汝、モルモットの毛並みを見よ   作:しゃるふぃ

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書いておいてなんですが、そこまで競馬に然程詳しいわけではないのです。レース描写がガバガバでも許して。
よく考えたらウマ娘にも詳しくないですね。なんでルドルフとナリタブライアンが一緒に皐月賞走ってるんですかね? そこまで行ったならミスターシービーも走ってくれよ。私にはもう何もわかりません。


第9話

 こうして迎えた翌日、宝塚記念。曇ってはいるが雨はなし。我々は関係者でも何でもないので、位置取りが重要だ。ウマ娘二人は普通に開幕ダッシュで好位置につけた。俺も実験の成果のためか、かろうじて人間の先頭は取れた。よって問題はなくスタンドの好位置で集まれた。タキオンの希望とテイオーの『カイチョーは余裕で勝っちゃうから、ゴール前過ぎると良く見えないよ?』の発言のため、1階のゴールから少し離れた辺りに陣取っている。ゴール側から俺、テイオー、タキオンの並びだ。

 

「芝が荒れてはいるが、まあ良バ場だな。タキオン的にはどうなんだ。嬉しいのか?」

「走りを見られるだけで問題はないさ。まあ個人的には不良バ場の方が見たかったんだがね」

「えー? なんでぇ?」

「それはもちろん研究のためさ。私がそれ以外を優先するわけないだろう」

「で、タキオンよ。装置はちゃんと持ち込めたか?」

「あぁ。このために来たのだからねぇ」

 

 白衣から取り出したのはカメラのような何かだ。魔改造されているので、これを素直に「カメラ」と呼ぶことは差し控えたい。ついでに言うと信じられないくらい重い。馬鹿でかい装置はこれのメンテナンス装置なんだとか。もちろんこれを扱うのはウマ娘以外には不可能だ。カメラのように首から下げたら首が折れるだろう。

 

「モルモット君は……あぁそうか。脳の処理能力を増大させるんだったかな」

「万が一でも倒れたらよろしく頼む」

「任されよう。その代わりきちんと報告したまえよ?」

「脳の処理能力をって、何?」

 

 テイオーも隣にいるが、まだ会長は出てきていない。暇だったので興味を示したらしい。

 

「正確に言えば、ウマ娘のように細かく全身を制御して、あの速度で走っても十全に周囲を認識できるようにする技術だ。心肺能力の強化でも何でも、脳が制御できなくては宝の持ち腐れになる」

「えっと……うん?」

「つまり人より少し良く物が見えるってことだ」

 

 まあ本当は違うんだが、この方が通りが良いだろう。

 テイオーも理解が及んだらしく、ふんふんと頷いている。

 

「でも、カイチョーに関してなら負けないよ~?」

「ほんと会長好きだよな」

「うん! あのね、カイチョーは……」

 

 スイッチを踏んでしまったが、暇つぶしと思えば悪くないか。

 テイオーの話にうんうん頷いていると、カメラもどきの設定を終えたタキオンが声を上げた。

 

「今回のレース、他に有力なウマ娘はいるのかい?」

「特に聞いてないけど」

「人気は……うんうん、やっぱり会長がダントツ1番だね」

 

 出走は11人。

 正直、会長以外が勝つビジョンが見えない。他のメンバーがひどいと言うつもりはないが、相手が悪すぎる。誰が勝つのかではなく、どう勝つのか。それが見たいからここにいる。

 パドックを映し出すモニターには順次ウマ娘が現れ、各々パフォーマンスをしたり、ただ立っているだけだったり、一礼したりと個性的に振る舞っては去っていく。

 

「あっ、きたぁ!」

『3枠3番、シンボリルドルフ!』

 

 相変わらずの威風堂々たる佇まい。GⅠレースだと言うのに自然体のように見えた。しかし勘とでもいうべき部分でほんのわずかに違和感を覚えた。

 俺にわかることが二人にわからないはずはない。

 

「カイチョー……?」

「これは……」

「何かおかしい気がするが、何がどう違うのかわからない。何が見えてる?」

「歩き方を見たまえ。元々ウマ娘と人間では若干走り方に差異があるのはよく知られたことだが、あれはほんの少しだが左側が……」

「少しじゃない」

 

 テイオーの声は、底冷えがするほど冷たい声だった。だが怖いとは思わなかった。むしろ一人にしたら消えてしまいそうなほどに震えていた。放っておいたら飛び出して会長の元へ飛んでいきそうだった。

 

「テイオー、落ち着け」

「でもっ」

「あの会長だぞ。皇帝シンボリルドルフだぞ。判断を誤ると思うか? まして、トレーナーは大ベテランだ。俺はあまりその人に詳しくないけど、噂はよく聞く」

「……安心したまえ。映像で見ているから違うように見えるだけかもしれない」

 

 気休めだ。タキオンにわからない筈がない。ウマ娘を観察することにかけて、彼女は一流と言って差し支えないはずだからだ。そのタキオンが”歩き方がおかしい”と言ったのだから、多分そうなのだろう。

 

「何事もなくレースは終わるさ。会長が勝つ。だってシンボリルドルフなんだから」

「……うん。そうだよね。カイチョーなら、ちょっとやそっとじゃ負けないよね」

「モルモット君の言う通り。会長の走りは文字通り桁外れ、天性の物だ。そう簡単に揺るぎはしないさ」

 

 タキオンの援護射撃もあり、テイオーはひとまず落ち着きを取り戻した。それでも不安そうにモニターと芝を見つめていた。それで気が緩んだのだろう。タキオンの瞳に、一瞬だけ諦観と心配の両方が浮かぶのを見てしまった。

