ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~   作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン

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これまでのあらすじ

いつまで経ってもユウキが料理を食べさせてくれない
ペコリーヌは超々々食べたい参照


キャルはいただきたい

 その日。

 珍しいことに、キャルはユウキと二人で夕食の買い出しに出掛けていた。

 普段であれば、そんな地味で面倒くさいことはしたくない、と突っぱねるキャルだが、コッコロが所用のためユウキと同行しないと知るや手のひらを返した。

「こ、こいつ一人だとお金の計算できないでしょお!?」

 というのが同行の理由だが、謎のお姉さん(メタモルレグナント)に仕込まれたため、記憶喪失のユウキでも計算くらい出来る。

 ただし、人を疑うことを知らないためにぼったくりや状態の悪い商品を押し付けられる可能性は高い。というか常習だ。それを恐れて……恐れてなんかない。ただ、それが原因でしょぼくれているとご飯が美味しくない。だから手を貸してあげるの。け、決して一緒に出かけることができるなんて珍しいからではない。そ、そぉんなさもしいことなんてないわよっ。

 

 根が素直ではないキャルさまは人の悪意に敏感で、しかもきちんと意見もおっしゃることができますし、目利きは確かでらっしゃいます。お買い物でしたら、人の良い主さまとのコンビは決して悪くないと思います。

「……その評価だとあたしの性根が悪い、って聞こえるんだけど?」

 概ね間違っていないとは思いますが……おっと、失礼。

 ふむ。では言い換えましょう。根は優しく気が利くものの、それを素直に出すとかっこ悪いと思っておられる。キャルさまはそのような年頃特有の

「やめて悪かったわよ!!」

 モノローグを入れてくるコッコロに向かって叫ぶ。これ以上年下の子に、年齢特有の青い部分を指摘されると恥ずかしすぎる。というかホントよく見てるわね。

 いろいろと注文が多いですね。

 まだ続ける気か。

「あんたに言われてると思うと、なんか釈然としないのよコロ助」

 じりじり、とまなじりを上げる。

 すると、

「おや、わたくしの心の声が漏れておりましたか。これは失礼を」

 いつも通りの丁寧さだが、時にこうして鼻につくことがある。じゃれ合いに近いと分かっているものの、やはりあまりいい気はしない。

「あんたもペコリーヌも、たまにあたしをdisるのよね……」

 つい、気弱な抗議が口をつく。その裏にある事実に気付いているためだ。

 

 ふたりとも、キャルが我慢できるラインを把握しているということだ。それはきちんとキャルを見ていないとできない芸当だ。しかも、年相応の素直になれないことすら理解した上でいじってくるのだから、底意地が悪いと思ってしまう。

 とはいえ、浅慮と天然からの発露なので何らかの思惑が含まれているわけではない。それは安心できる要素ではあるものの、だからこそこちらの抗議を真摯に受け止めない。前者はじゃれ合いの一貫として、そして後者は意見として捉えている。そのため、いくら言っても反省はおろか、やめようともしないので非常に厄介だ。

 ただ、それもまた嬉しいと思……ってない!! あたしにそんな嗜好はない!! どっかのピンク髪と一緒にするな!! あ違うそっちじゃなくて、ええと、前衛の方!! いや前衛でピンクで挑発持ちってかぶってる!! 変態の方!! ……どっちもぉ!?

 ……落ち着け。ツインテールは変態じゃなくて偏愛だ。愛の形は様々。そこに間違いはない。偏りがあるだけ。

 話を戻して。だからといって、見てくれていて嬉しい、とか、構ってくれてありがとう、というのはなにか違う気がするし、何より気恥ずかしい。これはキャル特有の感覚、そして年相応のあれこれ、というわけではないはずだ。

 ……というかそんなことで感謝などしたくない。するならきちんと……違う!! 感謝は向こうがあたしにすべき!!

 

 当然、キャルの普段を知るコッコロは微笑む。

「くす。

 ……お可愛いこと」

「ムキーっ!!」

 

 

 出掛けにそんなやりとりもあったが、それはともかく。

 驚いたことに、買い物でキャルの出番はほぼなかった。ユウキの計算は早くて正確、しかもきちんと品物の目利きができるようになっていた。

 そんな、ユウキの成長を好ましく思う。まだまだ頼れるわけではないが、出会った頃の常識は本当に幼児とそう大差がなかった。その頃と比較すれば雲泥の差だ。

 ただ、ユウキができることが増え、キャルの手を離れていくことに対して、それはそれでなんとなく寂しいと……まぁ、否定はしない。

「キャルちゃんのおかげ」

 いつも通りの唐突な言葉に、

「へっ?」

 思わず声が漏れる。

 こう言ってはなんだが、キャルはそこまで積極的にユウキの面倒を見ているわけではない。ちょっと口出ししたい時だけなので、ユウキからの評価に心当たりがない。

 あてもなく褒められることに慣れていないこともあり、大きく目を見開いてユウキを見上げてしまう。

 すると、

「みんなにおやつ、買っていこう」

 脈絡なく、話が別方向に進んだ。別にキャルに意地悪をしているわけでも、露骨に話題を変えたわけでもない。ユウキの中でキャルの話題は終わったのだ。キャルにとっては始まってもいないというのに。

 狭量かもしれないが、こういう自分勝手と取られかねないやり方には少しだけイラッ、とさせられる。例え相手がユウキであってもだ。

 ただ、指摘してもどうしようもない。本人に悪意をはじめとした思惑がないのだ。ここだけは成長してくれない。

 

