王子との婚約を破棄され追放された転生聖女は庶民に“酔いどれ”と笑われている   作:若年寄

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外伝之弍 王子殺しにされた令嬢①

「顔を見るのも名を呼ぶ事すら穢らわしい。今すぐ首を刎ねてくれよう」

 

 フレーンディア王国第ニ王子の言葉をヴァレンティアは愕然としながら受けた。

 公爵家の令嬢として、また将来、夫となる人の役に立つよう尽力してきた自分が何故に周囲に蔑まされながら罵倒を浴びせられなければならないのか。

 国が財政難に陥った時は貿易計画を提出し、採用された事で救われたはずだ。

 四方を海に囲まれた我が国は云い変えれば独自の文化を発展させており、他国からすれば珍しく価値の高い物も少なくない事に目を付けて売り込んだところ莫大な利益をもたらしたのだ。

 これにより財政が潤ったばかりか、職人や農民などの生活も豊かとなり、僅か数年でフレーンディアは『絶海に浮かぶ宝石』と呼ばれるまでに富を得たのである。

 勿論、自分だけの手柄ではない事は分かっている。

 切っ掛けは大陸に留学した際に自国の民芸品や珍果が高値で取り引きされている事を知った事であるし、特にフレーンディアのワインは価値があるとして一緒に商売をしようと持ち掛けてきた友人のアイデアを膨らませたものであった。

 この功績により王直々に第一王子の妃にと声を掛けられたのだ。

 ただ初めはヴァレンティアもこの話には乗り気では無かった。

 たまたま自分の計画が上手く行っただけだと思っていた事もあるが何より結婚を躊躇わせたのは王子の女癖の悪さだ。

 実は彼、方々で数多くの女性に手を付けてきたとんでもない男であり、泣かされてきた女性の数は両手の指では足りない。

 しかも気に入ったならば相手に恋人や夫、そればかりか子供がいようと御構い無しであり、フレーンディアが財政難に陥ったのもある大国の姫に手を付けるという暴挙のせいであった。

 あわや戦争になるかと思われたが、フレーンディア側の護衛が処刑覚悟で王子を諫め、かろうじて姫の純潔を守り抜いた事実により厖大な賠償金を支払う事で許されたという経緯があったのだ。

 正直、嫁ぐのは嫌であったのだが、結婚すれば王子も落ち着くかも知れぬ、と王に膝を突き合わせて懇願されては頷かぬ訳にはいかなかった。

 こうして第一王子と婚約する運びになった訳であるが、王の目論見は当たったと見えてヴァレンティアとの結婚を控えてからは彼の女遊びがぴたりとやんだ。

 むしろ勤勉で精力的に政務に打ち込んでいたものである。

 初めて会った時などは好色の噂が嘘であるかのように紳士的であり、それでいてユーモアのある気さくな人物で少なからず警戒していた自分が莫迦みたいだった。

 ヴァレンティアも彼の政務を手伝うようになり、次第にその人柄に惹かれていく。

 何より民衆を心から慈しみ、彼らが幸福に暮らせるにはどうしたら良いのか腐心している姿にヴァレンティアはいつしか心から愛するようになっていた。

 一方で王家と公爵家による縁談も進んでいく。

 そんなある晩の事である。

 

「人を遠ざけておくので私の部屋に来て欲しい」

 

 という旨のメッセージを受け取った。

 果たして如何様な用件であろうか。

 まさか結婚を目前にしながら初夜を待てずに私を抱きたくなった訳ではあるまい。

 何はともあれ王子を待たせる訳にもいかないだろう。

 ヴァレンティアは身形を整えると王子の部屋に向かった。

 ただ何故か僅かばかりの違和感を覚えた彼女はドレスの下に護身術(・・・)の稽古で使っているレギンスを穿いていくことにした。

 彼の部屋は離宮にある双子塔の東側の最上階だ。

 ちなみに西側の塔は第ニ王子に与えられたエリアである。

 

「王子様? ヴァレンティアで御座います」

 

 ノックをし、名乗ったは良いが中から返事は無い。

 暫く待ってみても人の動く気配はしなかった。

 再びノックをしようとする手が止まる。

 幽かではあるが血の臭いを感じ取ったのだ。

 

「失礼します!」

 

 施錠はされていなかった。

 第一王子の部屋に飛び込んだヴァレンティアはソファの上で突っ伏している王子を発見する。

 

