王子との婚約を破棄され追放された転生聖女は庶民に“酔いどれ”と笑われている   作:若年寄

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第陸拾参章 感想戦

「イルゼ様!」

 

 仕明(しあけ)吾郎次郎と桐野利秋との真剣勝負は吾郎次郎の勝利で終わった。

 倒れた利秋にイルメラが駆け寄ると利秋の体が光を帯びる。

 光の輪郭が急速に小さくなっていき、光が収まるとイルゼの姿に戻っていた。

 

「心配は要らぬ。峰打ちじゃ。ただ肝臓を強く打ったでな。アバラも何本かイカレておろう。屈強な薩摩者といえども暫くは動けまいよ」

 

「流石は世界最高峰の癒やし手だ。人の治し方を知るという事は裏を返せば人の壊し方を知っているという事だからな。一撃で昏倒させるなんて芸当は朝飯前か」

 

 三池月弥を始め、玄武衆や青龍衆は賞賛しているが、白虎衆と朱雀衆、そしてイルメラは容赦の無い吾郎次郎にドン引きである。

 命を奪わずに真剣勝負を制したこと事態は素晴らしい事に違いない。

 しかし血の混じった泡を吹いて痙攣しているイルゼに恐怖を覚えたものだ。

 

「しっかり致せ。今、治療してやるわえ」

 

 吾郎次郎の翳した手に治療魔法の光が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシの負けね。しかも峰打ちまでされた挙げ句に一撃で昏倒させられたんだもの。文句の云い様が無いわ」

 

 イルゼは渾身の一撃を潜り抜けて一撃を入れて勝利したゲルダを称えた。

 勝負に負けた悔しさは勿論あるが完膚無きまでの完敗に清々しくさえあった。

 

「お主の一撃も申し分無かった。あそこまで太刀筋に邪念が無い者を疑っていた自分が恥ずかしいわえ。これからはお主の全てを信じる事に決めたぞ」

 

「アンタ程の人物にそこまで云って貰えるのは嬉しいけど、それでアタシが裏切ったらどうするつもり?」

 

 意趣返しという訳では無いだろうが、少し意地の悪い質問をぶつけてみる。

 するとゲルダは莞爾として笑って答えたものだ。

 

「構わん。信じると決めた以上は裏切られて本望と思う事にした。ただしお主も牙を剥くと云うのであらば覚悟を決めい。ワシは容易く討てぬぞ」

 

「それはもうさっきの勝負で心魂徹しているわ。アタシが再びアンタに剣を向ける時があるとすればアンタが峰打ちなんてする余裕が無くなるまで強くなった時よ」

 

 機が有ればゲルダを裏切るようにも取れるがイルゼの表情(かお)を見ればこちらを裏切るマネなどしないであろうと知れた。

 きっと今後も天魔宗と星神教の双方に籍を置き続けるであろうが、それだけの話と思う事にした。

 そもそもにしてイルゼは聖女に見出される前から天魔宗であったのだ。

 それを裏切り者と糾弾する方がどうかしていたのである。

 

「改めてよしなに頼むぞ、イルゼよ」

 

「こちらこそ宜しく、ゲルダ」

 

 二人はがっしりと握手をかわす。

 雨降って地固まるではないが、文字通り真剣でぶつかり合った結果、ゲルダとイルゼの間に確固たる絆が結ばれたのであった。

 

「何とか落着したようだな」

 

「うむ、これも月弥が我らの試合を御膳立てしてくれた御陰じゃよ」

 

「ええ、久々に肌がひりつくような勝負が出来たという意味でも感謝しているわ」

 

 二人は揃って月弥に頭を下げる。

 実際、第三者である月弥が試合を提案してくれなければ二人の仲はそのまま険悪となり、下手をすれば試合どころか、どちらかが死ぬまでの殺し会いに発展していたかも知れなかったのだ。

 

「いや、こちらとしても三池流道場(うち)門人達(れんちゅう)にとって良い勉強になったと思う。特に真剣勝負の厳しさ、緊張感、壮絶さは身に染みたに違いねェ。ありがとうよ」

 

「良き見取り稽古をさせて頂きました。ありがとうございます!!」

 

 月弥がゲルダとイルゼの両名に頭を下げると門人達も揃って平伏した。

 白虎衆や朱雀衆は勿論のこと、青龍衆や玄武衆とて一生の間に真剣勝負を経験する事など稀であろう。

 彼らは平穏な日本に生まれた幸運も噛み締めていた。

 

「では引き続き感想戦といこうか」

 

「感想戦…ですか?」

 

 聞き慣れない言葉にイルメラが首を傾げる。

 感想戦とは将棋などで対局後に指し手を検討する事だ。

 即ち今の試合の感想を述べ合うのである。

 

「勝負は一瞬だったが当然、駆け引きもあったはずだ。玄武衆や青龍衆は分かっちゃァいるが若いのはそれが分からんだろうからな。その為の感想戦さね」

 