 正確には、現状では成長させにくい、だろうか。情緒というか、精神面に関してはある程度の経験や思考の時間、それを元にした人格形成が必要になるが、記憶喪失のユウキにはその全てがない。そのため、結局は体は大人、頭脳は子供のままなのだ。

 事の善悪の明確化とまでは行かなくとも、せめてその場の空気を読むくらいはしてほしいところだが、

(そんなことまでは望んでないと言うか……できるようになったら、それはそれで厄介そうね)

 勃発するのが明らかに何段階かすっ飛ばした感情のぶつかり合いになるだろう。しかも【美食殿】内だけで終わらず、余計な連中も参戦してくる。それはもう、キャルの知る顔から知らない顔まで。そんなことになれば、血はおろかそれ以上のものを見る羽目になるだろう。

 そう考えると、結局はこのままがベストか、と内心で嘆息する。

 

 ただ、提案そのものは否定しない。そういう気の利かせ方はうまくなった、と手放しで褒める。もちろん内心で。

「ふむ……」

 キャルは思案顔になる。

 普段は散財を好まないキャルだが、実は突発のタイムセールに出くわしたため、財布の中身に少しだけ余裕がある。加えて、【美食殿(ギルド)】の他二人は珍しいことに各々仕事中だ。普段の感謝……先の思考に引っ張られている。ええと、ねぎらいで。

 キャル様がお菓子を下賜してあげるわ!! (ドヤァ)

 ……忘れよう。それがいい。

 

 ペコリーヌはギルドの経費に関する書類仕事の真っ最中だ。

 普段なら常駐しているカリンが片手間にほとんどを片付けてしまうのだが、いくつかの書類に関してはノータッチだ。こと成果に関する書類、そして経費に関しては手をつけない。

 面倒くさいわけではなく、もっと単純な話で、ギルド管理協会の人間が特定のギルドに便宜を図っていると疑われないようにするためだ。

 

 ほとんどのギルドが非営利組織とはいえ、掲げた目的の過程で生じた成果や見識を大なり小なり様々な形で社会に還元している。年に一回、活動内容を提出するのはそのためだ。

 ギルド管理協会ではその内容を精査し、各ギルドに支給する活動資金を決めている。とはいえ、何もしていなくても一定額はもらえるので、一種のセーフティネットの役割も果たしている。

 ただ、相当の成果を挙げれば活動資金はどん、と増加するし、単年では成果を出しにくい分野もあるため、認められれば複数年その金額での支給が続く。

 そのため、活動内容に関する書類に協会員が関与してしまえば明確な利益供与になってしまうのだ。

 成果を意図的に低くするのは違うのでは、と考えたことがあったが、カリンから率直に、

「それですと納税の観点で有利になるので、結果としてギルド全体の利益供与になりますのでダメです」

 とのことだ。そうか、納税してたんだあたし達……え、いくら? 知らないんだけどぉ!?

 

 経費にしても同様の理由だ。ただ、【美食殿】においては他のギルドとは少々趣が異なる。

 本来であれば食費を経費とすることはできないが、活動目的が『食べ歩き』となっていることから、食べ歩いた分は食費ではなく、ギルドの活動経費にできるのだ。

 ただ、この線引が難しい。

 一緒に食卓を囲んで食べる、だと食べ歩きには該当しないため経費にはならないが、街中の屋台で購入した食べ物を屋外で食べる、であれば食べ歩きに含まれるため経費にできる。

 では、屋台で購入した食べ物をギルドに持ち込んで食べる、はどうなるか。ギルドで調理した食べ物を屋外に持って行き食べる、はどうなるか。

 最終的な判断はギルド管理協会からの査定具合によるものの、その前段階である仕訳と解釈とその説明はギルドマスターであるペコリーヌが判断しなくてはならない。

 いい加減に見えて、実はマメで丁寧なペコリーヌはきちんと理由も添えた上で仕訳をしている。適当な理由をでっち上げる、ということをしないため、恐らく、休憩もそこそこに机にかじりついているだろう。

 机の代わりにお菓子をかじらせる、というのは妙案だ。

 

 そしてもうひとりのメンバーであるコッコロは単独で仕事だ。なんでも、先方から指名を受けてのことらしい。

 以前、薬草の材料を集める仕事を請け負った際、丁寧な仕事ぶりを気に入られたとのことだ。

 そう遅くならない、という話だったので、もしかしたら既に戻っているかもしれない。

 

 そうなると、買い出しから戻れば皆が揃うことになる。ペコリーヌの休憩がてら、そしてコッコロのねぎらいとしてはいいかもしれない。特にユウキからとなればコッコロは感涙にむせぶだろう。

 そこまで考え、くるり、と辺りを見回すと、左手側に『~スイーツフェア』と書かれたのぼりを見つける。建物に邪魔され上半分は見えないが、奇をてらっていなければいいだろう。

 左側を差しながら、結論を下す。

「うん、いいんじゃない? あそこで、皆でつまめるものを探しましょ」

 

 はっきり言う。大失敗だった。

 のぼりに書かれている全ての文字が見えていれば、この場に来さえしなかった。

 

 キャルは右を見る。

 カップルと思しき男女が歩きながら、屋台に並ぶスイーツを指差す。

「こっちもうまそうだ」

「ホント、目移りしちゃうわね」

 左を見る。

 カップルと思しき男女が手にしたスイーツを口に運び、感想を言い合っている。

「これおいしー」

「来てよかったな」

 

