王子との婚約を破棄され追放された転生聖女は庶民に“酔いどれ”と笑われている   作:若年寄

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第肆拾捌章 聖女の内緒

「では、あっしはこれで」

 

「うむ、御苦労であるが頼んだぞ、親分」

 

 イルゼの生家で発見した男の遺体が運ばれていく。

 検死の結果、やはり頭部を唐竹に割った一太刀が致命傷であった。

 他に傷が無い事も含めて恐るべき達人だと云わざるを得まい。

 

「くれぐれも無理だけはなさらないで下さいましよ?」

 

「分かっておるわえ。そちらも何か分かったら知らせてくれ」

 

 へい、と頭を下げてアンネリーゼは遺体と共に番所へと引き上げた。

 残されたのはゲルダとエヴァ、そしてアンネリーゼが自分の代わりを命じた黒駒一家の手下であるアハトという男だ。

 まだ若いがアンネリーゼがゲルダのサポートに残すだけあって有能であるらしい。

 日はまだ高い。引き続き家屋の探索を続けようとしていた。

 

「素性が分かると良いわね」

 

「死して数時間も経っておらん。残留思念が残っている可能性は高い。それに親分が頼めばヴァレンティーヌも断れぬであろうよ」

 

 ヴァレンティーヌとは“光”と“希望”を司る『獅子』の聖女である。

 光は分かるとして希望とは曖昧なと思われるであろうが、早い話が人に希望を齎す事全般であり、病を癒やし、弱った生命(いのち)に息吹を注ぎ、魔を払い、恵みを与え、衆生を安息に導くといった他の聖女の能力の全てを持ち合わせている至上の存在であった。

 持って生まれた魔力も六人中随一と謳われるほど強大ゆえに六人の聖女の纏め役を自負しており、積極的に聖女として衆生を導こうとしないゲルダに対して兎に角口煩く云ってくるのだ。

 ゲルダとしても持てる力を出し惜しみせず目に映る人を癒やしているのだから文句を云われる筋合いは無いと思っているので馬が合わないのである。

 それに加えて聖女を聖都スチューデリアが独占するのも如何なものとも考えているので、“ワシはガイラント帝国と『水の都』を引き受けるでな。後はそちらで何とかせい”と一応の筋を通して関わらないようにしているそうな。

 しかし世界中で伝染病が流行ると、ヴァレンティーヌはまずは王侯貴族の安全の確保を優先した上で流行り病の治療と予防の研究に入るので庶民への対応が遅れる事になるのに対してゲルダの行動は素早く、感染者から敢えて病原体を摂取すると体内で抗体を作成し瞬く間にその病気に対応した抗病原魔法を構築して根本から病気の駆逐を始める事が出来た。まさに『亀』の聖女の面目躍如といったところだ。

 その上、抗病原魔法を惜しげもなく弟子達に伝授し世界中に広める為に感染力が強い伝染病であろうとパンデミック寸前で食い止める事が可能なのである。

 民衆を導く王侯貴族を優先する自分の貴族主義が間違っているとは思わないが、それゆえに庶民への対応が後回しになってしまうのは否めない。

 いざとなれば素早く動いて多くの衆生を救う事が出来るゲルダを尊敬しているからこそヴァレンティーヌは彼女にそばにいて欲しいのだ。

 そんな気持ちでいたとは露知らずゲルダからすればヴァレンティーヌはガミガミ五月蠅いリーダー気取りの小娘という認識であった。

 侮るつもりは無いが、”聖女ならばお酒を控えない”と上から物を云ってくる者を相手に気分が良くなる訳もないのでどうにも敬遠してしまうのだ。

 そのせいか、ヴァレンティーヌが何度も会食を申し出てもゲルダからは色良い返事を貰えた試しはない。

 

「こちらの体は一つしかないのだ。そうそうそちらの都合に合わせられるものか」

 

 そもそもにしてゲルダに聖女としての自覚は皆無である。

 雷神により『亀』の力と宿命を与えられてはいるが、ゲルダ独自の治療魔法や解呪魔法はどちらかと云えば養母・『塵塚』のセイラによって病気や呪いに対する抗体を獲得し『水の都』の過酷な環境で磨かれてきたに過ぎない。

 アンネリーゼと仲が良いのも聖女同士だからではない。

 個人的に黒駒の親分(・・・・・)を気に入っており、向こうもこちらを慕ってくれているから友誼を深めているだけの話だ。

 

