シュトラール・イン・シュテルンツェルト   作:一意専心

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 一話につき二歳ずつと言いましたがやめました。そうするとあまりにも薄味になってしまうので。ここからはもう少しゆっくり進みます。


第五話 星空の中の輝き

 じいやに貰った懐中電灯片手に、それも要らないくらい明るい星空に照らされた森の中を進む。

 後ろにはこの一年間、僕のハードトレーニングに食らいついてきた天才、同期のメジロドーベル。そして、メジロマックイーンにメジロライアンの二人がいる。

 

 ライアンとマックイーンに誘われる形で、僕達は今夜の夜空を観測する為にメジロ家敷地の平野へと向かっていた。

 

 なんでも、今日は星空がとても綺麗に見えるのだとか。

 

 別にロマンス溢れる星空を観たいとか、そんなことを思ったわけではない。

 だが、転生してからこの方トレーニングばかりに打ち込んで、家族との交流みたいなそういうのは疎かにしてきた手前、息抜きとか交流とかそういうのを引き合いに出されると断りにくかったのだ。

 

「ねえ、シュトラール」

 

 明日の追加トレーニングはどうしようかなどと考えながら三人を先導して歩いていると、ドーベルが肩が着くくらい真隣に並んでくる。

 一年前までは目線もあまり合わせてもらえないくらい避けられていたのだが、最近ではそんな様子も全くない。むしろ、ちょっと距離が近過ぎる気がしないでもないが、女子同士の距離などこんなものだろう。

 片方が僕という複雑な存在でなければ、だが。

 

「なんだい?」

「その⋯⋯いいえ、なんでもない。ただ、シュトラールもこういうのに興味あるんだなって」

「まあ多少は、ね。星空なんてあんまり気にしたこと無かったし、新鮮だな」

 

 こういうのってなんだこういうのって。普通に星空と言え。なまじ、僕が中身男なせいで変な風に聞こえるぞ。

 ⋯⋯なんて言えるはずもなく。

 曖昧に濁して歩みを進める。もうそろそろ着くはずだ。

 

「マックイーンちゃん、ライアンちゃん、眠くないかい?」

「大じょうぶです!」

「わ、わたくしも平気ですわ⋯⋯ふわぁ」

 

 時刻は既に十一時を回っている。

 じいや達に許可は取っているが、まだまだ幼いマックイーンやライアンはとっくにぐっすり眠っていてもおかしくはない時間だ。

 念の為に確認すると、ライアンからは元気そうな応えが返ってくるが、マックイーンの方は眼を擦りながら眠たげに返してくる。

 

 まあ、おばあさまからの期待が特に大きいマックイーンは、身体の成長が見込めるこの時期だからこそ規則正しい生活を徹底させられているのだから仕方が無いと言えばそうだ。

 ライアンは⋯⋯多分、普通に元気なだけだろう。なんでマックイーンは眠たそうなのにライアンはこんなに元気なのか皆目見当もつかない。

 ここにいるドーベルやライアンもそうなのだが、ドーベルは僕と一緒にトレーニングを始めてからちょっとだけ抑圧が和らいだと喜んでいた。

 

 僕はと言えば、特に期待されているわけでもないだろうし、そういったお家の束縛みたいなのは微塵も無い。

 強いて言えば、ズボンばかり履いているとたまにはスカートを履くように言われたり、髪を短くしようとすると苦言を呈されたりするくらいだろう。

 とはいえ、邪魔な物は邪魔なので髪の毛はいつも後ろで一本に纏めている。それに、最近はスカートにも慣れてきたが、やっぱり圧倒的にズボンの比率が多いのは元男故に仕方が無いのだ。妥協してもらうしかない。

 

「行こう、マックイーン!」

「ラ、ライアン、待ってくださいまし!」

 

 あれこれ考えながら歩いていると、木々が段々と拓けてくるのが分かった。

 着いたか、そう思ったのも束の間、ライアンと彼女に手を引かれたマックイーンが僕とドーベルの間をすり抜けて駆けて行く。

 ドーベルと顔を見合わせれば、どちらからともなく笑みが漏れた。

 