 喉元まで上がってきた重苦しい空気の塊を押し戻しながら、目の前ののぼりを見る。

 そこには、こう書かれている。

 『恋人たちのスイーツフェア』と。

 

 その場において、ただ突っ立っているキャルとユウキは完全に浮いていた。

 否。

 この場においてユウキと二人きり、という見た目のみを切り取ったものを事実として捉えることができたのならば、大成功といえなくもない。

 ただ、そこまで傲岸になれない。小心者というよりは単純に、どうしたら恋b……この場にそぐう仲の良い二人だと胸を張れるのかが分からないのだ。

(今ならユイ……さんの気持ちが分からなくもないわー)

 

 嘘である。

 この女、普段からユウキの際どい言動に振り回されているためにそろそろ慣れてきている。

 (ナレーション:青山 穣)

 

(うっさいナレーション!!)

 とはいえ、来てしまったからには当初の目的を果たし、さっさと退散することにする。

 幸か不幸か、並んでいるスイーツはカップル用ばかりではない。ミニサイズのパウンドケーキやフィナンシェ、小分けされたクッキーなどもある。イートインスペースが充実していないことから、持ち帰りを意識してのことだろう。

 そしてひとつひとつが小ぶりだ。カップルでひとつを一緒に食べるものが用意されていないのはフェア主催者の不手際だろう。とはいえ、そんなものを買って持って帰ればまたおかしなことになりそうだ。なくてよかった。

 小さくても個数と種類があればあの"腹ぺこ王女様"も満足するだろう、と品定めを始める。

 

 いくつかの焼き菓子を購入したところで、キャルはそれとなく顔をそらす。

 ……右手側に見たことのあるクレープ屋があり、手配書に顔が載っている店番がいるが気にしない。特にユウキと二人きりであることがバレないようにしなくてはならない。バレればずっと狙われる。というかなぜこんなところに出店しているのだろうか。ここは『恋人たちのスイーツフェア』だ。なぜクレープ……あ、大きめのを二人で、ってこと?

「あ」

 ユウキの抜けた声に対し、

「見なかったわ!! あたしは!! 何も!! 見ていない!!」

 自覚してます、と言わんばかりの言い訳を並べたてる。

 どうするか一瞬悩むものの、既に目的は達している。こうなりゃヤケだ。

「もうこの会場に用などないわ!! さぁさっさと帰るわよ!! あの二人を待たせちゃ悪いわHurryHurryHurry!!」

 キャルはユウキの手をむんず、と掴み、その場から脱出を図る。

 気付かれなかったのか、はたまた足止めでも食らったのか、幸いにも追跡してくるものはなく、そのまま入口近くのイートインスペースへと差し掛かる。

 ……来た道で破砕音が響いた気がするが気の所為だ。ついでに重い剣戟と、一度聞いたら耳にこびりついてうなされそうな笑い声が響くが間違いなく気の所為だ。

 ユウキの手を更に強く引き、とにかく脱出する。

 すると、カップルと思しき男女がに設置されたベンチに座り、仲睦まじくひとつのスイーツを食べているところに出くわした。

 小さいものしかないのに物足りなくないのか、と考え、小さなものを分け合うのは双方の距離を縮めるには最適な方法だと気付く。

 つまり、既に付き合っているカップルたち向けというよりは、付き合いたて、あるいはいい感じに関連を築き始めた二人を物理的に近づかせるためのフェア、ということだ。主催者がやらかしたわけではなく、【美食殿】とはコンセプトが違ったのだ。量の基準がすっかりペコリーヌ仕様になっていることを反省する。

 ……道理でダイエット食と称して魔物を食べさせようとするわけだ。絶対食べないと決意しているのに美味しいのが悪いのよ!!

 二人は自分たちの世界に入り込み、理解できない展開を繰り広げる。

 

「一口くれよー」

「いいけど、もー。

 ……はい、あーん」

 

 こういう場所なら見かけそうな光景だ。

 普段のキャルであれば、わざわざ何かを思うこともないし、気にも留めない。BAKUHATSUしろ。

 ……くらいで終わっているはずだ。

 だが、今日は違った。

 

 ぶるぶる、と体が震えているのを自覚する。それだけ腹に据えかねている。なぜ今日に限ってそんなことになっているかは自分でも分からない。

 それでも、一度火がついた苛立ちは収まりそうにない。

 ユウキは、そういう時に必ず声をかけてくれる。いつも素直になれない自分を、素直に気にかけてくれる。

「キャルちゃん、どうしたの?」

 その優しさが、ありがたい。

 その優しさに、浸りたい。

 

 でも。

 ありがたいけれど、今はダメだ。

 原因が分からないことに苛ついている以上、意味もなくユウキに当たり散らしてしまいそうだ。

 きっと。

 きっと、それでもユウキは許してくれる。そういうやつだ。

 だが、自分がダメだ。甘やかしてくれる相手に依存するのは、嫌だ。

 それは、まるで……まるで、なんだろう?

