王子との婚約を破棄され追放された転生聖女は庶民に“酔いどれ”と笑われている   作:若年寄

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第拾玖章 裏切りと信頼

 ガイラント帝国宰相カンツラーの心境を一言で云い表せば、“どうしてこうなった”である。

 学生達に正体を見られたカンツラーはもう誤魔化すのは不可能だと悟り、自分が半人半龍である事や実際は幼い姿である事を告白した。

 流石に父が皇帝である事や母が聖女である事は伏せさせて貰っているが。

 ついでに真夜中ではあるが、今更ながら親睦を兼ねた食事会をしてしまおうを目論んだのだ。これなら母者の用意してくれた料理を無駄にする事は無く、学生達とも打ち解ける切っ掛けにはなるだろう。

 現在、彼は父ゼルドナルの膝の上に座らされ、女学生達にやいのやいのと弄られていた。いや、それは半ば覚悟はしてたが、仮にも宰相である。

 口元に食べ物を持って来て“はい、あーん”はないだろう。

 巨大なるガイラント帝国において随一の学府に通う学生と(いえど)も年頃の娘である事には変わりない。カンツラーの正体を知って驚きはしたものの、その愛くるしい姿は彼女達の琴線に触れたようで、構い倒しているのだ。

 彼が帝国宰相である事も半人半龍である事も問題ではなかった。

 しかも彼が身に纏っているのは淡い水色の生地に金魚を染め抜いた涼しげな女物の浴衣であり、幼い男児でありながら襟から覗くうなじ(・・・)や鎖骨が何とも云えぬ色香を醸し出しているのである。

 もっとも当のカンツラーが仏頂面をしているせいで妙な可笑しみもあるのだが。

 

「こーら、カンツ。折角、女学生のみんながお世話をしてくれているのに、その愛想の無さは頂けないぞ?」

 

 頬をぷにぷにとつつく父の指に、こめかみの血管が浮き上がって脈動するが、誰もがカンツラーの怒りを見て見ぬ振りをしていた。

 だが今更、幼児扱いをされたところで機嫌を損ねるカンツラーでは無い。

 では、何が彼を怒らせているのかと云えば、先程行った部下との念話である。

 

『ははぁ、とうとう学生達に正体がバレましたか。では、今頃は女学生に囲まれている事でしょうな。とうに盛りを過ぎた私には羨ましい限りです。ようがす。今日はそのままお休みなされませ。良い機会ですから溜まりに溜まった有休を消化してしまいましょう。貴方(あーた)が休まないから部下(した)が休暇を取りづらいんですわ。宰相殿がご自分で作った有給休暇の制度なのに自分で使わないなんて有り得んでしょうよ。はい、決まりです。今日、否、三日は登城しても入れぬよう門番にも申し付けておきますからね。勿論、裏門もです。忍び込もうとしても無駄ですぞ?』

 

 と、このように一方的に云われて念話を切られてしまったのである。

 あれから何度も念話を送っているのだが、どこで覚えたのか、“こちらの念話は現在出られません。ピーッという発信音の後に御名前とメッセージをどうぞ”と巫山戯た対応をされて遮断されてしまうのだ。いや、せめて入れさせろよ、メッセージ。

 カンツラーも昔は武人として武者修行の旅をしていた時期があり、その頃に多くの出会いを経験していた。その出会いの中にどこのパーティにも入れて貰えずにいる剣士の卵がいたのだが、それが後に一番弟子となり、政治の世界に身を置いてからは右腕として活躍する事になるとは出会ったばかりの頃は想像すらしていなかった。

 即ち、先程、念話をしていたガイラント帝国宰相補佐官ブリッツその人である。

 一度組んで冒険して以降、カンツラーの強さに感激したのか、押し掛け弟子のように纏わり付かれてしまってからの腐れ縁であるが、元々にしてカンツラーの下について修行をしなければならぬほど弱くはなかった。むしろそこいらの剣士では相手にならぬ程の腕前であったのだが、彼が先祖より受け継いできた剣術は足を薙ぐ兵法を得意としていた為か、卑怯(・・)とされて誰からも相手にされなくなっていったそうな。

 カンツラーに云わせれば、相手の機動力を確実に削ぐ、極めて合理的な剣法であり、足を斬られる方が間抜けなのである。それを“卑怯”と喚き立てる方が卑怯(・・)ではないか、という旨を伝えたところ、感涙に濡れた挙げ句に“弟子にして下され”と付き纏われるようになったという。

