私、サトコ・ミワ! つい最近二等兵になった帝国軍の新兵!!
 今日は私の最初の任務だった筈なんだけど……どうしていきなり寝坊なんてしちゃうの〜!?
 朝ごはんなんてまともに食べてる暇なんてないわ! 急いで集合地点に向かわなくっちゃ!
 ああ、今日も帝国に栄光あれ!!

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食パン咥えて人型量産機動兵器に乗る新兵サトコ・ミワ

 「いけなーい!! 遅刻遅刻ー!! 」

 

 口に食パンを咥え、特殊ボディスーツに身を包んだ彼女はコックピットに乗り込み、その兵器を起動する。

 

 本日正午より帝国による王国軍駐屯地襲撃作戦が決行される。

 彼女はその作戦に参加する新兵、いわば雑兵の類いであった。

 

 彼女が乗り込んだ兵器は「人型量産機動兵器ゾム」。

 コストパフォーマンスに重点を置き、通信機器や索敵などにリソースを多少注ぐ。装甲や格闘能力などを度外視し、所謂、「数の暴力」という戦法を主軸とした帝国の主力兵器である。

 塗装もへったくれもない鉄色の装甲に、視界だけは広い可動域三六〇度のモノアイ。腰に下げられたサブマシンガン、通称「ハチノス」は、過去の産物である戦車の部品を流用した実弾銃である。

 この光化学兵器が主流となっている現代に於いて、実弾など時代遅れのものではあるが、しかしてその破壊力はバカにできたものではない。

 王国の所有する戦艦の甲板など、この兵器にかかってしまえば文字通りの蜂の巣に変えることができる。

 彼女はこの兵器に乗って集合地点にブースターを激しく噴出させ向かっていた。

 

 「きゃっ!? 」

 

 森林の狭い視界の中、彼女がスラスターで滑りながら移動していると、木の影から出てきたもう一つの鉄の塊に激突しそうになる。

 上手いこと機体を回転させ、事故は免れることは出来たが、彼女はその勢いのまま尻餅をつく形となった。

 コックピットに激しい衝撃が走り、全身を強く打ってしまう。

 幾ら帝国兵士が全員身体改造を受けているとしても、痛いものはやはり痛かった。

 

 「あいたたた……」

 「すまない、大丈夫か? 」

 「いえ、私こそ突然すい、ま、せん……」

 

 彼女がメインカメラ越しに見たもの。それは、正しく「鬼」であった。

 

 探知に優れた二本のアンテナは角の様に鋭く、猛々しく。相手を威嚇するかの様な風貌の頭部は正しく鬼面と言って差し支えない。

 全身を鎧で固めた様な紅の装甲をしているが、決してゴツい訳ではなく、金属の塊である筈なのに、何故か柳を連想させる。

 

 この機体の名は「光学兵器搭載人型決戦機動兵器シュラ」。

 彼女の乗るゾムとは異なり、帝国の技術者全員の叡智が結集し完成した帝国の鬼札である。

 装甲は「レンキン加工」という特殊加工が施された特殊合金「イミタルコン」。この装甲からしてみれば、並の弾丸は勿論、レーザービームなど通すことも無い。

 武装は銃剣型光学兵器「ヤマト」。

 レーザービームを命中率九九パーセントの確率で射出することの出来る「ガンモード」と。

 最大火力では宇宙空間に存在する超巨大居住区域「コロニー」でさえも両断することが可能な「ソードモード」に変形可能な帝国新兵装である。

 

 過去の兵器の流用が主な為、周辺諸国からは「リサイクルカントリー」と揶揄される帝国であるが、その帝国が本気に本気を重ねた末に出来た世界最強の決戦兵器。

 故にこの一機しか存在せず、厳しい適性検査と、皇帝直々の面接などを乗り越えた唯ひとりの超エリートしか乗れない代物であった。

 無論、彼女よりも階級は上の人間である。

 

 噂のみの存在と考えていた彼女ではあったが、シュラから感じ取れる圧倒的なオーラの前には、彼女も噂は本当であったと認識するほか無い。

 思わず機体に魅入ってしまうが、そうもしてられない。

 彼女は素早く機体を立て直し、ゾムを操作して敬礼する。

 

