ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
「やあ、トレー……モルモットくん」
「おい、逆だ逆」
「おや、失敬。で、最近巷で噂されている天才ゴミカストレーナーくんは何の用かな? 見ての通り、私に暇な時間はないのだが」
オレがヤツの根城に立ち入った瞬間にアルコールや医薬品の匂いが生温い風に乗ってきて鼻がイカレそうになる。
部屋の主――アグネスタキオンは学園内で開設したラボ(元トレーナー室)でティーカップを片手に人間工学に基づいたワーキングチェアに深く腰掛けていた。
狂っていても元々は名家・アグネス家のご令嬢。随分と様になってやがる。
ウマ娘の例に溺れず、タキオンもとんでもない美人だがこちらを実験動物としか見ていない無機質な目とその下の隈が全てを台無しにしていた。
「紅茶飲んでくつろいでるクセによく言うな。要件は……」
「またサポーターが壊れてしまったのかい? 私は科学者であって便利屋を営んでいる訳ではないんだがね」
「話が早くて助かるんだが、それを言われると返す言葉もないわ……」
「まったくもうっ! 早く破損品を出したまえ」
「ありがとう。それとライスシャワーの最新データを共有したから確認してくれ」
「ふぅむ……なるほどねえ。まだまだ研究が足りないようだ」
タキオンは白衣の袖元を口元に寄せつつ破損部分を念入りに調べた後、パソコンのモニターを眺めて大きくため息をついた。
続けざまに彼女はデスク下の収納スペースから新品のサポーターを取り出し、デスクの上にボンと置いた。
「とりあえず改良品が出来るまで、コレを使いたまえ。今の彼女なら持って2週間といったところだが」
「ありがとう。お前には世話になりっぱなしだな」
オレの虐待を受けて、ライスシャワーが無事なのは体が丈夫になっただけじゃない。タキオンの研究成果による薬と摩訶不思議なトレーニング用具が大きく関わってきている。
コイツはライスシャワーの虐待を続けるのに必要不可欠な存在となっているのだ。
「言っているだろう? WIN-WINの関係が続く限り、礼はいらないさ。それより、今日のブツはなんだい?」
「相変わらず物好きなヤツだな……オレの作る料理の実験台になりたいなんて」
「いいじゃないか。君のいう“虐待”ができて嬉しいだろう?」
コイツには途中で取り繕うのもバカらしくなった為、本音で話している。
コイツはオレに似て無駄や非効率、不利益を嫌うのでオレに利用価値があるうちは余計なことは言わないだろう。
それに、ライスシャワーの虐待に加担する共犯者みたいなもんだからな。
「タキオンのような反応じゃ全然面白くねえんだよ」
「つれないねえ。で、今日の虐待料理はどのようなテイストなんだい?」
「……これが今日のブツだ」
オレが本日土産に持ってきたのは酸っぱさと糖分たっぷりの地獄のコラボレーション
『クリームはちみつグレープレモンケーキ・ライムを添えて』だ。
一応は効能を試すために毒味をしたが、突き刺さる甘さと酸味の過剰摂取に頭が甘酸殺されそうになった。
頭の悪い造語をつくってしまうほど、ヤバすぎる劇物をまた生み出してしまったぜ……いつも付き合ってくれているコイツには本当に悪いことをしている。
ある意味、タキオンには毎回虐待が出来ているはずなんだがなんか全然愉しくないんだよな。
ミホノブルボンに対してもそうだが、自ら火中の栗を拾うヤツ相手には欲望が満たされない質らしい。
「これはまた……今日も破壊力がありそうじゃあないか」
「だろ? これで今度こそアイツらを黙らせてやろうかと思っている」
オレはいつの間にか用意されていた食器棚から皿を取り出すと事前に切り分けたケーキをその上に乗せ、ご丁寧にフォークまでタキオンの目の前にまで持ってきてやった。
しかし、いつもなら目をギラギラさせて毒味をするタキオンはケーキを目の前にして、口を半開きにしたまま微動だにしなかった。
「ん、どうした?」
「あーん」
「……え?」
「……あーん!」
「……は?」
無視を決めこむのも面倒くさいので聞き返すと、ぷくりと頬を膨らませたタキオンは腕が見えないほど余っている白衣の袖をパタパタと駄々っ子のように振り回す。
「あーん! あーん! あーん! あーん!」
「うるせえ! 何がしたいんだよ!」