 実験を諦める、ということだ。つまり実験にならない。皇帝は万全に走れない。

 それでも帰らないのは、彼女なりに期待しているのか、それとも優しさか。一晩共に過ごしたことは、テイオーとタキオンの間に確かな関係を結ばせたようだった。

 

 

 

 レースが始まる。

 さすがにこの期に及んでゲート入りに苦戦するようなウマ娘はおらず、我々の不安と反するように驚くほどあっさりとレースが始まった。出遅れはなかった。

 

「カイチョー!頑張れぇーっ!」

 

 タキオンは撮影装置を起動し、そちらに掛かり切りになっている。一応記録は残しておくつもりらしい。ここで、俺もドーピングの力を使う。

 ちりちりとした痛みの後、世界がスローモーションになった。

 

 会長が目の前を走っていく。あの日、タキオンと走っていた時とは明らかに様子が違った。

 フォームが崩れている。経験不足? あり得ない。不自然なほどに右脚重心で、恐らく左足の負荷を軽減しようとしている。その分右半身にかかる負担は相当なようだ。はっきり言って、シンボリルドルフでなければレースができる状態ではない。あの状態でも走れることに尊敬すら覚えた。

 しかし、まだレースは始まったばかり。まだ2000m近くあるのに、これで持つのだろうか?

 

『さあ1コーナーから2コーナーを回っていく!』

 

 遠くなってきた。さすがに見えないので、レース全体を俯瞰する。

 

『一番人気シンボリルドルフ、今日は中団につけています!』

 

 差しか。他に手が無かったとも言える。差しが楽なんて言うつもりはないが、最初から全力疾走する逃げ、それに食らいつき続けねばならない先行、短期間に一気に負荷が集中しすぎる追込はこの状態じゃ無理だろう。

 

『先頭からシンガリまでおよそ10バ身』

 

 だいぶまとまって走っている。少なくとも大逃げはいない。会長は内枠3番、今も若干バ群に呑まれ気味だ。抜け出せる脚があるだろうか。

 

『残り1000m! 明らかにスローペースな展開です!』

『まだ先頭集団には余力が残っていますよ』

 

 宝塚記念は2200m。今のところ会長は走れている。遅めの展開に助けられているか。しかしその分最後には通常以上の速度でスパートを掛けねばならない。その上阪神レース場では最後の200mで急激な上り坂がある。

 はっきり言おう。負けてほしいと思った。脚を使わないまま敗れる無様を演じれば、恐らく大事には至らない。

 もしスパートをかけてしまったら……。嫌な汗が流れた。

 

『3コーナーを曲がって4コーナーに差し掛かる!』

『各ウマ娘、一気に加速し始めました!』

 

 わかっていた。皇帝がそんな負けをする訳がないと。

 

『シンボリルドルフ! 一気に内側からバ群を突き抜けていきます! 第4コーナーを回って最終直線並びかけてきた!』

 

「カ……カイチョー……」

 

 隣から、半ば茫然とした呟きが聞こえた最終直線、再び脳に負荷を掛けた。

 フォームが更に崩れている。左脚がまったく踏み込めていないせいで、右脚だけで加速していた。そのせいで一歩踏み出すごとに、外に飛び出すようによれかかり、それを重心移動や上半身の筋肉で必死に制御していた。無謀とも言える走りだが、それでも上がって来るところに圧倒的な地力を感じた。

 

『さあ最後の直線だ! シンボリルドルフ交わすか!?』

『おおっとシンボリルドルフ様子がおかしい! 伸びない! どうしたんだシンボリルドルフ!』

『手間取る間に後続からウマ娘たちが突っ込んで来る!』

『残り200! シンボリルドルフ交わせない! ずるずると沈んでいきます!』

 

「あ……」

 

 テイオーの悲痛な声が聞こえ振り向くと、テイオーは口を僅かに開いたまま、静かに涙を流していた。

 

『一番人気シンボリルドルフは6着! まさかの展開です!』

 

 会長は肩で息をして、右膝に両手をついていた。斜行しないようにするだけで精一杯だったのだろう。表情には苦悶の色が見えた。

 

 スタンドにはどよめきが広がっている。まさかの結果だ。圧倒的な一番人気からの大敗。それも明らかに様子がおかしい。ここまで来ると否応なく最悪の光景が想起されるが、それでも皇帝は己の脚で立って、ぐるりとスタンドを見回した。

 

 その時、目が合った。いや、本当は俺なんか見ていなかったのだろう。隣にいるテイオーを見たのだ。会長は一言も発しなかったが、申し訳なさそうな瞳をしていた。しかし顔が止まることはなく、最後に一礼してゆっくりと地下バ道へと戻っていく。敗者はただ去るのみ。

 

「あっ、おい!」

「っ、これは任せたよ!」

 

 テイオーは人混みを掻き分けて出口へ向かう。ウマ娘が本気を出せば危険だが、さすがにまだ理性は失っていないらしい。しかしタキオンは飛び出した。大事な大事な実験道具を置いていくほどだから、相当だろう。

 残されたのはカメラもどきと俺だけ。急いで追わねばならないが、こんな重い物を持っては動けない。

 

「……筋力強化」

 

 激しい頭痛に苛まれながら、俺も二人を追いかけ始めた。

 




競馬何も知らない民(自分)のために書いておくと、史実会長は宝塚記念そもそも走ってません。レース前日に怪我して出走を取り消しました。勝ったのはスズカコバン、マルゼンスキーの産駒です。

他の馬の名前を書かないのは史実を完全再現してるわけじゃない(まあそしたらタキオンは……)ことや、筆者の単純な知識不足、あとウマ娘化されてないからです。ゲームでモブ(かわいい)が何番!って呼ばれているのを聞くと妙に悲しくなるので、できる限り使わないようにしています。

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