「王子様!」

 

 息をしている様子はない。

 首筋に手を当ててみても脈拍を感じる事が出来なかった。

 

「これは?!」

 

 しかも彼は血に濡れており、ヴァレンティアの手を瞬く間に赤く染めた。

 その時である。

 

「兄上を殺した逆賊めっ! この場にて成敗してくれん!」

 

 部屋に大勢の人間が雪崩れ込んできた。

 

「ち、違います! 私は王子様を殺してはいません!」

 

「黙れ! 兄上の胸に刺さったレイピアが何よりの証拠だ!」

 

 一団の中にいた第ニ王子が第一王子の胸に突き立てられたレイピアを指差す。

 

「その鷲の意匠の護拳が何よりの証拠ではないか!」

 

 護拳、柄にある手を守る部位は公爵家の紋章にも使われている鷲の姿が象られているがヴァレンティアの目には造作が荒く一目で偽物であると知れた。

 何より愛用のレイピアは自室に置いてきてあるのだ。

 

「これは私の剣ではありません。きっと誰が私を貶める為に」

 

「黙れ! 見苦しいぞ!」

 

 第ニ王子がヴァレンティアの言葉を遮る。

 

「わ、私は見てました。ヴァレンティア様が王子様の胸を貫く恐ろしい光景を」

 

 続いて少女の声が続く。

 彼女は第ニ王子の婚約者だったと記憶している。

 

「おお、聖女様の言葉が何よりの証拠だ」

 

 周りの兵士達も彼女の証言を肯定する。

 聖女とは世界を平和に導く為に天より使命を与えられた六人の乙女達の事だ。

 それぞれ『火』『水』『風』『土』『光』『闇』を司っており、彼女は『光』を司る聖女であるという。

 その聖女の言葉というものは無条件で信用されてしまうらしい。

 況してや第ニ王子の婚約者であるの事も大きいだろう。

 もはや一言の弁明すらヴァレンティアには許されなかった。

 自分は第一王子を殺した罪に問われて処刑されるのだろうと悟る。

 だが何故? 第一王子も自分もこのような罠を仕掛けられる謂れは無いはずだ。

 頭の中で疑問符がいくつも浮かぶが状況を把握する事すら困難であった。

 

「まったく恐ろしい人ですね。王族を殺すような人と知っていれば貴方を王子様に近づける事なんてしなかったのに」

 

 聖女が第ニ王子の腕に縋りながらも罵ってくる。

 その目は怯えているようでどこか蔑みの色があるように思えた。

 そして第ニ王子が聖女を庇いながら見下して宣言する。

 

「顔を見るのも名を呼ぶ事すら穢らわしい。今すぐ首を刎ねてくれよう」

 

 なんと裁判に掛ける事なくヴァレンティアを処刑すると云ってきたではないか。

 莫迦な。兇賊を捕らえたのとは訳が違うのだぞ。

 ヴァレンティアを捕らえようと兵士達が近づいてくる。

 

「お待ちを!」

 

 絶体絶命の状況の中、声を上げたのは近衛騎士団に所属している兄であった。

 王子達とは幼馴染みである事から直属の護衛に選ばれていたのである。

 

「何だ? いくら貴公の妹であろうと王子を暗殺した者の命乞いは聞けぬぞ」

 

「いえ、妹の不始末は当家の不始末。せめて我が手で妹を討つ慈悲を賜りとう御座います。何卒、お許し下さいませ」

 

「お、御兄様」

 

 ヴァレンティアの心が絶望に染まっていく。

 兄が自分を討つという状況も然る事ながら、自分の腕では兄から逃げる事すら叶わないと理解しているからだ。

 

「よかろう。見事、逆賊を討ち果たし、汚名を返上してみせよ」

 

「ははっ! ありがたき幸せ!」

 

 第ニ王子に跪いて一礼をした兄は立ち上がるとヴァレンティアに振り返る。

 その顔は凶相であり、全身から怒気を発していた。

 

「覚悟は良いな? 貴様が穢した家名を(そそ)いでくれよう」

 

 兄は第一王子からレイピアを抜くとヴァレンティアへと放る。

 

「せめてのも情けだ。戦いの中で死なせてやろう」

 

「ま、待って下さいまし! その剣は王子様殺しの証拠ですわ!」

 