 してはいけない、というよりは、そういう人間を知っていて、それが嫌で独りでいた。そんな気がするのだ。

 ……分からない。

 そんな人間が身近にいるなんて、考えたくもない。

 

 思わず、声に出ていた。

「はしたない!!」

 口にして初めて、心の叫びがユウキへの返事にもなっていることに安堵する。

 だが。

「はしたない?」

 聞き返されるとは……いやこいつならあるか。答えを用意していなかった自分が悪い。コッコロ案件だとは思ったものの、振ったのは自分だから、答えなくてはならない。

 とはいえ、どう説明したものか。

 キャルは人に常識を説明するスキルは高くない。そのため、思考を整理しながらとなる。

「人前であんな……こ、こ、こ」

「にわとり?」

「ベタな返しはいらないわよ!!」

 普段のように突っ込めたことに、少しだけ安堵する。それと同時、

「あー……なんだっけ?」

 なぜ怒っていたのかを忘れてしまった。

「……えっと、なにがはしたないの?」

 その様子を、ユウキは質問を忘れた、と捉えたようだ。

 

 不思議な奴だ、と思う。

 自分より人を優先する優しさは、危うさと表裏だ。事実、それで何度も危ない目にあっている。

 変な奴だ、と思う。

 それでもなお、人の助けになろうとする。

 愛おしい奴、と思う。

 その優しさを、その助けを、自分にだけ向けて欲しい。

 だが、それはできない。それだけはできない。

 

 ユウキを独占する決意がないから、ではない。

 それは、全てを失う決意と同意だ。

 ユウキの優しさは生来のものであると同時、彼に関わってきた皆が育て上げたものだ。

 

 誇る気はないが、そこに自分も含まれているという自負はある。

 だからといって、自分だけが独占することができる、とまでは思えない。

 自分よりもっと尽力した人を知っている。

 自分よりもっと努力した人を知っている。

 

 そして。

 自分よりもっと独占したい人を知っている。

 

 だから、キャルだけのものにはできない。

 キャル以外の皆を押しのけても、ユウキはユウキでなくなる。

 皆がいるから今のユウキなのであり、キャルだけではユウキではない。

 奇妙な問答だと自覚はある。ただ、事実を並べているだけだ。キャルに、それ以上を語る口はない。

 

 煩悶とするキャルとは異なり、ユウキは気楽なものだ。

「コッコロちゃんがしてくれるよ、『あーん』って」

 キャルの眼前で口を開ける間抜けな姿に一瞬で怒りを思い出すも、更に別のことを思い出す。

 そういえば、初対面に近い段階でそんな話をしていた。そして、目の前であー……餌付けしていた。

 つまり、ユウキとコッコロにしてみれば日常で生じる行為であり、目新しさはないわけだ。そりゃはしたない、と言われてもピンとこないだろう。あるいは、はしたない、と言う言葉の意味すら理解していないかもしれない。

 そこまで考え、

「アンタらは……そういうもんって思ってるからいいわ」

 嘆息しか出ない。

 

 とはいえ。

 当時はまだユウキが幼児そのものだったが、それなりに学び、成長した今、目の前で再び『あーん』をされたらどう思うだろうか。

 否。

 自分のことなのだから誤魔化……いやいや、あ、あたしはユウキに対して、何も思っていないから……それに、

 

 恋愛は、戦。好きになった方が、負けなのである!!

 (ナレーション:青山 穣)

 

 って言うし……あれ? それじゃあたし負けじゃ……ない!! す、……に、なってないって思ってるでしょ!? って誰に弁解してんのあたし!!

 

 ……分かっている。認める。

 その感覚に自覚はある。ただ、それを言葉にすることは、今のキャルにはできない。

 したくない、に近い。

 それは、まだ秘めておきたい。

 胸を張って、宣言できるその時まで。

 そのためには、かなりの時間を費やさないとならないだろうが。

 

 とにかく。

 ユウキをす……意識しはじめた今、自分の前でやられたら?

 ……想像しただけだけだというのに、胸奥がきゅ、と締め付けられるのを自覚する。

 だから、つい。

「あ、あんまり人前でするんじゃないわよ」

 自制を求める。

 コッコロは所構わず『あーん』をするほど脳は茹だっていないと信じているが、ユウキにせがまれれば確実にする。

 そして、それがもしもユウキの知己、特に"武闘派"の面々に見られでもしたら、ランドソルは火の海になりかねない。ランドソルに固執するほどの思い入れはなくとも、それは避けたい。

 ……という、大義名分を用意する。

 本当のところは、そんなことをしてほしくない。例えコッコロ相手であっても。もちろんペコリーヌ相手もダメだ。

 だが、

「うん、しない」

 あっさりと、ユウキはキャルの要請に答える。

 ユウキは嘘をつかないし、約束を違えない。コッコロの教育のおかげだ。

 つまり、ユウキは今後女性の手ずから料理を食べない、ということだ。

「そ、そう……?」

 拍子抜けするが、誓ったのならそれでいい。

「……おつかいも終わったし、帰りましょ?」

 なんとなく釈然としないまま、荷物を持ったユウキを後ろに従え、ギルドハウスを目指す。

 

 ギルドハウスでの休憩は、キャルの想像とは異なり、静かに過ぎていった。

 相当煮詰まっていたらしく、ペコリーヌは静かにパウンドケーキを食べては甘さに浸り。

 コッコロはにこやかにユウキの面倒を見ながらフィナンシェを頬張り。

 キャルは少しだけ安堵しながらクッキーをかじる。

 そう、キャルが求める休憩とはこういうものだ。

 毎回毎回、抱きつかれたり天然の繰り出すボケにツッコミを入れたりするのはおかしい。第一、キャルが一切休めていない。

 こんな日がいつまでも続けばいいのに。

 素直にそう思える。

 

「さて♪ 糖分も補給できましたし、もうひと踏ん張りしますね♪」

 ペコリーヌは腕をまくるような仕草を見せ、執務スペースと呼んでいるでかいデスクのあるところへと向かう。

 その背を眺めながら、ふと気付く。

(ペコリーヌはこのまま仕事、ってことは、夕食は誰が作るの?)

