俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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ここまで喋ったのは何時以来だと、俺は思った。

 水がほしい。

 俺は気怠げにお米を咀嚼し続ける。

 

 コンビニから調達したお握り二つと菓子パンが俺の基本的な昼食であるのだが、買ったときに商品棚から間違えて掴み取ってしまった辛口ツナマヨのお握りが、今日のレジ袋の中に入っていた。

 好き嫌いは特に無いが、辛い食べ物は選択肢としては避けている分野である。冬ならばともかく。

 

「……」

 

 ……お米ばかりかじったせいで、殆ど具だけになってしまった。よくよく考えたら、普通に食べたほうが辛味がお米で中和されたのではなかろうか。

 仕方ないか、と残りを口に放る。うん、辛い。

 

 さて、昼休みも半分を迎えた所で、ひょっこりと教室を覗き見る女子を見つける。

 普段はイヤホンを装備して、携帯でゲームをするか漫画やラノベを読むのだが……、誰かが来ると分かっていると、そうもしづらい。

 

「明」

 

「ん」

 

 迎えるついでに、机に突っ伏していた明を起こす。こっちは俺より早く起きたせいか、授業中も眠たげにしていた。……まあ、俺も文字通り叩き起こされたから、彼女ほどではないにしろ少しだけ眠い。

 

「今度は廊下に出よう」

 

「あ、はい」

 

 当然の様に左隣に並ぶ一人と、後ろをついて行く一人を連れて、普段使われない教室の並ぶ廊下に出る。ここは人通りが少ない。通り過ぎる教師に訝しまれるかも知れないが、俺達の噂と言う舞踏曲に乗って踊る野次馬を理由にすれば、問題ない。

 ……今の言い回し、詩的でかっこいいな。

 

 

「ここで良いか。朝は悪かった、半端に追い出してしまって」

 

「いえ、ホームルームは仕方なかったかと……」

 

 まあそうなのだが、精一杯の社交辞令みたいな物である。

 それで、何を聞くんだったか? ……ああ、相手の詳しい話だったかな。人となりを知れないとこれ以上の助言は難しい、とか思っていた筈だ。

 

「それで、聞きたいことがあってな」

 

「姉さんは具体的にどんな人か、聞かせて欲しいの」

 

「……具体的にですか」

 

 そう言葉を返した彼女は、難しそうな顔で考え込む。やはり話せないか? 

 

「無理ならいいよ。ただ、これ以上の助言は出来ないから」

 

「誰に対しても言える事はもう言った。後は相手や状況に合わせたやり方を考えるしか無い」

 

「そう、ですよね。うーん……」

 

 ……やはり、仲の良い間柄という訳じゃないし、そこまで踏み込ませてくれないか。

 それじゃあこの件は諦めるか、とその節を伝えようとして……彼女の目を見て、止めた。俺達にでも分かるぐらい、その覚悟が目に宿っていた。

 

「分かりました。お姉さんの事、話します。けど……」

 

 すると、直ぐに不安そうな顔に戻り、つぶやく様な言葉が溢れる。

 

「お姉さんの事、嫌わないでください」

 

 

 どう言う意味だと思っているうちに、彼女は少しずつ、言葉を選びつつ、姉の事を話し始めた。

 本人は善い人だ、決して誰かを害する様な人ではないと前置きがされて、今まで話すのをためらっていた理由とも言える一言が放たれる。

 

「私のお姉さんは、不良なんです」

 

 不良。という事は、所謂ヤンキーだとか呼ばれている人の事だろうか。

 なるほど、確かにそれは言い淀む事だ。そういう肩書きが付いている人は大抵避けられるし、嫌われる。

 

「でも善人……って事?」

 

「はい。私も、入学した頃に初めて知った……と言うより、その頃から不良である事を隠さなくなりました」

 

「はあ……」

 

「でも優しいところは全然変わってなくて、夏休みまでは普段通りだったんです」

 

「お姉さんは、私の知ってる誰よりも優しいんです。私が幼い頃なんかは泣いてる私を撫でてくれましたし、何を言われても怒らない人でしたし、それと……」

 

