俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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姉妹
やっぱり他者というのは苦手、と私は思った。


 

 さあ問題です。

 迎えた朝、馴染みある様で見慣れない顔が目の前にあったら、私はまず何をするでしょう。

 

 考える回答者さんも居ませんし、シンキングタイム抜きで答えがこちら!

 

「腕と背中が痛い」

 

 おやおや、明一のことを見ても分からないと? 仕方ないですねえ……。

 寝ぼけてベアハグを決めました! て言うか、起きる前から抱きついてました! 以上!

 

 

 ……。

 

「いや、ごめん」

 

「これ以上に痛いハグは無いぞ……」

 

「本当にごめん」

 

「……良いよ」

 

 それでも私の頭は上がらない。カージャッキで持ち上げられようと、頭を下げ続けるだろう。

 

 具体的に何をしたかと言えば、寝起きの私が明一の身体をぬいぐるみか何かだと勘違いして、思いっきり抱き寄せてしまったらしい。

 明一が相手じゃなければ恥ずかしくて死んでた。

 

「えーっと。埋め合わせ要る? あ、逆に後ろから締め上げたら直るかな」

 

「明、まだ寝ぼけてるだろ」

 

 め、目覚めてるし。ちょっとコーヒー飲めばそれ以上に目覚めるし。でも私の腕力は色んな意味で目覚ましかった。

 じゃなくて。

 

「うん、多分寝ぼけてる。寝ぼけてるから言うけど人の体って抱き心地良いんだね」

 

「別にそれは良いんだが、そいつを知った代償が背中痛え」

 

 言葉の途中で、背中の痛みに負けて倒れる。

 あー、大丈夫かって聞く必要もないね。

 

「湿布無いか聞いてくる」

 

「頼む……」

 

 昨晩のシリアスタイムは一体どこに消えたんだろう。と、ふと思った私であった。

 ……ママなら湿布持ってるかな。

 

 

 

 

 湿布を貼った明一が、とぼとぼとリビングに出て来た。見たところ歩く程度なら支障はなさそうだ。

 既に朝食が置かれた食卓に並んで座る。

 

「収まった?」

 

「軽減はされた」

 

 それだけ痛いんですね。いや本当ゴメン。

 先ほど湿布の所在について聞いたから、明一の事は一応知っているママは……あ、なんか嫌な予感してきた。

 

「……変なプレイしたの?」

 

 ほら来た。朝っぱらからママがママだよ。

 

「今度は頭が痛くなってきた」

 

「偏頭痛?」

 

「おい、ツッコミ役を頼む。これは手に余る」

 

「ママ、ママ。今日は雨降らないし気圧も普段通りだから違うよ」

 

「それはツッコミなのか?」

 

 ごめん。私も普通に焦ってるしまだ寝ぼけてる。コーヒー何処? あ、この家族誰も飲まないから無いわ。

 

「とりあえず訂正すると、俺の体がぬいぐるみの如く締め付けられた。本物だったら腸が腹から……ゴホン、綿が溢れていたな」

 

「?」

 

「正直綿(わた)でも(わた)でも違和感が無いところだが」

 

「??」

 

「明一くんやめて、ママの頭から煙が出てる」

 

「えーっと……寝ている間に抱きしめられてたって事?」

 

 おお、今のでよく分かったね。やっぱりママはママさんだわ。

 

「でもどうやって? 相当海老反りにならないと、背中は痛めないと思うのだけれど……」

 

「……そういえば」

 

 頭が覚めた頃には離れていたから、本当に海老反りになっていたか確認はできないけど……。真実は彼の頭の中にのみある。

 本職でもないとベアハグで背中を壊すことなんて無いしなあ。……確かに気になる。

 

 すると明一が何かを察したのか、顔を逸らした。

 

「トラップカード黙秘権を発動」

 

「エリア効果民主主義を発動。私聞きたい」

 

「私も!」

 

「じゃあ二対一という事で、口を割って貰おう」

 

 罪意識はあれど、気になるものは気になる。そう思って事実を吐き出させようとする。

 明一は渋るが……。

 

