NieR:Automata It might to [BE] 作:ヤマグティ
なんであんな事をしたんだろう。
僕は4機の敵ヨルハからの攻撃を避ける事に集中しなければならないにも関わらず、
頭の中が先程の自分の行動への疑問で満ちていた。
先程僕は、2Bをこの戦線から逃がすため、彼女の飛行ユニットを意図的に撃墜した。
あの先は確か砂漠だった筈だから、きっと2Bなら上手く不時着できただろう。
敵ヨルハ達は僕の狙い通りに先程の行動を仲間割れと判断したようで、落ちていった2Bには見向きもせずに僕に猛攻撃を仕掛けてきた。
…2B。怒ってるだろうな。次会った時、なんて怒られるかと思うと既に憂鬱だ。
[警告:機体ダメージ甚大]
まぁ次また会える保証なんてないんだけど。
もう既に僕の飛行ユニットは攻撃を受けすぎてボロボロの危機的状況だ。それなのに、おかしな事に僕の頭の中はさっきの行動への疑問で一杯だった。
変な感覚だった。さっき2Bが僕に飛行制御を渡すように言ってきたときに、頭の中に一瞬知らない誰かの記憶がよぎった気がした。
それは2Bが誰かに殺されている場面だった。2Bの目は汚染されていて赤く光っていて、いや、そこはどうでもいい、何者かが2Bの体を刀で貫き殺していたんだ。誰かまではぼんやりとしていてわからなかったけど。
本当に一瞬ボンヤリと感じただけの、知らない記憶。僕だけど僕じゃない、別の自分のような感覚だった。
……いや、もしかしたらあれは危機的状況にあったことでの危機感から生まれた、ネガティブに考えすぎてしまった最悪の想定、つまり只の僕の不確かな予測・妄想に過ぎないものだったかも知れない。
だが仮にそうだとしても、あの光景はあまりにも僕の心を揺さぶるに十分だった。
彼女だけには生きていて欲しい。死んで欲しくない。そう思った頃には既に行動に移していた。
はっきり言ってしまえば、愚行だったろう。
感情に身を任せた行動だったと思う。
不時着させるなら、柔らかい砂だとマシだろう。
ただそれだけの理由であの方向に逃がした。砂漠だからって不時着に成功する保証なんてないし、逃がした先が安全とも限らない、それに絶対に敵四機には勝てないという証拠がある訳でもなかった。
けれども。時間が戻ってまたあの場面になったとしても。僕は同じ判断を下したと思う。
[警告:反応炉温度上昇]
ポッドの警告が僕の思考を現状分析に戻す。
まずいな、これはもう…
[警告:FFCS , NFCSともに反応なし。]
[報告:攻撃手段を全て喪失。]
ただでさえ分が悪いのに、遂に攻撃手段まで無くしてしまった。
「くそっ…!」
持てる限りの最大限の出力で逃げに徹する。
もう助からないかもしれない。こんなことならあの時通信を切らずに2Bに何か言い残しとけばよかった。
そう思い、飛行ユニットの録音機能をONにした。
「こちらヨルハ部隊所属9S……
_____________……
録音が終わったちょうどその時、飛行ユニットが火を吹き始めた。
最期の覚悟こそすれど、僕は決して諦めた訳じゃない。
僕はなんとか遠目にみえた地上を目指す。だが、ギリギリの距離で先に飛行ユニットに限界が来てしまった。
ボカンッ
飛行ユニットが小さく爆発し、僕はその衝撃で投げ出される。
だがその勢いのおかげでギリギリで地上に落下した。
「あぁ……ぐ……」
高所から高スピードで落下し叩きつけられた衝撃で唸り声をあげる。戦闘向きの体じゃないからバキッ。だの、ブチッ。だの身体中から嫌な音がした。
なんとか力をいれて立ち上がる。大丈夫だ。所々壊れているが、動けない訳じゃない。
[敵反応多数確認。]
気がつけば機械生命体に囲まれている。
