俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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理解とは本来難しい事だと、俺は思った。

『トイレから戻ってきたら消えてるとか止めてくれませんかね』

 

 そうメッセージで送って来たのは、先ほどクレームを寄越した相手、立山記者であった。

 そういえばトイレに行くと言って逃げた後、俺たちは戻ってくるのを待たずに自分の教室に戻った。確かにトイレから戻ってから居る筈の人が居なかったというのは、少々戸惑う事だったかもしれない。

 

『待てとは言われなかったし、長居もしたくなかった』

 

『言われなければオーケーのブラックリスト方式前提じゃコミュニケーションは成り立たないんですよ』

 

 一理ある。俺も配慮が足りなかった。

 

 

「ん、誰から?」

 

「立山記者」

 

「ふうん……。代わる?」

 

 隣から覗き込んだ明が、一言で提案する。風呂上りの湿気が漂う。

 明の後に風呂に入るつもりだったが、ちょっと間が悪い。

 

「いや、後で行こう。区切りのいい所で」

 

「あい」

 

 

『まあ良いですよ、玉川さん達のコミュ力に関しては承知の上です』

『それでは線引きなんですけど、玉川さん的にはどうしたいのですか?』

 

 一考する。周囲の人間が興味を持つのは仕方ないから、せめて話しかけられない様にしたい。と言うのが基本的な所だ。

 だが今回の件で、どうも恋愛的な記事を書かれると、他者の反応に関わず俺たちが不快に思ってしまうらしい、と分かった。思いっきり俺たちをモデルにしていたのも行けない。

 我儘かもしれないが、そういう書き方はしてほしくない。

 

 あるいは、目に付かなければ良いのかもしれない。

 

『二択』

 

『いきなり選択肢ですか』

『生きるか死ぬかじゃないですよね』

 

 違う。このやりとりに覚えがあるが、違う。

 

『冗談ですよ』

 

 流石に分かっているが、過激な冗談じゃない限り冗談だと分からない俺らでは、何一つ文句も言えない。

 言えないので反応しない事にした。

 

『一つ目。原稿の検閲を止めて、立山記者の記事と俺たちは一切関わらない』

『俺たちの最低限の要望である、せめて俺たちが話しかけられない様に人々を制御出来ていれば、干渉しない』

 

『簡単に言ってますけど、割と難しいんですよそれ』

『まあやりますけど』

 

『二つ目。検閲のハードルを上げる。俺たちの許可が出ない限り、関連する記事の掲載は許さない』

『必要に応じて内容にも口を出す。現代人の好む”表現の自由”からは一番遠ざかるが』

 

『割と前から自由にやらせてもらってますよ? ちゃんとした事実だって伝えています』

 

『イチゴの無いケーキをイチゴケーキと言い張るのを、表現の自由と言うのか』

 

 論破、という程では無いが、立山記者のやっている事はそういう事だ。

 甘い甘い妄想を乗せた記事を描き上げて、それをまるで事実であるかの様に人々に見せるのだ。

 

『……その言い回しを思いつく頭が欲しいです』

『まあ否定しませんよ。程度は弁えているつもりですが』

 

『それを見逃すのが前者の選択肢だ』

『他愛のない会話でも体力を使う俺たちとしては、こっちの方が嬉しい』

 

 そうメッセージを送って……しばらく待つが、既読はあっても返答は無い。悩んでいるのだろうか。

 なんとなく明の方を見る。向こうもぼんやりと俺の方を見ていた。

 

「どうかしたか」

 

「んや」

 

 そう言いつつ、明は俺から目線を外さない。なにか意図でもあるのかと思ったが、無い気がする。

 どうせだからと、俺も明の事を注視してみる。

 

「……鏡ごっこ?」

 

「この世で一番美しい女は誰だ?」

 

「私でございます」

 

「まさに俺の鑑のようなやつだ」

 

 このやり取りには一切の思考力も割かれていない。

 会話の中で単語を噛み砕いたり、解釈の仕方に考慮したりする必要がないのは良い。無思考でも成立してしまう会話は滅多に無いのだ。なんと言っても楽だ。

 それと何より、安心感がある。

 

 

『……今後もお話がしたいです。まだ私は貴方達を何も知れてないので』

 