 普段はペコリーヌが腕を振るっている。飲食店でのアルバイト経験が豊富で、ウェイトレスの傍ら、厨房で鍋を振っていただけあって、その腕前はキャルもよく知っている。それどころか期待している。それを期待して、買い物の同行をしたのだ。

 そのペコリーヌが書類仕事に戻る、ということは、

(今日はコロ助、か……)

 その事実に、盛り上がっていた気分が少しだけ萎む。

 

 コッコロの料理が嫌いなわけではない。素直に美味しいとは思う。ただ、健康志向らしく、素材を活かした調理のため、食べざかり真っ只中のキャルには淡泊な味わいがどうにも慣れないだけだ。

 サラダには市場で見かけない野草らしきものが混じっているので苦い。ドレッシングもシンプルに酸っぱいだけなので、少々食べにくい。

 主菜は蒸し鶏を細かく裂いたものにベリーのソースがけ。ベリーなのにそんなに甘くなく、しかもあまり味もしない。なので肉噛んでる、という印象しかない。

 あとはライ麦パン。やや酸味を感じるものの、これはちょっと好き。

 対するペコリーヌはドレッシングが工夫されていたり、少し食感が変わるような食材を追加したりと、飽きのこないものにしてくれる。

 主菜はもものソテー。しっかりと焼き色がつき、皮もパリパリに仕上げてくれる。かけるソースは肉汁とワイン、バターを合わせたもの。きちんとアルコールを飛ばし、しっかりとした味わいに仕上げたソースは芳醇な香りと少々の酸味でシンプルなソテーを多彩に彩る。

 パンはバゲットの輪切り。オリーブオイルを垂らして食べるはずが、主菜との相性が良くてたいていそのまま食べてしまう。

 成長期とはいえ女性としては脂やバターの脂質は少々怖いが、味をしっかりと感じられるのはありがたい。

 今日はなんというか、少し味の濃いものが食べたかった。その点では残念だ。

 だが、キャルの残念は異なる形で裏切られる。

 

 キャルの目の前に座っていた少女は立ち上がると、小さくうなずく。

「ペコリーヌさま、よろしくお願い致します。

 その代わり、本日の夕食はわたくし」

 そして、視線を隣に移すと、

「主さま。

 ふたりで頑張ります」

 そこにいる青年を短く呼ぶ。

「がんばる」

 青年も立ち上がると胸横に拳を掲げ、やる気を見せる。

 ……料理にそういう気合の入れ方は違うような気がするが、本人のやる気に横槍を入れるのはどうかと思う。

 それどころか、キャルにしてみれば願ったり叶ったりだ。

 何しろ、先日の料理対決で惨敗した際、ユウキにリベンジしろ、と励ましたのに全然その気配がなかった。

 否。

 時々、ペコリーヌやコッコロと一緒になってキッチンでゴソゴソやっていたのは知っていたが、キャル宛ての成果物が一切出てこなかったのだ。

 食に対しては独占や抜け駆けをしないペコリーヌのことなので、特訓と称した手伝いのみだったのだろうと薄々分かっている。ただ、それでも放置されすぎなのではないか、とそろそろ文句を言おうとしていたところだ。

 今日の夕食にその機会が来るとは。

 当初は手伝おうかと考えていたが、そういうことならおとなしく待つ。

 いや、ただ待っているのも芸がない。皿を持っていくくらいはするか、と考えて、即座に否定する。

 手伝いに行ってメニューを知ってしまうのはなんとなく嫌だと思ったのだ。ただの気分の問題とは分かっているが、ユウキが何を作るかが気になる。

 ただ座して待つのも協調性に欠けるか、いやいやいつもだってそんなに手伝いなんてしてないんだしいいんじゃない? あ、それならペコリーヌの手伝いをしたら……いや、困っていたら助けてくれる、なんて悪しき先例を作ってしまうからダメ、など、いろいろなことを考える。

 要するに、長い間待たされたために特別感とサプライズを期待してしまっている。そのため、なるべく食事に関わる手伝いは極力避けたい、と意識してしまったのだ。

 

 否。

 今更独食には戻れなくなっている自覚はある。そこまで、この連中と食事をすることに執着するようになってしまったのだ。

 キャルにとって、このギルドの面々で食べることが楽しいと

 

『キャル。すぐに来なさい』

 

 頭に直接、聞き慣れた声が響く。『陛下』からの通信魔法だ。

 ……『陛下』からの呼び出しはいつも突然だ。キャルの気持ちなどお構いなしに。

 それでも、応えなくてはならない。キャルが食事を取れるのは、『陛下』のおかげなのだから。

 だが。

 

 キッチンからコッコロの声が漏れてくる。

「主さま。わたくしの頭を撫でる時のような力加減でございます……そう、いいですよ、主さま……ふふ、くすぐったい……」

 ……何してるの? え、料理……よね? イマイチ自信がない。すごくヤキモキする。

 だが、見に行くわけには行かない。キャルが心乱れるのは、彼らの所為なのだから。

 それでも。

 