「おやおや、随分と鈍すぎるんじゃあないかい? ああ、君ほど思考回路が欠損していないとあれほど事態を悪化させないか。では、モルモット以下の下等生物にもわかるように伝えて上げよう。これも実験の一種だよ。彼女たちにはまだこのような身の毛がよだつ禁断の行為はしていないんだろう? いわゆる、レクリエーションってやつさ」
まるで当たってないオレへの非難と妙な理屈を長文で並びたタキオンは口を開き、オレをジトッした目で睨みつけてくる。
オレほど機敏なヤツは他には居ねえよ。
でもまあ……タキオンの深すぎる目の下の隈もあって、ガンの付け方は反社会的勢力の人間もビビッて回れ右するほどのレベルだった。
しかも、理知的なように見えてタキオンはかなりのワガママだ。オレがしてやるまで止まらないだろうが……
「いや、だからお前みたいな反応のヤツにやっても……」
「……うわあー、とても気持ちが悪いよおー! 好きでもない異性に食事を手伝ってもらうなんてー! 私の尊厳も意思も全て君に掌握されているなんて最悪にも程があるーぅ!」
「……クク、そうか! そうだよな! なら、存分に喰らえッ!」
「そうだ! それでこそ私のモルモットくん! あーん……」
「あーん」
若干コイツの台詞が棒読みで乗せられた気もしなくもないが、目を瞑って小さく口を開けているタキオンに一口サイズにして食べやすくしたケーキを持っていく。
「クフッ……」
モキュモキュと咀嚼したタキオンは顔全体を手で覆い、耳や尻尾までプルプルと痙攣し始めた。
そして、決してこちらに表情を見せることなく今回の感想を伝えてくる。
「クフゥ! 今日も最低だ! 最低極まりない! 甘く、そしてガツンとくる酸っぱさに脳が壊死しそうになるこの感覚! 絶対に人に食べさせるべきものではないねッ!」
「だよなあッ! やはりオレは間違ってないよなあ!」
タキオンだけはオレの残虐な虐待行為を正当に評価してくれる。
「しかし、いかに酷い料理でも作ってもらった食事は完食するのが人の道理というものさ。自らの舌でウマ娘を殺しかねない兵器の解析をするためにも、全部食すとしよう」
一人でしたり顔で頷いているタキオンは、そこからオレからフォークを奪い取り一心不乱に劇物を食べ続けた。
うわっ、はええ! 早すぎる! 我慢しているとはおくびにも出さない光速の食べっぷりだッ!
コイツ、やりおるッ!
「ククッ、ごちそうさま。これで脳に刺激が行き渡り、非常に良いインスピレーションが湧いてきそうだよ」
「そりゃ、良かったよ……さてと、そろそろオレは仕事に戻るわ」
「では、さっさと行きたまえ。今の君はもう用無しだからね」
「はいはい……ッ!」
一瞬視界がぐらりと揺らぎかけ、その場に倒れそうになった。これから先の虐待の為とはいえ流石に3徹は無理をしすぎたか……?
「んん? どうしたんだい? 急に病弱アピールでもするつもりかい?」
「うっせえ……今日は仕事終わりにちょっと寄ってくわ。ちょうどお前とデータの検証もしたかったところだし」
「勝手に寄られても迷惑なんだが。君はこちらの都合をさりげなく無視してくるねえ。まあ、一度ミーティングを行うべきだと考えていたから利害は一致するね。寛大な心で許してあげようじゃないか……試作薬γとεも用意して待ってるよ」
「……ちなみに効能と副作用は?」
「効能は疲労改善。副作用は……飲んでからのお楽しみさ」
「お前の薬を飲むたびに治験のバイトがいかにヌルいかわかっちまうよ……でも、本当にお前には助けてもらってばかりですまないな」
「勘違いしてもらっては困るねえ。全ては研究の為だよ。モルモットがいなくなっては実験のしようがないじゃないか」
コイツもミホノブルボンと方向性が違ったドMだ。
被虐快楽が目的のミホノブルボンに対して、アグネスタキオンは知識欲を満たすことで快楽を得るタイプである。
けど、コイツが実験や検証を行う本当の目的は――ウマ娘の限界を超えた最高速の先へと自らの手で到達し、理論を証明するため。
そのためならどんな犠牲をも厭わない狂ったウマ娘だ。
コイツとは虐待無しで繋がっている信頼できるパートナーだ――今も昔も。
報酬には正当な対価を。ビジネスにおいてギブアンドテイクは絶対の法則だ。
ここまで助けてもらっている以上、オレもタキオンの野望を最大限叶える必要がある。
――こんなクズでどうしようもねえオレがタキオンにしてやれることなんて、限られているのだから。
クク、なんてな!
