俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 作:馬汁
猫は穏やか、俺は心中穏やかじゃない。
時折もぞもぞと動くカバンに猫の存在を思い出しつつも、俺は自らの様子を何処か俯瞰していた。
まるで恋人の様だ、と感じるのは当然だ。俺も承知でこういう事をしているんだから。
しかし承知は納得では無い。なので落ち着かない。接触面積が毎朝の
「……」
「ふん……顔近いね?」
「近づけてくるからな」
顔が赤くなる程では無い。もぞりと動けば顔の何処かが触れてしまいそうな距離で、彼女の顔を毎朝見ている。
俺としては人前でこんな事をしている事に不安を覚えている。
「ここまでやって効果が無かった、なんてことは無いよな」
「無いと思うよ。色んな人が見てくるし」
「付いて行ってるだけの私も居心地の悪さを覚えるくらいです」
こんな行為を取っている目的を話題に出して、気を紛らわす。
本人も第三者もうんざりするくらいにくっ付いたんだ。これでも告白を強行して来たら、一日くらいは明の事を白い目で見る事にしよう。俺はそう決めた。
「で、次は何処にいこっか」
「そろそろ疲れて来たんだけど」
既に食事はとってしまっている。興味のあったメイド喫茶で昼食をとっても良かったが、今回は適当なお祭り食で済ませた。焼きそばとか、ポップコーンとか、そういうもの。
鳴海姉が妹にそう頼んでいたのもあるし、友人とも言い切れない人のバイト現場を訪ねる程、俺達は陽キャしてない。
「じゃ休む?」
是非そうしたい。
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教室の殆どは出し物の為に様相を変えているが、空き教室は普段通りに静かな空間のままとなっていた。
そこに備えられている椅子に座ればキシリと音を鳴らし、机も下手に触るとささくれにやられるが、基本的には施錠されることなく自由に出入りできる。
少し木材の匂いがキツイが、そこまでだ。
「……誰も居ないな。ここならくっ付く必要も無いだろ」
「ん、まあ確かに」
組んでた腕は解かれ、明もふへぇと椅子にもたれ込んだ。
人が居なければ大丈夫だろうと、首を出せる程度にまで開けていたカバンを全開にする。
「もういいぞ、誰も居ない」
言葉を理解しているのか、それとも狭い空間に飽き飽きしていたのか。ひょっとカバンの中から出てくると、暫し周囲を見渡してから、その場に丸まった。
「教室に猫……新鮮ですね。撫でて良いですか?」
「それは、っと」
猫がすぐさま身を翻して俺の肩に飛び乗ってきた。そこまで嫌なのか。
鳴海妹の鼻息があんなにも荒いと、確かに撫でられる側も困るだろうな。
警戒する猫を見た鳴海妹も、何度目かのトライだと言うのに落ち込んでいる。落ち着いて撫でる分には受け入れてくれると思うんだけど。
「あ、肉球が肩の上に……。に、肉球ってどんな感じですか? ぷにぷにです?」
「どうもこうも」
シャツ越しの感覚になるからそういうのは分からんが。あとちょっと重い。
「肩の上じゃ動きづらいから、こっち来て。こっち」
「……私の膝も空いてますよ?」
明が自らの膝を叩いて示すと、猫はもう片方の声を無視して乗り移っていく。肩に乗られると無暗に動けなくなるんだよな。何かの拍子で落としそうで。
黙って明の懐に収まっている所を見届けて、俺も息抜きにゲームでもやっていようかとポケットに手を伸ばす。鳴海妹の視線は無視する事にした。
「私にだけ懐いてくれない……」
休憩時間。放送部によって紹介される出し物を流し聞きしつつ遊んでいると、ホーム画面に見つけたメッセンジャーアプリからある事をふと思い出す。
やってしまっても問題無いか。
「ん、何してるの?」
「立山記者と連絡。双子が付き合ってる噂が流れてたら放っといて、と」
「良いね」
「良いんですかね」
疑問符を浮かべる鳴海。何が行けないんだろうか、と首を傾げたら、直ぐに彼の返信が来た。
『後戻りできませんよ』
「……後戻り?」
短い文に込められたこの意味を察しきれず、俺達は互いに片割れの方を見た。文面からして重大そうな印象がして、すこし驚いた。
にしても立山記者にしては珍しく、言葉が足らない。あるいは言葉の通りなのだろうか。
『噂を下手に操ろうとしたら、振り回されるのが落ちです。私としては、嘘が真になってしまうのを歓迎しない限りは避けるべきと思います』
