王子との婚約を破棄され追放された転生聖女は庶民に“酔いどれ”と笑われている   作:若年寄

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第参拾捌章 尾張柳生の陰謀

「そうか、柳生(やぎゅう)今連也(いまれんや)は着実に力を着けてきておるのだな」

 

「御意」

 

 柳生七人衆の一人、迫上(さこがみ)新右衛門(しんえもん)は酒場から借りた一室にて上座に座る男に頭を下げた。男は頭巾で顔を隠している。

 

「それで…仕明(しあけ)めの生まれ変わりである…」

 

「ゲルダにござる」

 

「そのゲルダには勝てそうか?」

 

「今連也は勝利を確信している様子…勝負に絶対はありませぬが(それがし)から見ても、またゲルダと孤月院との勝負を分析するに勝算は九分九厘かと」

 

「頼むぞ。よもや転生とやらをしてなお我らの邪魔をしよるとは想像すらしていなかった事よ」

 

「ゲルダの祈りが時空を超えて紀州様(・・・)を刺客より守っておるとは本人ですら分かってはいない事でしょうな。転生から三百年も経過している事から紀州様の菩提を弔っているつもりなのかも知れませぬ。過去、現在、未来すら超えた聖女三百年の祈りというのも厄介なものでござる」

 

「だが、そのゲルダが死ねば八代様(・・・)を守る結界とやらも消える。なれば暗殺の手立てなどいくらでもある」

 

「お任せあれ。敢えて天魔宗という得体の知れぬ者共を懐に入れたのもゲルダのいるこの異世界へと趣く為でござる。必ずやゲルダを仕留めてご覧にいれましょう」

 

 迫上はずいと身を寄せる。

 

「そしてゲルダを、仕明を斃し、首尾良く紀州様暗殺が成就しましたる暁には…」

 

「皆まで云うな。尾張柳生を江戸柳生同様に、否、その倍で召し抱えると殿は仰せだ。だが、その為にもゲルダの首が必要なのだ。若かりし頃の仕明と瓜二つというあの娘の首を見せるだけでも八代様の気力を挫くことが出来ようからな」

 

「ははっ! お約束が確かならば我ら柳生七人衆、命をも投げ打って働きまする!」

 

 迫上は目には野心が燃えていた。

 宝蔵院流槍術の達人、孤月院延光を斃したゲルダを我が一剣を持って討ち取れば栄達は思うがままであるという一念があったからである。

 

「相分かった。そなたらの覚悟、しかと殿に言上致す。しかと励め」

 

「御意!」

 

 頭巾の男が立ち去ると迫上は凭れるように椅子に座り直した。

 

「ゲルダ…否、仕明吾郎次郎(ごろうじろう)…漸く借りを返すことが出来そうだぞ。御前試合で恥を掻かされた恨み、忘れはすまいぞ」

 

 若き頃、迫上新右衛門は剣術指南役として尾張より推挙されたが、その条件として将軍家ご寵愛の剣士に勝つ事を求められた。

 吾郎次郎を初めて見た時は男装した女かと思ったものである。

 こんななよなよ(・・・・)した若造に負けるものかよと意気込んだものの結果は惨敗であった。

 一本目はこちらが取った。が、今にして思えば敢えて取らせたように思える。

 何故なら二本目は目にも止まらぬ寄り身で反応すら出来ぬ内に顔面すれすれに木刀を寸止めされて吾郎次郎の勝利を宣言されたからだ。

 三本目は勝負つかずの引き分けに終わったが、終始吾郎次郎に試合を支配されていたように思えてならなかった。

 

『人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり』

 

 武士道論書『葉隠』から学んだ事を実践したのだと後に知り、まさに柳生そのものの流儀に合わせたのだという。

 一本目は相手に勝ちを譲って褒め称え、二本目で勝ち、三本目を引き分けとする作法に則って戦ったのだ。自分は仕官を得る為に死に物狂いで戦ったのにである。

 これにより仕官の夢は潰えたばかりか、尾張柳生での存在感を失ってしまう。

 迫上の心の奥では今でもこの時の屈辱が燻っている。

 実力はあり古参ゆえに七人衆に数えられてはいるが、内心は惨めなものだ。

 だが希望までが潰えた訳ではなかった。

 迫上新右衛門には二人の息子がいたが十代半で自分を超える程の実力を身に着けた天才であった。特に次男の直次郎は文武に秀でており麒麟児と謳われていた。

 尾張柳生の鬼才、連也斎の再来とも云われ、後に尾張柳生家に養子に入り、名を今連也と改めたのである。

 今連也なら吾郎次郎に勝てると思った矢先、暴れ馬に蹴られて死んだと噂に聞いた時は、もう復讐の機会を奪われたと失望したものであるが、よもや生まれ変わっているとは思ってもみなかったことである。