コイツの脚部不安が無事改善されたら、オレの栄誉ある新たな虐待ウマ娘に認定してやって、思う存分使い倒してやるからな!
ずっとオレをモルモットにしてきたツケは必ず払ってもらうぜ! フハハハハハ!
● ● ●
彼は新人であるのにも関わらず、出会った当初からサブトレーナーからではなく自らのウマ娘を選定する権利のあるメイントレーナーの権利を所有していた。
このことから日本一のウマ娘育成機関であるトレセン学園からの期待は相当のものだったのだろう。
事実、スポーツ医学に培った豊富な理論と机上の空論から新たな方程式を導き出す発想力には私とて目から鱗が落ちたほどだ。
――いや、発想なんかというレベルじゃない。まるで未来を見通す慧眼を持っているかのようだった。
更に悪辣な評判が広まっている私を信用し、妙に私の扱いに長けていた彼と行う常に新鮮な討論と議論および実験・研究は非常に心躍るものだった。
また彼は身体能力も通常の人間よりも並外れていて、ウマ娘用の実験器具を簡単に取り扱えるほど。
風林火山の教えを応用した雷の動きは是非とも技術に取り入れたいところだが……科学的に彼の動きを理論化することが今でも不可能なのが悔しいところだ。
「難儀なものだね、全く」
ひとつ言えることは彼は優秀であると同時に理想を追い求める完璧主義者でもあり、精神破綻者でもあった。
私とトレーナーくんとの付き合いは彼が今年の春に赴任してきた直後から始まった。
『……つまらないだろ。その程度のスピードしか出せないのは』
『アグネスタキオンが全力を出せるように協力する。だから、オレにも協力してほしい』
――初めてだった。心中を他者にも、そして自分にも決して明かして来なかった私が実験を行う根幹を指摘されたのは。
度重なる実験により学園にも居づらくなり、手を抜いた走りで賛美する曇り切った目で群がってくるトレーナー共にも飽き飽きしていたところだった。
何よりも……常に力をセーブしないと一瞬で壊れてしまう私の弱すぎる体には幾度も虫唾が走っていた。
もう自主退学してしまおうかと考えていた矢先にトレーナーくんと出会い、世界が変わった。
最初は私の専属トレーナーに成りたいがために近づいてきたのかと思ったが、彼は私を一切誘おうとする素振りは見せなかった。
宣言通りトレーナーくんは学園内に掛け合い、研究成果の一部を学園側に提供することを条件に私専用のラボを用意してくれた。
実験器具も自費で提供し、理論だけではインストールが遅い理想的な体の使い方も教わった。
その時に気軽に近づいてうら若き女性の体に触れるものだから、心拍数の上昇と実験続きによる自身の体臭が気になって仕方なかった。
私が香水の成分を分析・検証したり、非効率極まりない身嗜みに時間を費やすようになったのは思い返すとこの頃からだった。
彼のおかげで実験と分析および検証は大きく進歩し、私一人では半年以上はかかっていたはずの研究成果を僅か1カ月で挙げることが出来たのだった。
なぜ、そこまで献身的に動いてくれるんだい? と問いかけたら……
『全ては虐待のためだ』
と、答えた。
虐待の定義を疑うトレーナーくんの発言に最初は冗談を言っているのかと思ったら、どうやら本気のようだった。
『全ては研究の為』
奇しくも私の信条と重なるモルモットたりうる人物が通常の精神構造をしている訳がないのだ。
イカれた精神破綻者は同じくらい狂った異常者しか釣り合わない。
――だから、彼が選ぶ最初の被験者は私だと自負していたのに。
『オレ、ライスシャワーの専属トレーナーになったよ』
『……え?』
ライスシャワー。よりによって小柄で筋力も無ければ柔軟性のカケラもない臆病で闘争本能に欠けた普通以下のウマ娘を彼は選んだ。
