俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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“俺”がこの関係に抱く感情。

 校門を見下ろせる窓を覗き込むのを止めて、古い椅子に座る。ギシりと鳴る、少しにおいの強い椅子だ。

 

「二人、行きましたね……」

 

「行ったな」

 

 何か話していると思っていたら、二人でどこかに行ってしまった。自撮り写真を受け取ってしばらくした後の動向だ。

 

「……どうしましょうか」

 

 二人で見合わせるが、俺もこの後の事を何も考えていなかったから、肩をすくめる。もう他にやる事がないからって俺達も帰宅すると、明とモモコさんに追いついてしまう可能性がある。

 

「どうしようか」

 

 こうして空き教室に二人でいるのは、明とモモコさんの様子を見守れるようにするため。こうやって見える位置に居れば多少我慢出来るだろうと。これならば下手に距離をとるよりも良い。

 ……という発想は、俺からではなく立山記者さんのアドバイスからだ。特に鍵がかかっている事もないから、この教室に陣取っていたのだ。

 

 裏口で張ってくれていたであろう立山記者に、もう見張る必要は無いと伝えておく。これ以上はただ棒立ちさせてしまうからな。

 

『報連相、助かります。ではコチラの仕事は終わりという事で。何かあれば呼んでくださいね』

 

 しかし、気を利かせる事が出来るのはともかく、この場に居ないのにも関わらずエコさんの事を気に掛けられるのは不思議なことだ。

 俺が人への興味が無さ過ぎるから、実は普通の事かもしれない。

 

 連絡を終えて顔を上げると、やはりエコさんはそわそわと落ち着かない様子である。忘れないうちに窓を閉めたいのだ。施錠前に最終確認されるかもしれないが、この部屋を使わせて貰っている立場だから。

 

「……追いかけたいか?」

 

「い、いえ」

 

「そうか」

 

 自己申告でもそう言うなら、俺も肩の力を抜いて良いだろう。彼女が素直に身体を引っ込めたのを見計らって、窓をしっかり閉じる。

 

「ホントは、直ぐにでも行きたいですけれど……。明一さんも我慢してますもんね」

 

「我慢? ……何が?」

 

「えっ。でも、だってお二人さんじゃないですか。お二人さんていうか、お二人さんセットって感じの」

 

 ああ、そういう意味で。

 確かに傍に彼女が居ないのは落ち着かないが、しっかり目的があって、連絡手段もちゃんとあるのならばそこまでじゃない。それに彼女はモモコさんと一緒だ。

 ……明が俺との関係性をうっかり零すようなことが無ければいいが。

 

「俺はまあ、どうとでもなる。不安や心配はあるが、年上のモモコさんと一緒だからな。通学路から外れるような事をしなければ、大丈夫」

 

「あー、この時間帯は結構人通りありますもんね。通学路」

 

 だからあまり心配は無い。車の往来が多い道路も行かないし、よっぽど見通しの悪い交差点も少ない。そもそも俺達は、そういう交差点をまず顔を出してから渡っている。

 

「……私、かなり不安になって、お姉さんと離れてから最初は潰れそうな時もあったんですけど。二人は強いんですね」

 

「強い? 大分弱者寄りの人種だと思うんだが」

 

「そうですかね……?」

 

 少なくともそう思ってる。特に理由もなく俺達二人が物理的に離れる事があれば、まずパニックになるだろうとも。

 何せ、俺達二人が離れるには相当な理由が無いと有り得ないから。それを無視して離れるというのなら、かなりの非常事態である。

 

「でも……明はどうかな。俺は良くてもあっちが良くないかもしれない」

 

「明さんが」

 

「俺と違って、なんというか、見る目が違うというか……いや」

 

 これはあんまり他の人に言いふらす物ではない。

 今まで俺も、それとなく雰囲気を合わせていたが、俺たち二人の距離感に対する認識は、やはり明と俺で著しく違う。

 恋愛感情の熱いのと冷えたのとがくっついているカップル、というのではない。もっと違う、複雑な……。

 

 うむ、ここは言語化しづらい所だ。会話中にそこへ思考回路を割くもんではない。

 

「どうしました?」

 

「なんでもない。ただ、俺と違って明は繊細だからな」

 

「ですね」

 

 エコさんはあっさり納得する。あの公園での自損事故を見ていれば、そういう見方にもなる。

 

 

「……えっと」

 

 話題がなくなった。という空気になって、目を逸らすように窓ガラスの方を向く。校門には知らない後ろ姿しか見えず、既に彼女たちは見える範囲に居ない。

 

「明から説得の完了が伝えられたら、こうやって見張るのも止めるつもりだった。むしろ会わせるつもりでもあったし」

 

「あ、そうだったんですね」

 

 二人は既に校門の向こう側だ。学校に戻ってくるとは思えない。

 ……こうやって待つのも変だしな。どうしようか。

 

「そしたら……どうします?」

 

「この状況になったら、というのは考えてない。……どうする?」

 

「あ、質問に質問で戻ってきちゃいました」

 

「まあ仕方ないと思う」

 

「そうですけどね。……あ、じゃあお二人の事聞かせてくれますか? せっかくの機会ですし」

 

「機会」

 

「片割れどっちかと2人っきりって状況、すっごくレアですよ」

 

 それはまあ、確かに。しかしこういう時はエコさんの姉自慢ばかりだったから、意外だ。俺達でも同じ話が続けばうんざりする事はあるが、全然聞くつもりでいた。

 

