シュトラール・イン・シュテルンツェルト 作:一意専心
すれ違いは、愉しい。じいやを曇らせるな!(豹変)
⋯⋯ただ、この伏線、入れるなら学園編に入ってからでも良いとギリギリまで考えていて、私自身も若干納得が行ってないのでもしかしたら学園編に入る前に別の話と差し替えるかもしれません。ごめんなさい。
『二年連続三冠ウマ娘誕生の瞬間まであと少しだ!』
残り二百メートル手前、実況に京都レース場が湧いた。
先頭を駆けるのは、前髪の三日月型のメッシュが特徴的なウマ娘。
シンボリルドルフ。
基本的に競馬のケの字すら知らない僕が、珍しいことに前世から知っている二人のウマ娘の内の片割れ。
競馬好きの同僚が僕を競馬に誘ってきた時、よくこのシンボリルドルフとその息子であるもう一頭の馬の話をしていたので、その二頭だけは何となく覚えていたのだ。
まさか、世界が違うとはいえ僕がその歴史的瞬間に立ち会えるとは思ってもみなかったが。
『ゴールドロード、2着争いに加わった!』
残り二百メートルというところ、無敗の三冠ウマ娘を懸けて激走するシンボリルドルフをもう一人のウマ娘が猛追する。
僕としては結末を知っているシンボリルドルフのレースよりも、その彼女の方が目を引いた。
無敗の三冠にリーチを掛けるシンボリルドルフの道程を阻止せんと、今この瞬間もターフを駆けるそのウマ娘の胸中に、
その情熱こそ、何よりも強く輝いている。
このままシンボリルドルフを抜かしてしまいそうな気迫。運命を覆せるかもしれない輝き。
『シンボリが三冠ウマ娘達成! シンボリルドルフ! 彼女こそ、無敗の三冠ウマ娘です!』
だが、現実は非情だ。
僕が
一着でゴールインしたシンボリルドルフは、観客席の前で三本の指を立てた。
それに対して、それを知る僕からしてみれば運命の前に敗北したとも言えるウマ娘達、特に二着のあの子は濁流のように涙を流していた。
これを絶望と呼ばずしてなんと呼ぶのか、僕は知らない。
努力さえも、運命に否定されているような気分にすらなる。
有り体に言って、不快だった。
まさか、前世の記憶から興味本位で訪れたレースでそんな事実に気がついてしまうとは思いもしなかった。
けれども、結末を知っていながらこのレースを見届けた僕が、今、熱気に当てられて昂っているのもまた事実。
今はただ、皇帝シンボリルドルフの勝利を祝おう。
まあ、無理言って連れてきてもらった甲斐はあった。
「流石は皇帝だね。あの走りは、まだまだ真似できそうにないよ」
「ですが、お嬢様なら必ずやあの場所にも辿り着けると、このじいや、確信しております」
「世辞は良いって。未来がどうなるかは、全て今の僕次第だからね」
「⋯⋯左様ですね。差し出がましいことを申しました。お忘れくださいませ」
そうは言ったけど、僕は少しだけ恐ろしくなったんだ。
もしも僕にもまた、運命という名のしがらみが宿るというのなら、この努力は、この情熱は、全て無意味なモノに成り下がるというのか。
僕の、ドーベルの、マックイーンの、ライアンの、アルダンさんの。みんなの輝きは、決められた光り方でしかないというのか。
⋯⋯。
じいやもそうだが、メジロ家に仕える者達は必要以上に僕達メジロのウマ娘に対してヨイショしてくるし、かと思えば信じられないくらい過保護だしで少し気疲れする。勿論、みんな良い人だから迷惑だなんて思うはずもないのだが。
うん。
おばあさまやお母さんにもそうだが、僕を支えてくれているみんなの為にも盾は絶対に勝ち取りたい。
そう再認識出来たという点でも、今日という日に感謝しなくては。
運命なんて、知らなければどうということは無い。
さて。トレセン学園への入学も来年に迫っている。時間は無い。
帰って早速トレーニングでもと思って踵を返し歩き始めたその時、視界の端に気になる影を見つけた。
「わぁぁ⋯⋯!!」
ウイニングサークルに立つシンボリルドルフに熱心な視線を送る幼いウマ娘。
歳の頃はマックイーンやライアンと同じくらいか。もう少し幼くも見えるが、だいたいそれくらいだろう。