「助かって良かった。」なんてお気楽な事考えてる余裕はないみたいだ。
……まぁそうだよね。ここは最終奪還作戦にあたってた地域だから。
ポッドが僕の剣をもってくる。黒の血盟だ。
それを受け取り。構える。
機械生命体の一体が僕に向かってきた。咄嗟に剣を振るう。
機械生命体は弾き飛ばされるが、少し傷がついた程度で、すぐ起き上がる。
元々戦闘が得意じゃないS型モデルでしかも所々重症の体にこの大剣は重いのだ。
手を構え、ハッキングを仕掛けようとする。
そして気付いた。
ハッキングができない。
どうしてだろうか。
少し考え。結論に至る。
多分、飛行ユニットの爆発か、地上に落下した衝撃のどちらかでハッキング機能を司る部分が故障してしまったんだろう。
「…逃げるしか…ない…」
どれだけハッキングで無類の強さを誇っても、物理的にその機能が壊れてしまえば何の意味もない。
今の僕は戦闘もハッキングもできない役立たずだ。
2Bを逃がして良かったと心から思った。
あの人は「足手まといだからここにおいて逃げて」なんて絶対聞かないから。
よろめきながらも走る。後ろから機械生命体の弾幕攻撃があたる。
傷つきながらも、足に力をいれて走り続ける。
重症でも、生きていたのだ。再び彼女に会えないかと走る。まぁ…多分尋常じゃないくらい怒られると思うけど…。でも、それもいいなと思う。
だが、そんな願いを嘲笑うかのような事実が、僕の耳に入る。
[警告:ウイルス汚染を探知。]
[推奨:早急なワクチン投与。]
.…先程の攻撃に混ざってたのだろうか。
僕はワクチンなんて常備してない。
だって今まで感染したらその場でハッキングでウイルス源ごと破壊してきたから。あの日イヴに物理汚染された時以外は。
それが出来なくなった今、ウイルス感染が何を意味するのか嫌でもわかる。
多分、もう助からない。
このまま他の汚染ヨルハ隊員達のようになって、ゾンビのように他のアンドロイド達を襲うのだ。
「……うっ…ぐっ……」
汚染の苦しみと、自分の末路への悲しさから、涙声が漏れる。
「他の…アンドロイドに汚染を広げないように……しなきゃ……ポッド……アンドロイドの反応が…少ない地点を…」
最期まで自分にできる最善を尽くさないと…、ヨルハ隊員として…。
[…検索。商業施設の廃屋付近が該当。]
[警告:ウイルスを除去しなければヨルハ隊員9Sに深刻なダメージ。]
ポッドがウイルスを除去するように提言する。
…僕の身を案じてくれているのか?
でももう無理だよ…ポッドにだってわかるだろう…。ウイルスは自己アルゴリズムで進化し続けているんだ。その結果が乗っ取られたあのヨルハ隊員たち。仮に再起動したってウイルス除去はできない。
廃屋付近を目指して、重くなっていく体に鞭をいれて向かい続ける。
途中で何度も機械生命体達に攻撃される。
それでも、歩き続ける。
誰もいない場所へ…行かなきゃ…
………もう2Bには会えないだろう。
この先、汚染されきって、暴走して、ズタボロになった身体が壊れて一人で死ぬのだ。
そう思うと涙がじわじわと滲んでくる。
視界が霞んできた。涙じゃない。汚染の影響が視覚にまでにも及んできたんだ。
[視覚処理システムに異常を検知。]
それでもひたすらに歩き続ける。
ふと通信が入る。
[月面人類会議より地上で奮戦している……に告げる。]
[今日は諸君らに吉報を ブツン
通信が途中で切れる。
[FFCS回路に異常を検知。]
もう汚染はシステムの芯まで入りこんでいるようだ。もう気にするだけ無駄だろう。
[システム保護領域に侵入。]
商業施設に繋がる橋がみえてきた。
[警告:中枢神経系に異常な発熱を感知。内部爆発の危険性あり。]
ドカンッ
「ごぁあっ………」
視界が一瞬落ちる。