「……」

 

 ……感情が言葉に現れ始めている。そう思ったのは、必死な瞳の側に涙を溜めているのを見つけてからか。

 何故そこまで泣くのか。何が涙を誘っているのか。俺には分からないが……それを指摘するべきなのは俺ではない。

 

「落ち着いて。ハンカチは持ってる? ほら、顔を拭いて」

 

「え? あ……はい。えっと、すいません……」

 

 こう言う時、慰められる異性と言うのは家族か恋人に限られるのだが、同性ならやりやすい。明が居てくれて助かった。

 幸い、涙は自然に流れてしまったと言うだけで、子供の様に本格的に泣き出す事はなかった。……本当に幸いな事だ。女子を泣かせたら、また別の話題でクラスが沸いてしまう。

 

「……もう良いかな?」

 

「はい、大丈夫です。失礼しました……」

 

「話を戻しても大丈夫?」

 

「はい。……えっと、つまり、お姉さんは優しい人なのです」

 

「うん」 「そうだな」

 

 優しい人なのはわかった。うん。

 

「それで、具体的に仲間割れした経緯は?」

 

「あ、はい。それも話さないとですね。と言っても、ある日急にそう言われただけで……その直前は普段通り過ごしてた筈なんです」

 

 

「普段って言うのは?」

 

「えっと、宿題を少しずつ消化しつつ、漫画とか読んで……ですね。お姉さんは最初に宿題を済ませて、殆どゲームしてたり、友達さんと出掛けていたりしています」

 

 ……ふむ? 

 

「失礼しても?」

 

「はい」

 

「ゲーム趣味と漫画趣味がどうやって衝突したの?」

 

 先程聞いた不仲の訳とは、”趣味と性格が合わない“との事で……。分からない。ジャンルの違いとか、そういうものなのだろうか。

 

「それは、えっと。私も具体的には分からなくて……」

 

「……そもそも、一番最初になんて言ったの?」

 

「最初ですか?」

 

「距離を取ったのは姉の方からだろ? その時に何か言ったか?」

 

「あ、それでしたら、”絶交だ“とだけ言われました。……そう言われてからは、確かに徹底的に距離を取られてます」

 

 はあ……。

 

 明と顔を見合わせる。具体的な話を聞いたが、彼女の話は……いや、彼女の話というより、お姉さんとやらの言動の方が妙に思える。

 俺は他人の感情を理解できないタチだから、実は何もおかしくないのかも知れないが……。

 

「……どう思う?」

 

「お姉さんの方に何か都合があるのかも」

 

「そうか。……俺も、そうとしか言いようが無いな」

 

「お姉さんの都合、ですか?」

 

 そういう事だったのなら話は早い。が、確実にそうとは言い切れない。

 

「もう俺たちは何も出来ない。アンタが行動を起こさなければならない」

 

「謝罪と理解は、もう要らない。相手の意思を押しのけて、自分の意思を伝えないと」

 

「アンタは説得しなければならない。姉がなんと言おうと、姉妹としての縁を保ちたいのなら」

 

「意思を押し付けて、納得させるの」

 

「説得……」

 

 ……性に合わないな。こんな風に相手に言って説く様に喋るのは。

 でも、言葉足らずな部分を補うように、明が言葉を付け足してくれるから、伝わらない、という事はない筈だ。

 

 

 そうして、相談の件とは別に、あることに気付く。

 俺達という双子が出来た日から、以前の様な会話上の誤解、不理解、聞き落としという物が減っていることに。

 普通なら、ここまで話していたら何か一つは伝達ミスやら誤解やらをしでかすのだが……。

 

「分かりました!」

 

「ん」

 

 比較するために記憶を掘り起こそうとして、女子の声に反応して意識を現実に引き戻す。危うく会話中に深層意識へと心を落っことすところだった。

 

「こっちも、色々口を出しすぎた。本当は家族で頑張らないと行けないんだけど」

 

「頼ったのは私なので、大丈夫です!」

 

「そっか」

 

 それなら良いか。

 兎に角、これ以上の問題が浮かび上がったりして、また相談を持ち掛けられる事が無い様祈っておこう。姉妹仲が円満になってくれれば、その心配も一段と減るのだが。

 

「……頑張って」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「うん、どうも」 「どうも」

 

「それじゃあ、今日……は駄目かもですけど、今週末にでも私の家に来てください!」

 

「……はい?」 「……なんで?」

 

 なんで? ああいや、まずは会話の流れを見返そう。

 ……なんで? 

