俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 作:馬汁
初めて知りました
「明一さん、ちょっと良い?」
「え」
彼だ。
顔を名前を一致させるのが苦手な俺でも、一人や二人と少しずつ覚えておくくらいは出来る。
そしてこれは、間違える筈のない顔だ。この男には注意しておこうと、特に気を付けているつもりだったから。
「……俺?」
「そう、明一さん」
目だけで辺りを見渡す。廊下の中堂々と呼び止められたものだから、遠巻きながらに注目する人が居るし、何故だか目を輝かせている女子のグループも居る。
助けを求める様に黙っていても、普段から隣に居る明からの助け舟はやってこない。だって、今は別行動なのだから。
「俺に、用事?」
「うん。……大事な話だ」
遠くで黄色い声が巻き上がった。キャーとか、ワーとか、そんな感じの歓声があがっている。あの声が、実は猫と遭遇した人の悲鳴だったりしないだろうか。
きっとそうだ。と期待しても、黄色い声の元から差し向けられる目線で、まあ違うだろうなと悟る事になる。げっそり。
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結果から言ってしまえば、これは俺の想定していた告白では無かった。
彼は俺に対して恋愛感情など抱いていて居なかったし、驚くことに、彼女にも……明に対しても抱いていなかったのだ。
人通りから一歩離れて、しかし人目には付くところで、その大事な話は繰り出された。
「明さんは……多分、明一さんに気があると思う」
何を言っているのだ。コイツは。
「いや、多分じゃない。絶対そうだ! 今日の様子を見て確信した。きっと明さんは今日の行事をチャンスだと思って、猛攻撃を仕掛けたんだ。君も分かるだろう?! 普段の明さんはあそこまで明一にはくっ付かなかっただろう。やはり俺の考えは間違えじゃなかったんだなって、数か月前から続いていた仮説は結論に変わったんだ!」
「あの」
「あれは双子の距離感ではないし、生来から付き合ってきた家族の距離感ではない。間違いなく
何時まで話すんだ、コイツ*1。
「良いか?」
「あ、はい」
「簡潔に言ってくれるか」
「明一さんが明さんに告白されるかもしれない」
あそこまで興奮しておいて、どうして普通に簡潔な説明が出来るんだ。
“大事な話”の内容がこんなにも下らない事だと知ってしまった俺は、力んでいた手指を解して、一つだけ息を吐いた。俺にしては珍しく、ちょっとだけイライラしていたらしい。
この感情を自覚してしまえば、怒りの矛先は下げられるけども。
自分の感情を客観視できてしまったのは、本当の意味で
であるならばきっと、俺でない片割れの感情をも理解してしまうのだろう。
「それなら」
状況整理ついでの質疑応答を一つだけ。俺が彼を見ていて得られた状況証拠は、明への恋愛感情だと誤解する程には揃っていたから。
「この前に偶然聞いた、“愛に生きる男”を自称したのは何だったんだ?」
「え、俺そんなこと言った?」
言ったが。
自分で発した言葉ぐらいは覚えておいてほしい。……特に気にしていたから、俺だけが覚えていただけかもしれない。
「まあ言ってたとして……嘘じゃないな。ほら、愛のキューピッド的なニュアンスで」
「……」
「な、なんだよその目」
相当なロマンチストだ、この人。恋のキューピッドを自称する様な人は見たことが無い。
俺達の愛とやらを応援しようという行動を、明への感情だと勘違いしていたのか……?