 これもまた良い修行になるに違いないと考えたのだ。

 ゲルダ達を見れば、そちらも目を輝かせている。

 

「悪くない趣向だ。ワシに異存は無いぞ」

 

「アタシも反対する理由は無いわね。むしろゲルダがどのように考えて今日の勝負に臨んだのか知れるチャンスでもあるわ。それに何より面白そうだわ」

 

 二人の同意を得た事で月弥は早速感想戦に入る。

 

「今日の勝負は二人ともずっと前から予感はしていたンじゃないのか? だからこそ昨夜は敢えて自分を押さえる事をせず疑念をぶつけ合っていたと見たが?」

 

「まぁな、イルゼが天魔宗であると名乗った時点でいずれは刃を交える事になるであろうと予感していたわえ。否、戦わなければなるまいと考えていたわい」

 

「そうね、アタシも最終的には天魔宗か星神教のいずれかにつくのか決めなくてはと考えていたけど、やはりその前にゲルダと決着をつけておかなければいけないと心のどこかで思っていたわ。勿論、剣客としてゲルダと剣を交えてみたいという望みが有ったのも否定しないけどね」

 

 二人の決戦の意思は既にあったという事だ。

 つまり勝負はスエズンでの再会から始まっていた訳である。

 否、イルゼが天魔衆に帰依していた時から決まっていたのだ。

 その時、門人の手があがった。

 すかさず月弥が発言の許可を出す。

 

「白虎衆・村木忠です。御二人が前世の御姿で決戦に臨まれたのは示し合わしてたおられたのでしょうか?」

 

 その問いにまず答えたのはイルゼであった。

 

「いえ、全くの偶然ね。アタシもそうだけどゲルダは輪を掛けて小柄だから命を懸けた真剣勝負に十全の力を出せない可能性もあった。だから前世の姿を選択したのは必然だったのよ」

 

「いや、全く違うぞ」

 

 イルゼの言葉を否定したのは他ならぬゲルダであった。

 訝しむイルゼにゲルダはニカリと聖女らしからぬ男臭い笑みを浮かべた。

 

「確かに今の姿は前世と比べれば矮躯であるし力も弱い。だがそれはそれで戦いようはある。決して十全の力が出せぬという訳では無いぞ」

 

「なら、何で前世の姿で戦ったのよ?」

 

 イルゼの疑問に門人達は頷いている。

 

「もっともな疑問であるな。ワシが()を思い付いたのは一ヶ月前の事よ」

 

「一ヶ月前…大神殿に乗り込んだ時の事?」

 

「うむ、あの戦いでお主の神殿騎士共を蹂躙する戦舞(いくさま)いを見て思わず手が止まった。力強く、それでいて速い。怪力と神速を兼ね備えたまさに虎の化身じゃ。しかも示現流を極めているだけに剣技も正確無比、それでいて渾身の一撃を放っていながら隙が小さく、すぐさま流れるように次の標的へ攻撃を始める事が出来ていたからな。いざ勝負となれば勝算は低かろうと思ったわえ」

 

 次から次へと移動しながら騎士達を打ち倒していくイルゼにゲルダは戦慄を覚えたものだ。

 

「ワシも薩摩者とは幾度も立ち合ったものじゃが殆どの者は初太刀に全てを込めて打ち込み、外した後の事は考えておらなんだ。勿論、示現流にも二の太刀、三の太刀へと続く連続技があるのは存じておるがな」

 

 実はこの連続攻撃こそイルゼの秘剣の一つであるのだが、その事はゲルダは知る由もない事である。

 渾身の一撃を放ちつつ一処(ひとところ)に留まらず動き続ける事で反撃される隙を無くし尚且つ次の敵に襲いかかる事が出来るのだ。

 少女として生まれ変わりながらも前世を超える怪力と神速を得たイルゼは渾身の一撃を放った直後に起こる一瞬の硬直を克服する事に成功した。

 生まれ変わった若い肉体は柔らかくしなやかで無駄な力みが無かった。

 示現流の全身全霊の斬撃を放ってなお素早く移動する事が出来たのである。

 イルゼは絶えず動き続ける事を極意とし、一対多にこそ真価を発揮するこの技を虎が勇猛に暴れ回る様に例え、『虎乱(こらん)』と名付けて秘剣と定めた。

 

「ワシがお主に勝つにはどうすれば良いか考えた時、お主が青葉武左衛門、いやさ桐野利秋の姿となって農夫達に剣を教えている姿を思い出したのじゃ」

 

「分からないわね。それがどういった策になるのよ?」

 

「決まっておろう。イルゼと比べて桐野の肉体は巨体で、しかも柔軟性に乏しい。きっと大きな隙が出来るであろうと踏んだのじゃよ」

 

「は?」

 

