俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。 作:馬汁
その日、2人はお互いの顔を見た。
見れば見るほど、自分の顔と似ているな……と感じた。むしろ鏡を見ているのでは、と思えるくらい、あの顔は自分のものと似ている。
いったい何が起きたのか。朝礼を終え、昼休みを終え、終礼を終え、自分の家に向かって歩き出した。
1度、見なかったことにして明日を迎えようと、出会った2人は判断したのだった。
ここは、そんな判断をした世界。そんな判断をする様な……二人の世界。
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彼ら、玉川一家の一人息子/娘は、周りの同世代と比べてかなり、いや致命的にコミュニケーションが下手っぴである。
人の目を伺っての様子見など出来もせず。空気を読んで合わせるなんて芸も無く。
挨拶の機会も見つけられず、話題も天気以外を知らず、目を合わせるほどに動悸が高まり、集まりでは誰よりも先に姿を消し、逆にペアを決める時は最後の最後で先生と組み、横に並んで歩けばすぐ後ろに回り、いざ会話が始まってもまともに成立するのは出来の悪いFAQのような受け答え。
「お、え……あっ」
「……へっ? あ、え」
致命的に、コミュニケーションが下手なのだ!
「お、同じ家?(独り言)」
「えっ」
「あ、いや、なんでもナイッス……」
この2人は、かつてから人の為だと称して人との関わりを絶っていた。どこかズレた考え方が人と合わず、繰り返されたすれ違いが切っ掛けだった。
自分なんかと会話する時間なんて勿体ないだろう。という、多少捻くれた思いやりではあるが、最初にそんな考えを持ったが故に、以降も会話の努力という物は最小限に充てられてきた。
その結果産まれたのが、この悲しき怪物たちである。
今も自宅の玄関でまごもごと口を動かしている2人。この明らかな異常事態との化学反応によって、奇妙な間を発生させていた。
ここは最小限の身振り手振りで意志を伝える技を使うべきか。と考えをめぐらせ始めるが、それが通用するとは思えない。
様々な手を読んでいるかのような睨み合い。この静寂を破る者は……。
「んんっ(咳払い)」
「ッスー(深呼吸)」
誰もいなかった。
人間の姿でありながらも、まるでコンクリートの上で這い回るミミズの様な情けない姿を晒すこの2人は、遂には少しの静寂に耐えられず、1人ずつ帰宅した。
まず先に入って一人、後ろの存在に対して、扉を開いたまま抑える事で続けて入ってもらう。まるでファミレスの入口のようである。
「……あっえと」
「あっタダイマ……」
「お、おかえり……?」
1歩先に玄関を開いただけで、それはおかえりと言って迎える権利が得られるのだろうか。この一連の掛け合いで2人は疑問した。
結局、2人は少しの言葉と、多少の振る舞いで、お互いの存在を受け入れたのであった。
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2人の出会いは、今思えばそこはかとなく気まずいものであった。少なくともコイツらはそう思っている。図太い。
そんな出会いから少しの日数が経ち、2人はすっかりとお互いの存在を心から許容していた。
「……あっ(トイレ)」
「ぅす……(行ってらっしゃい)」
心から、許容していた!
母の目には、言葉も交わさずに意志を通じさせる繋がりが見えたのだろう。この変化が認められた日には部屋がクラッカーの紙吹雪で塗れて、食べ飽きかねない程の大きさのケーキが食卓に出現した。
しかし2人にとっては、この出会いに対して母以上の喜びを傍受していた。
(……同じ部屋に異性、膝枕……そしてシャワー)
(もしかしたら……はわわな展開になり得る?)
ちょっと汚い期待もあるが、喜びの度合いで言うなら間違いなく母のそれに上回っていた。
「あっあの」
「ハッハイ」
「げ……、ゲェッ!」
「……ゲーム?」
「……ゲームが、したいです」
2人の手元には各々ゲームが起動しているが、もちろんそれのことでは無い。つまるところ、“二人で遊ぶゲームがしたい”という意味である。
未だに考えを擦り合わせての見解の一致はしていないが、ここの2人は同一の存在に等しいと考えてる。頭痛が痛む。
故に多少の単語が省略された言葉であっても、言いたい事は通じていると確信できるのだ。
「やりたい……ですね。あっ、こういうゲームとか」
それにしてもこの2人は一向に敬語を止めないが、これらはそういう生き物なので仕方がない。
提案を聞き入れた彼は、今までの振る舞いとは考えられないくらい手際よく、遊びたいゲームのリストを引き出した。予め用意されていたものを引き出した。3分料理の某音楽が聞こえた気がした。しかし遊ぶ提案をした者がこのリストを用意するのでは?
この2人の間には最早常識など通じないのだろう。因みに彼らの母はこの1週間の後に、2人の空間へ介入することを諦めた。
兎に角。提案を受けた側が提示したリストに、お互いは胸を高鳴らせた。
方や自らが用意したリストを出す立場では無いと今更省みて、方や相手を楽しませるゲームを選択せねばと目を細めた。そういうことでは無い。
どこかズレた考え方を正す者が居ないまま、またカレンダーは進んでゆく。
会話、理解、共感。その何れもを知らぬまま生きた彼らにとって、この日常は劇薬にも等しかった。
毎日顔を見る間柄である、双子として。常に2人並んで日々を過ごす。劇薬とされるこの日常を、何ヶ月も。
(チキン食べたい……)
(唐揚げ作る?)
(パリパリのがいいな)
もちろん、過剰摂取にも程があった。こんな有様では、まるで有り得ないと言いたくなるような変化も生まれてしまう。
(片栗粉、今日の帰りに買お)
(油あったか?)
(今はまだあるよ)
なんと仕草と目線だけでお互いの全てを読み取り、互いのコミュニケーションを成立させていたのである。
まるでサイエンス・フィクションの様だが、残念ながらこの世界はちょっと火星が開拓されている程度の時代背景しかない。ファンタジー要素も最初期の異変程度である。
とまあ、そんな特殊能力を得た二人であったが、彼らの弱点は健在だったり。
「あ、玉川さーん」
「ハパッ、はい!」
「私これから部活の用事でさ。塩原さんに渡すの、お願いしていい?」
「大丈夫です!(否定の意)」
「ありがとー、出来れば今日中にね」
(すごい勢いで顔から血が失せる2人)
こんな風に。
双子以外の相手では致命的な程に弱体化する。ある意味では以前と全く同じ様子だから、2人の変化に気が付いて湧き上がるクラスメイトも居ないのである。
陸に打ち上げられたマンボウよりも無様だが、騒がれることも無かったからまだ生存出来ている。運が良いのは良い事だが、やはりこれは無様であった。ぶざま。
(塩原さん、だれ?)
(しらない……)
しかしコイツらに仕事を任せたクラスメイトは、あんまりにも人選が下手すぎた。橋の素材に箸を使うレベルの失態だ。ダジャレでももう少し気を使う。
名札をつけていた頃はもう少し楽だったのに……、と俯く。小学生以下の発想であった。しかし塩原さんの正体を誰かに聞くという選択肢は取れない。できるわけが無い。
そうして、変に真面目な2人は届け物を放課後まで抱え続け、察した担任の先生が助ける事で依頼は達成された。
(助かった……)
この情けない2人の人生は、情けないなりに前に進んでいく。