 「申し訳ありません。

 私は『サトコ・ミワ』二等兵です。上官とは知らず、ご無礼を」

 「いや、此方も不注意だったよミワ二等兵。

 私は『リンドウ・アカシ』少佐だ。

 ……しかし、二等兵。君の集合地点は此処では無いぞ 」

 「……なんと? 」

 「だから、君達量産兵器の作戦開始地点は此処から少々離れた『ホルク密林』。

 此処は私が率いる特殊部隊の持ち場である『シーノ森林』だよ」

 

 サトコは顔を青ざめさせながらもなんとか少佐に礼の言葉を述べ、機体を真反対に旋回させる。

 食パンはもう、食べ終わっていた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 その後、サトコは何とか作戦開始時刻の十分前に間に合う事に成功し、こうして部隊の仲間と共に密林に潜んでいた。

 ゾムの機体を隠しているのは簡単な迷彩布であり、これといって特徴のある代物では無い。

 それでもこの巨大な機体を密林に隠す事は成功していたのだ。

 

 「サトコ、何であんなに息を切らせてたのよ? 遅刻しそうだった? 」

 「作戦中よ『サトウ』。少し黙って」

 「もう、つれなーい」

 

 飄々とした態度でサトコに話しかけるのは彼女の同僚である「カナミ・サトウ」二等兵。

 彼女はサトコと同じ部隊の一員であり、訓練兵時代からの腐れ縁でもある。

 

 彼女達が今回遂行するのは、王国軍へのゲリラ攻撃である。

 彼女達が潜んでいるサウス密林は王国軍の駐屯地。此処を叩く事により、一時的にではあるが王国軍の戦力を削ぐことができる。

 彼女達には、敵軍に対し常に奇襲を仕掛けろと命令が入っていた。

 王国所属の機動兵器が見えれば即座に集団で攻撃を仕掛け、相手に常に一対多の状況を押し付ける。

 彼らの乗るゾムならば、それが可能だった。

 

 「しかしゲリラ作戦だなんて……テロリストじゃ無いんだからもっとマシな作戦は無かったのかしら? 」

 「上の判断なんだから仕方ないでしょう? ……ほら、奴さんのお出ましよ」

 

 重厚に響く駆動音が辺りに響く。

 重く地面を踏みしめるその音は、やはり生命が発しているとは到底思う事は出来ず。人類の罪と発展を感じさせる。

 

 音の先には白と青と赤のトリコロールカラーをした機体が一機。

 蒼く輝くメインカメラは、まるで人間の瞳の様に形作られ。背中に背負う飛行用ジェットは最新式のものだ。

 大凡、量産兵器とは思えない。明らかに新型、彼女達は違和感を感じ始める。

 

 「どういう事……? 相手は王国の量産が複数程度で、巡回中の奴らを袋叩きにするんじゃなかったの……?」

 「分からない……ただ、相手は一機でこっちは五機。作戦通り、攻撃を仕掛けるわよ! 」

 

 彼女達を含めた五体のゾムは兵装を構え新型に銃口を向ける。

 彼らは思い思いに狙いを定め、ハチノスのトリガーに指をかける。

 一瞬の深呼吸、緊張が空気を締め上げ、開戦の狼煙が上がった。

 

 「攻撃開始!! 」

 

 銃弾の雨が新型に襲いかかる。

 音速すらも超えた物質の速度は、どのような機体のカメラにも捉える事など出来る筈がない。

 新型のいた方向から煙が上がり、その姿が良く見えなくなる。

 

 「やったか……? 」

 

 思わず口に出してしまうが、我ながら手応えは感じ取れなかった。

 冷や汗が彼らの背を伝い、特殊スーツを濡らす。沈黙は長く、そして短かった。

 

 「こんな武装でよくもまあ戦おうと思ったわけだよ。

 ……なあ? 帝国兵士諸君? 」

 「っ!? 」

 

 煙の先から声が聞こえる。

 オープン回線から此方へ語りかけてくる男の声。

 嘲笑を含んだそれは彼らの身体の動きを止め、微動だにもさせない。

 煙が晴れた先には、傷一つない新型が肩をすくめた姿勢でメインカメラを呆れた様に横に振っていた。

 左アームには、黄色い光を放つ盾の様な物が装備されている。

 

 「『ビームシールド』っ…………!! 」

 「ご名答。お前らの鈍なんざ、俺の『ナイツ』には通じ無いんだよ」

 

 最近露わになった王国の新型、光化学兵器をこれでもかと詰め込み、光速での戦闘も可能なニュータイプ。

 何故この場に居るのかは判らないが、彼女達がピンチな事だけは理解できる。

 

 「撤退だ!? 全員、撤退せよ!? 」

 

