シュトラール・イン・シュテルンツェルト   作:一意専心

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 モチーフ馬的にはメジロ家のとある子と同期ですが、サイレンススズカ世代やスペシャルウィーク世代とある程度史実的に絡めたいので、本作ではモチーフ馬の同世代であるサイレンススズカ達と同じ歳、同じクラスということで進行します。
 大体、トレセン学園に入るまでは一話につき二歳くらいの速度で時間が進みます。

 それと、後半のは数年後の視点です。多分後半視点の時点に辿り着くまでに相当掛かりそう。もはやネタバレそのものなので、主人公の軌跡を何も知らずに見届けたい方は□以降は見なくても可。

 ちなみに史実ではモチーフ馬は今回挙げる片方のレースには勝っていませんが、ここは史実改変タグの仕事ということで。これ以上戦績が増える可能性も無きにしも非ず。



第三話 幼き天才

「シュトラールおねえさま」

 

 トレーニング終わり。夕日の差し込む廊下をタオルで汗を拭いながら歩いていた時のこと。

 ふと辿々しい声に呼び止められた僕は、極力表情を和らげることを意識しながら振り向く。

 

 一度、声を掛けてきた子とは別の子だが妹分的な存在に何も考えずに接した時、怒っていると勘違いされて泣かれてしまったのだ。

 確かに仏頂面なのは認めるが、まさか泣かれるとは思わなかった。弁明が面倒だったが、今となっては良い思い出だ。それ以来、年下や同年代と会話する時はなるべく仏頂面にならないように気を付けている。

 

「やあ、マックイーンちゃん。僕に何か用でも?」

「はい」

 

 そこに居たのは従姉妹のメジロマックイーン。

 淡く色付いた髪は、銀色にも薄紫色にも見える。白髪や銀髪と一言に呼ぶのは前世観を持つ僕くらいなもので、ウマ娘として芦毛と呼ばれる髪質に分類されるのだとか。鹿毛の僕の茶髪よりも映えていて綺麗だというのは間違いない。

 この子は、七歳の僕の二つ歳下。五歳にしては、ズルをしている僕程でないにしても早熟で聡明な子だ。

 

 そんなマックイーンの畏まった雰囲気を感じ取った僕は、大人しく耳を傾けて言葉を待った。

 

「シュトラールおねえさまは、どうしてあんなにがんばれるのですか?」

「⋯⋯っ」

 

 てっきりもっと子供らしい内容を想定していた僕は、不意打ち気味の問いに暫し固まることを余儀なくされた。

 実際、七歳となった僕はおばあさまから課される七歳用のメジロ家トレーニングメニュー以上のトレーニングを重ねている。

 今日だって午後に入った頃にはノルマは終わっていたが、こんな時間になるまで追加のトレーニングに打ち込んでいたというわけだ。

 

 恐らく、それを見られてしまったのだろう。

 

 しかし、何故と問われると答えにくい。

 簡素に答えるならば、本当に簡単なことなのだが、それで納得してくれるだろうか。

 

「マックイーンちゃん。僕はね、とっても弱いんだ」

「弱い⋯⋯?」

「うん。ウマ娘としての人生の中で、僕はほとんど全て未熟者として努力し続けなきゃいけない」

 

 なんとか頭を捻って五歳児にも分かるように分かりやすくと思うのだが、どうにも難しい。

 僕の置かれている現状は、正しく名門の生まれでありながら凡庸未満の劣等生。だが、それをそのままマックイーンに伝えるのはどうかと思ったのだ。

 

 マックイーンは天才だ。

 

 僕なんかとは比べ物にならないようなポテンシャルを秘めている。

 五歳の頃の僕は一日のトレーニングノルマを達成するだけでも割と一苦労だったものだが、マックイーンはそんな僕の苦労なんて大したことないと一蹴できるくらい容易くこなしてしまう。

 それを天才と言わずしてなんと言うのか。優等生と呼ばずしてなんと呼べば良いのか。

 少なくとも、メジロ家においてはメジロマックイーンというウマ娘こそ、最も理想的なウマ娘と言えるだろうことは間違いない。

 

「でもね。僕だって輝きたい、僕という存在を皆に刻み付けたい、磨き上げた僕の力が強いウマ娘達に通用するってことを証明したいんだ」

「しょう、めい⋯⋯」

「そう。つまりさ」

 

