「じゃあ観光するか。タキオンは何か希望はあるか? チェックインにはまだ早すぎるが」

「……ま、良いだろう。ただ、私も実験の材料を購入したい。構わないね?」

「高等部だっただろ、タキオン。どのみち今日は休みだし、単独行動しても構わないが」

 

 こっちの付き添いは必須じゃないし、本人も望みだろうと思ったのだが。

 彼女は溜息をつき、これ見よがしに腕を広げて呆れたと言いたげだった。

 

「君がいなければ誰が荷物を持つんだ」

「……テイオー、悪いけど付き合っても良いか?」

「いいよー。っていうか、元々ボクがついてきてる側だし」

「悪いな。じゃあ、行こうか」

 

 テイオーが大量の肉まんを買おうとするのを止めつつ、またタキオンがどこから入手したのかわからない劇薬を買おうとするのも止めながら、俺の土曜日は過ぎて行った。疲れた。

 これは、休日出勤ではないだろうか。

 




テイオーにせよタキオンにせよウマ娘は書くのが難しいですね。私には彼女らの性格がわかりません。

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