ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
――京都ステークス。この年、かの重賞レースに出走したウマ娘は絶望とは何か身を以て知ることになる。
絶望の体現者――ライスシャワーによって。
のちに漆黒の追跡者、魔王、史上最強の
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「まもなく始まります。新バにとって希望への架け橋となるG3レース・京都ステークス。天気は雲一つない快晴。バ場も走りやすい良バ場との報告が上がっています」
「さて、注目のウマ娘を紹介しましょう。一番人気は1番・セキバリュウコウ。前戦では2着と3バ身差の見事な勝利でした」
「直線が短いこのレース場でも彼女の末脚が爆発することを期待されていますね」
「2番人気はこの娘、3番・サンキューレター」
「前戦のトライアルでは堅実な先行策で2バ身差の勝利を収めています。ただ出走スケジュールが過密の為、1番人気を譲った形になるでしょう」
「そして、3番人気は4番・レリックアース」
「ムラッけのあるウマ娘ですね。ただ、レース展開が噛みあえば圧巻のレースを見せることもあります」
「本レースの人気ウマ娘の紹介でした。改めて、ここでゲストを紹介しましょう。先月、見事に天皇賞・秋を圧勝したサイレンススズカ選手です」
「はい、サイレンススズカです。よろしくお願いします」
――私・サイレンススズカは今、重賞レースのゲストとして招かれている。
自分で言うのも恥ずかしいけれど、復帰戦での劇的な勝利で今の私の人気は相当高いみたいだし……その影響でゲストに抜擢されたのでしょう。
元々、人と話すのは苦手だったけれど……あの人のおかげで受け答えが容易にできるようになった。
そんなことすら、“あの”直前まで忘れていたなんて。
もう、私で“私”を殺したくなっちゃう……ううん、殺すだけじゃ飽き足らないわ。
涙と苦痛に顔を歪ませ、ありとあらゆる懺悔の言葉を聞き出してからじゃないと……って、ダメよスズカ。
そんなことしたら、またあの人のことを忘れちゃうかもしれないから絶対ダメ。
「先日のレース、復帰したばかりとは考えさせない見事な走りでしたね!」
「ええ、皆さまの期待に答えられて良かったです」
「ここでレースの現役専門家であるサイレンススズカさんに伺ってみましょう。ズバリ、このレースでサイレンススズカさんが注目する一押しのウマ娘はどの娘でしょう?」
「そうですね……やはり、ライスシャワーさんでしょうか」
「ライスシャワー、ですか?」
「はい、ライスシャワーさんです」
「……えー、8枠10番ライスシャワーは本レース8番人気ですね。京都競バ場で外枠は不利とされていますし、過去の模擬戦も直前で出走停止となることもあった実力未知数なウマ娘なので人気下位ではありますが……サイレンススズカさんは彼女と学園内で関わりが?」
「ええ、深い交流はありませんが……このレース、勝つのは彼女でしょう」
だって、あの人が選んだウマ娘ですもの。この実況の人、勉強不足なのではないかしら……なんてね。
「理由も伺いたいところですが……いよいよファンファーレが響き渡ります! さあ、夢に一歩近づけるのはどのウマ娘なのか!」
――ふふ、あの人が選んだウマ娘が一体どんな走りを見せてくれるのか……楽しみ。
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「さあ、スタートしました! 飛び出していったのは5番、続いて7番、その後にサンキューレター、内をついてレリックアース、6番、2番、9番、8番と続きましてその少し後方にセキバリュウコウ、最後方にライスシャワーという展開」
「……あら」
デビュー戦や学園内での模擬戦ではあの子は先行策しか採用していなかったはずだけど……あえての後方策とは。
『早くも1000mを通過。タイムは59.5秒とややハイペース。先頭から最後方まで未だに13バ身以上の差があるぞ!』
――なるほど。ああ見えて、派手な勝ち方が好きなエンターテイナー気質のあの人らしい。
ここで私にはこのレースの結末が見えた。このレースにあの子を出した目的も。
あの人の考えていることがわかったことに私はあの人と未だに繋がっていることに当然のことながら喜びを感じた。
私たちの縁は例え死んでも切り離せないものですからね。
「残り700mを通過。レース展開もいよいよ激しさを増してくる! お、ここで先頭がサンキューレターに変わる! 負けじとレリックアース追走! 内をついたセキバリュウコウも徐々に先頭集団目掛けていく!」
先頭集団も差しウマも仕掛け始めるけれど、ここで仕掛けるようでは遅い……ううん、ちょっとだけ違うかな。
――ここで仕掛けなきゃいけない力量じゃ、そもそも勝負の土俵に上がれていない。
「あ、ここでライスシャワーが動いた! ぐるりと大外を回ったライスシャワー、ぐんぐんと加速していく! しかし、最後方の不利なこの位置から間に合うのか!?」
決まった。こうなってしまうと、マークを外してしまっている彼女たちに為す術はない。
「残り400mを通過! 先頭はサンキューレターとレリックアースの叩き合い! セキバリュウコウも追ってくる! やはり、この3人のレースに……いや! 大外から漆黒の影が迫ってくる! 迫ってくる! なんなんだ、この速さは!?」
レース全体を眺められる特等席から見ていると、ライスシャワー以外のウマ娘がスローモーションに見える。ひと際小さい体が新緑のターフを黒く、黒く染めていく。
「まもなく残り300mに差し掛かる! ここでライスシャワー、捉えた! 先頭集団に並び……いや、並ばない! 並ばない! 無慈悲にも彼女たちを置き去りにした! 淀の地に黒き暴風が吹き荒れる! ライスシャワー、5バ身、6バ身とリードを広げていく! な、なんという末脚だ……ライスシャワー、今1着でゴールイン!」
瞬きすら許さない彼女の走りにレースの決着がついたのにも関わらず会場は静まり返った。結果は2着と9バ身差の圧勝。
そして、結果が表示された後にこのレースの勝利者の顔が電光掲示板にアップで映し出された。
――その時の勝利の余韻に浸る訳でもなく、ただ嗤っていた。
まだまだ走り足りないと言わんばかりの表情に現実を受け入れられないウマ娘・観客ともに全身が凍り付いていた。
「……私もレースが終わってもなお言葉が出ません。これで勝ちウマとなったライスシャワーはホープフルステークスの出走条件を満たしました。いや、それにしてもサイレンススズカさんの見立て通りの結果になりましたね」
「いえ、見立て以上でした……ふふ、あの子のファンになっちゃったかも。今からライスシャワーさんの次のレースが楽しみです」
唯一抜きんでていた頃のスペちゃんや遊びごころを排除した全力のゴールドシップのように後方から苛烈に追い上げてきたライスシャワー。
アレは余程の強心臓の持ち主でない限り、狼狽しないウマ娘はいない。
ましてや、まだまだレース経験の浅い子からすると『どんなにベストな走りをしても、必ず後ろから差される』印象を植え付けられたに違いない。
それは凶悪犯に追い回されて命からがら逃げてきた被害者のように、二度と忘れられないトラウマになりかねない。
ちょっとだけかわいそうで同情しちゃうかも……
これからどんどん成長していくことも考えると、彼女と同じ距離を走るウマ娘にとって共通の敵以外の何物でもないでしょう。
――それなら、バランスを取らなきゃいけませんよね? ね、トレーナーさん。
きっと次のレースはこんな無慈悲で悲惨な事にはならないでしょう。
”希望”の名がついている未来へ羽ばたく為のレースですからね。