シュトラール・イン・シュテルンツェルト 作:一意専心
アンケートのご協力ありがとうございました。アンケート結果についてですが、集計及び調整をして、他キャラ視点に関しては基本有りで、文字数は2500〜4000、シュトラールの所属するチームはオリジナルチームとなります。
第九話 入学
「最後になるが、諸君らにはこのトレセン学園にて枕戈待旦、悔いの無い日々を送ってほしい。それが、先達としてこの私が望む全てである。以上だ」
威厳に満ちた声がそう締めくくると、学生による挨拶に対してのものとしては過剰にも思える割れんばかりの盛大な拍手が講堂に響いた。
しかし、それもそのはずだ。
壇の上に立つのはいつかの皇帝ウマ娘、シンボリルドルフ。
無敗の三冠ウマ娘にして、トレセン学園の生徒会長である彼女は今や生ける伝説となった存在なのだから。
そんな彼女に憧れてトレセン学園に入学する生徒もそれなりにいるのだとか。
まあ確かにあの走りは凄かったが、憧れてどうするんだと思わなくもない。そんなこと言えようはずもないが。
それでも、少なくとも憧れるだけの子に負けるつもりも無し。
今日は待ちに待ったトレセン学園の入学式。
軽く辺りを見回せば、たくさんのウマ娘達が居る。絶対数の少ないウマ娘が一箇所にこんなに集まる様はいっそ壮観である。
これだけの数のウマ娘だ。当然、中にはひと目で分かるくらい才気に溢れた子達が沢山いる。
スラリとしなやかな肢体が目を惹く橙色の髪の子や、大人しそうだが油断ならない雰囲気を放つ小柄な子、目付きが悪く不良みたいだが芯の強そうな子。他にも点々と、好敵手となりそうな子達の姿。
やはりというか、これは一筋縄ではいかないだろう。
ここに立つ誰ひとりにも負けられない。
立ち塞がる運命だって⋯⋯。
「どうしたの? キョロキョロして」
「え、そんなに分かりやすかった?」
「ええ、アタシにはね。⋯⋯付き合いはここの誰より長いし」
来る戦いを予期して、決意を新たにしているとドーベルが話し掛けてくる。
いつの間に式が終わったのか、周囲は解散ムード。
周りと同じようにあぶれないよう他の子と親睦を深めようとか、そんな気にはならなかった僕はドーベルと共に講堂を離れることにした。
「やっぱり国内最大級なだけあって、強そうな子はそれなりにいるね」
「そうね。それに、先輩達も強敵揃いよ」
「違いない。僕達も負けていられないね」
皇帝シンボリルドルフはもちろんのこと、見た限りでは、アイシャドウが目立つ気難しそうな副会長や、一匹狼みたいな雰囲気の生徒会役員もかなりやりそうだった。
同期以外にも、立ち塞がる壁はあまりに大きい。
「そう言えば、チームは何処にするか決めた?」
「ああ、いや、特にはまだ考えてないな」
チームとは、このトレセン学園においてウマ娘が所属する団体のことだ。一人、または複数のトレーナーとウマ娘達によって構成される。
レースに出るなら、チームへの参加、担当トレーナーの存在は必須条件。
僕も追々何処かに参加せねばならないが、今すぐに決める必要も無いだろうというのが正直な考えだった。
どうしようかとうっすら考えていると、ドーベルが言いにくそうに煮え切らないまま切り出した。
「⋯⋯それなら、さ。シュトラールさえ良ければなんだけど、同じチームにしない⋯⋯?」
「ドーベルと? まあ、僕は良いけど」
「そう、なら良かった。決まったら教えてね」
実際、メジロ家としてはメジロのウマ娘同士で競い合うのはあまり宜しくない。
まあ、時と場合によっては話が別だし、僕自身いつかはドーベルと競い合いたいとも思っているので、本当にどちらでも構わないのだが。
その後は他愛も無い話をしながら寮に向かって歩いていると、分かれ道でドーベルが立ち止まった。
「じゃあ、アタシは美浦寮だから」
「あ、そうか。僕は栗東寮だから明日からはここで別れることになるんだね」
そう、僕は栗東寮に割り当てられ、ドーベルは美浦寮に割り当てられたのだ。だから、一緒の下校はここまでとなる。
二人部屋らしいので、同室相手のこともあるだろうし、これからは今までのように頻繁に顔を合わせるということは無くなるだろうが、僕やドーベルもそれを気にするようなタイプではないから問題無し。
寮生活なんて前世今世含め人生で一度も経験したことは無いので、本音を言えば個人的には少し楽しみなくらいである。
それに、聞いた話によれば寮対抗でのイベントや模擬レースなどもあるらしいので、僕とドーベルが離れたのは悪くないと思っている。同じチームに入るならなおのこと。
「ええ。お互い、頑張りましょ」
「ああ。お互いに、ね」
分かれ道、手を振って別れると栗東寮の方へ向けて歩き出す。
辺りを歩く生徒は疎らだが、上級生はまだ授業中のはずなので彼女らは全員同期か。
