シュトラール・イン・シュテルンツェルト 作:一意専心
マックイーンやドーベルと比べて、ライアンだけシュトラールに対して何の気負いも無いのは仕様です。ちなみに、今作に恋愛要素はありません。今話のライアンに関しては九歳児の気の迷い()です。
にしてもシュトラール、さてはこいつたらしだな???
次の次くらいからトレセン学園に入学すると思います。実はメジロ家の面々との交流以外、思ったよりも書けるネタが少なくてビックリ。多分、そろそろじいやや主治医なんかと絡み始めるレベル。
今話は話が進むわけでもないので、お茶を濁す回ということで読み飛ばしても良いです。
小学校五年目もそろそろ終わりに近付き、長いようで短かった二度目の小学校生活も最後の一年に入ろうとしていた頃。
僕は、日本ウマ娘トレーニングセンター学園の入学試験の為に記憶の洗い出しをする時間を摂るようになった。
ついでに、おばあさまに言われてドーベルの勉強も見ているのだが、流石は名家の出身というだけあってかほとんど手は掛かっていない。
勿論、ノルマに加えた追加のトレーニングも欠かしていないのだが、ドーベルは自然と不参加が多くなった。
代わりに、マックイーンとライアンが参加するようになったのだが、やはりと言うべきかここでも名門の血。
まだまだ未発達の身体でも、年々ハードになりつつある僕のトレーニングに着いてきている辺り、目に見える才能というものが恐ろしい限りだ。
「シュトラールさーん!」
「やあ、ライアンちゃん。どうかしたのかい?」
「あー、えっと、そのぉ」
勉強の息抜きに芝のコースを走っていると、私服姿のライアンが駆け寄ってくる。
何やら用があるみたいだったので走るのを止めて問いかければ、モジモジとしながら気恥しそうにするばかり。
ライアンは最近になって、僕と会話する時によく口篭るようになった。
こういう場合は大抵こちらからは何もせずに、話し始めるのを待った方が良い。
そうしていると、やっと落ち着いたのかライアンはおずおずと言葉を紡ぎ始めた。
「あっと、あの、シュトラールさんは明日って何か予定ありますか?」
「明日? 空いてるけど」
明日は土曜日だ。よって学校は無い。あるとすれば勉強やトレーニングくらいだが、可愛い姪⋯⋯じゃなくてライアンからの頼みだ、空けて欲しいと言われれば構わない。
だが、ライアンからこうして誘われるのは随分久しく感じた。
「あ、あの、それだったら一緒にお出掛けしませんか⋯⋯っ!?」
「お出かけ? 良いよ、蹄鉄も買い換えたかったし」
「⋯⋯ほっ。分かりました! ありがとうございます!」
安心したような顔を見せたのも束の間、ライアンは嬉しそうな足取りで早足に立ち去ってしまった。
唐突ながら、明日の予定を埋めてしまった為、この後トレーニングでもしようかと頭を巡らせた時、今度は珍しい人が声を掛けてきた。
「ライアンも貴女も、隅に置けませんわね」
「アルダンさん⋯⋯」
「もう。マックイーンみたいにアルダンお姉様って呼んでくれても良いではありませんか」
アルダンさん、そう呼ぶとその人物は悲しげに眉を歪めて訂正を促した。
お淑やかな雰囲気。マックイーンとはまた違った、深窓の令嬢という表現が良く似合う人物。
二歳年上のウマ娘、メジロアルダン。その名の通り、メジロ家の一員だ。
もう既にトレセン学園に入学を果たしており、強豪揃いの中、生まれ持った
そんな彼女は半月を目処に、脚の回復の為にメジロ家に帰ってきているのだ。
「それで、どうかしたんですか、アルダンさん」
「おばあさまがお呼びですよ」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。明日、楽しんできてくださいね」
それだけ言うと、アルダンは背を向けて去っていた。
おばあさまが用事か。いったいなんだろうか。
トレーニングウェアから着替えて、考えながらおばあさまの部屋へ向かって歩いていると、今度はドーベルが階段を上ってくるのと鉢合わせた。
「あら、シュトラール。貴女もおばあさまに呼ばれたの?」
「うん。ということは、ドーベルも?」
「ええ、アタシもよ」
ということは、僕とドーベルの二人に関係すること。
⋯⋯十中八九、再来年に迫ったトレセン学園入学についての話だろう。こんな時期に何の話かはやはり分からないが。
「そう言えば、ライアンから誘われた?」
「明日のことなら、確かに誘われたよ。でもどうして?」
「ライアンに私服について助言を求められたから、どうしてって聞いたら、嬉しそうに貴女とお出掛けしたいんだって話してくれたわ」
「僕なんかと出かけるのの何がそんなに楽しみなんだろう⋯⋯」
そう言われても、ライアンがそうまでして僕と出かけたい理由が分からなかった。
真面目も真面目にそう言うと、ドーベルは呆れたような仕草の後に嘆息して続ける。
「⋯⋯あっきれた。シュトラールってば、自己認識能力低過ぎじゃない?」
「⋯⋯心外だな。僕はこれでも自分のことくらい分かっているさ」
「その答えが論外よ。良い? ライアンはね、貴女に憧れてるの。⋯⋯ま、まあそれはアタシもなんだけど⋯⋯ 」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、その言葉には異論を唱えたい。憧れてる? 僕のどこに憧れるのか。
強くもなければ、可愛くもない。僕みたいな奴の何処に憧れるような要素があるんだろうか。
「貴女の何処に憧れてるかなんて知らないけど、でも分かる。まあ、ライアンのあの感じ、アタシは流石に美化し過ぎだと思うけどね」
「そうに違いない。僕なんかに憧れたって、何一つ良いことないよ」
「⋯⋯それも流石に言い過ぎだと思うけど」
言い過ぎなものか。
ライアンは、僕よりも明らかに才能に恵まれている。体格だって僕なんかより余っ程良い。僕に憧れる必要なんて皆無だ。人好きのする性格で愛嬌もある。
⋯⋯あれ。僕が勝てる要素、努力以外に無くないか?