 どういう時間の流れか、既に三百年もの時を生き、前世を大きく上回る剣を身に着けていたが、それでも迫上は今連也の勝利を疑ってはいない。

 今連也は検分役から伝え聞いただけで秘剣『野分(のわき)』を盗む程の才を見せ、本家の遣い手であるカンツラーとも引き分けたのだ。

 当人も深手を負ったが本物(・・)を見たお陰で『野分』の完成度は上がった。

 否、今連也の『野分』はカンツラーのソレを大きく陵駕しているに違いない。

 後は聖女ゲルダが地狐を救いに聖都スチューデリアに現れるのを待つばかりだ。

 万が一にも今連也が敗れたとしても長男の直太郎や尾張柳生の当主と共に編み出した秘術『忘八剣』を持って当たればゲルダを討ち取る事が出来るはずだ。

 ゲルダが仕明吾郎次郎のままであれば効果はあるだろう。

 それは孤月院延光や四神衆との戦いの顛末を見た事で確信は得られた。

 

「ふふ、その前に俺一人でゲルダを斬れたらさぞや痛快であろうな」

 

 迫上新右衛門がワインを口にする。

 芳醇な葡萄の香りが鼻から抜けていくのが良い。

 今では日本酒よりも好むようになっていた。

 

「柳生今連也を討ち取ったり!!」

 

 腹に響くような大声に迫上は折角のワインを吹き出してしまった。

 しかも聞き捨てならぬ事を叫んでいなかったか?

 

「尾張柳生、何するものぞ!! この勢いで人質を取るような腰抜け七人衆も残らず平らげてくりょうわい!!」

 

「何を抜かすか!!」

 

 刀を引っ掴んで迫上が往来へと飛び出した。

 

「誰だ! 尾張柳生の侮辱は許さぬぞ!!」

 

「おほっ! これはこれは知った顔が出てきたぞ。確か坂上だか左近次であったか? 懐かしいのぅ」

 

「迫上だ! 柳生七人衆が一人、迫上新右衛門である!!」

 

 笑いを含んだ胴間声に振り返った迫上は一瞬、幽霊でも見たかのように固まった。

 

「そうであった、そうであった。迫上の新ちゃんであったわ」

 

 着流し姿の吾郎次郎が懐からぬっと出した手で顎を撫でながら笑っていた。

 

「顔見知りの誼みでちと訊ねたいのだがな」

 

 転生していると知ってはいても目の前に死んだはずの者が現れたことで迫上の顔は強張っていた。それとも彼の名誉を重んじるならば彼我の実力差を察してしまい動けなくなったと表現すべきであろうか。

 

「ワシの身内に地狐という娘がおってのぅ。どこにいるかご存知ないかえ?」

 

 迫上はわなわなと震えるばかりで言葉が出ない。

 それを黙秘と取ったか、吾郎次郎の目に剣呑な光が宿る。

 

「素直に教えてくれるのであれば優しく寸止め(・・・)にて勝負してやるぞ?」

 

 三百年の時間はこれ程までに人を強くするのか。

 迫上の目には吾郎次郎の姿が天を衝く巨人に見えていたのである。




 もう完全に聖女追放物と乖離しちゃってますよね(滝汗)

 まあ、一度皇后にゼルさんを奪われてガイラントを追い出されてるし、後にバオムでも策とはいえ追放されるんですから詐欺ではないと云い訳というか逃げ道を作っておきます(おい)

 ついに明かされるゲルダというか吾郎次郎と尾張柳生との確執…
 尾張柳生に狙われる聖女というのもあまり見ないと思います。
 他の聖女物に無いものを作ろうとしたのは良いですけど、今更ながらトンガリ過ぎましたかねw

 さて、次回はいよいよ尾張柳生との戦いが始まります。
 迫上さんはのっけから位負けしちゃってますが、柳生の高弟として意地を見せる事が出来るのでしょうか。

 それではまた次回にお会いしましょう。
 

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