シュトラール・イン・シュテルンツェルト 作:一意専心
追記
サンライトブライアンですが、感想でご指摘を受けたのでサンライトブライアンからサンデイブライアンに改名しました。
「それではAクラスの皆さん、今年一年よろしくお願いします」
教壇に立つ担任の自己紹介が終わるとほぼ同時、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。
入学式の翌日である今日は授業こそ無いものの、此処トレセン学園における生活の粗方の説明や、顔合わせ程度の自己紹介などがあった。
僕達Aクラスは新入生、または人間で言う中学一年生に相当する。
ひとつ上の世代であるBクラスには知り合いはいないが、クラシック参加が可能となるCクラスにはアルダンがいる。
「おい、お前」
それにしても、このクラス、この世代は強豪揃いのように思える。
ドーベルは言わずもがな、他者を寄せつけない物静かな雰囲気のウマ娘サイレンススズカや、大人しそうながらも強い意志を感じる眼のウマ娘サンデイブライアン、典型的な不良やスケバンみたいだが勢いは強そうなウマ娘シルクライトネス、ちょっと様子がおかしいが侮れなさそうなウマ娘マチカネフクキタルは要注意であろう。
後、昨日一悶着あった僕のルームメイトであるウマ娘キンイロリョテイも、このメンツに引けを取らない才気を感じる。
しかし、キンイロリョテイは少しばかり自尊心が高過ぎる。
まともに会話できるだけマシと言えるかもしれないが、それはそれとして、これから先ずっと彼女と同じ部屋だと思うと今から気苦労が絶えない。
「おい、何無視してんだよ」
「⋯⋯? ああ、シルクライトネスさんか。どうかしたのかな?」
そこで、僕はやっと話し掛けられていることに気がついた。
机の前で僕を睨みつけながら仁王立ちするのは、上述した不良っぽいウマ娘シルクライトネス。不機嫌そうなオーラはデフォルトなのか、それとも僕に何らかの不快感を抱いているのか。⋯⋯前者だと良いが。
「どうかしたも何も無い。お前、あのメジロか?」
「⋯⋯ああ。君が考えているメジロが、僕の思い浮かべているそれと同じならば、ね」
あのメジロ、というのが何を指しているのか分からないほど僕は鈍感ではない。
恐らく、彼女はメジロ家である僕に対抗心のようなものを抱いているのだろう。不快感でなくて良かったが、それはそれで少し面倒だ。
というか、トレセン学園、ガラ悪くないか⋯⋯?
「はっ、回りくどい言い方しなくたって良い。お前があのメジロって分かっただけで十分だ。あたしと勝負しろ」
「勝負?」
「ああ。次の選抜レースであたしと勝負しろ」
選抜レースとは、毎年四回行われるその名の通りウマ娘達を選抜するレースのことだ。
毎度将来有望な原石を見つけるべく大勢のトレーナーが観戦しに訪れ、ウマ娘はここで勝つ、ないしここで実力や将来性を見せることでトレーナーからスカウトされるというわけだ。まあ、説明を受けただけなので、実際の空気感は掴みかねているが。
トゥインクル・シリーズでの活躍を目指す上では、この選抜レースでの自らの売り込みは必要不可欠。
僕も、今年最初のレースから参加していこうとは考えていた。幸いなことに、これまでの幼少期からの努力は僕をある程度早熟の域にまで押し上げてくれている。たとえ上級生と戦うことになっても抜かりはない。
しかし、その一発目で勝負とはなかなか思い切ったことを。
それだけ、自分の走りに自信があるということか。
「⋯⋯分かった。やろう」
「はっ、そうこなくっちゃな。逃げんなよ」
そう言捨てて、シルクライトネスは立ち去って行った。
それと入れ替わりになるようにして、今度は少し離れた席に座っていたドーベルが歩いてくる。が、
「大変ね、シュ「貴女も面倒そうな人に目を付けられましたね」⋯⋯ちょっと貴女、割り込まないでくれる?」
ドーベルが何事かを口にしようとしたそこに、件の同室相手キンイロリョテイが割り込んできた。
不機嫌そうに眉を顰めるドーベルを無視して、キンイロリョテイは続けた。
⋯⋯というか、面倒そうという面ではキンイロリョテイも人のことは言えないと思うのだが。
「ですが、この私、キンイロリョテイは強くて優しいので、貴女のトレーニングに付き合ってあげても良いですよ?」
「⋯⋯シュトラールのトレーニング相手なら、
「あれ、貴女はメジロドーベルさんですね? 貴女もどうしてもと言うなら、私のトレーニングに付き合わせてあげても良いですが」
これは、また⋯⋯。
ドーベルのクールな面立ちに反して、犬のように感情表現豊かな尻尾が静かな怒りを表すかのようにぴんと真っ直ぐになっている。キンイロリョテイはと言えばそれを知っているのかいないのか、その我の強さを遺憾無く発揮していた。
この空間が面倒臭くなりそうな予兆を感じ取った僕は、二人に見つからないようにそそくさとその場を後にするのであった。