[報告:視界センサーに異常を検知。]
すぐに視覚がもどってきたが、口からは煙が出てる。内部爆発を起こしたみたいだ。
[警告:ブラ…クボック…変質。]
[警告:データバック…ップシス…ム破損。]
[当該…………………………ップに…………………難。]
もうポッドがなんて言っているかも分からない、聴覚も駄目になったのだろう。
多分バックアップ出来なくなったと言っているんだろう。でももうバンカーはない。新しい体もない、バックアップなんて意味がないんだ。
橋を越えたさきで突然汚染されたヨルハ隊員達が現れ、攻撃してきた。もうこの体じゃ逃げ切ることさえできない。
もう…ここまで…だろう……
「2………B…………」
ギィン ギィイイン
目の前の汚染隊員達が倒れている。そして誰かが僕の前に立っている。
「2…B……?」
その姿を見て、一瞬2Bと誤解してしまった。
その誰かの顔は2Bとそっくりを通り越して、そのものだから。
僕はこの人のことを、この2Bそのものの顔をよく覚えていた。
「A…2………」
A2。裏切りの元ヨルハ隊員。
以前、出くわして戦ったことがある。
とても強くて、謎に満ちていた人だった。
初めて見たときはその2Bとの顔のそのものさに本当に驚いた。だってホクロの位置までもが同じなんだから。
彼女は汚染隊員たちをあらかた片付けると、何もせず、ただこちらに目を向けている。僕が敵になるかどうか考えているのだろうか。
どうして彼女がここにいるのかは分からない、だが今ここで会ったことに何か運命のようなものを感じた僕は、ゴーグルを外して、自らも感染体だと示した。
「ここまで……かな……」
そして僕は剣をつきたて、彼女に語りかける。
「……これは…僕の記憶………です……」
もう上手く喋れないが、それでも最期の力を振り絞って意思を伝える。
「残された…皆を……2Bを………お願い…」
敵だった彼女に頼むなんて変だ。けれども、もう頼めるのは彼女しかいなかった。
…A2は、静かに僕の剣を手に取った。
「2…Bに…会ったら……こう…伝えて…。」
最期まで気がかりなのは、2Bのこと。僕が死んでしまったら、あの人は一人になってしまう。
もし、逆の立場だったら…きっと僕はその孤独に、喪失に耐えられず壊れてしまうだろう。だけど2Bには……。
「優しい……貴女のままで……いてほしい……って…」
だってあの人は、いつも冷静さを取り繕っているけど、本当は少し不器用で、繊細で、優しい人だから。
そう言い終わると、A2が僕の剣で僕を刺す。汚染されていく僕を介錯してくれたのだろう。
「あり…が…とう…」
意識が……薄れていく…
僕は…もう死ぬの…だろう
2…B……
2B…君は…本当は…僕を…ずっと……
それでも…、それでも…最期に……また……君に…会いた…かった…な…。2…B……______
「ナインズッ!!!」
遠くから、たしかに僕をその名前で呼ぶ貴女の声がした。
「あぁ……2B…やっと…そう..呼んでくれた..... .. .. ね. . .」
霞み暗くなっていく視界の中で、僕は確かにこの目で、最期に2Bの姿を見た_____________... ... . . .. .
持て余していたのは、システムで制御されているはずの思考だった。「●●」と呼ばれるそれに、いつだって僕達は振り回されていた。
全てを知り尽くしたいという衝動。割り当てられた性能以上の好奇心は、人間が言うところの恋にも愛にも似ていた。
そう、その命令の実行はエラーなんかじゃなかった。大丈夫、僕は解っているから、キミは泣かなくていいんだ。
だって、プログラム通りの予定調和を、二人に下された悲しい運命と呼ぶことなんてできないんだから。
黒の誓約