俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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“私”だってこんな事言われたくない。

 何かしらの作品で聞いた話だが、人に対する好きは、その反対に無関心があるのだという。

 言葉の意味としての対義語ではなく、きっと心理的な概念としてそう表現するのだろう。

 

 人を嫌うには人を知らなければならない。好きになるにも、きっとそうだ。

 ならば、私がこの人を嫌うのは、この人が私に色々と話してくれたから。

 

 その事情を知って。理由があって、その行いの訳を聞かされ、そして私は嫌うに至った。

 

 

 そう。嫌い。

 私はモモコさんのことが嫌いなんだ。

 

 そこまで考えた途端。荒れ狂った私の頭の中はすぐに落ち着いた。

 

「……もう、良くなった?」

 

「うん、ありがとう」

 

 手元には水がある。無我夢中という程ではなかったから、これがモモコさんからの貰い物だったのは分かってる。

 

「私ね、これは好き」

 

「う、うん?」

 

「でもね、嫌い」

 

「えっ。どうしたの、急に」

 

「大好きなのに遠ざけて、その結果辛い思いをさせて。それでも必要なことだって言いながら、何もしないの。そういう事をするのも、する人も嫌い」

 

「あー、まあ、そうよね。なんだかゴメンなさい」

 

「うん、そういうところ好き」

 

「なんなの……?」

 

 あんなお姉さんでも。

 友達のエコちゃんは、この人のことが大好きなのだ。その感情の重さは、たぶん私の持つ彼への愛情に迫るくらい。

 

「お水、ありがとうね。直接頼めてないのに、待ち合わせに応じてくれたのも、一緒に帰ろうって誘ったのも、ありがとう」

 

「えっと、ええ。どうも」

 

 モモコさんだから、こんな気遣いが出来る。優しさを持っている。

 こういう人になりたいな。って言う一種の憧れと、絶対に真似したくないという嫌悪もあって。

 

 どうも、考えるほどに複雑だ。

 

「でも嫌い」

 

「花占いってくらい好き嫌い言うじゃない」

 

 そうだね。そうだわ。ちょっと感情を優先していたから、どうにも妙な感じになってる。

 

 落ち着いたがてら、今日の目的を再び思い出す。姉妹の仲直りが最終目的で、今回はその手掛かりを掴む筈だった。

 

 ……手掛かりっつーか、正解を見つけた気はするけど。

 どうすっかね。もう小難しいこと考えなくっていいかな。じゃあ愚直に行っちゃうかな? ゴーゴーだ。

 

「よし」

 

「ん?」

 

「ねえモモコさん。私ね、実は彼氏がいるの」

 

「へ」

 

「彼相手にはね、好きと嫌いが混じってない。全部好き。普通は見えてないところに嫌いが隠れているのかもしれないけど、私は全部分かるし、見てるから」

 

「え、ちょ。いきき、なり、いきなり何?!」

 

「つまりね」

 

 本来はきっと複雑。複雑で、面倒な事だ。

 だから、思い切って最短ルート。彼女に嫌われても仕方がないと、細かい事を全部捨てて、単純単調な方法を取る。

 

 大丈夫。その場その場のアドリブで、ちょっとの戦略的要素は稼ぐから。

 

「その彼氏に、友達が出来たって報告しないといけない……って事。ほら、私って友達少ないから」

 

「えええ?」

 

「ちなみにお互い付き合ってる事は内緒にしてるから、よろしく」

 

「どうすりゃいいのよ?!」

 

「じゃあ通話するね」

 

「ちょっと!」

 

「因みに相手は明一くんね」

 

「────」

 

 この人の表情百通りあるんかな。次々変わってって面白いね。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「何をやってるんだ……」

 

 呆れた声が通話のスピーカー越しに聞こえる。なんだか最近にも聞いたような文言を吐く通話相手は、勿論明一。私の急な通話はすぐに応答された。

 

 一方私は、カメラを起動した状態で三本指のピースを見せつけて、ニコニコ笑っている。

 

「いやに楽しそうだな」

 

()()()()

 

()()()()よ。任せる」

 

 任された。じゃあピースはいっか。秘密の暗号みたいでなんだか楽しいや。

 

「うひひ。ちなみに後ろに居るのがエコちゃんのお姉ちゃん。今日はお友達になりましたー」

 