□
「よっこいせっと」
先輩がおっさんじみた掛け声で荷物が詰まったダンボールをトレーナー室の床に下ろす。
これで荷物は粗方運び込めたはずだ。
「取り敢えずこんなもんか」
「ありがとうございます、先輩」
「良いって良いって、俺も暇だったし」
無精髭の生えた顎を摩りながら、先輩は朗らかに笑った。
普段のだらしなささえ見せなければ、先輩もそこそこモテそうなのに勿体ない。東条先輩も大変だなぁ。
心の中でもう一人の先輩に合掌していると、不意に先輩が真面目な顔で見詰めてきた。
「麻美ちゃん、頑張れよ。チーム組むんだったら、五人は揃えなきゃだからな」
「はい」
麻美、というのは私こと、
元々新米トレーナーであった私は、他のトレーナーが運営するチームにサブトレーナーとして所属し、下積み時代を送っていた。
だが、晴れてチーフトレーナーと秋川理事長より太鼓判を頂いた私は、兼ねてより夢であった自分のチームを持つことになったのである。
今日は念願の私のチームの部屋への引越しである。
「じゃあ、俺はもう行くわ。今日こそゴルシにまともなトレーニングさせなきゃいけねえしな」
「あー、あはは。頑張ってください、先輩。今日はありがとうございました」
「おう」
背中越しに手を振る先輩を見送ると、私は前の部屋に残してきた書類を取りに戻ろうと踵を返して歩き始めた。
しかし、五人か。一人だけでも見つかるか分からないのに、五人ともなると気が遠くなるばかりだ。
「うう⋯⋯。次の選抜レースで、私なんかに担当させてくれる良い子が見つかったら良いんだけど⋯⋯」
やっぱり、自分の人生が懸かっていると言っても過言ではないウマ娘からすれば、自らに合ったトレーナーであるというのはもちろんのこと、実績のあるトレーナーに担当してもらいたいと思うものだ。
前のチーム、チームシリウスのチーフトレーナーであった北原トレーナーも地方から来たとは思えない程の情熱的なトレーナーで、オグリキャップと一緒にクラシック路線をひた走っている。カサマツ時代からオグリキャップを支えてきた彼に師事したいウマ娘はシリウスに沢山いた。
私にもそれだけの強みがあればと、そう思うのだが⋯⋯。
こんな私みたいな新米に担当させてくれるウマ娘なんているのかどうか。
はぁ⋯⋯。
「⋯⋯さてと、今年の新入生のデータチェック始めないと! 落ち込んでる暇なんて無い!」
そうだ。まだまだ始まったばかり。落ち込んでいるくらいなら、情報収集に手を付けた方が良い。それに今年は、あのメジロ家から二人も新入生がいるのだ。
そんなお嬢様達が私なんかのチームに入ってくれるとは思えないが、それでもやるだけやってみないことには何も始まらない。
なんとか調子を上げようと己を鼓舞し、足早にシリウスの部屋へと向かう。
「きゃっ!?」
「っ」
「痛たた⋯⋯」
が、何処か浮ついていた私は、曲がり角で誰かと衝突して尻もちをついてしまった。
まだまだ若いはずだが、打ちどころが悪かったのかすぐには一人で立ち上がれないくらい痛い。
「ごめんなさい。あの、大丈夫ですか?」
腰を摩っていると、心配そうな声と共に手が差し伸べられた。
恐らく、ここの生徒だろう。こちらの不注意だったのに、心配させてしまうなんて申し訳ない。
「こ、こっちこそごめん。注意不足だった⋯⋯よ⋯⋯」
手を借りてなんとか立ち上がると、初めてぶつかった生徒の全貌が見えた。
そして私はあまりの衝撃に固まった。
「⋯⋯?」
学園内なのに白いマフラーを巻いていることとか、普段なら気になるであろう特徴なのに、今はそんなこと至極どうでもよかった。
私は、その身体付きにひと目で魅了されてしまったのだ。
「すご⋯⋯」
スラリとして均整のとれた手足、黄金比のような抜群のプロポーション、重心が安定していて欠片も乱れていない立ち姿、コンディションを表すかのように艶やかな毛並み。
そのどれを取っても、一級品。
それなのに、まだまだ若く成長の余地があると来た。正しく垢抜けたという言葉が相応しい逸材である。
けれど、これだけの逸材がこの学園に居たら絶対に目立つし、他のトレーナー達も噂するはず。名前を聞けば分かるか。
「あの」
「あ、ご、ごめんね! で、君、名前は!?」
どうしても気になった私が捲し立てるようにその名を問うと、彼女は戸惑いながら口を開く。
そして、二度目の驚愕に私はまたも固まることとなる。
「───僕は、シュトラール。メジロシュトラールです」
「メジロ、シュトラール⋯⋯」
メジロシュトラール、トレーナー仲間から噂程度に聞いたことがある。何でも、名門メジロ家の秘蔵っ子にして、数多の優秀なステイヤーを輩出してきたメジロ家の歴史の中でも類稀な稀代のステイヤー。
あまりの衝撃の中、私は悟った。
私はこの日、運命の出会いを果たしたのだ、と。
感想やアドバイスなどありましたら、気兼ねなくよろしくお願いします。