 返事が来て、『分かった』と返信する。楽では無いほうの選択だが、何も言わない。

 それに、立山記者はある程度理解のある人間だ。俺たちが人との関わりを苦手としているのは、良く分かっている筈だ。

 

「風呂に入ってくる。立山記者からメッセージが来たら、適当に応答してくれ」

 

「はーい」

 

 携帯をその場に置いて、俺はその場を離れた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その翌日、予行練習、いわゆるリハーサルが行われることになっている。プログラム進行の確認という目的が強く、実際の種目の内容はかなり簡略化されている。

 出走者は最初の数人だけ。時間制の種目は五秒程度で終わらせる。或いは一秒もやらずにさっさと次に移る種目も。

 

「楽だ」

 

 種目がなく非番の間は、待機するエリア内で座っている。周囲の人間も思い思いに話しているから、緊張感など全く無い。

 

「手元に携帯もないのが困った所だが。退屈で仕方ない」

 

「たしかに退屈だなあ。……りんご」

 

「ゴジラ」

 

「ラグドール」

 

「ルールは決めてないが良いのか」

 

「可能な限り続けたいから無制限で」

 

「ではそうするか」

 

「海草」

 

「羽化」

 

「カルタ」

 

「立山記者が向こうにいるな」

 

「何やってるんだろう」

 

 カメラを構えてあちらこちらへと視線を移している。実況や案内を担う放送委員や、教員に混じって進行の手伝いをする実行委員の様に、彼も何かしらの役割を受け持っているのだろう。

 

「……馬」

 

「ぶふっ」

 

 近くで佇んでいた女子が吹き出した。笑う程の事だったろうか。笑われて不快、とは言わないが。

 

「そういえば今後の記事の方針を決めてもらってたな」

 

「検閲する事になったのは面倒だけど」

 

「でも読み物としては面白いんだよね」

 

 ただ、その内容に対して口を挟まなければいけないのが難ありだ。自分らがモデルになっているというのも少しある。

 その点はううんと唸りたくなるが、面白さに焦点を当てれば結構な物だ。

 

「おやおや、おやおや。一年二組の皆さんが退屈そうですね〜。応援とかしてあげないんですかぁ?」

 

 立山記者がやって来た。雑談に興じていたクラスに目をつけたのだろうか。

 

「はいチーズ」

 

 そうすると、数人のノリの良い人間が振り返って、ピースピースとレンズの前に躍り出た。

 アホっぽいが、あれはあれで立派な青春である。

 

 無言で様子を見ていた俺たちは、立山記者が一瞬だけこちらへ目線を寄越したのに気付いた。しかし干渉する気はない様で、すぐに青春づくりに戻っていった。

 

「そう言えば、マスコミ部が行事の撮影とかをやってるんだっけ」

 

「ああ、そういえば先生がそんな事言ってたな」

 

 普通はカメラマンを呼ぶのだろうが、あの部活がその代わりを務めるのを認められるぐらいなら、きっと相応の実績や技術があるのだろう。

 

 カシャリ、とフラッシュは焚かれなかったが、写真を撮られた。

 

「先生から説明されてるかと思いますが、アルバムは事後しばらくした後に公開されるので、欲しい写真があったらその時に教えてくださいね。常識の範囲内で無制限に印刷しますよー」

 

 多分欲しいとは思わないな……。しかし一枚ぐらいは……いや、五枚ぐらい俺たちが被写体の写真が無いと拙いな。万が一、いや確実に我らが母上が写真を求めてくる筈だ。

 俺たちへの撮影は遠慮しない様に、あとでメッセージを送っておこう。

 

「──以降の出走者を省略します。次の種目は200m走です。速度と同時に持久力が求められる、挑戦的な種目です」

 

 放送委員によるアナウンスがなされて、簡略化されたプログラムに合わせ早めに待機に向かった人々が動き出す。

 

「……なんだったっけ?」

 

「けむし」

 

「しゃもじ」

 

「ぶはっ」

 

 近くの女子がまた噴き出した。まあ、笑いのツボは人それぞれだろう。




ここで言っておかないと私自身がヒヨって更新が滞るので、宣言します。
次の話から章テーマを前面に押し出した山場になります。

こうして宣言すると、体がサボる確率が減るンデスよ。……ゼロにはならないンデスが。
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