「何をしたらそんな流れになる?」

 

「流れで」

 

「流れかあ」

 

 そして私の後ろのお姉ちゃんは、通話相手の姿を見てしどろもどろである。

 

「え? 明一くんが、ぇ……どういう事? でも双子」

 

「しー」

 

「あっはい」

 

 一応秘密だからね。大した秘密かもしれないけど、ばらさない様に黙るくらいなら難しくないでしょ。

 

 そんで、明一くんに通話を繋げたからには、多分向こうにエコちゃんが居る筈なんだけど。

 

「そっちは今一人?」

 

「いや、エコさんはどっか行った。明からの通話だって言ったら、お邪魔者は退散するだのなんだの」

 

「へー。……ねえねえお姉ちゃんさん」

 

「なにぃ……頭がわけわかんなくて爆発しそうなのよ……」

 

 あーはいはい。ごめんね。

 

「モモコさん。通話口に向かってエコちゃんの事呼んでくれる?」

 

「なんで? いや、もういいわよ、わかったわかった。……恵子! 戻ってお」

 

「はい!」

 

「うわあ!」

 

 モモコちゃんが言い切る前に戻ってきた。爆速で明一くんまで吹き飛ばす勢いである。グイグイ押し付けても器用に上半身だけで避けられる彼が、それでも反応すら出来なかった。

 へえ、やるじゃん。

 

「久しぶりに私の名前聞きました末妹の恵子ですはい!」

 

「明ちゃんが何か用事がありそうだったから呼んだだけで……」

 

 電話越しとは言え、まともに顔を合わせられた二人は、しかしテンションの差が大きく開いているように見える。

 まあ強引にくっつけるけどね?

 

 その為にまずは、妹の前で吐かせなきゃ。

 

「どうして態々私に呼ばせたのよ」

 

「まあまあ。ねえエコちゃん。お姉ちゃんの事好き?」

 

「大好きですが何か?」

 

「うんうん。じゃあモモコさん。エコちゃんの事好き?」

 

 ここで即答でなくとも、嫌いではないとでも答えが返ってくればいいのだが。しかし戸惑った顔で口は開かない。

 

「……なにさせようとしてるの?」

 

「仲直り。勘違いを正すっていうのもあるかも?」

 

「勘違いって。私は間違えてるつもりなんかないわよ」

 

「んーん。勘違いしてる。一人にさせた方が上手く行くっていうのが」

 

「だって……私が居たら」

 

「居たら?」

 

 慌てて言葉の続きを断った彼女は、通話中の画面から目を逸らす。さすがに引っかかってはくれない。

 

「……言わないわよ」

 

「はーい、仕方ない。ってことで、明一」

 

「なんだ」

 

 ここで目配せ。併せてにっこりと口角を上げてアピール。明一は呆れた顔を見せた。私のやりたいことは伝わった。

 

「入学式早々の話。もし私がいなかったら?」

 

「なるほどね……」

 

 明一が一瞬だけ苦笑する。仮定としてこの話をしているが、私達にとっては実際に経験してきた話だ。

 

「アンタが居なくなったからって友達を作る訳がない。部活も入らないし、だからって塾や習い事で人間関係の繋がりを作る事もないだろう」

 

「うんうん。私も一人だからって友達は作らないと思う。一人になってるからって虐められるような学校じゃないし」

 

 一瞬だけ去年の事を思い出して、未だに一人っ子として登下校を繰り返す日々を……懐かしく思った。悲しいとかではなくって、本当に、ただ懐かしい。

 

「ね? モモコさん。一人にするからって改善したりしないんだよ」

 

「よそはよそ、なのよ。事情が違うの」

 

「へえ」

 

「えっと、何の話をしてるんですか?」

 

 あの手この手で言わせようとしたが、ダメっぽい。エコちゃんの前で、今までやってきた事の訳を話してはくれなかった。

 

「何を恵子に聞かせたいのか分かったけど、ダメよ。まだ」

 

「そっか。まだかぁ」

 

 そっかそっかぁ。ここまでやってダメかあ。まあ薄々分かってた事ではある。

 

「よし、一旦ミュートするね」

 

「えっ」

 

「分かった」

 

 

 ビデオ通話の画面を映していた携帯を伏せて、向き直る。通話は続いているが、スピーカーとマイクは切っている。

 

 あからさまに二度、話せる機会を作った。自然な話の切り口だって作った。

 

 こんな面倒な関係を終わらせる。せっかくの機会だったのにね?