「シュトラールお姉さま、ドーベル! 早く!」

「分かった分かった。足元暗いし急ぐと危ないよ」

「なんでアタシだけ呼び捨て⋯⋯」

 

 感化されたのか、眠気など吹き飛んだ様子のマックイーンに急かされて歩みを速める。

 ドーベルは僕がお姉さまと敬称を付けられているのに、自分だけ付けられていないことに不満な様だ。どうしてドーベルだけ呼び捨てなのかは知らない。

 

 ドーベルを宥めながら、ゆっくりと森を抜ける。

 そして、僕はその先に広がる光景にはっと息を呑んだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 ───世界が変わる。

 

 所謂天の川、というやつか。

 無数の星々という光源に照らされた草原は昼のように明るく、見上げた星空は現世と隔絶した様相を示す。

 今まで見たこともない真新しい世界に、価値観が更新されていった。

 僕の中で前世から積み重なってきた凡愚さ(つまらなさ)を煮詰めた汚泥が、綺麗さっぱり吹き飛ばされる。

 

「⋯⋯凄い」

「⋯⋯ええ、本当に。言葉も出ないわね」

 

 天の川流れる夜空は、暗いところを探す方が難しいくらいたくさんの星に彩られていた。

 一つ一つの星が輝きを放っているかのような、何十何百光年と離れた星光。

 前世じゃ見たことなんて一度も無いような、妄想よりも幻想的な光景。月並みな言葉だが、それ以外に表現出来ないような景色。

 どれが何の星か、どの形が何の星座なのかなんてひとつも知らない。前世の僕は興味も無かったから。

 

 けど、星空がこんなに綺麗なものだなんて知らなかった。

 今世も含めれば優にアラフォーな僕は、星空の美しさを知らなかったんだ。

 

「いや⋯⋯本当に凄いな」

「⋯⋯シュトラールでも、そんな風に感動することあるのね」

「ドーベル、君は僕を何だと思ってるんだい?」

「おかしなウマ娘」

「君なぁ⋯⋯」

 

 ドーベルからの評価は心外だが、普段なら問い詰めたくなるような言動も気にならないくらい僕はこの星空に魅せられていた。

 今この瞬間だけは、自分が前世を持つ転生者であるとか、ウマ娘という存在であるとか、そんなこと忘れ去ってしまいそうだ。

 

 呆然と見上げていると、マックイーンが感慨深げに口を開く。

 

「前に、おばあさまが言ってらしたの。この星空に浮かぶ星々の一つ一つが、ウマ娘の輝きだと」

「⋯⋯あの人でも、そんなロマンチックなことを言うんだね」

 

 おばあさまは基本的に理想を掲げるリアリストだ。メジロの全てを見極め、その決断には迷いも情けも無い。

 

 でも、そんなおばあさまの言葉だからこそ重みが違う。

 

 確かに、これだけの星々全てが過去未来現在と連綿と紡がれてきたウマ娘達の軌跡だとすれば、それはあまりにも⋯⋯。

 いつの日か、僕がこの星の中で光を放つ日が来るのだろうか。

 

 ⋯⋯いや、それは全て僕自身の努力に寄るか。

 軌跡とは、僕が歩んだ道そのものだから。

 それくらい、これまで人生をなあなあに済ませてきた僕にも分かる。

 

「あの、シュトラールお姉さま⋯⋯これを」

「?」

 

 マックイーンがおずおずと封をされた紙袋を手渡してくる。

 受け取ると開けるように促されたのでテープに爪を引っ掛けて綺麗に封を開けてみれば、中には新品の白いマフラー。隅に一つだけ星の刺繍が際立っていて、可愛らしくも格好よさも兼ね備えている。

 しかし、マフラーか。というか、そもそもなんでこれを?