 証明なんて言葉、今のマックイーンに分かるはずもない。

 ここまで僕の紡いだ言葉だって、その如何程を理解出来ることか。

 僕の本当の願望を理解出来るのは、僕以外に居ないのだから。

 限りなく簡潔に言おう。

 

 差し込む夕日に照らされて、これから言うセリフを気恥ずかしく思いながら、僕はマックイーンを真っ直ぐに見つめて口を開く。

 

 

「───僕は、勝ちたいんだよ。絶対に負けたくないんだ」

「⋯⋯! かち、たい⋯⋯」

 

 

 きっと、彼女もなんとなくでも理解出来たはず。

 僕自身、まだまだ明確なことは分からない。もしかしたら一生分からないかもしれない。

 けれども、ウマ娘としてレースに出て勝つことに、僕が転生した何らかの意義があると僕は思っている。

 

 前世含めいい歳こいて青臭いことを言っている自覚はある。

 今は、この頬の紅潮が夕日に誤魔化されていてくれることを祈るばかりだ。

 

 懐から人参スティックのジップロックを取り出した僕は、マックイーンにそっと手渡して耳元で囁く。

 

「僕がオーバーワークしてたことは、おばあさまには内緒にね」

「⋯⋯はい」

 

 買収完了。

 一安心した僕は、知識を深める為にそそくさと図書室へと向かうのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

『───僕は、勝ちたいんだよ。絶対に負けたくないんだ』

 

 そう言ったあの日のシュトラールお姉様の顔を、今でもわたくしは鮮明に思い出せます。

 中性的な容姿に中性的な話し方。何処か不思議な雰囲気を纏った霞のような方ですが、レースに対する姿勢はわたくしの知るどのウマ娘よりも真摯そのもの。

 

 あの言葉に込められた純粋な渇望を、幼い日のわたくしは知らなかった。けれども、今なら分かる。

 

 あの時一人、メジロ家のトレーニング施設で己の体を鍛え上げていたシュトラールお姉様は、ライアンのように筋肉(理想)を求めていたわけではない。

 ただ、強くなる為に足りない部分を手に入れようと必死にもがいていた。足りないなら足りないだけ、欠けているなら補える分、そしてそれ以上に努力を重ねる人だった。

 

 その結果が、()()()。そして、()()()()

 菊花賞。エルコンドルパサー先輩とスペシャルウィーク先輩のように、写真判定の末のマチカネフクキタル先輩との同着には会場が沸き立った。私も、思わず立ち上がっていた。

 天皇賞・春。キンイロリョテイ先輩や、シルクライトネス先輩などといった面々を相手に二バ身差で勝利したあのレースは、メジロ家の名誉と栄誉の為に走る私にとってどれだけ心強かったことか。

 

 だから、私はシュトラールお姉様を超えて、私の手で得た盾をメジロ家に持ち帰る。

 シュトラールお姉様に、勝つ。

 お姉様の手から奪い取る盾だからこそ、万金にも変え難い価値があるのです。

 

「次の天皇賞。メジロの家に盾を持ち帰るのは、このわたくしですわ」

「⋯⋯そうか。なら、僕も尚更負けられないな」

 

 紫紺の眼が私を捉える。いつもの理知的で穏やかなものとは違う凍てつくような、敵を見るような視線。

 やっと、わたくしのことを見てくれた。遂にここまで辿り着いた。

 

 わたくしの差し上げた白いマフラーを靡かせながら、シュトラールお姉様は不敵に微笑んだ。

 




 感想やアドバイスなどありましたら、気兼ねなくよろしくお願いします。

 追記
 飛んだ思い違いをしていました。メジロ家のあの子はタイキシャトルをタイキと呼び捨てにしているので、恐らくウマ娘時空でもタイキシャトルと同期。つまり、サイレンススズカとも同期。ということは主人公とも史実通り同期。出す前に気がついて良かったです。でもそうなると、サイレンススズカ世代の下の下であるマックイーンと菊花賞でやり合うライアンよりも、子のドーベルの方が年上???分からない⋯⋯。

他キャラ視点は要る?

  • 要る。
  • 要らない。

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