 

「な、なに」

 

「最後のチャンス。本当にこのまま隠し通すの?」

 

「流石に、強引すぎるわよ。紹介するだのなんだの言って、無理やり合わせるつもりだったのね?」

 

「通話するって言い出した後は全部アドリブだけど」

 

「雑ねぇ……」

 

 仕方ないじゃん。私って参謀キャラじゃないんだから。精々、彼とお互いに意思伝達が得意なだけ。目配せとか、身振り手振りとか。

 今回はビデオ通話っていう状況を利用して、鳴海姉妹の認知出来ない所で何度か意思疎通を行えた。

 

「じゃ、仕方ない。私から教えちゃうね」

 

「……止めて。って言ってもやりそうね」

 

「やるよ」

 

「でも、そうやって明かしたところで距離を置くのは変わらないわ」

 

 それでもまだヒーラー役をやるつもりらしい。

 今更な事だけど、ここでも勘違いがある気がする。……それが何なのかは、私の中でも愕然としてて分からない。

 

「そういう事なら言っちゃうね」

 

「ええ」

 

 言質は取った。それと、時間も。

 あとは、明一が上手く誘導してくれる筈。

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 通話を再開して、明一からも準備完了を伝えられる。私たち以外には分からないような小さな手振りだが。

 あとは私の方から発破をかけるだけだ。

 

「伝える用意が出来たから言うけどね。実は、大好きなんだよ」

 

「え……え?! ……あっでも、あっ」

 

「……」

 

「そ、そうですよね……」

 

 明一くん、何か言いたげな顔だけして……いや、彼の声だけが聞こえなかった。うむ、偉いぞ。

 

「そうそう。好きだからって普通じゃ有り得ないことしちゃうくらいね。」

 

「……」

 

「だ、ダメですよそれは流石に?! さっきはまあ良いんじゃないかなとか言ってましたけど!」

 

「うぐ……」

 

 私の方でモモコさんが小さく呻く。ぐうの音が出たと言うやつだ。

 

 流石のお姉ちゃんでも、お姉ちゃんだからこそ妹からの否定が恐ろしい。

 私達も、お互いに全体を肯定しているからこそ。その前提があるから、なんの気兼ねもなく愛してるだのなんだのとグヘヘな事も出来るのだ。

 ……やってないが?

 

「くっ……」

 

「良いですか? 好きだからって何でもやっていい訳じゃないんですよ!」

 

「そうだな」

 

「そうです!」

 

「グフッ……」

 

「うっ……」

 

 作戦とはいえ中々クルものがある。

 横目に見たモモコの顔は、かなりショック受けた後って感じだが。しかしなんで私もダメージを受けなきゃならんのだ……いや作戦だから。だもんね……。

 

「明とモモコさんがダメージ食らってるんだが」

 

「当然です! そういう事をする人はダメな人です!」

 

 何でもはしてないもん……。ちゃんと同意の上だもん……。

 

「嫌われた……。お姉ちゃんじゃなくて、人って言われた……」

 

「やってないし……。レーティング付かない所までしかやってないし……」

 

「どっちが勝ちになるんだ、この盤面」

 

「明一さんもですよ! 男ならちゃんとノーをノーと言ってください!」

 

「待て、待て。もう十分だから。俺に矛先を向けるのはやめろ」

 

 こんな脳みそで作戦とかアドリブとか、やるもんじゃないね……。





「よし、一旦ミュートするね」

「分かった」



「え、通話が……お姉ちゃん……」

「この様子だとすぐ戻ってくるな。……多分、作戦があるんだろう」

「さ、作戦? あ、お姉ちゃん説得作戦ですね!」

「ああ、これから明が、()()()()()でとんでもない嘘を吐く。エコさんは、それをこっぴどく否定するように」

「はい! ……え? お二人さんの嘘ですか? ここで?」

「そうだ。万が一にもお姉さんの事は否定させないから、安心しろ」

「ええ……? でも、嘘ついてまで酷い事を言うのはちょっと……」

「大丈夫だ。世間一般においては否定するべき事だ。俺たちの為に遠慮なくやってくれ」

「どういう事……」

 というのが、一瞬だけ切られた通話の間にあったこと。
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