「……」

 なにか言うべきだろう。

 何しろ、突然いなくなるのだから。

 急用ができて一緒に夕食を食べられなくなるのだから。

 

「……」

 なにも言わなくてもいいだろう。

 何しろ、『陛下』の命によるただのごっこ遊びなのだから。

 背いたら一緒に夕食を食べられなくなるのだから。

 

 結局。

 誰にも届かないよう。

 誰にも咎められぬよう。

 小さな声で、一言だけ。

 

「…………ごめん」

 

 辞去を告げた。




 日はとっぷりと暮れ、既に星が瞬いている。その下にある、ランドソルの目抜き通りも夜の装いだ。
 ランドソルを代表する商店をはじめ、屋台や露店も店仕舞しているため、昼ほどの賑わいや喧騒はない。その代わりとばかりに、他の通りに屯する酔客の声が漏れ聞こえてくる。
 人の数は少ないのに、遠くから声だけは響いてくる。この奇妙さになんとなく寂しさのようなものを覚える。
 否。
 寂しいのは自分だけだ、と目抜き通りを行くキャルは苦く感じる笑みを浮かべる。
 その足取りは重い。
 何しろ騒擾罪の嫌疑を掛けられ、先程まで『陛下』直々に取り調べを受けていたためだ。



 最近、目抜き通りを中心として騒ぎが頻発しているのは知っていたが、それにキャルが関与している、と明言されたのだ。
 庶民からもたらされるようなただの噂なら取り上げもしない。名前は知らないが黒髪の猫獣人が関与している、と証言があっても、黒髪の猫獣人などそう珍しくもない。片っ端から検挙するなどという無謀以外に打てる手がないのであれば、為政者たる『陛下』は一笑に付すのみだ。
 民草が上げた声を聞くことは重要だが、対策を講じる必要まではない。
 だが、明確な証言があればどうだろうか。しかも、その証言者の素性が明らかで、しかも王政に影響を与えかねない地位と立場にいる者からの情報提供だったら?
 当然耳を傾けなくてはならないだけでなく、取り上げなくては威信に関わる。
 そして、今回はそういう相手からの証言だった。

「畏れながら『陛下』。そこなキャルが此度の騒動を煽動せし賊のうちの一人であると、この【王宮騎士団(NIGHTMARE)】副団長、クリスティーナが断言致します」

 直答は許されていないので平伏しているため、玉蜀黍色の長髪しか見えないクリスティーナにそう言われ、キャルはとっさに上げそうになった非難の叫びを堪える。
 今発言が許されているのはクリスティーナのみだ。いかにキャルであっても、その理屈を覆すことはできない。
 そして、クリスティーナの証言に対し、キャルに弁解の余地は与えられない。キャル自身に思い当たる節がないとしても、他国の貴族でありながら、ランドソル王家の王侯貴族に準じる立場にあるクリスティーナが自らの役職を掲げ、断言までしたのだ。
 この状況を、ただの庶民であるキャルに覆すことはできない。例え"プリンセスナイト"であっても、だ。
 国家運営において、個人的な立場を利用して問題を回避しようとする権利の濫用は許されない。
 とはいえ、流石に一方的に断罪されてやるほどキャルは狂信的な思想は持っていない。
 なんとか、口を開く機会さえ与えられれば。
 その思いが通じたのか、
「キャル? クリスはこう言っているけど……キャルはそんな悪い子かしらぁ?」
 機会が与えられた。これなら言葉を返すことができる。
 『陛下』の方に向き直りながら、その場に平伏する。他意がないこと、そして今の自分は"プリンセスナイト"ではなく、王国の臣民であることを示すためだ。
「お言葉ですが『陛下』。大恩ある『陛下』が治める王国に対し、私は感謝こそすれ叛逆など微塵も思いつきませぬ。そのような企てが我が身から生まれ出る余地もなし。そのことは『陛下』こそが一番よくご存知のはず」
 争点は王国だ。ここは間違えない。そして、姑息かもしれないが『陛下』の恩情を引き出すため、キャルの理解者であると持ち上げる。
 すると、後頭部に言葉が投げかけられる。
「……そうねぇ。キャルはただ、『あの子』と仲良くしてただけ、だものね……」
 まるで見てきたかのような物言いに、キャルは知れず身を固くする。
 動揺は漏れ出なかった、はずだ。自信はないが。
 そして、全てがつながった。
「でも、それじゃあクリスが嘘をついた、となるわね……」
 身分を示しながらの直訴なので、否定されればクリスティーナの立つ瀬はない。むしろ個人の事情で王家を誑かそうとした簒奪に問われかねない。
 クリスティーナは慌てることなく、即座に言葉を重ねる。
「畏れながら。その物言い必ずしも正しからず」
「そう……? じゃあ、何が正しいの?」
「キャルは賊のうちの一人、と申し上げました。そして、賊は総勢20を下らぬかと」

 ……つまり。
 クリスティーナの言う"此度の騒動"とは、ユウキを中心とした、彼の()()()()の女性陣による意地のぶつかり合い、ということだ。
 そうなると、今日のようにユウキと一緒に歩いているところを見られたなら、キャルは確かにクリスティーナがいうところの賊となる。しかも、ほぼ首謀者と言い切られても一切反論できない。
(……やばいわね。これ絶対に覆せないやーつー)

「キャァ~ル?」
「お、畏れながら、【王宮騎士団(NIGHTMARE)】副団長の物言い、必ずしも正鵠を射ているとは言い難く」
「ク~リスゥ?」
「畏れながら、従者の言い分には矛盾これあり」



