俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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とある男女の、奇妙な生活の始まり。

 

 街並みはクリスマスのテーマを垂れ流し、遠い空では空駈ける誰かを隠すような雲が広がる。

 こんな空では星空は見える筈もないが、地上の輝きを前にして楽しそうにする男女どもには、空の事情など関係ないのだろう。

 

「じゃあ、クリスマスっぽいことしましょっか」

 

「男を期待させる言い回しをするな」

 

「えへー。私の期待するクリスマスで良いよね?」

 

 まあ……。男の子は女の子の期待を裏切る事をよく恐れるもので。俺の想像する概念というのは、彼女の見えないところで捨てられるか矯正されるかをしている。

 男の持つ価値観ってやつは、尽く異性を失望させるんだ……。

 

 と、デート前の男の指南書(Web)に記されていた。俺は予習できる男なのである。

 

 話の流れで自然にデートと言ったが、確かに世間的にはこれをデートと呼ぶのだろう。恋仲の相手を連れて、出かける直前まで服装に気を使い、聖夜に街を出歩く行為ならば、よっぽどじゃない限りはデートとしか言えない。

 今更彼女の事を恋仲では無いなどとは言えず、言われるがままにそう振舞っている。

 

「それにしても、今までよりかは乗り気だね」

 

 あの奥手のアンタが、……みたいな副音声がついてきそうな目つきだ。

 俺の片割れは母の指導抜きにしても化粧技術が腐る事は無いようで、可愛らしさと美しさが両立していた。

 

「お互い様だ」

 

 気合いの入りようで言えば、俺の方が負けているかもしれない。このままで良いのかと、いつも疑念を抱いてばかりだ。

 

「そうかな」

 

「間違いない」

 

「じゃあ、ど? 私」

 

「綺麗だ」

 

 綺麗な顔つきのまま破顔させて、また身体が寄せられる。

 でもバランスを崩すことはなくて、歩幅も一定を保たれていて……。明の歩幅に合わせるのはもう慣れたものだ。

 これもいつかは双子だから当然、とは言わなくなるのだろうか。

 

 

 

 

「俺達も変わったんだな」

 

「変わった? うへ、確かに」

 

 明も己の変わりようを自覚してか、すこし恥ずかしそうに俯く。恋心はここまで人を狂わせるか、と実感に浸っているのだろう。

 俯いている表情は初めて見る角度で、またそこに魅力を見つけてしまった。大概俺も駄目だ。

 

「んっん。ベンチ座るか」

 

「むむ、なんか動揺してる?」

 

 無言で否定もせず、さっさと座れと目を細める。明が面白いと言わんばかりに笑みを深めた。

 

 見つけたベンチに腰掛ければ、街を歩くカップル達を俯瞰しているような気分がした。あそこに混じることに気後れする自覚が、そんな気分にさせているのか。

 

 人通りが多いが、この流れる雑踏の中でなら、どんな話し声も掻き消えてしまいそうだ。

 

「最初はね、安心したんだよ。周りに合わせなくても、最初っから()()()()ひとが居るんだって」

 

「……そういえば、以前の話を敢えて聞いたことは無かったな」

 

 ふと湧いた話題に、昔の事を話しているのだと理解した。

 だいたいイメージできたから、って言うのもあって、明の以前の話は聞いていない。

 別の話に付随する程度には断片的に聞いていたから、そこから確信を持って連想できる範囲でしか把握していない。

 

「明一は……どっかしらグループに入らないと、って試行錯誤したことは無いだろうね。グループ、序列、関係、なんて複雑なものを見極める事も」

 

 聞いていた話によれば、小学校の頃がいちばん酷かったらしい。俺にはイマイチピンと来ない。周囲を観察する機会がなく、協調の必要性が明と比べても少なかったのだろう。

 

「にしては、高校には友達が一人もいなかったよな」

 

「数少ない交友関係も、進学で簡単に消えてなくなったよ」

 

「なるほど」

 

 中学校までは、それなりに交友関係を保っていたらしい。

 

「どんな人と絡んでた?」

 

「もう細かいとこは忘れた、浅い関わりまでだったし。……けど、無言は苦手な子だったのかな。その人が居たのは思い出せる」

 

 それだけはぱっと思い出せる。と言うやつだ。

 名前と顔が一致できなくとも長い時間をかければ覚えられるし、離れてから時が経ったとしても記憶は唯一の特徴だけを残してくれる。

 

「そっちは?」

 

「どうだったかな」

 

「ちょっとは居るでしょ」

 

「居たかな、いや、居る。電車の話を好む男子だった」

 