 だからといって俺たちの話というのも、難しい。明の居ない場だし、人に話せない事も増えてしまったから。

 

「まあ、そうだな。俺に話せる事だったらな」

 

「それじゃあ……あ、これっていざ言うと恥ずかしい奴ですね……」

 

「恥ずかしい?」

 

「でも聞きますよ、聞きます。もし間違ってたらそれで良いんです。答えられなかったりしても全然良いんで……。結構変な話ですし」

 

 なんだ、その長ったらしい前置きは。むしろ怖いんだが。

 嫌な予感がするぞ。

 

「もしかして、もしかしてのもしも! ……お二人さんは、ちゃんとっていうか、あの……男女、の恋愛って言うんですかね」

 

「……」

 

「そういう関係だったり……するんですか?」

 

 ……まあ、気付くよなあ。

 気づかれない様に、短くため息をつく。身体にため込んだ緊張を逃がすような気持ちだ。

 

 

 手元の携帯で明から送られていた写真を、気が紛れたりしないだろうかという心境で見つめる。俺と一緒にいるときに時折見せる笑顔ではなく、人前で見せる為に作られた笑顔だ。

 彼女の表情作りは俺なんかよりもはるかに上手だが、さすがに自然なものとの区別はつく。どちらも可愛いものだが。

 

「明ちゃんの写真だ」

 

「ああ、さっき送られてきた」

 

 とりあえず保存だけしておいて、携帯を伏せる。

 廊下で万が一にも聞かれては拙いから、囁くような声量で答えた。

 

「友達だから言うが、俺達は恋仲だと思っている」

 

「わあ! わぁーっ」

 

 目を輝かせて跳ねる彼女は、宝でも手に入れたかのように喜びを表現している。

 いちいち感情表現が大袈裟だが、半端に落ち着いた反応をされても俺達がやりずらい。性格とかは真反対かもしれないが、友達と言うものをつい受け入れてしまった理由の一つだろう。

 

「双子とか、そういう障害とか、色々ありますけど。おめでとうございますっ」

 

「ああ、うん。ありがとう……」

 

 外に情報を漏らしてしまったから、明に色々詰め寄られそうだ。

 

「……重ねて言うが、他には言わないで欲しい」

 

「大丈夫ですよー。お友達の秘密って奴なんですから、しっかり守ります」

 

「そうしてくれると嬉しい」

 

 是非とも隠してくれないと、困る。そういう噂はすでに流れているかも知れないが、これが事実だという前提を孕んだまま噂として広まることは無い筈だから。

 少なくとも、今回広がった噂というのはそういう形になっている。と思う。

 

「噂もあながち嘘ではなかったんですかね」

 

「合体なんかしてないが」

 

「あれ、違ったんですか?」

 

 多分、クリスマスの日に誰かが俺達を見かけたのだろう。あの日を鑑みれば双子としての振る舞いだとは到底思えなかったから、そこから妄想が広がってしまったのかもしれない。

 俺達の様に人の事を理解できない人種でなくとも、そういう誤解をする。あるいは下世話な妄想が絡めば、それが後押しになってしまうのかもしれないな。

 

 やっぱり人間って奴は、結構な割合で下ネタが好きだからな。

 

「何度も言ってる様ですけど……。夏頃までのお二人さんと比べたら想像できないくらいの、異例の快進撃ですよね」

 

「まあ、うん」

 

 それまでの、この双子が居た世界の事は知らないが……。まあ、良いことだろうな。

 最終的に明は俺という恋愛対象を見出して、俺は俺でまんざらでもないから、彼女に合わせてそう振舞っている。

 

 と言っても……男にとっての恋愛対象というのは、性欲の対象と殆ど変わりない。俺の所感だが。

 そして俺の性欲をお披露目するのだっていうのは、彼女の恋愛じゃないし、思い通りじゃない。

 

 いや、まあ、本気で恋愛した事がないから、性欲との違いが実は大きいかもしれないが。

 漫画やアニメの世界で語られる恋愛から引用するなら、例えば「守りたい」とか、「笑顔にさせてやりたい」とか、あるいは単純に「傍に居たい」とか。

 

 しかしあいにくと、その知識から思いつく限りの恋愛観とは……そういった恋愛と名付けた関係を作らずとも、十分出来上がっているのだ。

 俺たちが双子として、異なる世界の同一人物として、そしてひとりぼっちの俺達が出会った、あるいはかつて出会った()()()()()として。

 

 自身にも等しい彼女が傷つくのは耐えられない。孤独を忘れた笑顔はいつ見ても気持ちがいい。傍に居たいと思うのは当然。

 恋愛なんてしなくとも、明の事は既にそう思っている。

 

 恋人、なんて符号を付けなくたって、明は……。

 

「明一さん?」

 

「あ、ああ……。うん、なんだ」

 

「すっごい顔してますよ」

 

「すごい顔か。……いや、変な事を考えていたせいだな」

 

「変な事? あ、多分、難しい事ですね」

 

 難しい。確かに難しいことかもしれないな。

 頭の中で乱雑に広げてしまった思考を、一旦隅っこに置いておく。

 

 と言っても、うん。

 

 ……流石に、明も気付いているんだろうなあ。

 

「まあ、うん。恋愛しているからこそ、俺も多少気を遣うべきだよな。って思っている」

 

「……たまには家事をしないと白い目で見られる、みたいな話ですか?」

 

「多分違うな……」

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