俺は私で私は俺で。二人で一人の男女の、奇妙な生活。   作:馬汁

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“俺”たちが繋ぎ直した二人。

 明とのやり取りで、なにを試みたかと言えば。それは、俺達が会話を試みる中で発生しがちな“誤解”を再現してみた、というものである。

 

 何故俺達はあんなにも人の言う事をそのまま受け取れないのか。相手の意図の通りに受け取れないのか。以前にも考える機会はあったのだ。

 普通、誤解の原因になりやすいのは、お互いに共通の話題があるのに、それが曖昧だから。

 

 有名な芸能人、当然知っているだろう。流行りの歌、当然知っているだろう。彼らはきっとそう思っていた。俺だけは知らないのに。

 どうにも話が通じないとき、こういう時は大体主語が無いか、あるいは別の物を指している様に聞こえてしまっているのだ。

 

 今回は、それをどうにか再現した。明がよく頑張ってくれた。お陰で姉妹それぞれが、あの告白かのような言葉の主語を取り違えさせることに成功した。妹にとっては、俺たち双子の関係のように。姉にとっては姉が隠そうとしていた妹への想いのように。

 

「どうしてそういう嘘を……嘘ですよね? するんですか?」

 

「エコさんがこっぴどく否定することで、モモコさんの考え方を刺激するんだ。良い感じに」

 

「はあ」

 

「作戦の一環とは言え、思っても無いこと言わせてしまったな」

 

 作戦の締めとして必要だったのが、恵子さんが最後に放つお叱りの言葉である。俺たちにとってはそのお言葉を受け止める必要はないが、自分への言葉だと思っている百々子さんは、それを直撃で受けるしかなかったのだ。

 至近弾で済ませられた明にとっては、気が気でなかったろう。彼女にとっての地雷が誘爆しないかと気を揉むことになった。いや結局誘爆したんだが。良いやつだったよ……。

 

「いえそれは割とホンキではあるんですよ? でもやっちゃいけない事はやっちゃいけないと思います……」

 

「それもそうか」

 

「高校生のうちに子供を作るなんて、世間的にも経済的にも、人道的と言うかは思想によりけりとしても、とんでもない事ですよ?」

 

「そうだな」

 

「嘘なら嘘で良いんですけど!」

 

 ちょっと怒ってる? 

 

 多分、取り返しが付かないほどの怒りではないだろう。そっと指で耳栓をして、ちょっとずつ上がっていく声量を堪える。時間が解決するだろう。

 

 

『この姉ちゃんはちょっと再起動させるのに時間かかりそう』

 

 閉じていたビデオ通話の代わりに、状況報告としてメッセージを受け取る。明は、まあメッセージの上では平静を保っているように見える。

 

『そっちは?』

 

『ピーガガ、自己修復完了』

 

 それはよかった。

 代わりに、という訳では無いが、彼女にはマカロンでも与えてやろう。特別美味しいと言う物ではないが、カラフルだから気は逸らせる筈だ。確か近所のコンビニに並んでいた。

 

「ところで……お姉ちゃんは考え直してくれますかね?」

 

「明がどうにかしてくれるだろう。多分」

 

 ちょっと前だったら変なメンタルになっていそうな気がするが……まあ、どっかしらから貰った風邪がイレギュラーだったのだろう。今の彼女ならば任せておいていい筈だ。

 

「……なんかあったら俺が何とかしておこう」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ。……じゃあ、俺は帰る。明も家に向かうだろうし」

 

「あ、そしたら私も帰ります。もしお姉ちゃんと家で会えたら、お話してみますね」

 

 そうだな。別居しているわけでもないなら、話せる機会は沢山ある。

 

「上手く行くといいな」

 

「はい」

 

 明の笑みを見ているばかりで、他の女子の笑顔というのは中々見ないが……。年相応の笑顔、というには高校二年生ではなんだか違う。

 この幼さを鑑みれば、姉という立場から、多少過保護になるのも分かる。

 

「それじゃあ」

 

 まあ、本物の姉が居るのならば大丈夫だろう。

 今でも遠目に見守っているから良いかもしれないが、出来る事なら傍で見守っていた方が良いと思う。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 後日の話になる。

 

 あの姉妹の顛末だが、とても喜ばしい事に、無事に関係は元の姉妹へ元通りとなった。俺達がエコさんとした約束は、無事果たせたという事になる。

 あの姉妹の関係としての距離は再び隣同士となった。姉は渋々ながらも付き合っているが、妹は隣に居てくれる家族に対して、その一秒ごとに幸福を見出している様である。

 

 つまり、姉は妥協してくれて、妹はとっても喜んでくれている。という事だ。

 

「桜! 今度近くで咲くらしいの! 一緒に行こうよ!」

 