そう思っていた俺達の内心を見抜いてか、追加のテキストが画面に流れた。
流石にそこは記者。確信をもって言っているのだろうという感じがする。
「……どう思う?」
猫以外に対しては正常な感性を持っているであろう友人に、会話テキストを見せる。一目だけ見れば、内容は分かったとばかりに頷く。
「やっぱり、こういうの流れって実在するんですね……。少女漫画で見ました」
いきなり何言ってるんだ。
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曰く、偽装で付き合っている内に恋心が芽生えるという流れは定石ですらなく、常識とさえ言える理論であるらしい。少女漫画での話だ。
だいぶ偏った知識である気がしないでもないが、興味深い話ではあった。立山記者も同じことを言っているし。
「それで、続けるんですか? これ」
「んん」
そうまで言われると、ちょっと判断が鈍る。俺たちとしては、恋心を抱く余地は無いと思っているのだが。
……思っているのだが、ふと怪しい時がある。あれを恋心と言って良いものかとも思うが。
「俺は別に……」
もしも俺達が噂を広める切っ掛けになって、歯止め役の記者も静観させるとする。皆が俺達は付き合っていると見なすだろう。血縁のある双子がそういう関係になるのは駄目だと言う人も居るかもしれない。
そういう認識を受けるのを嫌だとは思っていない。そうなった所で、面倒な絡みが増える訳でも無いだろうから。
「明は? そういう目で見られるのは」
「良いかな」
一応の確認をしてみたが、共通の認識である事は間違いない。
「傍若無人……」
直接絡まれなければ良いのだ。耳に聞こえる範囲で噂話される程度でも問題無い。大勢押しかけて色々問い詰めないなら、どう妄想しても構わない。と思っている。
あるいは、そんな単純な話では済まないのだろうか。
「でも、確かに……二人ですからねぇ」
細い目で俺達を見つつ、静かな確信を口に零した。なんか含みがある様な気がしたが、それを疑った所で何も分からないから、放っておく。
『それで、ファイナルアンサーはどうします?』
『決行』
『全会一致だよ』
二人分のアカウントが結論を下す。
決意、という程に重大な決断では無いが、何故か及び腰になっている彼には丁度良いと思う。
『分かりました。生徒達のこの様子だと、なんの記事を書かなくても噂は広がりそうなので。こちらからの行動はありません』
放っておいても勝手に広まるという事か。流石に注目されているらしい。
『それと』
『告白を目論んでいるというあの男。様子や行動が妙に見えるんですよね』
妙?
一転と話が変わったように思えて、しかし現状の原因という点では話が変わらない。
『告白前の男子……という様子には見えないのです。私の印象に過ぎませんが、ご留意ください』
ふむ、なるほど。
告白してこない可能性が高いなら、それに越したことは無い。俺達のお付き合いごっこが無駄な苦労に終わる事を除けば、良い事尽くめだ。
『分かった』
「……よし、話は終わった。ゲームするか」
「よしきた。何する?」
「あ、私もやって良いですか」
「全然良いよ。たまに置いてけぼりになりそうだけど」
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ゲーム中、ふと関係のない思考が介入することがある。
バトロワなら、上空からの降下を待っている時。レースゲームなら、直線距離をアクセルだけで進み続けている時。
そう言う時に、今日に限ってはこんな思考が頭をよぎる。
(明と恋仲になったならば、一体何が変わるのだろう)
恋人と家族とでは何かが違うのだろう。
恋愛と家族愛と言い分けられるそれらを理解するには、やはり俺たちには難しいのだろうか。
考えるには、少し時間が要る。
ふと気が抜けた一瞬に、そう言えばと部屋を見渡す。
「……あれ、居ないぞ」
「え?」
ゲームの事ではなく、この教室の中の事だ。明の肩を小突いてやれば、俺と同じように部屋を見渡して……。
「猫が居ない?」
「え」
少し迷って、ゲームを中断させて立ち上がる。
妙に大人しい猫だから問題は自発的に起こさないかもしれない。が、そこに居るだけで起こる問題と言うのもあるかもしれない。
本人に悪気がなくとも、そう振る舞っているうちに問題を起こすことは少なくない。俺たちがそうだったから。
減速してます。詳細は活動報告の方で。
これからは月一も厳しいかも。けど失踪はあり得ないとだけ。