俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 作:馬汁
あれが歩き回っても許されるのだな、と俺は思った。
長々とクドクドと、という世間の印象とは違って、原稿用紙を半分も埋められるかどうかという長さの校長の話を終え……我々は、文化祭を迎えた。
ここでは開祭式すぐに正門が開いて、一般人客を招き入れる。朝9時から夕方3時まで解放され、その前後30分くらいは出し物の整備や調整が含まれる。何も問題なければ直ぐ帰宅できるが。
というスケジュールは手元に書き残しているけれど、一度祭りが始まればそれも意識から外れる。祭りであるなら、祭りを楽しまなくては。
と我ら双子が心に決めてから小一時間。
「……」
「……」
俺達二人は、屋外に設置された顔出し看板の番をしていた。
朝一番の時間帯にシフトが振られていた俺達は、太陽が横から差すような屋外で番をしていた。番としての仕事は殆ど無く、屋外で強風に晒されて倒れたりしない様、見ているだけ。
「……大人が増えて来たね」
「親子連れが多いな」
そうすると、目の前を過ぎる人らの流れも当然目に付く。そして俺たちも注目される。たぶん。
顔出し看板に用事はなくとも、挨拶だけ残して過ぎる人も多い。そして俺たちが挨拶を返す回数も多い。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
「楽しんでいってねー!」
営業スマイルは苦手だが、小さな笑み程度のスマイルまでなら身につけている。
白熱電球ぐらいには明るい笑顔が横にあれば、俺のスマイルなんぞ霞んで消えてしまうが。
流れる人込みに向けて何度か挨拶を返していると、体力を切らしたのか明が俯き始める。
「色々居るなあ」
「おはようございまーす!」
「うん? ああ、おはようございます」
目をキラキラと光らせる子供が挨拶してきて、明も応じてにこやかに挨拶。やはり女子の笑顔、俺では役不足だから助かる。これを維持するのにもコストがかかりすぎるのが考え所か。
そうぼんやり思ってると、明に肘で突かれる。ああ、俺も返さないとな。
「おはようございま」
「ママー見てー、ドッペルゲンガーだよー! すごーい!」
「ええ……」
俺の挨拶が遮られる形になってしまった……。
その上指を差されてはしゃがれるものだから、反応に困る。とりあえず手でも振っておこうか。
子供に呼ばれたママさんとやらは小さく頭を下げつつ、わいわいとはしゃぐ子供に構っている。
……誘っても良いかもしれないな。ここの看板のデザインは、子供向けにしても良い具合の物だ。
「ついでに撮って行かれますか? 良ければ私らが撮りますよ」
「あっ、良いんですか? じゃあお願いしますー」
ナイスコミュニケーション。やっぱり明に任せるに限る。
「じゃカメラお願い」
「うむ」
とは言え俺もバイト経験者。悪い印象を持たれない程度の笑顔で接客する、というのが今更出来ないのではいけない。
「はーい、台に乗ってねー」
「ありがとー!」
「それじゃあ、撮りま……すぅー」
「「ちーず?」」
……なんで猫が居るんだ?