「でも残留思念を読むなんてもう聖女というより魔女の領域なんだけど星神教としてどうなの?」

 

「菌の分解と同じよ。仕組みが同じでも物が悪くなれば“腐敗”、体に良い物が出来れば“発酵”といった具合にな。星神教に有益なのが“聖女”、都合が悪いのは“魔女”となる。聖女認定も所詮は星神教の都合という訳さね。イルゼが良い例だわえ」

 

 作物を実らせる力を持つが為に聖女としておきながら皇子が公爵令嬢とデキれば手の平を返して追い出すような宗教に誰が帰依するものか。

 それで無垢なる少女が哀しみに囚われているのであれば不憫だ。

 もし復讐の炎に身を焦がしているのであれば止めてやらねばなるまい。

 だがゲルダも訳知り顔で“復讐は何も生みはしない”と賢しげに諭すつもりはない。

 綺麗な手を態々汚さなくてもワシがキツイ(・・・・・・)灸を据えてやる(・・・・・・・)から不義の者共など忘れてしまえ、とイルゼの溜飲が下がるように計らってやろうという気持ちですらいた。

 

「事が終わればイルゼに良い嫁ぎ先を見つけてやろうな」

 

「私、アンタのそういうところが好きよ」

 

 聖女としては疎遠であったが、今となってはゲルダはイルゼの味方である。

 その為にも早くイルゼを見つけ出し、真相を突き止めねばなるまい。

 

「親分、こんな話を聞いちまって俺は大丈夫なんですかね……」

 

 堂々と帝室と星神教を非難するゲルダにアハトのこめかみにはデフォルメされた汗が垂れていたという。

 

「さてワシらはワシらでやるべき事をするのだが…まずはどこから手を付けるかの」

 

「先生、実は変な風の流れと音を感じてまして、そちらから探索しませんか?」

 

「ほう、流石は親分が見込んだ男よ。早速頼りになるのぅ」

 

 “風”と“運気”を司る『龍』の聖女であるアンネリーゼ率いる黒駒一家は広義に解釈をすれば『龍』の眷属と神々から認識されており、微妙な空気の流れを読み、僅かな違和感からでも手掛かりを得る勘ともいうべき感覚を得ていたのである。

 その能力は計らずも目明かしとして重要な戦力であると云えた。

 アハトに導かれてゲルダとエヴァが辿り着いたのは居室である。

 ドアには朽ちたプレートがあり、辛うじて“イルゼ”と読めた。

 

「子供部屋…イルゼの個室か? 実家は比較的裕福な農家であったと聞いてはいたが子供に自分専用の部屋を与えるだけの余裕もあったようだな」

 

「羨ましい話ですね。俺なんて一間の下宿を三人でシェアしてるってのに」

 

「イルゼの“豊穣”の力が家の畑を実らせていたのでしょうね。富に直結している力を星神教が見逃すはずがないわ。ほとんど人攫いのようにイルゼを聖都へ連れて行っってしまったと聞いているわよ」

 

「“ように”ではない。まさに人攫いじゃ」

 

 ゲルダが吐き捨てるように云った。

 

「そこまでして聖女に仕立て上げておきながら都合が悪くなればポイ(・・)か。これまで聖女としての生き方をしてこなかったワシではあるが捨て置く訳にはいかぬ。向後、同じ目に遭う者を出さぬ為にもきっちり落とし前をつけてくれよう」

 

「先生? 先生! こ、凍えちまう!」

 

「ゲルダ、落ち着きなさい。被害者は飽くまでもイルゼよ?」

 

 エヴァに後頭部をペチリと叩かれて漸くゲルダは部屋が霜と氷の極寒地獄と化している事に気付いた。

 

「おお、すまんの。半世紀前にガイラント帝国を追放された事を思い出してしもうたわえ。この程度で怒りに我を忘れるとはな。歳は取りたくはないのぅ」

 

 蒼銀に変わっていた瞳が金に戻ると一瞬にしてイルゼの部屋から氷が消えた。

 霜が付着して雪ダルマのようになっていたアハトも無事に元へ戻る。

 

「すまなんだな。今度、食事でも奢るゆえ許してくれ」

 

「滅相もねぇ事で。五体は無事ですんでお気遣い無く」

 

「そうはいくかよ。悪いのはワシじゃ。それを償わなければ筋は通らぬわえ」

 

「そうですかい? では、その時を楽しみにしておきます」

 