 ……この調子で二時間だ。しかも結論は出ず、
「……なんとかせーい」
 と、見事な丸投げで終了となった。というかそう言って頼まれるの『陛下』ですよね? いえ、不敬ではなく事実を。

 とにかく疲れた。クリスティーナとのやり取りが大変、というよりは『陛下』の無茶振りをどう処理するかで気に病んだ所為だ。
 魔法を使うため、精神的な疲労には慣れていると思っていたが、
(頭の、使う領域が違うのねー……)
 道のどこを歩けば安全かを考えることすら億劫なほどだ。
 ただ、足が向かう方へと動かす。
 思考を必要としないほどに慣れ親しんだその行き先を、ぽつり、とつぶやく。
「【美食殿(うち)】のギルドハウス……」

 普段であれば、夕食を食べ終え、各々の住まいや宿泊先へと戻るような時間なのに、
「明かり、ついてる」
 玄関の上部に備え付けられたランタンもだが、通りに面した大きな窓の向こう側、カーテンの隙間からも光が漏れ出している。
 まだ誰かがいるということだ。
 ふらふら、と足が動く。
 恐らくペコリーヌだろう、と当たりをつける。食事に関してはマメなのにそれ以外は溜め込んで一気にやる、という悪癖を持つお姫様。
 経費は相当の量を溜め込んでいたはずだから、夕食のあともずっと頑張っているのだろう。
 ふらふら、と足が動く。
 もしかすると、コッコロもいるかもしれない。真面目で天然、故に融通の効かないかわいい子。
 ひぃひぃ言いながら仕訳をしているペコリーヌの世話を焼いていそうだ。
 ふらふら、と足が動く。
 ……ユウキは、どうだろう? 抜けているけど優しくて、足りないくせにすぐに人助けをしたがる残念な青年。
 コッコロがいるなら残っていそうだが、コッコロのことだから先に戻しているようにも思う。
 そこは既に玄関前だ。
 体が覚えている通り、少しだけ身を前に倒してノブに手を伸ばし――

「キャルちゃん?」

 掴む前に扉が内側へと勢いよく引かれ。
 足元がおぼつかないキャルは、体が慣れ親しんだ扉を開ける動きをしていたため、そのまま前のめりになり。
 高貴なクッション、もといペコリーヌのふくよかな胸へと顔をダイブさせる結果となった。
 それはぽふん、と擬音が聞こえてきそうな勢いだった。
「きゃあ!?」
 流石のペコリーヌも戸惑いを多分に含んだ悲鳴を上げる。
 少女独特の甲高い声、そして柔らかいものの、若さゆえに芯に硬さの残るその胸は、
「ペコ、リーヌ……の、胸ェ!?」
 キャルの思考を取り戻すには十分な刺激となった。

 下からむんず、と掴む。
「こンの駄肉!! 量か!! 量食べればこっちに付くのか!?」
「ゃん!?」
 これまで一度も聞いたことのない鼻にかかった声に、思わず顔を上げる。
 そこには、少しだけ頬を朱に染めたペコリーヌの困り顔があった。その顔のまま、ペコリーヌは少しだけ笑みを乗せた声を出す。
「だめですよぅ、いくらキャルちゃんでも……」
「ぬぐぅあぁーーーッ!!」
 駄肉から手を離し、その下の脇腹に手を置き直して体を起こす。
「その発想!! その声!! ピンクか!? ピンクなのか!!」
「え? そうですよ。よくご存知で。普段は黄色(イエロー)なんですけど」
「違うわーーーッ!!」
 何の話だ。名義が違うだろうが。

「おかえりなさいませ、キャルさま。ご無事で何より」
「おかえり」
 奥から眉を下げたコッコロ、そしてコッコロと似たような表情のユウキが出てくる。
「あ……」
 コッコロの一言と表情で理解した。
 皆、キャルが突然いなくなったので心配し、ずっと残っていたのだ。
 すぐに扉が開いた理由も察した。いてもたってもいられなくなったペコリーヌが先走ったのだろう。
 「どうしたの?」ではなく、「おかえり」という言葉からも、必ず戻ってくる、と確信を持ってくれていたからこそだ。
 その事実に、鼻の奥がつん、と痛みを発する。
 それを我慢するために、顔を歪める。
「どうしたの?」
 慌ててユウキが駆け寄ってくるが、今は見られたくない。
 その思いが、言葉と行動に出る。
「こっち来んなぁ!!」
 結局いつもの悪態と大差がなかったが、例え本気で嫌がってもユウキは止まらない。そういうやつだ。
「キャルちゃん、お腹すいた?」
 ……違う。確かに空いているけれども。今かけてほしい言葉じゃないが、例え理解しててもユウキはそう聞いてくる。そういうやつだ。
 ひとまずの否定のため口を開こうとするが、キャルの機先を制したのは、ぐぅ、という低く間の抜けた音だ。
 その音の主は、もちろん確認するまでもない。
「……お腹が、減りました」
 すぐ近くから聞こえるのもいつも通りだ。
 なんだかそれが嬉しく……ない!! 安心なんてしてない!! で、でも、心配してもらってたし、あまり角が立たないような言い方で。
「……夕食、もうとっくに食べたんでしょ?」
 少々恨みがましく聞こえてしまうかも知れないが、そこはしょうがない。
 だが、
「いえ、まだなんです……」
 いつも通りではない答えが帰ってきた。
 思わずペコリーヌの顔を覗き込むと、完全に眉を下げた表情を浮かべている。
「キャルちゃんを待ってたんですよ?」
 そう言いながら、少しだけ頬を内側から膨らませてみせる。
 ……()()ペコリーヌに『待て』ができたなんて。なんて珍しい。
「キャルさま。そのようなお顔をなさってはいけません。ペコリーヌさまも大変ご心痛なご様子だったのございますよ」
 ……顔に出ていたらしい。コッコロがめっ、でございますよ、と言わんばかりの顔で続ける。
「それに、今日の夕食は主さまお手製です。キャルさまは以前より楽しみにされていたので」
「みんなで食べよう」
 コッコロの発言を途中で奪ったユウキは笑顔を浮かべ、優しく促す。
 ここまでされ、キャルにできることとしては、
「……うん」
 小さくうなずき、ユウキのあとを付いていくしかない。
「最近、キャルちゃんがちょろくなってきたような。やばいですね☆」
「……たまに、狙ってやっているのではないかとやきもきいたします」
 ……後ろうるさい。いいじゃない、今日は散々だったんだから。