 そのあまりのしつこさに根負けして、“弟子は取らぬが相棒としてなら”と同行を許し、以来、互いに『カッつぁん』『ブリッつぁん』と呼び合う名剣客コンビとして名を馳せていく事となる。

 このブリッツという男であるが、組んでみるとなかなか便利な男であった。

 旅の支度を頼めば、必要な食糧や道具を調達する際は店主をどう丸め込んだか賺したか、格安で用意する事が出来、それが旅の終わりにピタリと使い切れるのだ。

 道中にハプニングが起ころうと、急に仲間が増えようと、それを見越していたかのように食糧が足りなくなる事はなかったのである。

 一度、“千里眼でも遣えるのかね”と訊ねた事があったが、“行程のペースや人数の増減に合わせて調節しているだけです”と、しれっと答えてカンツラーを呆れさせたものだ。

 またこの男、“旅のモチベーションを維持するには美味い食事が一番である”という信念を持っているそうで、オークやオーガを思わせる厳つい見た目に似合わず美味い料理を作る事が出来る。その腕前は貴族から“うちの専属シェフになってくれ”とオファーが来るほどであり、相手が相手だけに断り方に苦慮したほどであった。

 しかし、それだけでは生き馬の目を抜く政治の世界で出世する事は出来ない。

 ブリッツは裏に回れば探索(・・)を得意としていた。

 それは冒険者がダンジョンを探索するのとは意味が全く違うものだ。

 この男、怪しげな貴族や商家、或いは無頼の裏を探る事に長けていたのである。

 貴族なら噂好きの召使いに小金を握らせる。無頼の手下を手懐ける。時には屋敷に忍び込む等々手口は様々であるがカンツラーの求める情報を手に入れて来るのだ。

 勿論、情報を精査し、真贋を吟味した上である。

 カンツラーはブリッツの一族が間諜を担う一族であると見ていたが、改めて問い質した事もなければ警戒した事もない。

 それはブリッツ本人を気に入っている事もあるし、何より旅を通じて彼を信頼していたからだ。一度信じた以上、カンツラーは決してブリッツを疑う真似はしない。

 カンツラーは“保身の為に疑うのは友にあらず。信じて裏切られも本望”という信念を持って仲間と接しているのだ。

 たとえ裏切られたとしても、何か事情があるはずと最後まで信じ抜くのがカンツラーの心意気であり矜持であった。

 仮に金に目が眩んでの裏切りだったとしよう。それでもカンツラーは“それもまた人の弱さ”と許してしまうのだ。

 もっとも裏切りや罠を切り抜けるだけの力を持っているからこそである。

 これもゲルダやゼルドナル、そしてセイラの教育の賜物であろう。

 後ろ盾を持たぬカンツラーが宰相にまで登り詰めたのは力や知恵のみならず、このような信念を持って行動してきた結果、絆で結ばれた仲間を得てきたからである。

 特にブリッツはゲルダに紹介した際に、“得難き相棒(とも)を得たな。この縁を大切にするが良かろう”と歓迎されたものだ。

 ただ近頃はブリッツも随分とふてぶてしくなったものである。

 カンツラーは半分がドラゴンである為か、体力が無尽蔵に湧き出してくるので休憩はおろか睡眠や食事さえも極僅かで済むようだ。だからか、目を離すと二十四時間、三百六十五日、年中無休で働きかねないところがある。

 加えて大気や火や水、大地など森羅万象に宿る精気を吸収しているので生まれて此の方疲労というものを感じた事は無い。また空腹感や眠気も同様である。

 その為、冒険者時代に野営をすれば寝ずの番を我から引き受け、ブリッツと出会う以前、食糧不足に陥った時は自分の分を全て仲間に分け与えていたものだ。

 その人間離れしたバイタリティーに惹かれた者達が仲間となったのだが、引かれて離れていってしまうケースがあったのも当然の事である。

 その中でも初めから今まで一貫してブレる事なくカンツラーに従ってきたのがブリッツだった。彼が()の手()の手でカンツラーを休ませてきたからこそ、“体力お化け”程度の異名で済んだところもあったのだ。でなければ、化け物呼ばわりする者も出てきたであろうし、事実、彼の生命力を魅力に感じた魔導師がカンツラーを捕らえて研究しようと狙ってきた事があったのである。