 ここで下手に遠慮したら却って失礼になると教育されてきたアハトはゲルダの招待を受けることにする。

 もっともその夕食にはアンネリーゼや押し掛けてきたヴァレンティーヌも参加する事になり、普段食べ慣れぬ豪華な食事と相俟ってアハトは終始恐縮する事となり味を感じるどころか何を食べたのかすら記憶に残らなかったという。

 

「む?」

 

 突如、大きな音がしたので見てみるとヘッドが崩壊していた。

 長年放置されていた所にゲルダの生み出した極寒の世界に耐え切れなかったのだ。

 

「おお、いかん。イルゼの想い出の品を壊してしもうたわい」

 

 慌ててベッドに近づくゲルダであったが異変に気付いた。

 

「ん? 融けた氷が床を濡らしていたか?」

 

 恐らく床が渇いた状態であったならば気付かなかったであろう。

 濡れた事で床板に切れ目が浮き出てきたのだ。

 

「先生、その切れ込みの下から妙な風の音が聞こえます。恐らく隠し部屋じゃないかと思いますが、どうしますか?」

 

「そうだな」

 

 ゲルダが小柄を取り出すと切れ目に沿って先端をなぞる。

 やがて小柄が深く入り込む所を見つけ、梃子の応用で力を入れると簡単に開いた。

 

「灯りが無いから分かりませんが、思ったより深そうですね」

 

「よし、降りてみよう。エヴァは見張りを頼む。アハトは御苦労だがな。親分を呼んできておくれ」

 

「合点で!」

 

 アハトは勢い良くイルゼの生家を飛び出していった。

 

「大丈夫? 私も行った方が…」

 

「なぁに心配は無用じゃ。無茶はせんわえ。仮に罠だったとしてお主まで捕らわれたら誰が助けを呼ぶと云うのじゃ。これも用心じゃよ」

 

 ゲルダは自分の周りに小さな光の球を浮かべると、穴の側面へ等間隔に溶接されたコの字型の金具を足場に降りていった。

 

「本当に無理は禁物よ?」

 

「ああ、約束だ」

 

 四、五分ほど降りたであろうか。

 やがて底に着くと左右に道が別れていた。

 

「さて、どちらに向かうか…」

 

 思案していると左から風が吹いてくる。

 出口が近いのだ。

 

「まずは左からだな」

 

 ゲルダは光の球を頼りに左の道を進む。

 

「お、明るいな」

 

 あまり歩く事無く出口に辿り着いたゲルダは運河に行き当たる。

 そこは運河を渡る船からは見えないように隠されているが簡易の船着き場となっており、小舟が二艘舫いであった。

 

「秘密の脱出路といったところか」

 

 ゲルダは小舟に近づくと何やら呪文を唱えた。

 するとゲルダの指先に小さな魔法陣が現れて奇妙な生物が召喚される。

 それはフジツボにも似た魔物でセイラが創り出したものだ。

 これはゲルダと視覚と聴覚を共有する事が出来、魔物を通じて位置の把握と盗視・盗聴が可能であった。

 

「頼むぞ」

 

 フジツボはゲルダの指を離れると船の底に貼り着いた。

 小舟の持ち主が敵とは限らないが見逃すには怪しすぎる。

 

「さあ、今度は右の道だ」

 

 再び暗い通路を進んでいくとこちらからも風が吹いてきた。

 だが今度の風はとんでもないものを運んで来たものだ。

 

「また血の臭いか…この先には何が…」

 

「ぎゃああああああああああああっ!!」

 

 しかも人の悲鳴、それも断末魔までも風に乗ってきたではないか。

 この先に誰かがいるのは確実だ。

 ゲルダは光を消すと瓶底眼鏡の『暗視』機能を作動させる。

 足音を立てないように慎重に進んでいくと突然視界が開けて明るくなった。

 

「なんと…」

 

 そこは巨大な洞穴だった。

 ゲルダは中腰になって進み、眼下に広がる光景に唖然とさせられた。

 篝火が焚かれたその場では数十人の男達が木刀を顔の横で垂直に立てている。

 彼らは猿叫(えんきょう)をあげて走り何かに向けて振り下ろしていた。

 

「おお、あの独特の構えはまさしく薩摩示現流の『蜻蛉』ではないか」

 

「ちぇええええええええええええすとぉ!!」

 

「ぐええええ……」

 