 

「ちょっと季節がおかしいとは思ったんだけど、この前蹄鉄を買いに出掛けた時にマフラーを見てたから欲しいのかなって」

「それで、みんなで買ったんです! プレゼントにちょうど良いかなって思って」

 

 なるほど。

 まあ、その時は確かにちょっと寒かったし、前世でもマフラーはなけなしのファッションで時々巻いてたこともあって、何となく眺めてはいたが。貰えるなら嬉しい。

 けど、どうしてプレゼント?

 

「⋯⋯シュトラール、もしかして今日が何の日か知らないの?」

「え。今日は、四月十九日だけど⋯⋯特に何の祝日とかでもなかったはず」

 

 祝日は英気を養うためにも丸一日休みにするし。今日は学校から帰った後も普通にトレーニングしたし、星空を見る為に少しだけ早く切り上げたものの、ドーベルと追加のトレーニングも行った。

 そうなると、思い当たる節がない。

 答えを求めて視線を向ければ、何がおかしいのかドーベルもマックイーンもライアンも笑いを堪えているようだった。

 

「⋯⋯ぷ、くく。シュトラール、自分の()()()も覚えてないのね」

 

 僕の、誕生日?

 

 ⋯⋯ああ、そうか。そう言えば、確かに今日は僕の誕生日だ。今日で十歳になる。

 けど、僕が忘れていたことをどうして三人は覚えていたのだろうか。

 

「前から、シュトラールお姉さまの誕生日のお祝いをしようとは思っていたのですが⋯⋯」

「なかなかシュトラールの誕生日を聞く機会に恵まれなくてね。おばあさまに聞いたの」

 

 そう言えば、誕生日なんて暫くお祝いされてなかったな。

 毎日ずっとトレーニングに時間を費やしているから、それも仕方ないけど。僕自身も忘れているくらいだから、祝わなくても全然良いのに。

 

「シュトラールさんにはいっぱいお世話になってますから!」

「シュトラール、貴女、自分のことなんて聞かなきゃ何一つ話さないのに、私達の誕生日は律儀に祝うんだもの。ちゃんと貴女の誕生日もお祝いしなかったら家族として不公平じゃない?」

 

 マックイーンやライアンは言わずもがな、同い年でも前世の分を含めたら圧倒的に年下なドーベルのことも体感的には姪のように感じてしまうので、勿論誕生日はしっかりお祝いしてきた。

 けど、まさか僕が祝われる側になるとは思わなかったな。

 思えば、こんな風に誕生日を祝われるという行為をしっかりと受け止めるのは何年ぶりだろうか。

 

 マフラーを紙袋から取り出して首に巻けば、通気性が良い素材であるのが分かった。

 これなら、春や夏でも巻いていられそうだ。

 

「気に入ってくださいましたか?」

「⋯⋯うん。とっても」

 

 暖かい。心強い。

 僕に無い力をくれるような、そんな気さえする。

 

「ありがとう。大切にするよ」

 

 そう言うと、三人は顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。

 

 ⋯⋯そうだ。そろそろ、僕も覚悟を決めなきゃいけないだろう。

 この星空に輝く星になること、三人からのマフラー(期待)に応えられるウマ娘になること。

 後三年だ。三年しかない。トレセン学園に入れば、実力以外は何の価値もない。そこまでには、最低限足りない部分全てを補えるだけの努力を積み重ねておきたい。

 

 時間は進み続ける。待ってはくれない。

 もう二度と、人生を何となくでは終わらせない。始めたならば、後戻りはできないんだ。

 

 

 ───たった一度きりの人生に殉じる覚悟を。

 

 

 僕は星空を見上げ、独り、固く決意した。

 

 

 □

 

 

 何処か、悲壮感に満ちたシュトラールの横顔をアタシは直視することが出来なかった。




 
 ───たった一度きりの人生に殉じる覚悟を。
 [シュトラール・イン・シュテルンツェルト]
 メジロシュトラール


 ゲームで言えばこんな感じ。
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