ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
――ジュニア期の総決算であるG1レース ホープフルステークス。
レース名の通り、前途有望なウマ娘のみが出場できるクラシック戦線を占う試金石となるレースである。
勝者はただひとり。それ以外は全て敗者。
勝者は自身の未来が明瞭であることを確信し、敗者もまた苦々しい敗北を糧にして夢の舞台へと駆け上がっていく。
ただ、この年だけは違った。そこに夢も希望も存在しなかった。
この年、ホープフルステークスに出走した夢を駆けるウマ娘たちは知ることとなる。
ひと際輝いていた才能は、安物のアクセサリーのように取るに足らないものだったことを。
磨き続けてきた努力の結晶は、ただの石ころでしかなかったことに。
尊厳も、努力も、憧れも、諦めすらも彼女には決して追いつけない。
『魔王』の前に愚民は首を垂れて跪き、ただ息を吸うことしか許されなかった。
彼女はまさしく全ウマ娘の”絶望”であった。
● ● ● ●
パドック場。レース前に観客たちがウマ娘の状態を見極めに用意された簡易舞台である。
ウマ娘は一人ひとりジャージやジャケット等で上半身を隠し、パドック場で豪快に脱ぎ捨てる。
その度に巻き起こる歓声がウマ娘の力となり、ファンも更にレースにのめり込むのだ。
会場のボルテージが上昇していく中、観客たちはとあるウマ娘の登場を今か今かと待ちわびていた。
「続きまして、8枠14番ライスシャワー!」
「前走の京都ステークスではなんと9バ身差の圧勝! 本レースでは圧倒的1番人気の彼女は今日も全ウマ娘を背後から蹂躙するのか!?」
ゆっくりと舞台に登場した彼女が指定地点で身に纏っていた漆黒の外套を高らかに脱ぎ捨てた。
隠されていた衣装は外套と同じく黒を基調とした勝負服。腰には煌びやかな短剣の鞘が飾られていた。
服装や仕草までも注目を一身に集めたライスシャワーに歓声はどっと湧き、それと同じくらいどよめきも起きた。
それは、何故か?
「なんか、全然強そうに見えないんだけど……」
「なんだか暗いし、愛想もあまりないな……前走はGⅢだったし、相手が弱かったのかな?」
今までパドックでお披露目されていたウマ娘と比べてライスシャワーが強そうなウマ娘に見えなかったのだ。
彼女の体は小さく、出走する他のウマ娘と比べると体格は下の下。
表情は自信に満ちているわけではなく、視線を下げたまま観客の方を見ようともしない。
ウマ娘をあまり知らない人々にとって期待外れもいいところだった。
昨今、ウマ娘の人気……特にトゥインクルシリーズのファンの熱狂ぶりは凄まじいものになっている。
その分、昔からのレース好きではなくレースに見識のない新参のニワカ勢が大きく幅を利かせていた。
『中山の直線は短い』『大ケヤキを超えたら第4コーナー』など古参のファンからしたら、鼻で笑うような基礎知識をしたり顔で語る連中には未だに彼女の実力が見えていなかった。
一方でウマ娘オタクといっても差し支えない、暇さえあれば全国あらゆるレース場に顔を出している2人組の男は最前列の席からライスシャワーを観察し、持っていたドリンクを落としかけたほど心底驚愕した。
「おいあの子、マジでジュニア期に出る子なのか? ありえないだろ……」
「ああ……仕上がりすぎている」
小さく細身の体に目を疑うほど凝縮された筋肉。逸脱した筋肉量を活かすための体の柔軟性と大木のように揺るがない体幹。
そして、一瞬だけ覗かせた観客に見せようとしなかった人を視線だけで殺しかねない眼光。
ニワカに混じってどよめきの声を上げたのは一部の有識者たちであった。
服の上からでも肉体を数値化できるトレーナーまでとは行かずとも、ウマ娘を血眼に観察し続けてきた彼らだからわかったのだ。
――ライスシャワーがこのレースに出場するのはまちがっている、と。
● ● ●
ホープフルステークスにてライスシャワーと同走するウマ娘はひたすら顔を俯かせ続け、威圧感を放ち続けるライスシャワーに最大では足りない極大の警戒を行っていた。
緊張し切っている自身が育てたウマ娘を見守るトレーナーたちもレース前から手に汗を握っていた。
彼らも悩んでいたのだ。あの怪物相手に自分の大事なウマ娘を出走させていいものかと。
現に直前で出走停止、またはホープフルステークスではなく、朝日杯の方が勝てるのではないかと急遽方針転換した陣営もいたほどだ。
しかし、朝日杯にはあのサイボーグウマ娘がいた。
そんな意思の弱い選択ではライスシャワーが台頭する前から、ファン・専門家の両方から注目されているミホノブルボンには勝てるはずもなかった。
結果は――終始先頭を走ったミホノブルボンがペースを乱すことなく、危なげないレース運びで6バ身差の勝利。
戦う前から逃走した弱者は淘汰され、このレースに残ったのは勇気と希望を信じた勇者たち。
同じG1レースでも実力もレースにかける意思も朝日杯よりもレベルの高い、としたのがレース評論家の総論だった。
栄誉あるG1に出走する実力者たちが今まであった油断や驕りを消し去り、ただ勝利と未来を望んでいたのだから当然といえば当然である。
本レースの肝は爆発的な末脚を持つライスシャワーを自由にせずバ群に沈ませるか。
前走のレースを研究し、トレーナーたちはライスシャワーの欠点に気づいた。
前走の映像を見るにライスシャワーはポジショニングセンスに欠けていた。
前走の京都ステークスでは単純に誰もいない大外に構え、ロングスパートをかける。
そして豪脚で直線一気にぶち抜く素人映えするド派手な戦法で勝利を収めていた。
が、大外を回り込むの時の位置取りが下手で直線で抜け出すときも前にいるウマ娘を避けるために更に外に回っていた。ロスが非常に大きい走り方をしていたのだ。
本レースが2000mではなく、2400m以上であれば勝ち目はまずなかった。
ライスシャワーのあの小柄な体躯は明らかに長距離を主戦場にするステイヤー向きである。
スピードばかりに目が行きがちだが、あのロングスパートはスタミナに自信があるからこそ出来る芸当だ。
けれども、幸い距離は2000m。
加速するまでの距離が足りない上に、ウマ娘全員が神経をすり減らすことにはなるが、位置取りや抜け出しが下手な彼女をブロックしながらも脚を溜めることも出来る。
もし、デビュー戦のように先行策に来た場合は……全陣営談合せずとも考えは同じだった。
抜けださせないようにライスシャワーの四方を取り囲むように走り、潰し切る。
ライスシャワーを潰したその後の細かい展開もトレーナーたちはウマ娘を勝たせるべく考えに考え抜き、ウマ娘は寝る間も惜しんで自分たちに応えようとしてくれるトレーナーに報いるために努力を重ねた。
と、ジュニア期のウマ娘相手にすることのない包囲網は完成させた状態で闘いの舞台へ挑む彼らではあったが――現実は無情だった。
――強者はなぜ強者足りうるのか。ウマ娘がどのようにして希望から絶望へと堕ちていくのか。
この直後、レースを見る全ての者が判らされることになる。
強敵揃いのG1レースだから緊張しちゃうのは当たり前ですよね(#^.^#)