なんだかそれは……うぉ、うぉぉご……。
「え、どうしたんだよその顔」
俺がカレシ面しているみたいで調子乗りすぎだと、じわじわと顔に後悔と羞恥で染まっていくのをどうにか伏せる。
まるで俺が独占欲を発揮しているみたいで痛い痛いアイタタ。
「……もう、良いか?」
「あ、えっと。うん。なんかゴメン……」
謝られても。傷は癒えない。泣いて苦痛を誤魔化すとかが出来れば良いのに、そこまでする幼さが無さすぎた。
……でも良かった。問題視するべき事が一つ減ったという意味では、楽になった。気兼ねなく文化祭を楽しめるだろう。
「あと、白猫」
だからと言って、俺になんの得も無く立ち去るのは不公平だ。せめて協力を取り付けておきたい。
「白猫?」
「見かけたら明に連絡して欲しい」
「え? でもまだ番号教えて貰ってないんだけど」
「……番号?」
そういえば、明との連絡先の交換を断っていたような……。あれってメッセンジャーアプリの方じゃなくて、電話番号を交換するつもりだったのか……?
「ご、ゴメン! 俺スマホ買ったばかりだから……色々わかんなくてさ? 電話番号さえ分かれば安心なんだけど」
こいつ本当に同世代か?
とりあえず、俺と電話番号を交換してもらった。ちらりと見えた相手のホーム画面には、本当に最低限のアプリしか無かった。というか初期の配置の様に見えるが。
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色々勘違いしてしまったが、俺達の下らない先走りだと理解した所で、一連の問題は解決した。問題は起きないと判明する形で。
明が告白を受ける事が無いと分かり、寧ろ俺達の行動で問題を掘り起こしてしまった気もするが、ここは諦めて受け入れる。
やっぱり先走りすぎだよな、俺ら。
「良かった。もう気にしなくて良いんだね?」
「そうだな。さっきまでの付き合いはしなくて良くなった」
「そっか」
電話越しに聞こえる声。つい先ほどまでの出来事を説明して、状況を共有する。二手に分かれる事自体が珍しいから、電話越しの声まで含めて新鮮な体験だ。
「何処にいる?」
「んー。そこらへん? 普段行かない様な所」
「そうか」
と言うと、あそこらへんだろうか。普段の学校生活では、身近に思えて意識しないと行かない様な所が幾らかある。駐輪場とか。
「明一は?」
「4階」
「どうせ私たちのこと見下ろしてるんでしょ」
まだ見つかっていないが。そもそもここから見える角度には居ないだろう。
代わりに猫でも見つかれば良いんだがな。
「で、あと探していない所は何処だ?」
「んー。……校長室とか」
「そこを探す程じゃないな……。もう学校を出ているかもしれないし、切り上げないか?」
学校を出ているのなら、俺たちが猫を気にする必要は無くなる。こっちの方が気兼ねなく文化祭を楽しめるのだが。
もし後で俺たちが何か言われても、これだけ探したという大義名分がある。責任は果たしたが、見つかったかどうかは別である。
それはそれでいい顔をされなさそうだが。
「そしたら?」
「そしたらって?」
「だから、これからどうするって話」
ああ。これからね。
「ひとまず解散だな。姉さんの方の鳴海はもう帰っていい」
「あぷぁっ」
「言いたいことは分かる。けどその言い方は握りつぶしたくなる」
明の妙な鳴き声と共に、三人目の声が割り込んできた。
「ねえ私八つ当たりされたんだけど?」
なにされてるんだ明。
「ちょっち、手ぇ放して。……ふう」
「おい向こうの。そっちもどうせ肩固いんだろ」
「俺……?」
自分の肩の事を固いと思ったことは無いが……。ああ、肩凝りの話か。
ううん、多分大丈夫だと思うんだが。
「俺の肩ってそんなに固かったか?」
「柔らかくは無いよね? 明一以外の比較対象とか知らないよ」
色々触られてるからなあ、俺。こっちも多少は触った事あるが、いちいち覚えてない。忘れようと努めてるとも言うべきか。
「ずっと座ってるのは良いがな、たまには運動しなさい」
「うう、分かった。お姉さん……」
「うっせぇ黙れ」
俺達にしてはユーモアのある会話だったのだが、やはりお気に召さないか。
慣れないことはする物じゃないな。
ミスリードの描写を張り切りすぎて、ここで答え合わせをするのに苦労したのが私です。