 サトコの所属する部隊の隊長が撤退を叫ぶ。

 しかし、その瞬間に本部からの通信が入った。

 

 「なりません」

 「何故ですか!? このままでは要らぬ犠牲を伴います!! 」

 「いいえ、必要経費です。元より、この作戦はこの襲撃を予測しての編成となっています」

 「それは一体どういう……!? 」

 「現在、そちらに援軍を送っています」

 「到着は!? 」

 「三◯分ほど」

 「そんなに耐えられるわけが……っ!? 糞っ!? 」

 

 冷徹な声を発する本部オペレーターは、これまた残酷な連絡を残して通信を切る。

 隊長は苦々しい表情を浮かべながらも、サトコ達隊員に命令を下す。

 

 「聞こえたか? お前ら。

 本部からのお達しだ。我々は此処で援軍が来るまで遅滞戦闘を行う。

 ……正直、生き残れと言うには余りにも酷な状況だ。逃げることもままならないだろう」

 「そんな……」

 

 サトコは絶望の声をあげる。

 帝国の為に働きたいとは思ったが、まさかこんなにも早く殉死する羽目になるとは思いもしなかった。

 しかし、絶望に暮れる事も敵兵は許してはくれない。

 

 「悲しむ時間は終わったかい? 俺もさっさと仕事を終わらせたいんでね。

 ──それじゃ、死んでくれ」

 「総員っ! 防御耐性を──」

 

 隊長が冷静さを欠いた叫び声をあげようとするが、時は既に遅い。

 

 敵軍機動兵器……ナイツは背中のジェットパックから棒状の物を取り出して構えたかと思うと、ゾム隊長機に対して思い切り振り払った。

 何かが蒸発した音が聞こえ、音の先に視線を寄越せば、そこには変わり果てた姿の隊長機があった。

 左肩の先から右脇腹の辺りまでバッサリと切り裂かれたそれは、断面が焼けた様に発熱し、蒸気を発している。

 肝心のコックピットは存在せず、肉片すらも、辺りには見当たらなかった。

 

 「あ、ああ……ひぃぃいい!? 」

 「あ、待ちなさ──」

 「逃さねえよ? 」

 

 逃げようとしたカナミとサトコ以外の隊員を、カナミが静止しようと声をかけるも、ナイツはそれを許しはしない。

 彼は腰の下げたライフルを手に取り、確実にコックピットが位置する腹部を狙い撃つ。

 逃げようとした体勢のゾムはその体勢で急停止し、地面に倒れる。

 重い音が響き、密林が大きく揺れた。

 

 「糞っ……ちくしょおおお!! 」

 「待って!? 落ち着いてっ!? 」

 「おお、ちっとは骨のある奴がいるんじゃあねえか」

 

 錯乱したもう一人の同僚がハチノスを構えて乱射する。

 平生を取り戻して貰おうとサトコが声を掛けるが、彼にその声は届かない。

 錯乱した彼の銃弾は、やがて何処に辿り着く訳でもなく、ましてやナイツの装甲に傷をつけるなど夢のまた夢だった。

 

 「ばあっ!! 」

 「ひっ!? 」

 

 ナイツが一度視界から消えたかと思えば、瞬間に彼の目の前に現れる。

 彼のカメラいっぱいにナイツの騎士然とした顔面が現れ視界が塞がれる。

 

 それをいい事にナイツは先程隊長機を屠った様に棒状の其れを振るい、彼のゾムを切り倒す。

 最期の彼の視界には目一杯の閃光が広がり、その奥には国に残してきたつい最近結婚した自身の妻の姿があった。

 

 「ふいー……あと二人か……」

 「っく……」

 

 彼女達二人は焦燥に顔を歪める。

 額の汗はナイアガラさながらに垂れ流し、先ほどから我慢している尿意は限界を迎えていた。

 この新兵二人が王国のエース相手に遅滞戦闘? なんとも無理な話だろう。

 敵兵はそれすらも見通してコックピット内で彼女達を嘲笑っている。

 疲れた様に振舞ってはいるが、奴は絶対に疲労していない。

 彼女達をおもちゃにしながら、その愉悦を愉しんでいるだけだった。

 

 「ほんじゃま、終わらせますかね。

 お前さん達には申し訳無いけれど、恨むんだったら俺じゃ無い方向でお願いしますわ」

 「勝手な事を……っ!! 」

 

