俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 作:馬汁
「確認だけど、貴方は明さんに恋愛感情を抱いていたり、お近づきになろうとか思っていなかったという事で良いんだね?」
「最初からそう言ってるよ! なんでそんな勘違いするんだよ?」
「やかましい。僕はNTR物は嫌いだが、百合に挟まる男も嫌いなんだ。どっちにしろ、やったことは罪に数えられる」
いや百合って。
私達全然百合じゃないが。あれは女子同士で成立するものじゃないの?
……でも女の子になった明一も、なんか良いな。もしそうなればそのまま私みたいになってしまうかもしれないけど、そういう意味じゃなくて。
あの口数が少なくて恥ずかしがりな性格なまま女の子になったら、それはもう可愛らしいのではないかと私は思うのだ。
「って、そうじゃなくて」
「ん、明か。おかえり、どうしたんだ?」
「なんでも。それよりも、これどういう状況? 途中から聞こえてたけど」
「説教されてる」
見れば分かる。
逆に言えば、明一も見て分かる以上の詳細が分からない状況ということなんだろうな。
納得いかない態度でありつつも、一応の謝罪を見せてくれたのに満足したのか、実行委員さんはお説教を切り上げた。
「っと、ごめん。変な所を見せてしまって。今まで動きづらかったかもしれないけど、二人は気兼ねなく文化祭を楽しんでくれ」
「あー、はい」
まだ初日だが、疲れる日だった事は間違いない。明日は二人で楽しめるかなあ、と出し物のスケジュールを覚えている範囲で思い出す。
まだ食べていない物も気になるし、二日目の昼にのみ行われるという、自治体主導のちょっとしたイベントも気になる。なんでも踊ったり歌ったりが達者な人たちが、ショーを開くとか。
「じゃあね。こっちは問題児の様子を見張っているよ」
「そんなぁ」
あっちもあっちで大変なものだねえ……。
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「今日はどうする?」
「もうお腹いっぱいだな」
私も、かな。お腹もそうだけど、今日はこれ以上の体験をしても一杯一杯になってしまうと思う。
多くある出し物の中には、ふっつーにカップル要素を盛り込んでいる所がある。実際あった、沢山。計画の都合もあり、そういう場所を狙っていたからね。
その分負担も大きかったけど。……結構疲れた感じがするのは、その所為かも。
カップル待遇とか恋愛応援とか、ややセンシティブな要素を、イマドキの先生なら世間の目を気にして咎めるのかもしれないが、この学校では子供も大人もノリノリでカップル要素を取り入れていた。
子と親ではないが、似る所は似るのかもしれない。
「帰りの点呼は?」
「まだだな」
「うーん、もう遊ぶ気分じゃないんだけど……。って、そういえば!」
「うん?」
「ママと合流してない!」
「あ」
揃いも揃って、文化祭に来てくれていたママの存在を忘れていた。散々猫を探していたから、すれ違っていないなんて事はあり得ないと思うんだけど。相当に巡り合いが悪かったとかじゃなければ。
「一応、連絡しておこうか」
「お願い」
だからって行方不明だと騒ぐ理由にはならない。『今どうしてる?』とだけメッセージを送る。何故か無言で帰っていると考えれば、やっぱりママらしい行動だなと納得できる。
「……お、既読」
やっぱり。直ぐに返信が来るだろう、としばらくトーク画面を見つめる。何も言わずとも、二人分の顔は一つ分の画面を注視し続け……。
『綺麗な白猫をお持ち帰りしちゃった! 今家に帰ってます♪』
なんてメッセージに添付された画像は、強烈に見覚えのある猫とママのツーショット。猫の顔にグルグル目が張り付いているのが見えたのは、多分母の手でしっかりホールドしている状況と印象から来る錯覚だろう。
メッセージと画像の内容を頭の中で咀嚼しきった頃には、出所不明の疲労感に倒れそうになってしまった。
いやね、拾った時に連絡してよママ。
無駄に探し回ったじゃん。
「ぴえん」
「帰りにアイスでも買おっか……」
「そうだな……」
……ん、ぴえん?
