育成が、終わらねえ‼︎
「お兄さま…それで、ブルボンさんとはどういう関係なの?」
ピリッと何処か殺気と間違えるようなこの空気は尋常ではない。まるでかつて行われていた拷問…石抱のような塊が重くのしかかってくる。ただひとつだけ確かなのは…そもそもの話、
俺自身ブルボンと契約を結んだことは無くマスターと呼ばれるようなことをした覚えもない。
一体どういうことなのだろうか。まずブルボンと知り合うようになったのはライスを通じてのことだし、山籠りだのなんだの育成のことしか頭に入っていない俺と彼女の接点がまるで無い。
「いや、俺も心当たりがないんだが…。」
詰まり気味ではあるがどうにか答えを出す。どうにもならない雰囲気ではあるが、こういう時こそしっかりと目を合わせ嘘偽りない言葉を出さなければトレーナーとの関係がガラガラ、と崩れてしまいそうだからだ。本当に嘘では無いことはよくよく考えればライス自身も分かることではあるが、ライスが今は脆い。なるべくダメージを負わないようにしなければ。
とは言いつつも仮にだが、俺がブルボンに対し特別だと思わせる何かがあるとしよう。まず第一に今俺はライスのトレーナーであり、彼女のトレーナーは別にいる。その状況下で他人同士で会う時間があったとしてもほんの偶然、長くて数分ぐらいだろう。お互い多忙な身でもある。
ミホノブルボンが言うように、俺自身が何かしてあげたのか?、と思い返してみたものの…トレセン学園にて世間話をすることすらあっただろうか?確かにレース後、ライスと共に少しばかり話したことはあるかもだが…まあ確かに休養を取る前に怪我のお見舞いに行ったことはあるにはあるが、これといってこれも何かした覚えはない。ただ果物を持っていったくらいのことだし…ライス普通に隣に居たし仲良く談笑していたところを邪魔するわけにもいかなかったから退散したくらいだからなぁ…ふぅむ。
第二、俺自身がブルボンのトレーナーであった場合。これはまずあり得ない。彼女は元々中距離を走れていたし、三冠を叶えるきっかけなんて作った覚えも無い。つまるところ破綻している。
果たしてどういう理論がそこにあったのだろうか。前提からして崩れている方程式をあろうことかあのサイボーグがミスるとは…いやはやほんと、ブルボンよ。どうした急に。
「お兄さまが嘘をついているようには見えない…。殆ど練習とかに付きっきりなのに…ブルボンさんがおかしい?…まさか。でも、でもでも…。」
やはり、というべきか。ライス自身も困惑している様子だ。
何か変なものでも食べたか、彼女のデータベースにウイルスでも侵入したのだろう。別段、おかしなことでは無い。ブルボンって時々変なところに拘りがあるというか…そういえば42m先とか教えないと行けないほど最初はわからなかったからな。うん、やはりブルボンが怪我のせいで少しばかり混乱しただけだろう。ウマ娘にとって怪我は致命傷だ。選手生命は愚か様々なものを失う。無期限という形を取っているあたり…精神的に参ってしまったのだろうか。俺たちでも何か出来ることがあれば良いが…こればかりはどうしようも無い。ブルボンのことはブルボンを信じるしか無い。俺は俺を信じ、ライスを信じるだけだ。今はライスのトレーナーなんだから…。そう考えた方が良い。そうに決まってる、うん。
「ライス、とりあえずその事は一旦置いておこう。今は…目の前にある大事なことに目を向けるべきだ。コンディションは別段おかしいところもないし調整もうまくいっている。偶々、変にストレスを与えてしまったのは申し訳ないけれど、天皇賞…春に出場するであろうマックイーン…彼女が一番厄介だ。しこたま鍛えて俺たちに立ち向かってくるはず…。それと、こんな時に申し訳ないと本当に思うが…菊花賞の時、本当にすまなかった。有マ記念でもライス、君にとって一番やってはいけないことをしたまま走らせてしまった。本当…ごめん。」
長らく取っていなかった会話が出来た。だが、言いたいことを言えたきっかけがまさか…こんな不意打ちから来た混沌としたものから来ることなど本当に失礼極まりない事だけど、今だけは君に感謝しよう。ありがとう、ミホノブルボン。
「え?その事なら全然平気だよ?お兄さま。」
そうか、平気か…ん?平気?