 彼女達は歯を食いしばる。

 それが悔しさか恐怖を噛み殺す為かは判らないが、取り敢えず歯にヒビが入る程には食いしばっていた。

 

 このままでは終われない。

 サトコはハチノスを構え、側から見れば乱射している様に、しかし規則的に銃弾を撃ち放った。

 

 「ちょ!? サトコ!? 」

 「おいおい、ヤケクソはみっともないぜぇ!! 」

 

 彼女は銃弾を撃ちながらも北へ走る。

 スラスターで地面を全力で滑り、木々を利用して相手の動きを鈍らせる。

 それでいて一定のリズムを保った上で銃を撃ち続けた。

 

 「・・・ーーー・・・」

 「そんなに撃っても一発も当たりはしないなあ!! これで終わりだぜぇ!! 」

 

 愉悦に絶頂しているのか、敵兵はこのリズムに気づくことはない。

 これでいいのだ。奴がこれに気づかなくとも、理解できる人間が理解できればそれで良い。

 

 しかし、天命も此処で尽きたのか。遂に彼女のハチノスの残弾が尽きてしまう。

 

 「どうやら一発も当たらないで弾が尽きたみたいだな。

 良い加減に……覚悟を決めようぜっ!! 」

 

 ナイツは彼女のゾムに向かい襲いかかる。

 最早此処までか……やれる事はやったつもりではあったが、どうやら現実というものは酷く残酷で正しいらしい。

 彼女はコックピット内で静かに瞳を閉じた。

 

 「驚いた……まさか生存しているとは……

 やはり作戦通りに動いて正解だったな」

 

 ナイツの攻撃が、彼女に届かない。

 

 「テメェ……ナニモンだ!? 」

 

 敵兵が乱雑に叫ぶ。

 楽しみを邪魔するなと身勝手に糾弾する様に、醜い彼は醜い声をあげて攻撃を阻んだものに喚き散らす。

 

 「帝国軍特殊部隊『Ogre(オーガ)』隊長。リンドウ・アカシ少佐である。

 援軍として参上仕った」

 「援軍だとぉ……だが、密林で何故こうも正確な場所が……

 ──まさか!? 」

 「そのまさかだとも。

 しかし、貴殿。幾ら銃声だとしても、モールス信号に気づかないとは……貴殿は本当に軍人か? 」

 「だぁ糞っ!? 黙れ黙れっ!? 

 ……まあ良い。お前ら全員、俺のナイツで叩き斬ってやるよぉ!! 」

 

 ナイツは仲間達を屠っていった武装を手に、リンドウの乗るシュラに斬りかかる。

 目に見えないほどの高速移動は、当然サトコの目に留まる筈もない。

 

 しかし、リンドウの目には止まった様だが。

 

 「悠長な攻撃だな、貴殿のそれは。欠伸が出てしまうぞ」

 「んなっ!? 」

 

 シュラはヤマトを使いナイツの攻撃を捌く。

 渾身の一撃だった筈のそれは、リンドウの操作技術によって最も容易く横に逸らされてしまった。

 王国兵士は、その事実が何よりも気に食わなかった。

 

 「なんだよ……なんなんだよ!? 俺は最強だ!! 最強なんだ!!

 お前みてえなポット出に、あしらわれて良い存在じゃあねえんだ!? 」

 

 コックピット内で目を血走らせて彼は叫ぶ。

 怒りのままに叫ぶその姿は、騎士の様な風貌をしたナイツと反して、まるで獣の様だ。

 戦争を理由にした理性無き快楽殺人鬼。ナイツの操縦者の人格は破綻していた。

 

 リンドウは呆れた素振りを見せつつ、サトコに対して緑色の箱を投げ渡す。

 

 (これは……ハチノスの弾薬箱……! )

 

 サトコはリンドウの意図を理解し、敵兵からは見えない位置でハチノスをリロードする。

 敵兵の視線はリンドウに集中し、サトコを見る余裕などない。

 人間としても、兵士としても彼は完敗しているのだ。

 

 「許さねえ……許さねえぞテメェ!? 俺は!! 王国最強操縦士なんだあああああ!? 」

 

 ナイツが愚直に再度突撃してくる。

 怒りの為か、先ほどよりも勢いが強く、スピードも速いが、それ故に射線が分かりやすい。

 

 サトコは予測でハチノスの狙いを定め、タイミングを見計らい……

 

 「死ねえやあああああああ!? 」

 「そこ!! 」

 

 奴のコックピットを狙い撃った。

 