 なんと彼らが打ち込んでいるのは生きた人間であった。

 それも先程発見した男と同様に山伏姿ではないか。

 

「ぬるい! それでは雑兵すら斃せんぞ!」

 

「はい!」

 

 まるで筋肉が鎧のように盛り上がっている男が弟子を叱り飛ばしている。

 叱られた若者が再び絶叫と共に木刀を振り下ろすと山伏の頭が砕けて血と脳が飛び散り、木刀の方も砕けた。

 

「それでよか! あれくらいの気概無くして甲冑諸共敵は屠れん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 まだあどけない少年は人を殺した事に衝撃を受けるでもなく男に礼を云った。

 むしろ顔は上気しており、男に褒められた事に喜びを感じている様子だ

 

「どうやらここは示現流の秘密道場であるらしい。だがイルゼの家の下に何故?」

 

 たまたまではあるまい。

 船で出入りしているのにイルゼの生家へと続く縦穴を態々掘る必要などない筈だ。

 

「悪い予感が当たっちまったのぅ。イルゼが()である可能性が上がってしもうたわえ。だが、肝心のイルゼはどこに…」

 

「イルゼはここでごわす」

 

「何?」

 

 突如ゲルダは光に包まれる。

 どうやらゲルダの侵入は察知されていたようだ。

 弟子達の持つ龕灯(がんどう)に照らされながらゲルダはほぞ(・・)を噛む。

 

「ゲルダどんなら一人で来てくれると思っており申した。ささ、降りて来やんせ」

 

「さあ、こちらへ」

 

 何処に隠れていたのか、既に出口は百姓達に塞がれていた。

 何故かすぐに襲って来る訳ではないようだ。

 ならば様子を見るべきかと観念して案内されるまま道場まで降りる。

 

「久しぶりでごわすな、ゲルダどん」

 

「久しぶり? すまんがどこで会ったかのぅ? 覚えがないわ」

 

 指導者と思しき男が出迎えるがゲルダに見覚えはない。

 筋肉が厚すぎてまるで蟹のような体型である。

 顔は火傷や斬り傷で引き攣れていたので面相が変わっているのかとも思ったが、声にも聞き覚えがなかったのだ。

 

()のおいどんは青葉武左衛門と名乗っており申す」

 

「おお、新右衛門殿からその名は聞いておる薩摩示現流の名人であるそうな」

 

 聞いた名が出てきたが、それでもゲルダは以前に会った記憶が出て来なかった。

 

「それもそのはずでごわす。青葉武左衛門とゲルダどんとは面識はなか」

 

「揶揄っておるのか?」

 

 ゲルダが瓶底眼鏡越しに睨むと周囲の百姓達は気に呑まれて数歩下がってしまったが、青葉はゲルダの剣気を全身で受け止めて豪快に笑う。

 

「揶揄ってはおり申さん。おいどんもゲルダどんと同じ(・・)でごわす」

 

 すると青葉の全身が光り、その姿が見る見る小さくなっていくではないか。

 

「青葉武左衛門は偽名でごわす。本当の名は桐野(きりの)利秋(としあき)と申す。またの名を中村半次郎、人呼んで人斬り半次郎」

 

 青葉を覆う光が消える。

 

「お、お主は…」

 

 流石のゲルダも言葉を失う。

 

「そして西南戦争で銃弾に斃れ、転生した後は…」

 

 ゲルダより背は高いものの、それでも小柄というべき少女が微笑んだ。

 

「イルゼ=エンゲルブレヒト」

 

 赤みを帯びた金髪が揺れる。

 ソバカスのある童顔がゲルダを見詰めていた。

 

「人呼んで『虎』の聖女・イルゼ。本当に何年ぶりかしら、ゲルダ」

 

 ゆっくりと近づいてくるイルゼにゲルダは微動だにしない。

 

「アタシが天魔宗だってみんなには、特にヴァレンティーヌには内緒にしてね」

 

 イルゼは親愛を込めてゲルダを抱擁した。




 ゲルダの前に姿を現した十大弟子の五人目は青葉武左衛門ことイルゼでした。
 イルゼはどのような思惑があって天魔宗と接触し、十大弟子となったのでしょうか。
 そしてゲルダ同様に前世の姿になる事が出来るイルゼの前世は西南戦争で西郷隆盛と共に散った桐野利秋でした。
 果たして桐野の狙いはどこにあるのでしょうか。

 それではまた次回にお会いしましょう。
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