 そして、引き合わせてから知ったことだが、彼女の敬語口調は姉妹相手だと外れるらしい。どうも新鮮だが、しかし目の当たりにするととても自然な振る舞いとも思える。

 

「良いわよ。そしたら近所の川辺を歩いてみない? 川が澄んでて桜が良く映えるの」

 

「行ってみたい!」

 

「折角だから2人も一緒に来ない?」

 

 友達付き合いで用事を増やすのは好きじゃないが、友達を名乗るからには一緒に遊ばないと。

 やっぱり姉妹が揃っていては友達が寄り付かない、なんて考えを取り戻されたら、また俺達がエコさんに付き合わされる。

 

「四人でお花見、賑やかになりそう!」

 

「そうだね」

 

「行こう」

 

「そしたら、あのドリンク! 明ちゃんと明一さんも一緒に飲みませんか?」

 

 ドリンク?

 主語というにはあまりにも情報が少ない。よっぽど変な物飲まされるのも困るな。滅多にそんなことは無いだろうが。

 

「もしかして、あのカフェの事? そういえばあれっきり行ってないわね」

 

「お姉ちゃんが変な事してるからっ」

 

「悪かったわよぉ。……あそこのカフェ、たしかに美味しいけど、同じ味のままかは分からないわよ?」

 

 お姉ちゃんが変な気遣いで似非グレして姉妹仲をしっちゃかめっちゃかするような事態を、“変な事”の一言で済ませるのは中々な圧縮効率である。

 二人の漫才の様なやり取りを眺め、時折振られる会話──しかし送り手はもっぱらモモコ姉──には、無難に返したりを繰り返す。

 

 

 そんな会話の合間、ふと俺と明とで囁きあう。

 

「落ち着けたから言えるけど……。モモコちゃんの言ってる事も、分からなくは無いんだよね」

 

「友達という間柄でも、三つ巴の様な状況になると……。俺たちが言葉を差し込む隙が無いという感じで、エコさんの矢印がモモコさんに向き続いているんだよな」

 

 あの様子を目の当たりにしていると、モモコお姉さんだけが俺達に話題を振るように気遣っているのがよく分かる。

 人間関係というか、そういう空気感に対して鈍い俺達が分かるのだから、よっぽどだ。

 

 まあ、あんな風に半グレヤンキーギャルモドキに変貌してまで対策する事でも無いと思うのだが。

 何事も程々に留めるのが肝心である。俺はそう思う。

 

 そんな風にヒソヒソ話していたら、モモコさんが話を振ってきた。

 

「ねえ。いつ空いてる? お花見くらいなら平日の放課後でも大丈夫でしょうけど」

 

「あ、行けない日あるかも。そしたらメッセージに送っておくね」

 

「分かった、ありがとね。……あ、グループ作っとく?」

 

「そうだ、グループ!」

 

 にしてもな。会話に関しては明に任せっきりにしているような気がする。多分気のせいではない。

 今日の放課後、合流して親睦を深めんとばかりに会話を続けている中、俺が発した言葉と言えば一番最初の挨拶くらいな気がする。

 

「ね、お気に入りのドリンクって何? 私達も知ってるカフェなのかな」

 

「個人経営って感じでのんびりしたカフェが川辺にあるのよ。ちょっと高いけど、創作ドリンクが美味しいの」

 

 ……バイトしているから良いが、気軽に行くにはちょっと財布の重みが気にかかる。

 

「二人には迷惑かけたし、私が奢るわよ?」

 

「あ、それはダメ! 私がお願いして仲直りの為に頑張ってもらったんだから! あ、私が飲ませますね?」

 

「あー……」

 

「お金なんか出さなくて良いのよ。私の方が迷惑かけたんだから、こっちから出す」

 

「お願いしたのは私! そしたらお礼がてらに私が出すのが道理だと思うよ?」

 

 めんどくさいなこの姉妹。

 

 勝手に俺達を奢る権利を奪い合う姉妹をよそに、空を見上げて放心する。

 この姉妹自体が面倒なのは確かかも知れないが、そもそも友達と言う人付き合いは、とても面倒である。

 

「言い争うくらいなら要らんぞ、奢りとか」

 

「あっ」

 

「うん?」

 

 いい加減に決着がつかないだろうかと俺が一言上げたが、それは失言だぞとばかりに明が振り返った。遅れて姉妹二名の目線も俺が頂くことになる。恐ろしいほどの凝視である。

 

 もしかして、俺なんかやった?