「なんだその目」
「いや、うん。明一にしては珍しい鳴き声だと」
「俺だって女々しく嘆きたい時ぐらいある」
“ぴえん”を“女々しく嘆く”と言い換えるにはちょっと語感のギャップが深すぎるかなあ。
号哭とかで良いんじゃないかな。逆に迫力あってアリだと思う。
「号哭は流石に重すぎないか」
「明一には丁度良いよ」
「なんだそれ」
だって明一、いちいち価値観が重いんだもん。貞操観念とか。頭固いと言うには違うけどさ。
……今まで表立ってのイチャイチャを敢行していたからか、互いに軽口がすらすらと出てくる。
まるで洋画みたいな冗談の応報。互いのセンスを知っているからこそのコミュニケーション。脚本抜きで出来てしまうのが私達。
面白いけれど、何か違うと感じるやり取りだなと自覚してか、お互いの口は自然と止まる。やっぱり、口数が多いのは性に合わない。
「見つかったのは良かった」
「間違いない」
今はそれで良しとしよう。
『飼って良い?』
と思った所で、ピコンと通知音。
いや、この状況だったら普通は逆の立場なんじゃないかな。別に良いけどさ。
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もはや慣れたものだと、母の奇行によって増えた白い家族と、どう関わっていこうかと考えつつ。
何事も無く迎えた放課後で、我が家へ一直線の帰路につく。顔出し看板を仕舞う手伝いもあったが、クラスメイトが半数も居れば直ぐに終わる作業だった。
今頃は、部活動の方でも出し物の調整を要している所もあるのだろう。玄関へ向かうまでに、忙しなく人が出入りする教室を見かけた。
あれは残業……と言う奴だったのかな? いや、お疲れ様です。
「残業……嫌な言葉だな」
「部活だし、報酬も無いんだろうね」
なんか闇深くない? いやでも、部活だから皆好きでやってる物だしなあ。
……なんか、また闇が深く見えた気がする。
闇と言えば、この時点でもだいぶ日が傾いてるし。彼らが残業を終える頃には、太陽も完全に沈んでしまっているだろうなとしみじみ。
「気付けばもうこんな時間か」
「時計の上ではまだまだなんだけどね。日没が早くなったなあ」
季節で言えば、もう冬。厚着して寒さを堪える季節だ。一部の女子は生足を隠してなるものかと、タイツも履かず生活してたりするけど。
因みに私は、どす黒いくらいに高いデニールのタイツを履く。温かいよ。
「気が早い所はクリスマスツリーなんかも飾り出してるよね」
「流石に早すぎる……よな?」
12月というだけでクリスマスムードになるのは、まあ分かるんだけどね。でも、それでもちょっと早いと言うか。フライング気味だと私は思う。
せめて一週間前とかで良いよね? と思ったり思わなかったり。
空を眺めれば、この時間帯でも太陽はまあまあ傾いていて、暗い空と夕焼けの地平線の境目が曖昧に広がる。
四季の内では、冬が一番好きだったりする。一日の中で一番綺麗に映る空が、放課後に毎日見れるから。
「ねえ」
「なんだ?」
ワザとらしく、甘い雰囲気を出して呼びかけてみる。今日、散々とやった“恋人ごっこ”の時と同じように。
「夕方デートってのも良いよね?」
「勘弁してくれよ。……確かに、綺麗だけどな」
「んふー」
明一も大分慣れたものだ。私から絡み取った腕の先で触れた手を、何も言わずとも握ってくれた。
さっきみたいな互いを理解しきったじゃれ合いも。通じ合っているからこその最低限のやり取りも好きだけど。
やっぱり、
「ねえ」
「俺が落ち着けないから難しいな」
「まだ何も言ってない」
言いたい事を分かり切ってるとしても、先取りしてしまうのは無しだと思います。
「明日、どうする?」
それでも、言い直す。きちんと言葉にして、誤解の無いようにしておきたかった。
少ない言葉ではそもそも伝わらないかもしれないけど……ああ、やっぱり彼は難しそうな顔をする。言葉の意味を解せないという感じではなく、
「難しい事を考えさせるな」
「まあね」
普段通りに過ごしても良い。二人が一人の様に、気儘に巡っているのも楽しいかも。
少し羽目を外しても良い。家族の明と明一とで楽しむのも、私達は好きだ。
そして今日の、付き合っている男女、という関係も……。
「まあ、追々決めても良いんじゃないか?」
「ん……、追々ね。うん」
選択肢を提示してみても、結局は後回しにしてしまったけど。
何故だか、予感がする。
今までのどっちつかずな奇妙な生活が、もうすぐ終わってしまうって。