 

「だって、二人共仲良しじゃないですか! お姉さんも、あなた達の事を見れば、考え直してくれるかな、と」

 

 つまりはアレか。勉強に乗り気じゃない子供に対して、”ほら、あの子はちゃんと勉強してるわよ“と言って、士気の上昇を試みるヤツか。どう考えても逆効果なのだが。

 

「えっと……家族の問題じゃ」

 

「家族じゃないとダメなんですか?」

 

「……確かに?」

 

「明!」

 

 気を確かに持て! 俺達双子のどちらかが崩れたら、それはつまり二人の崩壊に直結するんだぞ! 

 

「ハッ! い、いや! 悪いけれど、そこまでする程の義理は……」

 

「それに関してはごめんなさい。でも、最後のお願いです。確実に説得させないと、玉川さん達に相談してもらった時間が無駄になりますし……」

 

「……確かにそれは、やむを得ないな」

 

「明一?!」

 

「……ッ! えっと、俺達に利点が────」

 

「えーっと、確か最近、お姉さんが新作のPZ7を買ったみたいで」

 

 ……なん、だって? 

 

「PZ7だって?」

 

「はい。玉川さん達って、ゲームが好きなんですか?」

 

「まあ……」

 

「やっぱり!」

 

「……PZ7か」

 

 熟考する。一目見たい。人の家を尋ねる事に関しては抵抗があるが……その家の一員である彼女の招待があれば、十分か? 

 

「……明一」 「……明」

 

 目を交わす。

 ふむ、明も実物を一目見たいのか。いや、それならもう少し踏み込んで、遊ばせて貰うか? ……ほう、協力プレイを提案する手もあるか。どうするにしろ、不良とはいえ優しい姉さんとやらに話を通さなければならないが……。

 ……なるほど? ……ふむ、確かに同性の方が交渉した方が良いな。よし、頼んだぞ。

 

「「わかった、行く」」

 

「やった。ありがとうございます!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「やられた……」

 

「説得を提案した直後に、私達を説得させられるなんて……」

 

 うぐう、気弱な性格だと思ってたんだが、意外な所で行動的だな、あの女子は。

 因みに彼女は、次の時間は体育だと言って教室の方へ戻って行った。思案と会話を繰り返した俺達は、壁に寄りかかってぐったりしている所である。

 

「……でもちょっと楽しみ」

 

「楽しみだな」

 

 パソコンのゲームには造詣が深いが、コンソール系にはあんまり手を出す機会が無い。

 悔しいが、新しい物への興味が強いという性は、母から受け継がれてしまっているらしい。悔しい。でも気になります。

 ……っていうか俺達、セールスとかに遭ったらとことん絞られそうだな。

 

 ぐったりと、せめて食堂の自販機に寄ってから教室に戻ろうと、歩き出す。地味に辛口のツナマヨが舌に残ってる気がする。辛味がしつこい。

 いや、きっとコレが敗北の味なのだろう。そう思うことにしよう。した。

 

 食堂に近い方の階段は、たしかこっちか。ええっと、たしかこの廊下を……──

 

「オイ」

 

「?」

 

「お前ら、ちょっと面貸せよ」

 

 




(弱音は溢れる物だが、負の感情を共鳴させかねない故に、言葉は透明なまま落ちていく。)(とってもポエミー)
俺は面白い展開の物語を書けているのか?! 否! 面白い物語を書けている気が、全くしないッッ!
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