俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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これが私たちの距離だと、私は思った。

 踏み入った教室は、私たちのクラスの教室よりは多少落ち着いている様に見える。

 友人との語らいを楽しみ、昼休みという時間を潰す人達が居るのは変わらないが、見慣れない本を開いてノートに何か書き連ねている人も居る。

 

 二学年だというだけあって、落ち着いている……と思ったけど、ちょっと考え直すとそうでも無い。先入観と偏見による錯覚だった。ガヤガヤの音量で比べるなら同等くらいだ。

 

「立山さん」

 

「……」

 

 扉の前で名前を呼んでみたけれど、返事はない。教室を見渡して姿を探すと、見覚えのある小柄な姿が、ノートに向かって顔を顰めていた。

 扉の方からそう遠くない席だから、歩み寄ってみる。しかし気づかない様子だ。

 

「どうする?」

 

「邪魔はできないな」

 

 小さな声で考えを交換する。記事への苦情で、勉強の邪魔をするのもなんか違う。自業自得と言っておきたい所でもあるが、学生の本分である勉学の妨害をするほどじゃない。

 

 予習ではないけど、ノートの内容を少しだけ盗み見てみる。作文だろうか、数式は一切なく、縦書きで文章が長々と……。記事の下書きだこれ。

 

「お邪魔します」

 

「え?」

 

 そうと気付いた明一は、すぐに遠慮を捨て去った。我ながら流石無慈悲だ。

 

「予定が無いなら、ちょっと良いですか?」

 

「大丈夫です。話し合いの場はそちらで指定されても構わないので」

 

「な、なんですか玉川さん。直接会いに来るなんて珍しいですね」

 

 そりゃ珍しいだろう。私たちも出来ればテキストで済ませたかったけど……。

 

「立山さん」

 

「……む、無表情が怖いですよ。へへ」

 

「そうですか?」

 

 にっこり。

 

「その無理やり作った笑顔も怖いんですよホラゲですか?!」

 

 ああ、そんなに騒がれたら困る。ただでさえ私たちが目立ってるのに、大声まで足されたらちょっとした人気者だ。いや実際そうだが。

 

「不満は無い。俺たちも返信無しで良いと言ってくれてるしな」

 

「そ、そうですか? 不満たらたらのオーラが滲み出てますが」

 

「そうだよ。不満なんて無いよ」

 

「だが無視するつもりも無い。せめて線引きを明確にしたいと思ってな。……分かりますか?」

 

「取り繕った様な敬語が恐ろしいですねェ! ……あ、線引きに関しては後で詳細に話すので、トイレ行って良いですか?」

 

 そこまで言って、立ち上がって距離を取り始める立山記者を見送る。

 ……まあ、警告だけ出来ればそれで良いかな。溜息を一つ吐いてから、ひらひらと手を振る。彼はエヘヘと苦笑いと最後に見せて、教室から出て行ってしまった。

 

「……戻るか」

 

「そうね。集まる目線に慣れてしまう前に離れちゃおう」

 

 双子というだけで目立って、加えて色恋沙汰という噂で目立って、加えて立山記者の記事で目立って……。

 辛うじて直接的な接触は抑えられているけど、何が切っ掛けで面倒が起きるか。ああ、全く以て不条理だ。

 

 

 ・

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 後一週間もすれば体育祭を迎える。この時期となってくれば、校庭では体育祭の雰囲気を演出する飾りつけが増え、グラウンドでは200mトラックの白線が描かれる。

 

「走るのには慣れて来たな」

 

 クラウチングスタートの重心運びは、体育の時間で往復練習を行った。もう体に染みついた気さえする。体育の教師は求められない限り具体的なアドバイスを出さないが、何も言わずとも改善が見られればその節を述べつつ褒めてくる。

 

「ま、体育祭が終われば走り方も忘れるよ」

 

「その通りだな。普段なら走る機会なんて一日に10mもあれば良い方だ。体育の授業があればともかく」

 

 そう考えると、ここ数週間の私たちの運動量はかなりの量になってきている。倍率という形で比較するべきではないぐらいの上昇率だ。

 ただ、腕を使う様な競技は無いから、腕を持ち上げて上腕二頭筋の膨らみに微笑みかける事は出来ない。一方で足腰が割とがっしりして来ている気がする。がっしりというか、筋肉痛が痛いだけだけども。

 

 

 さて、実際には私たちの出る種目は少ない。男女混合の種目は少ないから一緒に出る事は叶わなかったけども。出番待ちの時間の方が長いから、私たちが分かれる時間は少ないだろうと思う。

 私が出場する予定の競技は、百メートル走、借り物競争。明一の方は、同じく百メートル走、部活動リレーだ。部活動リレーに関しては、明一は帰宅部の三番手に入れられている。

 

「良いフォームだ! 加速する時はもう少し身体を倒すともっと良くなるぞ!」

 