「抱き寄せられると、胸が当たりそうになるだろ」

 

「うん」

 

「全力で仰け反ってた」

 

「……もしかして」

 

「明が目覚めるまで」

 

 そりゃ背中痛めるわ。

 

 

 

 背中の痛みに悩みつつ行く明一に付き添いながら、歩き慣れた通学路を行く。

 家から学校まで、誰かと足並みを揃えて行くというのは中々ない経験だ。……これから毎日二人で行くのだから、大体一週間もすれば二人分の足音も聞きなれるだろう。

 

「背中の具合はどう?」

 

「大分収まってきた」

 

「良かった」

 

 背中を壊しっぱなしじゃ悪いし、何かしてやらないとなあ。と思いつつ、学校が近くなり、合流し始める学生たちを眺める。

 

 おはよう。おはよう。昨日のアニメどうだった。今日の弁当忘れちゃった。おはよう。

 そんなやり取りをしばらく眺めて、それからある二人を見つける。

 恋人同士と思わしき男女が、恋人繋ぎする手を見せびらかすように振りながら、歩いているのを。

 

 それから明一の方を見る。

 

 ……私たちの関係性を、何と呼ぶべきか。ふと、そんな事が気になった。

 同じ寝床を共にしたり、抱きしめたりしているが、取り敢えず私達は私達を双子と称している。

 

 事実として、この世界の事実として双子と呼んでいるのだから、そうと呼ぶしか無い。だけども私たちは、ほぼ同じ過去を共有する、ほぼ同一人物であって……。

 

「……あれの真似がしてみたいのか?」

 

「え、恥ずかしい。無理」

 

「だろうな。どうして目線を俺の顔に固定したままなんだろうと」

 

「いやさ、対外的には双子になってるけど、自己認識的には同一人物な訳で…………あ」

 

「どうした? ……ああ、そういう事か」

 

 昨日の夜の事を思い出す。あの後すぐに眠り込んだが、会話の内容だけは妙に覚えていた。

 またあんな事を言う精神状態では無いと思うけれど、どうも話に出しずらい。

 

「そういえば、背中の件で言うタイミングが無かったな。一応、明のベアハグからもがいてる間、すこし考えたんだ」

 

「あ、それもごめん」

 

「本日六回目。謝るの止めるまで数えるぞ? ……で、考えた結果だが、まあ良いかと思う事にした。……あの夜は妙に頭が回ってな。余計な考えまでしてしまった」

 

「……そっか。大丈夫なのかだけ聞いても?」

 

「大丈夫だ。同一人物だとか、一心同体だとかに拘る意味も無いしな」

 

「それは良かった。……確かに、変に拘る必要も無いね」

 

 アニメやらマンガやらじゃ、双子キャラは発言から思考まで大方一致させていたが……さすがに私らはあの領域にまで行けないし、目指す意味も無い。

 

 

「……ところでなんだけど」

 

 背中から妙に感じる圧力に、あえて振り向かないまま明一に確認する。

 

「ああ、妙に目線が多いな」

 

「やっぱり。私の恰好って変?」

 

「いや、何処も異常は無い筈だ。俺のは?」

 

「社会の窓も閉じてるし、大丈夫」

 

「そうか、そういえば服が透けて下着の輪郭が見えてるぞ」

 

「あ、見えてる?」

 

「……まあ肩回りが目立つな」

 

「汗かいてるからねえ、ブラじゃないから大丈夫だけど」

 

 タンクトップが見えたところで、特に問題は無い。もしワイシャツが無くても、ジムでムキムキしている男と同じぐらいの露出度に留まる。

 ……訂正、都会の可愛らしくコーデした女の子ぐらいの露出度ぐらいに留まる。

 例え方の違いでどうしてこうも差が出るのだろう。

 

「……いやいや、妙に落ち着いてるな。納得いかんぞ」

 

「何が?」

 

「いや恥ずかしがる物じゃ……、俺の偏見だったのか?」

 

 いや知らんけど。

 

「それに、ブラじゃないってどういう事だ? ある程度成長した女子は皆付けてる物だと思ってたのだが」

 