 聖女が慌ててレイピアを取り戻すように進言するが兄は取り合わない。

 

「貴方という証人がいるのだ。今更証拠などいらぬでしょう」

 

「そ、それは……」

 

「貴方はヴァレンティアが王子を殺した瞬間を目撃した。そうですな?」

 

「は、はい……」

 

「それともその剣がヴァレンティアの手にあると不都合が?」

 

「い、いえ……」

 

 兄の眼力に聖女は言葉を濁す。

 そして兄は再びヴァレンティアと対峙する。

 

「さて、覚悟は良いな、ヴァレンティア?」

 

「ええ、よろしくてよ、御兄様」

 

 やはり、このレイピアは自分の物ではない。

 あのレイピアは成長に合わせて手に馴染むように調整を施しているのだ。

 柄を握った時の違和感もあって偽物であると知れた。

 

「云い残す事はあるか?」

 

「父上と母上はどうなりますの?」

 

「安心しろ。王と父上は従兄弟同士であり親友であらせられる。多少は肩身が狭くなるであろうが改易にはなるまい。むしろ真相が明らかになるまで無体はなされないはずだ。後は任せておけ。お前は何も気にするな(・・・・・・・・・・)

 

 兄が一瞬だけ微笑んだ事に気付いたのは自分だけだ。

 ヴァレンティアもまた絶望の表情から兄にだけ分かる一瞬の微笑みを見せる。

 

「行くぞ!」

 

 兄が巨大な両刃剣をレイピアのように片手で扱いながら突っ込んで来る。

 切っ先がヴァレンティアの胸に刺さる寸前に突進の勢いを乗せて薙ぎ払う。

 その威力は凄まじく暴風が起こったかのように兵士達を吹き飛ばした。

 そして剣を薙ぎ払った勢いを利用してヴァレンティアの胸を蹴り飛ばす。

 

「奥義! 『グラディウスキック』!!」

 

「きゃああああああああああああああああああああっ?!」

 

 御兄様、御兄様よ。

 逃がしてくれようとしてくれているのは分かる。

 その為に技の余波を装って兵士を吹き飛ばしてすぐに追えないようにしてくれた配慮もありがたく思う。

 けど、もう少しやり方というものがあったのではあるまいか?

 ヴァレンティアが内心で愚痴をこぼしたくるのは無理もない。

 兄の強烈な蹴りを胸に受けたヴァレンティアはステンドグラスを突き破って最上階から落下したのである。

 

「御兄様、角度も飛距離も完璧ですわ。でも、それとこれとは話は別です!」

 

 結果としてヴァレンティアは堀の水をたらふく飲む事になったが無事に逃げおおせる事ができた。

 しかし、それでも怖い事は怖いし、痛いものは痛いのだ。

 ヴァレンティアは助けられた恩と共にこの仕打ちに対して必ず兄に利子をつけて返すと心に誓うのであった。

 いや、待て。違う、違う。他に誓う事があるだろう。

 

「必ず王子を殺した犯人を見つけ出して見せますわ!」

 

 今の所、手元にあるのは偽のレイピアだけだ。

 だが今はそれをよすが(・・・)にするしかない。

 ヴァレンティアは夫となるはずだった第一王子を想う。

 今にして思えば彼の悪評は誰かが悪意をもって流したものだったに違いない。

 少なくとも彼が好色の目を自分に向けてくる事はなかったのだ。

 第一王子を貶め、命を奪って得する人間は一人しかいない。

 

「やってくれましたわね。覚えておきなさい」

 

 ヴァレンティアはドレスを脱ぐと堀を登り始める。

 レギンスを穿いていて正解であった。

 

「王子、きっとこの仇は討ちますわ」

 

 夜空に浮かぶ第一王子のヴィジョンに復讐を決意した。

 

「それにしても堀は良かったですわ。第ニ王子は私の死を確認する為に堀を浚わなければならないはず。それは取りも直さず私の逃走の時間稼ぎになりますわ」

 

 豪快のようで知恵の回る兄に感謝する。

 

『そうだろう、そうだろう』

 

 いつの間にか、夜空のヴィジョンは豪快に笑う兄へと変わっていた。

 

「もう少し余韻に浸らせてくれても良いではありませんか」

 

 存在感の強すぎる兄を持ったが為に締まらないヴァレンティアであった。

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