 今日の体育では、最近ではマンネリ化を感じるぐらいにまで繰り返してきた種目の練習を続けることになっている。

 二人でお互いのフォームを確認し合う様な練習なら、割とやりやすかったのだけど、今回はそれが出来なさそうだ。今日の明一は部活リレーに向け、バトンの受け渡しを中心に練習するらしい。

 

「……」

 

「ふへー、つかれたぁー! ……どしたの明?」

 

 名前を呼ばれて、目だけで振り返る。以前から繰り返していたお断りの言葉も空しく、先生によって女の子走りのまま高速化する訓練を施されている女子だ。

 私たちにしては珍しく記憶に残っているけど、本人は抵抗していた筈。あの様子だと結局先生の話に乗ったらしい。

 

「特には」

 

「あー、本番の種目で一緒になれないのが残念なんでしょー。このこのー!」

 

 肘で小突かれて、半歩距離を置く。如何にもトモダチ面をしているが、私はこの人の名前を憶えられていない。

 確か、梅原? いや、彼女は格ゲーとの関連性を持たない。ナントカ原だったとは思うけど。

 

「……」

 

「そんな世知辛い顔しないでよー!」

 

「……それで、どうしたの?」

 

「え?」

 

 ……何も用事は無かったらしい。そっぽを向いて練習に戻ろうとする。

 

「あ……」

 

 

「あの五文字未満の返事しかしない明が、マトモな受け答えしてくれた?!」

 

「はあ……?」

 

 すると、彼女がすかさず私の目の前に回り込んでくる。逃げられないと評判のボス戦にでも当たったのだろうか。

 

「じゃあじゃあじゃあ、質問とか答えてくれる?! えっと……例えば、えっとねー!」

 

 私が質問に答えてやるとは一言も言っていない。無視を貫いた方が良いかもしれない、と思って横を通り過ぎようとするけど……、

 

「明一が誰かと付き合ったりしたら、どう思うのかな?!」

 

 その言葉が、私の足を止めてしまった。

 

 

 溜息を一つ吐いて、相手の目を見る。好奇心に満ちた、ここ最近で覚えた目の色だ。

 

「特に何も。……おめでたい事だと思うけど?」

 

「……模倣回答だ。仕方ないなあ」

 

 満足いかない様子だが、私の気にする所ではない。

 ふむう、と意味ありげな声だけ上げて、彼女は練習に戻っていった。

 また来ないと良いのだけれど、期待は出来ない。この様子だと体育の時だけ絡んでくるみたいだが。

 

 リレーの練習をしている明一の方を見る。団体行動を苦手とする私たちでも、やる事が定められていれば、それ通りに行っている限りは上手くいくものだ。

 今丁度明一がバトンを受ける所だったが、取り落としたり転んだりすることはなく、無事に加速。すぐ前に居る人にバトンを渡す。これも無事に渡された。

 

 見えていないだろうけど、拍手を送ってやる。練習抜きでは出来ないことだ。出来ないことを出来るようにするのは面倒な事だろう。

 ……そういえば、二人で別々の事をやる事って、あまりない気がする。あ、前に同じことを考えたことがある気もする。やっぱり無いかも。

 

「まあいっか。がんばれー」

 

 聞こえないだろうけど、心ばかりの声援を小さく送って、自分も練習に戻った。

 

 

 ・

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 ・

 

 

 授業から教室へ戻るついでに自販機でスポーツドリンクを買い、何時もの様に二人でまとまる。

 真夏よりかは涼しいとはいえ、やはりこの時期の運動は堪える。

 

「調子は良さそうだね」

 

「小難しい事を考えなくて済む」

 

 ごっきゅごっきゅと飲んで、五百ミリリットルの中身が半分になる。

 

「本格的な別行動をする機会が増えた訳だけど、心配する必要もなさそうだね」

 

「元々一匹狼だ。狼と言うほど強いわけでもないが、慣れてる」

 

 なるほどその通りだ。

 ふと、ある事を思いついて、冗談っぽい笑みを浮かばせてみる。

 

「じゃあ、私には慣れた?」

 

「だと思うがな。慣れたつもりで居ると、変な所で裏切られそうだ」

 

「言っておくけど、私は悪くないからね」

 

「知ってる」

 

 また明一がペットボトルを一飲み。中身が少なくなっている。

 

「私の残り、要る?」

 

「……分かってて言っているのか?」

 

「分かった上で言っているんだよ。半分じゃ足りないなら、新しいのでも買おうか」

 

「そこまで飲むなら、コンビニで二リットルのを買った方が安上がりだな……。まあ、俺はもう要らないから自分で飲んでろ」

 

 空になったペットボトルをゴミ箱に捨てて、私のほうを見る。冗談でも言いそうな笑みを浮かべて、一言放つ。

 

「まさかとは思うが、俺の事が好きなのか?」

 

「勿論。私も自分の事が大好きだよ」

 

 




番外編を書き飽きたのでこっちの連載に戻ります。本編を書き飽きたら番外編の続きを書きます。
モチベーションをアゲアゲする工夫をするのは良いんですけど、現実の都合はどうにもならないのでご理解ください。おしごとやだー
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