そう疑問符を浮かべる俺に呼応してか、カメラには疑問符を浮かべる親子二人と、澄まし顔の猫が映っていた。
・
・
・
「ありがとー、ドッペルゲンガーのお兄さん!」
返したい言葉を堪えて、黙って手を振る。俺が偽物側なんだな……。
「一度撮り損ねてすいません」
「いえいえお構いなく! それでは文化祭がんばってください」
「そちらこそ、楽しんでってくださいねー」
「猫さんバイバイー!」
という風にして、顔出し看板の初仕事を終える。今後も来場者の細やかな賑やかしになってくれるだろう。
問題はあの猫だ。見覚えのある毛並みと眼差し。俺達が通学路で毎日目にしている猫と同じだ。
「……で、何時から?」
「分からん。写真撮ったら居た」
「それまで気づかなかったんだ……」
気配も無く顔出し看板の上端に飛び乗っていた。やはり猫の身のこなしは忍者にも等しいのではなかろうか。
びっくりどっきりな俺達を見下ろす事もせず、のんきに毛繕いなんかもしている。余裕の態度である。
とはいえ眺めるばかりにも行かない。あの場所に居座られたら危ない。
この顔出し看板、一面にぺたりと張られた紙とほんの一部の金具以外は木製だ。勿論ちょっとした風には耐えられるとはいえ、猫の体重に対しては何も考慮していないのだ。……この看板が猫の体重で折れるとも思えないが。
「おりてこーい」
明が猫に呼びかけてみる。少し目線をやっただけで、無反応である。
手を伸ばしてみる。やはり無視だ。
「うーん……嫌われた?」
「諦めが早い」
明がダメなら俺もダメだろうか。踏み台を使って手を伸ばしてみる。
「……」
「……」
「……ダメか」
三秒程睨みっこしてみたものの、返ってくる無感情な瞳に負けてしまった。
どうにかして下ろす方法は無いか、と協議してみるが……良い方法が思い付かない。無理に掴もうとしても爪を伸ばされて反撃を受けるだけだ。
諦めて腰を下ろす。腕を伸ばし続けるのが妙に疲れた。
「……」
「お、降りてきた」
「え、今?」
降りるつもりだったのなら、俺たちの催促に乗ってくれても良かっただろうに……。猫の気まぐれに対して、ほんの少しだけ恨んでみる。
降りた後何処か行くものかと思ったが、何処にも行く気配が無い。むしろ俺たちの足元で座り始める始末。
「ふむん。これは……仮説なんだけど、懐かれてない? 私ら」
懐く……。
確かに顔を覚えられている気はする。けどこの態度を懐かれていると解釈するかと言えば、微妙な所である。
「餌の一つもあげた事ないのにか」
「偶にはそういう猫も居るでしょ」
「……」
……なんか猫に睨まれてる。
まあ触れても身動き一つしないし、この猫が傍若無人だという解釈をしないなら、懐かれたという結論に落とし込んでも良いだろう。
「お、気に入られたかも」
「どう見ても気に入ったとかいう眼差しじゃないが。あ、膝に乗るか?」
猫撫で声をするでもなく、ただ地声で提案してみる。俺たちの言葉を理解しているとも思っていないから、期待はしない。
耳も目もこっちに向けているから、通じるかはともかく、聞いてはいるのだろう。……っと。
「おお……明、猫が乗ってきた」
「え、うわ。羨ましい。代わって」
「……」
ずい、と寄ってくる明の顔に対して、奪い合いには乗らんぞと言わんばかりの流し目を送る。なんか、妙な優越感。あと近い。
「そんなー……。あ、それじゃあ撫でさせてくれる? 良いのかな。じゃあ撫でるね」
「まだ返事してないぞ」
「だって猫だし」
それはそうだが。
問いかけから間も空けずに手を伸ばす明だが、猫は黙って撫でられていた。身を捩るともせず、ただ目を瞑る。
「おおよしよし」
「あら! 私も撫でて良いかしら?」
「ああ、って母ぁ?!」
「はろはろ~♪」
「歳を考えてママ」
おおう、何時の間に……。猫ならばともかく、我らが母の気配も感じ取れなかったとは。
……俺達が気を取られていただけか。
「何時から居たんだよ」
「ついさっき」
まあ、息を潜めて隠れていた訳でもないものな。
交代する様に母の手が猫の背中に伸びるが、これも猫は黙って受け入れていた。
我ら玉川一家の一人親、母もこの文化祭を楽しみにしている。例年通りと言えばその通りだが、今年から俺達という変化があったから……。だから少し安堵した、とは口に出したくない。
「良いけどさ。私達、出し物のシフトでもう少しここに居るんだ。一緒に回るにはもうちょっと待たないと」
「あら、そういえば顔出し看板をやってたわね」
忘れてたのか……。一応話してはいたんだが、そこまで興味無かったか。
もうちょっと待つ、と言っても数分くらいだ。交代でやってくる二人と顔を合わせたら、その時に代わる事になっている。あんまり厳密には定めてない。
「じゃあ先に行ってくるわね~!」
「え? ちょっと……まいいけど」
後から合流すればいいし。見送る。どうせ交代が来るし、そう遠くには……。
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『二人で楽しんでいって頂戴! 双子水要らずってね!』
『私も大人げなくはしゃいじゃうかもだから♪』
母は何を言ってるんだ……。
なんか無性にたのしくなってきた。