そう言えば、先に寮長のところに行かなければならないのだったか。部屋の鍵を貰わなければならないのだ。
僕と相部屋の子と、どちらが先に部屋に着くか分からないが、たとえ相部屋の子が鍵を先に受け取っていたとしても顔出しはするべきだろう。
それにしても、やはりと言うべきか女子の交友関係構築能力は高い。
辺りの生徒は疎らとは言ったが、みんなそれぞれ早速作った友人と一緒で、一人で歩いているのは僕くらいだ。
⋯⋯これは、早急に一人二人、話せる人を見つけるべきだろうか。誰か居ると良いのだが。
そう思って辺りを見回すと、幸いなことに一人だけ誰とも一緒ではない黒鹿毛、黒髪の小柄なウマ娘が居た。
流石にいきなり話し掛けるのは難易度が高いが⋯⋯。
けれど、なんとなく、そうなんとなくだけど、その背中が小柄な体躯以上に小さく、寂しそうに見えたから。
気が付けば、僕は彼女に声を掛けていた。
「やあ、君。新入生の子だよね?」
「⋯⋯そうですけど、あなたは? 私に何か用ですか?」
「あ、いや、用っていう程じゃないけど」
「用がないなら、もう行きますね」
あー、こういうタイプか。
刺々しいというか、周りを寄せつけないというか。どうやら彼女は人付き合いが得意ではなさそうだ。僕も人のことは言えないけど。
突き放すような言動に折れることなく、会話を続ける。きっと彼女も緊張しているだけなんだろう、そうだと信じて。
「あ、ちょっと」
「? なんなんですか、この私の時間を無駄にしないでくれますか? 私は凄いウマ娘なので」
前言撤回。
この子は言動がキツくて友達が居ないタイプだ。
典型的な自分に自信があって、周りを見下す程ではないがそれでも眼中には無い類。
⋯⋯話し掛ける相手間違えたかな。いや、絶対に間違えたな。
「あ、今この私のこと、友達が少なそうって思いましたよね? 失礼な人ですね、いきなり話しかけてきておいて何様ですか」
「ごめんごめん、そんなこと思ってないよ。ただ、僕もあぶれちゃってね」
「僕もってことは、やっぱり私のこと友達がいないって判断しましたよね? そんなことありませんから、勝手に誤解しないでもらえますか?」
「違うって、本当に」
「もう良いです。私の素晴らしさがわからない人なんて知りません」
⋯⋯ああ、これは面倒だ。
辟易としていると、彼女は怒ったままずかずかと一人寮の方へと歩いていってしまった。
同期との初コンタクトがこれとは、とてつもなく前途多難である。
僕は、ため息ひとつ、肩を落としてまた歩き出した。
□
「はぁ⋯⋯」
ベッドに座ると、割り当てられた部屋の中にスプリングの軋む音が響いた。
私の活躍の第一歩、トレセン学園のとても大切な初日。私の気分は決して良くはなかった。
「もう、信じられません。なんなんですか、あの失礼な人は」
私が思い出すのは、先程寮への道で話し掛けてきた白マフラーの鹿毛のウマ娘。お姫様と王子様、どちらの雰囲気も併せ持った不思議な人。
確かに、綺麗な人だったのは認めます。認めますけど、初対面の私のことを友達が居ないだなんて、そんな風に思うとはいったいどのような教育を受けてきたのでしょうか。
この、才気溢れる未来の超強強ウマ娘であるこの私に友達が居ないだなんて、そんなはず、そんなはずは⋯⋯。
「⋯⋯はあ」
⋯⋯無いとは、言えません。言えませんけど、今までにも一人二人はいましたし、友達なんてきっとこれからたくさん。
そう、例えば同室の子とか。
そうです。きっと同室の子は私の素晴らしさを認めてくれる、私と同じくらい⋯⋯は望み過ぎでも私の次に強いウマ娘のはず。しかも、友達がもう既に沢山いて、私にも紹介してくれるようなそんな子に違いない。
早く来ないですかね、私の親友となるウマ娘。
来たるまだ見ぬ親友になる予定のウマ娘に期待で胸を膨らませていると、噂をすればなんとやら。
コンコンと控えめな、それでいてしっかりとしたノックの音が鳴った。
「失礼するよ」
「どうぞ」
そして、入ってきたのは、
「僕はメジロシュトラール、よろし⋯⋯く⋯⋯」
「私はキンイロリョテイです、よろしくお願いします⋯⋯ね⋯⋯」
⋯⋯え。
「「あ」」
入ってきたのは、あの時の失礼な白マフラーのウマ娘でした。
彼女も全くもって予想外だったとでも言うかのような表情で固まっています。かくいう私も、驚きと諦観と失望で動くことが出来ずにいました。
でも、彼女がこの部屋に来る理由なんてひとつしかない。
もしも彼女が待ち侘びた同室相手なのだとするならば。
呪いますよ、運命。
我が華々しい黄金の旅程の前に立ち塞がる前途多難な運命に、私は早速悪態をつくのでした。
感想やアドバイスなどありましたら、気兼ねなくよろしくお願いします。
⋯⋯すっごいどうでも良いことですが、個人的に主人公は相羽あいなさんの声で脳内再生しながら書いてます。けど、佐倉綾音さんの声も想像しやすい。