 ゲルダは桐野利秋の肉体で渾身の一撃を打ち込めば大きな隙ができると看破しており、その予想は当たっていたのである。

 イルゼは現世の肉体を丁寧に鍛え上げ、天魔大僧正の指導の下で柔軟な体を維持していたが態々桐野利秋の姿になってまで修行をした事はなかった。

 桐野の姿はあくまで十大弟子としての威厳を保ち、イルゼの正体を隠す意味でしか無かった為に桐野の肉体を鍛える意味は皆無であったのだ。

 対してゲルダは吾郎次郎に変身しての鍛錬も行っていた。

 ゲルダにとっても吾郎次郎の姿は変装の意味は強かったが、戦術家として老人の姿で戦う場面があると想定していたのである。

 変身中でも戦闘に巻き込まれる事はあるだろう。

 その際にいちいちゲルダの姿に戻らなければ戦えないとあっては変装している意味が無くなるし、何より面倒である。

 もっと云えば老いたりとはいえ愛着があった。

 故に転生して三百年という年月が経って尚、剣術においては吾郎次郎の姿の方が十全に遣う事が出来たのだ。

 それが仕明吾郎次郎と桐野利秋との違いであり強みであった。

 

「だ、だからアンタは前世の姿での戦いを望んだのね」

 

「まだある」

 

「まだ?」

 

 イルゼは勝負以前にゲルダの策にハマっていた事に愕然としていたが、更に驚愕する事になる。

 

「お主が早朝イルメラを伴って稽古をしているのは立ち木を打つ音で察しておった。案の定、お主は今朝も調整代わり打ち込みをしていたな。ゆえにワシは敢えてお主に見えるように吾郎次郎の姿で道場に入り、掃除をしておった訳じゃ。それを見たお主はワシが聖女としてではなく一介の武人としてこの勝負に臨んでいると思ったであろうよ」

 

「ええ、だから急遽、桐野利秋の姿になって打ち込みを始める事になったのよ」

 

 ゲルダの覚悟(・・)を見たイルゼは、ならば自分も、と利秋の姿になって打ち込みを始めたのだ。焼け石に水と分かっていながらも。

 

「立ち木を打つ音が変わったのでそれも察したわえ。そこでワシは駄目押し(・・・・)として真剣を抜いたのじゃ。この勝負に全身全霊を捧げる為にの。そして、こちらの思惑通り、我が剣気を察したお主の体はより一層に力んでしまったであろう。如何に示現流が豪剣でも肝心の遣い手がそのような状態では攻撃を搔い潜るも、峰を返すも自在であったわ」

 

「す、全てはアンタの計算の内だった訳ね」

 

「云っておくがイルゼ対ゲルダであったならばイルゼの勝ちであったわ。万が一にもそれは揺らがぬであろう。勿論、イルゼ対吾郎次郎であったとしても結果はイルゼの勝ちじゃ。この試合、戦術家・仕明吾郎次郎が勝ったが勝負としてはゲルダの負けよ。このような策に頼らざるをえぬ程に彼我の実力差があったのじゃ」

 

 ゲルダの策がここまで綺麗にハマったのはイルゼが高潔な精神の持ち主である何よりの証拠だと云えよう。

 仲間を平気で裏切るような人格であったなら老獪な武芸者に付き合う事は無かったに違いない。

 若さに押し切られ叩きのめされて終わりだったであろう。

 

「だが試合そのものは正々堂々と戦ったのじゃ。それで不問にせい」

 

「ああ、試合に不正が無かったのは俺が認めるよ。課程がどれだけ卑怯でもそれだけは疑いようもない。よって試合も勝負もゲルダの勝ちである事をこの三池月弥が宣言する」

 

「そうね。剣を向け合っていた時の感触は疑いようもなく真剣だった。そこにアタシも文句は無いわ。改めて宣言する。アタシの負けよ」

 

 二人の聖女は改めて固い握手を交わすのであった。




前回のゲルダとイルゼの勝負の感想戦になります。
試合とはいえ感想戦というのも珍しいですが、他作品での月弥による仕掛けの種明かしと同じですね。
試合そのものは正々堂々と勝ちましたが吾郎次郎対利秋に持ち込むまでが実に卑怯ですw
以前、ゲルダがイルゼを圧倒した事がありましたが、それは『亀』の聖女としての能力を全開にしたからであって、純粋に剣客としてはイルゼの方が強いです。
勿論、奥義や勝負の組み立てなどゲルダの方が優位の部分も多いのですが、フィジカルだけを見るとイルゼが圧倒的だったりします。
なのでゲルダは、ならば吾郎次郎に変身して武人としての勝負に持ち込めば桐野の姿となるに違いない。それなら分が有る、と一計を案じるのですね。
聖女にあるまじき策ですが、本人は老獪な剣客にして戦術家なので平気だったりします。
それでもゲルダとイルゼの和解が成立したのは試合自体が正当だったからでしょう。
老獪な戦術家と若き武道家の落し所として、そこだけはクリーンにするのが大変でしたw

さて次回からは元々の事件の方を進めようと思います。
公爵家の陰謀、尾張柳生との行く末、殺されていた山伏の謎、少しずつ解き明かしていきたいですね。

それではまた次回にお会いしましょう。
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