一度目にとまると、頭から離れない。
僕はその少女に話し掛けてみることにした。
「君」
「⋯⋯? お姉さん、誰?」
小首を傾げて問い掛けてくる少女は、どこまでも真っ直ぐな眼をしていた。
まるで、奇跡だってその身一つで起こせると確信していそうな、そんな眼だ。
「僕はメジロシュトラール。君の名前は?」
「ぼくはトウカイテイオーです!」
「っ」
力強く名乗った少女のその名を聞いた時、僕ははっと息を呑んだ。
これもまた、運命というわけか。
トウカイテイオー。
その名は、僕が知るもう一つの名前。奇跡の馬。
何を話そうかなんて考えてなかったが、彼女と対面して話すならこの話題以外にありはしないと直感した。
「シンボリルドルフさんは、凄いね」
「⋯⋯! うん! 凄い! ぼくも、シンボリルドルフさんみたいになるのが夢なんだ!」
「⋯⋯そうなんだね。テイオーちゃん、頑張って。僕も応援してる」
「うん! ありがとう、お姉さん! ぼく、頑張る!」
僕は今、ちゃんと笑えているだろうか。ちゃんと、彼女を応援できているのだろうか。
その希望に満ち溢れた眩しい笑顔が、僕を抉る。
一部とはいえ結末を知る大罪を抱えた僕を責め立てるようだった。
好奇心、興味とは恐ろしいものだ。時に、気が付くべきでなかったことさえ突き付けてくる。
踏んだり蹴ったりな一日だ。
だけど、それと同じくらい焚き付けられた忘れ難い日だった。
この情熱は嘘じゃないって、僕が証明してやる。
絶対に思い通りになんてさせやしない。僕の道は、僕が決める。
□
「じいやさん、僕達って何のために走るのかな」
夕日が照らす京都からの帰り道。
助手席に座るシュトラールお嬢様は、静かに私めに問われました。
「⋯⋯私には分かりかねますが、一つだけ言えることがあるとするならば、それは勝ちたいという本能ゆえかと。大奥様の受け売りですが」
ウマ娘史に残るであろう本日の菊花賞、シンボリルドルフ様の走りを見て何かを感じられたのだと思った私はそう答えた。
きっと、これこそが求められていた答えだろうと、そう確信していたのです。
お嬢様もまた、その例に漏れないと思っていた。
けれども、隣に座って俯くお嬢様の顔は、
「⋯⋯そう、だね。きっと、そうに違いない⋯⋯はずなんだ」
直視するのに堪えない程、悲痛な面持ちをしておられた。
普段から、余裕のある態度を崩さないお嬢様の意外過ぎるその表情に、私は我が目を疑うことしかできなかった。
「お嬢様⋯⋯」
「あ、ごめん、じいやさん。変なこと聞いたね、忘れてくれ」
「⋯⋯分かりました」
先程までの重く沈鬱な表情が嘘だったかのように、お嬢様は普段通りの明るさを見せました。
しかし。
私は、瞬きの間に見せたお嬢様の絶望し切ったような顔を忘れることはできないでしょう。
何に絶望なされたのかも、どうすればその絶望を取り払って差し上げられるのかも、何一つ分からないことが歯痒くて仕方がない。
支えることしか出来ない従者とは、なんとも情けないものです。
「じいやさん、僕は絶対に勝つよ。勝って、メジロに盾を持ち帰る」
「ええ、お嬢様なら必ずや」
マックイーンお嬢様、ライアンお嬢様、ドーベルお嬢様。
願わくば、そのお力でシュトラールお嬢様をお救いください。
「さあ、じいやさん。帰ったら入学に向けて頑張ろう!」
「はい、お嬢様。その意気でございます」
⋯⋯どうか。
予定では次から学園編に入るので、もしかしたら次の更新は二、三日空くかもです。ご了承ください。
また、次の更新で今やってるアンケートは全て締め切ります。ご留意ください。
感想やアドバイスなどありましたら、気兼ねなくよろしくお願いします。
主人公が所属するチームは?
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チームカノープス
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