自惚れではなく、客観的な事実として私と彼女との先天的な才能の差は天と地ほどかけ離れている。つまり、能力面での採用ではない。
「どうして、彼女なんだい? 他にも候補はいたじゃないか」
「あの子なら、オレの虐待についてこれるからだ」
トレーナーくんの過酷ではあるが理に適った最適なトレーニングを受けているライスシャワーを見続けたことで、徐々に私は彼の選定理由に腑が落ちていった。
純粋かつ素直で従順で自己判断をしない管理しやすい性格に加えて、体も丈夫で根性は一級品のウマ娘。
加えて弱者たる自分を認め、己を必死に変えようとする秘められた意思の強さと彼から与えられた指示を何があっても途中で投げ出さない泥臭さが彼女にはあった。
そうか。彼にとって強くても壊れやすいウマ娘は虐待のしがいがないのだ。
彼が私に献身的に協力していたのも、自身の選んだ理想のウマ娘を壊すことなく虐待するため。
ウィンウィンの関係を望んでいたはずの私の脳はこの現実を受け入れることを拒否したものの、理性の怪物たる私はすぐに平静を取り戻した。
それなら今まで通り、相互扶助の関係を続けよう。
あくまで私達は利用し、利用されるだけのビジネスパートナーであり続けようと。
だけれども、トレーナーくんは非常に残酷な男だった。
彼はお節介とばかりにライスシャワーの研究データと共に今の私が無理なくこなせる費用対効果に優れたトレーニング方法を常に送ってくる。
自堕落でマイペースな私の身の回りの世話を度たび行い、どんなウマ娘であろうとも堕落させるほどの破壊力がある料理を作ってもらって。
トドメには……
『オレが学園にいるうちに、必ずお前も虐待できるようにする。必ずだ』
実験を手伝う目的として、私の虐待にまで視野を入れている鬼畜ぶりに私は呆れ果ててしまった。
ズルいなあ。君はズル過ぎるよ。
――そんな風に言われたら、君を諦めきれなくなるじゃないか。
● ● ●
討論や研究の末、来賓用の大きなソファで眠りこけている虐待トレーナーの寝顔をじっくりと眺めると、化粧で誤魔化していた目のくまがくっきりと浮き上がって見えた。
「君への釈明は適当な観察結果で誤魔化すとするか……」
別に泊っていけといった訳ではない。
私がトレーナーくんを私のラボに泊まらせたのだ――疲労回復薬に遅効性の睡眠成分を混ぜ込んでね。
だって強制的に眠らせないと君は活動し続けてしまうだろう? 無理をするなと偉そうにいう割に自分はお構いなしなところにほとほと愛想が尽きるよ。
私たちはパートナーなのだろう?
報酬には正当な対価を。ビジネスにおいてギブアンドテイクは絶対の法則だ。
今の私から君に上げられるものは研究成果とひと時の安らぎだけ。非常に歯がゆいものだよ。
私は室内の電気を消して彼の胸元に潜り込み、顔を押し当てながらぎゅっと抱きしめた。
……とても、温かい。私が非効率で不必要だと切り捨ててきた温もりとはこのようなものなのか。
フフ、バカらしいねえ。理屈では証明できない錯覚作用だ。けれども、全く決して悪くない気持ちだ。
「いつか、いつか……君の虐待を受けられるようになりたいな。私の目指す光速の先へ付いてこられるのは君だけだからね」
彼の心地よい匂いを至近距離で吸い込んだ私は一気に微睡の世界へと堕ちていった。
――なあ、トレーナーくん。君の知る“私”もこのような心の贅肉を抱えていたのかな……?
距離感や価値観を正確に把握しているが故に、友人やパートナー以上の関係には近づけないヒロインの図。
「マッドサイエンウマ娘が絶対に負けないラブコメ」
誰か書いてください。