 食卓には、ペコリーヌとコッコロの手によって盛り付けられた色とりどりの料理が並んでいた。
 蒸し鶏を小さく裂いたものを乗せたサラダに、黄金色に揚がったクロケット。湯気を立てる琥珀色のスープに添えられているのは軽く焦げの浮いたバゲットの輪切り。そして、メインは白身魚のムニエル。
 豪華、というわけではないが、初心者には荷が重そうな料理ばかりだ。
 それに、なぜかユウキは盛り付けに参加しなかったことも、キャルの疑念に説得力を与えることとなった。
 ただ、どことなくユウキが聞いてほしそうな顔をしている。なんとなく救われた気持ちになっていたので、お互い様と割り切り、彼の思惑に乗ることにする。
「これ……ユウキが?」
 うん、と元気よく首肯するも、少しだけ照れたように付け足す。
「少しだけコッコロちゃんとペコさんに手伝ってもらった」
 言われ、料理を見る。
 ……確かに蒸し鶏の大きさはまばらで、クロケットも大きさはまちまち。スープはまともに見えるが、バゲットとムニエルは焼きすぎで色が濃い。
 確かに、きれいな見栄えではない。だからこそ、ユウキの言葉が嘘ではないことが分かる。
「あんたは、向き合って、頑張ったのね……」

 最後までしょーもない言いがかりをして、責任というかろくでもない汚点をなすりつけあっていた先程と比べると、なんとも言えない気持ちになる。
 ……分かっている。それこそ、国家の事情と個人の事情を並べ、比べているだけだ。
 キャルにはキャルでやらなくてはならな……いやいらんな。今日のアレは絶対いらないやーつー。
 だいたい、クリスティーナはどこで何を見てあんな偉そうな口利いたのよ?
 今日っつったわよね? いやどこよ? 相手が見た、ってことはこっちからも見えているはず。あんな派手なイブニングドレス着たおばさんなんて見てもいないし、それっぽいのだっていなかった。
 それに、『あんな場所で仲良さそうに手を繋いで』云々、そんなんどこよ!? 手? 繋いだこともないわよ!!
 言いがかりで長時間拘束され、しかも不毛な言い争い。やさぐれないほうがどうかしている。
 今日一番のため息が出そうになった、その時。

「キャルちゃん、あーん」
 いつの間にかユウキが隣に座り、小さく切り分けた白身魚のムニエルをこちらに突き出していた。
 ……後ろで二人がドタバタしているっぽいのには気付かない。知らないったら知らない。
 その、突拍子もない行動に思考がついてこない。
 なぜ、ユウキから『あーん』を強要されようとしているのか?
 というか、ユウキはあたしがすると思っているのか?
 否。
 ユウキの中では求めていると思っているからやっているのだ。
 ……なぜ?
「だって、ずっとしたがってたでしょ」
 ……あ。
 あー、あーそういうこと? やったことなくてやりたいから怒った、と。人前じゃなくて身内でなら恥ずかしくないだろう、と…………どこをどうしたらそういう発想になるの!? 相変わらず意味不明な論理展開をする!! 第一、はしたないって意味全っ然分かってないでしょ!? でも許す!!
 キャルもユウキに倣い、いろいろ端折って、思う。

 今は、あたしだけのものだ。

 後ろは知らないので、
「あ、あー……ん」
 小さく息を漏らしながら、それなりに大きめに口を開ける。
 すると、フォークがゆっくりと口の中に入るのを感じる。
 そこで素早く口を閉じると、フォークだけがゆっくりと引き出されていく。もちろん、舌の上にはムニエルが乗っている。
 小さく噛むと、焦げた小麦粉の衣がさくり、と崩れて食感を与えてくれる。そして、香ばしい香りが口に広がる。
 更にもう少しだけ力を加えると、ほろり、と魚が解ける。
 ……あまり味がしない。恐らく、下味の段階で塩加減が足りなかったのだろう。
 それでも今のキャルには十分だ。

 今日はあとになっていろいろと気付くことが多い日だった。それを告げる事ができず、いろいろと厄介に巻き込まれた。
 でも、だからこそ。
 今この時はきちんと、感想を告げる。

「おいひぃわよ、ユウキ」

 ……ちょーっと、熱かった。
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