「ああ、それはカップ付きって言って……女性用のタンクトップとかキャミソールとかは、ブラの機能も兼ねてるのがあるんだよ」

 

「なるほど、知ったところで意味は無いが。……いやいや、屋外でする会話じゃないが」

 

「あ、確かに」

 

 しかも視線増えてるし。やっぱりこの会話するべきじゃ無かったかな。

 さっさと教室に入って、ついでにクーラーで涼みたい……。

 

 

 

 

「何があったの?!」

「二人の変化には何か理由が?」

「薄い本みたいな事したの? したの?!」

 

「……は」

 

 教室に入って数分。なにやら騒がしい女グループが私の周りに集まってきた。

 いや、何事? 私何かした?

 

 一体どういう事なのかと、明一の方に目線を向けるが……。

 

「おいおいどうやって仲直りしたんだよ!」

「やったのか! ついに血の壁を乗り越えたのか!?」

「何時からああだったんだ? 何時から?!」

 

「……は」

 

 ダメだこれ。私ら共倒れだわ。

 

 私たちの関係性を改めて説く為に、慌てて説明の為の言葉を考える。その間も容赦なくかけてくる質問が……ああもうやかましい!

 

 どうやら私たち双子の仲が悪かったと言うのは、学校でも周知の事実だった様で……。それでも、一回一緒に登校しただけでこれはおかしいだろう。

 噂のスピードが、最早スーパーカー並みではないかという勢いだ。

 

 浮気現場を目撃された芸能人とはこんな気分なのだろうか。といった思考を頭の傍に置いといて、無言を貫きたくて仕方の無い私が、放つべき言葉の内容を考え終える。

 

「……ゲーム内のフレンドが明一だった」

 

「ラブコメ漫画でありそう!」

 

 私もう帰って良い?

 

 うんざりとしながら、さっきから明一に助けを求めようと何度か視線を送ってはみるものの、やはり彼も未だに同じ状況下で、物理的に到達不可どころか、むしろ人ごみに埋もれて姿が見えないという状態だった。

 

 どうにか打開する方法はないか、と考えていると、人混みの隙間から明一の手元が見えた。その手にはスマホが一つ。通話画面に私の名前を写している。

 ……なるほど。

 

 少しのタイムラグをおいてピロピロピロ、と私の携帯電話が鳴って、直ぐに電話が掛かったことをアピールして見せた。

 

「悪いけど、離れる」

 

「えー、これからが本番なのに」

「逃げても次の休みにまた捕まえるから!」

 

 あーもう懲りないなこの人達。

 取り敢えず教室を離れて、廊下の壁際にでも立ってる。じゃあ、お返しに明一の方に通話をかけ直して……。

 

 

「助かった……」

 

「こちらこそ」

 

 同じように脱出した明一が、疲れた様子で壁に寄りかかる。

 これからどうしようか、と目線を向けられて、どうしようも、と肩を竦める。

 

「どうするにしても、私たちの話題性は何処までも付いてくるだろうね」

 

「双子でしかも男女だからなあ……」

 

「不仲な双子がある日を境に仲良しこよし。そりゃあ気になるかもしれないけど」

 

 これでこの調子だと考えると、入学式直後はどんな様子だったかが気になってくる。ただし当時の様子をリプレイするのは勘弁。

 

「不干渉を貫き通す訳だ」

 

「……こんなのが理由だったのか?」

 

「さあ。でも理由の一端ではありそう」

 

 見ると、廊下に逃れて数分もしていないと言うのに、引き戸の窓越しに集まる視線がいよいよ多くなってきた。

 しかし時刻はいよいよ予鈴となる。キンコンカンコンと、小学校から腐るほど聞いた音を合図に、視線は少しずつ減っていく。

 

「これで一先ずは安心か」

 

「授業の時間の方が落ち着く日なんて、これっきりだろうね」

 

「今日だけで収まるのか?」

 

「……まだ当分ありそう」

 

「だろうな」

 

 明日が休日なら、この話題も何処かに消えるだろうに。しかし今日という日は火曜日。休日を望むには遠い。

 

 本当に、遠い。

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