 ナイツの攻撃がシュラの寸前まで届くが、そこで奴の動きが沈黙する。

 騎士の風貌をした鉄の塊は、やがて膝をつき、メインカメラの光を失わせる。

 武装を握りしめたそのアームが、何故か必要以上に握りしめられていたのは、最終的に自身が「雑魚」だとみくびっていた相手にトドメを刺された故なのかも知れない。

 

 サトコは緊張が解けた様に溜息を吐く。

 何故自分たちの所にこの敵兵にようなエースパイロットが呼び込まれたのか? 必要経費とは一体どういう意味なのか? 疑問は尽きないが、ひとまずは彼に感謝の言葉が必要だろう。

 サトコはゾムを操縦し、再度敬礼の動作をする。

 

 「援軍ありがとうございました、少佐。

 貴方がいなければ、我々は全滅していたでしょう」

 「いや、此方こそ囮作戦ご苦労だった二等兵。貴殿らが居なければ、今回の作戦は成り立たなかっただろう」

 「ありがとうございます! ……お、囮? 」

 

 なんだ? 承知の上ではないのか?

 リンドウは戸惑う様にサトコへと問いかけた。

 なるほど、「必要経費」とはこういうことか。サトコは合点がいった。

 

 今回の作戦は駐屯地の攻撃作戦ではなかったのだ。

 彼女達が今回知らず知らずのうちにさせられていたのは、リンドウ率いる特殊部隊がシーノ森林に存在する王国軍の砦への奇襲を悟らせないための囮。

 戦力の分散も兼ねられていたのだろう。

 

 まともに戦場を経験したことの無い新兵に、いきなり単独舞台でのゲリラ戦をさせるなど、よくよく考えてみればおかしい筈だった。

 サトコは多少上層部に不満を覚えてしまうが、上からの命令では仕方のないことかと肩を落とす。

 訓練兵時代に教育された思考は、今も健在だった。

 

 「しかし、二等兵。君の射撃能力は中々のものだな」

 「はっ! ありがとうございます、少佐! 」

 「これならば、私達が多少教育してやれば新たな戦力となるやも知れん」

 「はっ! ……はい、少佐。今なんと……? 」

 

 リンドウが聞き逃すことの出来ない言葉を出した。

 意味の理解が出来なかったサトコは、リンドウに聞き返す。

 彼の顔が見えない筈なのに、何処か誇らしげに、自慢げに感じてしまうのは何故だろうか?

 古市で掘り出し物を見つけたかの様なその声は、やはりその通りのものだった様で。

 

 「サトコ・ミワ二等兵。君には我が部隊、「Orge 」に所属してもらう。

 喜べよ二等兵。出世コースまっしぐらだ」

 

 ニヒルに笑顔を作り、リンドウは自信満々にそう告げる。

 サトコは思考を停止させた。

 

 (へ? 私が? 少佐が率いる? 特殊部隊のメンバーに? )

 

 脳内が混乱して病まない。

 視界がチカチカと輝き始め、胃袋がひっくり返る程に腹痛が彼女を襲う。

 自分が特殊部隊の一員になるなどプレッシャー以外の何者でも無かった。

 そもそも自分はただの一兵卒。特殊部隊に入る能力など何も持ち合わせてはいない。あるとするならば、人より数倍眠る時間が長いくらいのものだった。

 そんな自分が帝国のエースに見出される? ファンタジー小説も大概にして欲しいものだった。

 自分は主人公でも何でもない、ただ生き残る事を優先したしがない二等兵風情だ。注目されることはできれば避けたかった。

 

 しかし彼女はこの場をどうすることも出来ない。

 流れる様にリンドウが帰投の準備をし、家に帰りつき、翌日になった頃には既に辞令が彼女の元に届いていた。

 

 ニ○X X年 ○月◆日を持って、ゲリラ作戦課ゴトウ部隊の任を解き。

 リンドウ・アカシ少佐率いるOrge への所属を命じる。

 

 彼女の寮室に届けられた白い紙は、どうしようもなく重く感じられ。しかしどうしようもない事を伝えていた。

 

 (何故に……こうなった……? )

 

 サトコは天を仰ぐ。

 仰いだところで見えるのは茶色くシミのついた木製の天井だけであり、特に知らないものでもない。

 途方に暮れる彼女だが、しかして窓の外の空は青く澄み渡りなにかを祝福している様だった。

 

 朝食は今日も食パンが一切れ。彼女の物語は、始まったばかりである。



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