 その為、ブリッツはカンツラーを守る為にまず人と同じ(・・・・・・)バイオリズムに(・・・・・・・)沿った生活を(・・・・・・)させている(・・・・・)ところなのだ。

 強大な力を持つカンツラーの生活に干渉するのだ。嫌でもふてぶてしくなろうと云うものである。

 ゲルダが“得難い相棒”と評するのも尤もだと云えよう。

 

「そうそう、忘れていたよ」

 

「何をでしょう?」

 

 思い出したようにカンツラーの顔を覗き込む父親に何故か嫌な予感を覚える。

 

「ブリッツ君から伝言だ。カンツに今日を含めて一週間の休暇をくれるそうだよ。“ご子息が仕事に戻らないよう親として監督して下され”とも云われてしまってね。久しぶりに思いっきり遊ぼうじゃないか」

 

 逃げられないように抱きしめて頬擦りをしてくる父親にされるがままになりながらカンツラーのこめかみは皮下に別個の生物が這っているかのように脈動する。

 ブリッつぁん! お前、皇帝に何を云ってくれているのだ。

 今更、八十過ぎの爺さんと五十半ばのオッサンが何を遊べば良いのか教えてくれ。

 見た目は青年と幼児だが中身は酸いも甘いもかみ分けた皇帝と宰相だぞ。

 

「俺が子供の頃は鬼ごっこやかくれんぼばかりだったけど今時の子の流行りは何だろうなァ。あ、旅行に行くのも悪くないぞ。カンツは何がしたい? これからは時間もいっぱい取れるし、これまで遊んでやれなかった分を取り戻そうな」

 

 勘弁してくれ。何で父上はこうも乗り気なんだ?

 助けを求めて母を探すとそちらはそちらで学生に囲まれていた。

 ゲルダは学生達に滔々と何やら語り聞かせている様子だ。

 

「さあ、鳥居強右衛門(すねえもん)様は磔台にかけられて味方の居る城へ向けて“援軍は来ない。潔く城を開け渡せ”と伝えるように強要されている。断れば命は無い。さて、諸君、強右衛門様はどうしたと思うね?」

 

 なんとゲルダは学生達に自らが最も尊敬する鳥居強右衛門の布教をしていた。

 簡単な説明になるが、鳥居強右衛門は奥平家の家臣(或いは陪臣とも)であり、長篠の戦いにおける活躍でその名を耳にする事だろう。

 長篠城を武田勝頼に攻め込まれ、数日で落城するところまで追い詰められていた。

 そこで岡崎城にいる徳川家康に援軍を要請する使者となったのが強右衛門である。

 強右衛門は武田勢の包囲を潜り抜け、岡崎城にいる家康と織田信長に援軍の確約を得るとすぐさま長篠城へと引き返した。味方に一刻も早く朗報を伝える為だ。

 しかし運悪く武田勢に捕まってしまい。織田・徳川連合軍が駆け付けると知った勝頼は手早く長篠城を落とす為に強右衛門に虚偽の報告をするように強要した。

 だが既に死を覚悟していた強右衛門は味方に“ニ、三日で援軍が来るから持ちこたえるように”と叫んだという。

 これに怒った勝頼は強右衛門を磔刑に処してしまうが、朗報と強右衛門の死に様に長篠城内の味方の士気は上がり、援軍到着まで凌ぎきる事に成功する。

 この強右衛門の功績と忠義は魔王と畏れられた織田信長すらも感動させ、彼の子孫は栄え、現代もその血を遺しているそうな。

 ゲルダのみならずゼルドナルやカンツラーも話を聞いて尊敬に値する人物だと思っているが、神よりも足軽に重きを置く聖女というのも如何なものだろうと思う。

 強右衛門の死のくだりで身を揉んで泣く学生達に手応えを感じているらしい母にカンツラーは何とも云えない表情を浮かべる事となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ガイラント帝国宰相補佐官ブリッツは怪しげな集団と対峙していた。

 

「思い掛けず良い口実が向こうから舞い込んできてくれたお陰で宰相殿を城から遠ざける事に成功した。暫くは登城すら出来ぬだろうよ。後はお前達の勝手次第だ」

 

「感謝する。貴方に御仏の加護があらん事を」

 

 剃髪している若い男がブリッツの机に木箱を乗せる。

 箱を開けると中には最中(もなか)が入っていた。

 だが箱の高さにしては底が浅い作りとなっている。

 