 

「お礼は決定事項です。まだ何にも返せてないんですから、黙って奢られてくださいね?」

 

「家族の事で巻き込んだんだから、ほっとけないでしょ……。常識的に考えて」

 

 流石姉妹……。息がぴったりである。

 矛先を向けられてしまって、明が感じていた嫌な予感もなるほど確かにという反応である。

 

 やっぱり人付き合いは明に任せるしかないかあ。申し訳ない。

 

「そしたらその日に考えよ? 別にそうしても遅くはないでしょ。黙って奢られるからさ」

 

「それは……そうですかね?」

 

「明ちゃんがそう言うなら、それで良いわ」

 

「あ、じゃあそういう事で」

 

 もう俺、口挟めないわ……。

 

 これはもう、人間社会への理解を深める特訓が必要かもしれない。どっちにしろ大人になったら需要はある。双子だからって必要がなくなる訳じゃないしな。

 

「ここで分かれ道だから、じゃあね」

 

「はーい。空いてる予定だけお願いね」

 

「分かったよ」

 

「また明日!」

 

「うん、また明日ね」

 

「じゃあな」

 

 明の斜め後ろで、無難に手を振って別れを告げる。良いよな? 良いっぽい。よっしセーフ。

 

「難しいな。ホント……」

 

「どんまいよ」

 

「不慣れな物は仕方ないもんな」

 

「これからだよ」

 

 伸びしろはある、って奴だな。

 

 と、二人が去って平和になったこの空気を堪能しつつ帰宅。あの姉妹と別れるまでは、まるでリアジュウのような放課後だった気がする。

 

 俺達も随分変わったが……。

 

「成長しているよな。俺ら」

 

「友達も増えたしなあ」

 

 一人目の友達の、そのお姉さんが二人目という事になるが。それでも俺たちにとっても快挙に思える。

 いや、友達の人数がそのまま人間力という訳ではないだろうが。しかしある程度成長したという事ではある筈だ。

 

「ホントにね……っと。通知きた」

 

 感慨深く思い返していると、そこへポンポンとメッセージが送られる。姉妹二人分のメッセージ。それぞれ姉からは明に。妹からは俺に来ていた。

 

「グループチャットに送らずに、なんでダイレクトメッセージなんだろ」

 

「さてな」

 

 明が一足先に中身を確認すると、パキっと固まる。既視感がした。

 ……おい。もしかしなくとも変な奴だよな?

 

「明」

 

「っだ、だいじょぶ。この前みたいにぶっ壊れるほどじゃない……」

 

「なんだ。一体何を言われたんだ」

 

「いやね、ほら。あの時に雑に嘘っぽく告白してから、作戦に利用してたじゃん」

 

 ああ……。モモコさんが思い直してくれるように、俺たちがそういう関係だって明かした話か。俺は別に気にしていないし、俺の方でもエコさんに俺達の関係を話した事も共有している。

 

 作戦の一環なら仕方ないという事で、この関係を明かす範囲をこれ以上広めない様にしようと、改めて約束する事になった。これから気を付けないとな。

 

 

 で、肝心のメッセージなのだが。

 

 モモコさんからは、

『双子の恋仲の事、妹にも話さないで隠しておくわね。あ、それと予定もよろしく。送ってくれればこっちから合わせるわ』と。

 

 そしてエコさんからは、

『玉川双子の大事な秘密、お姉ちゃんにも隠してますので安心してください。お花見楽しみにしてますね!』と。

 

 ……。

 

「え、どうす、どうすんのこれ……」

 

「これどうにかするのはちょっとカロリー使うなあ……」

 

「だよな、明でも流石に難しいよな」

 

「難しいってかムリ、てかヤダ」

 

 だよな。

 うん。

 

「……じゃあほっとくか」

 

「それはそれで、複雑な状況になりそう……。いや、でも私たちが変に触れなければいいのか……」

 

 ……いやどっちにしろ面倒くさいな!





 ここまでお読みいただきありがとうございます。馬汁です。

 世間ではまた暑くなります。現実ではそういう季節です。或いはそこへ移ろいゆくところですか。
 冷房の独特な匂いを嗅ぎながら、作品の為に冬の匂いを思い出すには、もう慣れた気がします。去年もそんなことしてました。

 さて、姉妹のお話も今回で締め括りとなります。彼女達の関係は、明と明一にとって良い刺激となるでしょう。

 幕間に姉妹の様子を写したお話を投稿する予定ですが、その次、次章に関してはもう少し時間を頂くかと思います。
 具体的には、退勤時間に見上げる太陽が再びビルの後ろに隠れる季節に。あるいは「アイスを買うのもこれで最後かあ」と思いながらスーパーから帰る日でしょうか。
 何れにせよ、数カ月になるものと思ってください。なにとぞ。

 それでは、感想、ここすき、評価を下さる読者の方々に滅茶苦茶感謝を捧げまして、これにて失礼いたします。ありがとうございました。
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