 ただ一方的に話し掛けられるばかりで、しかし俺が遠ざけもしなかったからか、随分と長い間絡まれていた。

 

「居るじゃん、友達」

 

「壁は友達になれるのか」

 

「ああ……」

 

 テニスの壁打ちの様な会話だった、と補足しておく。あの会話は今でも思い出す気になれない。

 

 

「昔の話と言えば」

 

 座り続けるにも体が凝って、また歩き出したその後。おもちゃを抱える子供を見かけた明が呟く。

 

「あの子?」

 

「あの子。……まだ思い出せてないんだが、明は」

 

「ううん」

 

 そうか。

 時が経つほど薄れていく記憶。その中にある唯一の友のような誰かの姿は、今までにも再び想起することも機会もなかった。

 再会を約束する事もなく、出会った時も別れた時期も曖昧な“その人”は、今や次第に不要な記憶として消えつつある気がした。

 

「忘れかかってるよ」

 

「無情な人。……私も、詳しい所から順に忘れるみたいになってる」

 

「……」

 

 試しに思い出そうとして、止めた。なんだか浮気をしているみたいだった。異性だったのかも分からないのだが。

 

「幼なじみだろうがなんだろうが、こうも綺麗さっぱり忘れられる物なのかね」

 

「じゃあほら。集団幻覚とか」

 

「有り得ない、って程でもないな」

 

 世界が、あるいは俺達の居所がいたずらにすり替えられるくらいだから、全くない可能性というのが無いのだ。

 

「あ、そしたら」

 

 ふと浮かんだ可能性が、俺たちにとって都合の良すぎるものと思えて。しかし不思議な事が起こりうるこの世なら十分に“ある”と、彼女に共有する。

 

「本当は俺たちは本来双子で生まれて、いつの間にか離れて、そしてまた出会った、とか」

 

「それは」

 

 驚いたあと、少しの間をおいてから、納得のいく話だなと頷いてくれる。

 

「もしかしたら、今私達が忘れかかってるあの子も」

 

「ああ。お互いの事なのかもしれないのか」

 

 そう考えると、離れかかっていた記憶が頭のなかにとどまった気がした。消えゆく過去に楔を打ったような無理矢理だが、これ以上に詳細が抜け落ちることは無いだろう。

 

「明一にしてはロマンチックなこと考える」

 

「国語の成績は良好だぞ」

 

「あははー、よりにもよってね」

 

 漢字や文法の類はともかく、俺らほどコミュニケーションに難儀しているやつは居ないだろうに

 

「よりにもよって、な」

 

 二度あることは三度あると、国語の授業での何時ぞやに聞いた言葉ではあるが。この言葉を思いついてしまって、隣の存在を確かめるように手を絡める。

 

「また離れる事が無いように」

 

「うん?」

 

「俺たちが万が一子供を産んだとして、その時と同じ事が起きたらどうなるんだろうな」

 

「生まれてこないとしても、その子に失礼だよ」

 

「……そうだな」

 

 つい、繋ぎ止める方法を探してしまった。

 気持ちは分かるよと、握る手の力は強めてくれたが。こんな事を考えてしまう俺自身に、軽い失望を覚えてしまったのだ。




 シリアスとギャグの緩急の付け方は今後の課題という事にして……。
今回の時点にてこの物語は一括り。登山で例えるなら、ここまでが上り坂で、ここからが下り坂でしょう。
 時々ここで区切ることを予告していた気がしますが、急な休載だと捉えられても仕方ないくらいにはモチベーションの低下も否めませんです。私が始めた物語とはいえ、申しわけありません。


 で、ここからも作者のボヤキです。すこし長くなりますが、興味がありましたらお目汚しを御免願います。

 はい、うさぎかカメかで言えば間違いなくカメ寄りの連載頻度でしたが、ここまでお付き合い頂けて光栄です。
 年月の経過によりどうしても作者の内心にある世界観や心情に変化が生まれ、作風も捉えがたい物になったかと思われます。それでも読み続けられる読者が多いのは主人公2人の雰囲気が刺さったから、なのでしょうか。
 この物語は折り返し地点だと語った通り、また同じくらいの量の物語が完結まで続くかと思います。
 それまで私はプロット作成ややアイデアの収集を行って参りますので、また次のお話は来年とか……かな、と思います。
 但し、気分次第で番外編や番外IF編を投稿するかもしれません。その時はよろしくお願いします。

 ボヤキは以上です。
 では

 あ、誤字報告と感想とココスキと評価全てが力になりました。スペシャルサンクスです。本当にありがとうございます。
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