「遣り方が回りくどいな。これが日本(・・)でいうところの“お約束”というものかね?」

 

 苦笑しながらブリッツが最中の底を持ち上げる。

 やはりそれは二重底となっていたのだ。

 中から現れたのは金貨であった。

 

「くくく、折角の山吹色の菓子(・・・・・・)、有り難く頂戴しよう」

 

「そうそう、これも忘れており申した」

 

 男はほくそ笑むブリッツの前に怪しげな液体の入ったフラスコを置いた。

 

「この霊薬をお命を断つ(・・・・・)三日前に飲み、全身に行き渡らせて下され。さすれば貴方様をより強靱な肉体へと転生(・・)させる事ができ申す」

 

 男の説明にブリッツは狂気染みた哄笑をあげた。

 

「おお! これが噂に聞く『転生の儀』に必要な霊薬か!」

 

「御意に御座ります。既に補佐官殿の来世(・・)に相応しい肉体の仕込みは完了しております。後は貴方様の魂を待つばかり……」

 

「うむ、齢五十を過ぎて何かと自由が利かなくなってきている肉体を早く捨てたいものよ。いざ、自ら命を絶つとなると躊躇いが生じるものと思っていたが、思いの外、私はこの肉体に未練が無いらしい」

 

 ブリッツは先程以上の狂喜を見せる。

 

「これで私はカンツラーに勝つ事が出来る!! 武人として一度も勝てず何度枕を濡らしたか分からん。いくら修行をしようとも、これからは衰えるばかりの体では最早カンツラーに勝利する事は出来まい!! だが、その屈辱の日々ももう終わる!!」

 

 ブリッツは霊薬とやらが入っているフラスコを頭上にかざす。

 

「強大にして不老不死の肉体をもってカンツラーより勝利を得る!!」

 

 更には両手を広げ、天を仰ぎながら哄笑まで始めた。

 

「何よりこの醜い顔と何度比べられた事か!! カンツラー!! 私は何よりお前の美貌を何度も呪ってきたのだ!! 待っておれ!! 美と強さを兼ね備えた新たな肉体を得た私の前に跪かせてくれよう!!」

 

 華々しい未来を夢見て笑うブリッツを見て男達も笑う。否、嗤う。

 彼らに取ってブリッツは体の良い駒に過ぎなかった。

 ガイラント帝国において自由に行動できる権利を得たならばもう用は無い。

 本来なら異世界の優れた戦士のみに権利を与えられる『転生の儀』を施すのは、一応の報酬であるからだ。最低限の義理を見せねば、今後の布教活動において信用を得られぬからという現実的な理由である。

 

「精々頑張ってくれ。聖女を誘き出すにしても、その息子を斬るのも有効な手段であるからな。お前がカンツラーを斃す事が出来たならばめっけ物と云うものよ」

 

 男達の侮蔑の笑みを知ってか知らずか、ブリッツの哄笑はいつまでも続いていた。




 サブタイにもある通り、今回のテーマは「裏切りと信頼」です。

 カンツラーは政治家である事から裏切りは当たり前の世界にいましたが、意外な事にカンツラー自身が人を裏切る事はありません。友達を疑うくらいなら裏切られても本望と思うレベルで信頼する男気があります。
 まあ、作中でもありましたが、裏切りにあってもそれを打ち破るだけの力がありますし、一層の事、罠を楽しめる狂気すらはらんでいたりします。
 仮に宰相の地位を追いやられたとしても、釣りバカ日誌の浜ちゃんのように「おいら免職だい♪」と潔く去れるだけの度量というか脳天気さも持ち合わせているのですね。
 流石に処刑されるような事態になったら全力で逃げますし、刺客や討伐隊などを送り込まれたら斬り捨てるだけの非情さも持っています。

 鳥居強右衛門を出したのは、命を捨てて義を果たした彼を今回のテーマと対比させたかったからです。
 彼の名前を初めて知ったのは確か「水曜どうでしょう」だったと記憶しています。
 最近では色々な歴史番組やコミックなどでも名前が出てきてかなり有名になっているようですね。

 さて、いよいよゲルダに四神衆を送ってきた敵が動き始めました。
 その標的はなんとガイラント帝国であり、ゲルダの息子のカンツラーです。
 果たして敵の思惑とは? カンツラーとブリッツの友情はどうなるのか?

 それではまた次回にお会いしましょう。

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