優しい春の嘘   作:白煙


原作:Vtuber
タグ:Vtuber アザトゥart
別れたくなかった。
せめて、別れを告げる時が欲しかった。

1 / 1
優しい春の嘘

ふわり、と欠伸を噛み殺しながら体を起こす。いつもなら二度寝するのに

壁際に掛かった時計を見つめる。時刻は午前5時。やけに早く起きたな

いつも通りの朝を迎える。ぼんやりと頭の動かぬ状態で、燕尾服の袖に手を通す。久しぶりだ

昨日も、そのまた昨日も。毎日のように袖を通しているはずなのに、その服に多少の違和感を覚えた。懐かしい

気のせいだろう。と、違和感を水で洗い流して調理場に向かう。主の為にも朝食を作らねば。いつもなら食パン一切れなのに

いつもの賑わいのない廊下を1人歩いて進む。1人っきりだ

ぎぃ、と重い扉を開く。自宅のキッチンには扉なんてないのに

誰もいない筈の。いるわけがない冷たい筈の調理場。もうないけれど

不思議と、少しは暖かく。はっ、とした顔で見渡してみれば。

光の当たり具合で淡藤にも、白銀にも見える長い長い髪をポニーテールにまとめた女性。

会いたかった

そんな人が、調理場に立っていた。シンプルで、それでいて可愛らしいエプロンを身につけて。

「アザトゥ様!」

じわり、と不思議と涙で視界がにじんだ。手でそれを拭いながら言葉を続ける。

「そういうこと、は私たちがやるから大丈夫だ。っていつも言ってるじゃ……ないですか。」

「あら、ごめんなさいね?たまたま、早く目が覚めてしまったものですから。」

アザトゥ様はふわり、と可憐に笑顔をこぼす。

胸が高鳴る。ああ、懐かしい

思わず、涙がこぼれてしまう。

「あ、あら?どうされました?どこか、痛むのですか?」

不安気にこちらをのぞき込む。その瞳も愛おしくて。

「い、いえ。私は、大丈夫です。」

「そうですか……あまり、無理をなさってはいけませんよ?

朝食も、出来ていますし、朝ご飯に致しましょう?」

「ええ、そうしましょう。」

微笑んで返事を返す。アザトゥ様お手製の朝食を食べられるなんて、何と幸せな日だろうか。

 

美味しい朝食に舌鼓を打った後。アザトゥ様の手伝いを断り切れず、隣り合って食器を洗う。

「そういえば……他の従者の皆はどうしたんでしょうか。」

返事がない。ちらと、横眼でアザトゥ様の方を見てみれば、どこか、寂しげな表情をしていた。

「……アザトゥ様?」

先の表情がまるで気のせいかのように優しく微笑む。

「ふふ、きっと、皆お寝坊さんなのですよ。今日は一段と暖かい日ですから。」

「そうだと……良いのですけれど。」

「さて、洗い物も終わった事ですし、一緒に来て下さる?」

そっと、私の前に手が差し出される。白磁のような、美しい手が差し出される。

迷うことなくその手を取った。この日を、待っていたんだ

「ええ、貴女の願いでしたら、どこまでも。」

「そんなに、かしこまらなくていいのに。こちらですわ。」

大人しく手を引かれるままについていく。

 

向かったのはアザトゥ様の自室。そこに備えてあるソファーだった。

「……ここ、ですか?」

「ええ、おかけになって?」

困惑に包まれたままそのソファーへ腰かける。

アザトゥ様の事を見上げてみれば、そっと、私の頬へ手が伸びる。

「貴方の事は信じていますから。きっと、また、会えますから。」

紅色の瞳が私を真っ直ぐに見つめる。

まるで別れの挨拶じゃないか。そう、言おうとして口に人差し指が当てられる。

それが、言うなと、言っているようで。

「ですから、諦めないでくださいまし?」

目をそっと手のひらで覆われる。

「ゆっくり、休んでくださいな。私の愛しき従者。良き悪夢あれ。」

 

 

 

 

 

ゆっくり、体を起こした。スマホの時計を確認してみれば、時間は昼下がりのようだ。

自室のベットで、寝てしまっていたようだ。

久々にゆっくり休めた気がする。何かとても懐かしい夢を見たのか。自らの頬には涙の痕が残っていた。

開けっ放しにしていた窓から、桜と、胡蝶蘭だろうか。二種の花弁が混ざり合い、自室へと舞い込んだ。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。