「シュトラール、あんまり自分のことを卑下しない方が良いと思う」
「⋯⋯いや、これくらいが丁度良いんだよ」
「はぁ、筋金入りね。まあ良いわ、早く行きましょ」
「あ、ちょっと。ドーベルから振ってきた話なのに」
無責任にも話を切り上げて先に行ってしまったドーベルを追い掛けて歩みを早める。
まあ、正直言って僕としてもこういう話はどう返せば良いのか分からないから助かった。
でも、そんなことを言われたら、明日のお出かけは少しだけ考えないとね。
道すがら、僕は明日のプランを考え始めるのであった。
□
翌日。約束した場所は近くにあるショッピングモール。
少し早く来すぎてしまったあたしは、手持ち無沙汰気味にショッピングモールのベンチで今日のことを考えていた。
というか、流石に三十分前は楽しみにし過ぎだろう、あたし。
尻尾が変な動きしそうなくらい、舞い上がってしまっている。
「あー、誘っちゃったよぉ⋯⋯迷惑じゃなかったかなぁ」
メジロシュトラールさん。あたしやマックイーンの二つ歳上のお姉さんで、あたしの憧れの人。
普段から中性的なその人は物腰穏やかで紳士の鑑みたいな人なのに、社交の場でドレスを着させたら絵本の中のお姫様みたいで誰よりも似合う、ちょっと狡いくらいに完璧な人だ。
憧れるのも当然だなって思う。
今日はそんな人とお出かけ。
楽しみなのは楽しみなんだけど、緊張するなっていう方が無理だ。
時計を見れば、約束の時間まで後二十分。
どうやってそれまで時間を潰そうかと考えていると、ベンチに座って俯くあたしに影が差した。
「やあ、早いね。待たせたかな?」
まさかの予定よりかなり早いシュトラールさん本人の登場に、あたしは完全に舞い上がって顔を上げた。
そして、固まった。
「い、いえ、シュトラールさ⋯⋯ん⋯⋯」
「ん?」
⋯⋯流石はシュトラールさんだ。
いつもは硬すぎないけどフォーマルな感じの私服なのに、今日はジーパンや明るい色合いのシャツなどカジュアルに決めてきている。
元からスタイルも良くて、普段は後ろで一本に束ねている髪の毛も今日はアップで留めているのに、格好良さ、凛々しさが際立っていて凄い。カジュアルな装いが、シュトラールさんの持つマックイーンやアルダンさんのような天性の気品に調和されてもっと別の何かに変じていた。比喩無しに輝いて見える。
まるで、絵本の王子様みたいだ。
「⋯⋯いや、僕は王子様なんて柄じゃないよ」
「へ?」
あ、あれ、もしかしてあたし、今の全部口にしてた?
そう視線で問い掛けると、返ってきたのは無情にも首肯。
茹で蛸のように顔が真っ赤になって、熱が上がっていくのを自覚する。
⋯⋯恥ずかし過ぎる。
「でも、ありがとう。そう思ってくれるなら、今日は君の王子様になろう」
「⋯⋯は、はひ。よろしくお願いします⋯⋯」
今度は別の意味で顔が真っ赤になってしまった。
シュトラールさん、破壊力が高過ぎる⋯⋯。考えていたプラン全部が今の衝撃で消えてしまった。
呆然とするあたしは手を引かれて歩き出す。まるで恋人のような距離感に、あたしの心臓は際限なく鼓動を早めた。
いつもは何処かでなりきれないあたしも、今日ばかりはお姫様気分を満喫するのであった。
尚、この日は後にあたしの生涯の思い出の一つにして、黒歴史そのものとなるのはまた別の話である。
感想やアドバイスなどありましたら、気兼ねなくよろしくお願いします。
主人公が所属するチームは?
-
チームスピカ
-
チームリギル
-
チームカノープス
-
オリジナルチーム