「へ、平気って…?」
「もしかしてライスに対する罵声とかの事なら全然気にしてないから大丈夫だよ、お兄さま。有マ記念でミスしたのはライスの方だし…マックイーンさんとテイオーさんにちょっと…ね。」
「…テ、テイオーやマックイーンと…その…何かあったのか?言い難いこととかでは無いよな?大丈夫なのか?」
「え?あ、いや、えっと、その…大丈夫だよ?何もされていないし、寧ろ何も出来ないよ。マックイーンさんもテイオーさんも。」
そ、そうか。なんて漫画で良くあるような変な返事をしてしまった。
気のせいだろうか?聞こえて来た文脈自体変なような…まあ今日は色々とありすぎた。少しばかり俺も疲れているのだろう。それにしても…テイオーとライスって不仲だっけ?ん?マックイーンとは仲良しなはずだし…え?急にこんな…触れづらい事ある?テイオーも別段そんな陰湿な子には見えないからなぁ。時々考え無しなところがあるだけで。マックイーンも…うん、野球バカとか太りやすいから減量ですわよぉ‼︎とかそういうイメージしかない。
うん、大丈夫だ、大丈夫。大方変なものでも食べたんだろう。あいつらならあり得る…全く仕方のない子達だ。ブルボン、彼女らにありったけの野菜を送るんだ。あ、怪我してるんだった。不謹慎すぎるわ、俺。完全に頭イカれますわ。笑えない。
「んんっ!まあ、兎に角変に色々な事があったし…そうだな。今日は久しぶりにラーメンでもパーっと行くか?トッピング増し増しで良いぞ?」
「本当?ありがとうお兄さま!んー…でも少しだけ…ゆっくりしたいかな。それと、ライスこそごめんなさい。お兄さまと距離を取って。」
「いや、本当こちらこそごめんな。いよし、今日の雨もあと1時間もしないうちに止むとか言われていたし大丈夫だろ。その間はゆっくりしよう。そうだ…お疲れ様、ライス。菊花賞、一位おめでとう。天皇賞…絶対勝つぞ。」
「ありがとうお兄さま、大丈夫だよ。絶対勝てるから。」
「あと、お兄さま。さっきマックイーンさんとテイオーさんの事…考えてなかった?ブルボンさんの事は話を振ったのがライスだから仕方ないけど。」
「鋭いな。差しでトドメを指すみたいな…そういうのは俺に行うでない。別に考えていたっていっても…くだらない事だぞ?あいつら変なもの食いそうだなってくらいで。」
「…凄い偏見だね、それ。ふふっ。」
可愛い。おっと、いかんいかん笑顔で危うく天へと昇りそうだった。
一先ず、飯だ飯。腹が減っては戦はできぬ。
ちなみにその日食べたラーメンはお察しの通りである。給料の半分近くが軽く吹っ飛んだ。
良かったわ、貯めておいて。
今後の予定を踏まえてスケジュールを確認しつつ練習メニューを組み終えた。ようやく寝れるな、と思った時ふと頭に過った何か…胸に突っかかっていたような事を思い出す。
そういえば、と。
ミホノブルボン、メジロマックイーン、トウカイテイオー…名だたるウマ娘達だ。そんなウマ娘と俺とが接点があった、なんて事は別段無い。認識としては優秀なウマ娘であると同時に強力なライバル、としか思う事がない。
それがああもあんな変な…偏見とも呼べるような事をトレーナーである俺が…?しかも何故知りもしない秘密事までさも知っているかのように考えられたのだろうか。タキオンの薬を飲んだわけでもあるまいに。ビワハヤヒデが確か試したそうだけど俺自身そこまで堕ちてはいない。いや、幾分かマシなのか?ルドルフのギャグを聞く方が恐ろしい片鱗を味わうとか思ってないからね?誓って、本当に。普通にタキオンの薬の方が怖いからねえ。
…寝よ。
夢の中
瞬間、俺自身に溢れ出る
「また子供だと思ったでしょ!むぅ〜、いい加減子供扱いするのやめてよ!これからも活躍するぞって意気込んでいるのにぃ!…その、今日は…ありがとね!」
「なんで!こうも!あなたとは!スイーツばかり!い、いえ!決して嫌なわけではありませんけれども…。あ、もう!困ったら野球観戦で手を打とうとしないでください!」
「マスター、父がまた是非家に来い…との事でした。それと、送った野菜は美味しいか?とも。無論、私が調理を行い、マスターの好みに着実に近づけていることが随時確認済みな為、私の方で返せる返事は返しましたが…。」
「お兄さま!見てみて!お兄さまとライスが描いた絵本がまた売れてるって!こ、こんな事…ううん。ライスとお兄さまが一緒だから出来た…そうだよね、お兄さま!………続編にレース…ど、どうしようお兄さま!」
「皇帝という……てで…………を………………う。」
「出来たぞモル…………効………ぁ………ぐいっと………。」
「待て………く質………論………。」
「………あた…………」
「ここにき…………………景………」
「…………食…………」
「…………うわ………せい………。」
「………」
「……」
「…」
「「「ニガサナイ」」」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
マスター…いえ、あなたとの出会いは…1番重要なデータとして、しっかりとメモリに残してあります…永久に。
これからも…うんん。ずっとよろしくねトレーナー!無敵のテイオー伝説には、絶対にキミが…キミじゃないと成し遂げられないんだからっ!そう、キミじゃないと!…いけないんだ。
自己管理すら出来ていなかった…未熟者だった私を懸命に支えてくれたのはあなただけでした。あなたに出会えて本当に…。退屈なんてものは、私だけで十分です。
あの時よりもライス、お兄さまと一緒に成長…しているかな?お兄さまと…ずっと…一緒に。永遠に。
喧しい目覚ましが鳴る。本当に五月蝿いから俺は勢いよく止めた。
朝が来た。気持ちの良い朝が。
…ふぅむ。随分と夢見が悪かったような…思い出せない。
寝汗が酷い。
………着替えるとするか。
よし、今日も一日頑張りますか!
さて…どこへ行こうか?