ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。   作:カチュー

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アオハル杯のライスがメンヘラちゃんになっていたので、投稿再開します。


#17 見捨てないで

 ホープフルステークスで1着。我が虐待ウマ娘は見事に目標を達成した。

 

 あの勝ち方はいただけなかったが……大観衆の前で痛烈で理不尽な虐待をしてやったからこれ以上オレが言うことはねえ。

 G1レースに勝つことはウマ娘にとって非常に名誉なことだ。素直にそこは認めてやろう。勝ったのは紛れもなく、アイツが苛烈なる虐待に耐えてきた証拠だ。

 

 でもまあ、なんだ。レース場でキレちまったのは、ちょっと大人げなかった気もしなくもない。

 なので、今日はライスシャワーへの褒美と詫びとして朝練は中止。午後から練習を始めることにした。

 集合場所でライスシャワーを待ち構えていると。

 

 

「お、お兄さま……」

 

 いつにも増して挙動不審になっている我が虐待ウマ娘が小柄な体を更に縮めるようにして、近寄ってきた。

 昨日の理不尽なマジギレが結構効いているみてえだな。オレと対面する緊張で、耳を真後ろに硬直させていやがる。

 

 いつもなら、怯えている可愛いライスシャワーを内心ニヤニヤして愉悦に浸っているところだが、今日は寸前のところで堪える。

 

「来たか、ライス。その、昨日は悪かったな。せっかくの大舞台で勝ったのに、水を差してしまった」

 

「え、ううん! 全然そんなことないよ! 言いつけを守らなかったライスがぜんぶ悪いのに……!」

 

 神妙な表情を作っているオレに対して、ライスシャワーは恨みつらみを押し殺して、社交辞令で返してくる。

 実に憐れだぜ。パワハラ虐待上司に文句ひとつ言えない脆弱さがよお……! クックック……おっと、いけないいけない。今日は我慢だ。

 

「いや、オレが……って、堂々巡りになっちゃうな。じゃあ、今日からまたよろしくな」

 

「うん、お兄さま!」

 

 誠に遺憾ではあるが、詫びも兼ねてしばらく虐待を控えめにしてやろう。過激な虐待ができなくて超絶つまんねえが、背に腹は代えられねえ。ライスシャワーの疲労蓄積度がピークに達しているというのが一番の理由だが。

 今までのメニューからしたら、天国ともいえるトレーニングメニューをこなしたライスシャワーにオレは静かに声をかけた。

 

 

「……よし。今日はここまでにしておこう」

 

「え、もう終わりなの……?」

 

「ああ。お前もレース明けで疲れただろう」

 

 珍しくオレが善意100%の神提案をしているのにも関わらず、ライスシャワーはなぜか目の奥にあからさまな怯えを滲ませた。

 

「そ、そんなことないよ! 全然足りないもん! まだまだライス、がんばれるからっ!」

 

「その気合は次の機会に取っておけ。しっかりと休むのもトレーニングだぞ」

 

「で、でも……」

 

 チッ! めんどくせえ! コイツまでMの気質が目覚め始めてきたのか!? 休めるときに休んでおけって言ってんだよ!

 

「……てないで」

 

「ん?」

 

「……ううん。何でもない。言いつけは守るよ」

 

 ボソッと何かぼやいた後に、ライスシャワーは儚げに笑った。

 

――その時のライスシャワーの暗く淀んだ表情に、オレは既視感を覚えてしまったのであった。

 

 

 

● ● ●

 

ライスはウマ娘の栄誉であるG1レースに勝つことができた。勝った瞬間はとっても嬉しかったんだ。人生の中でも、トップクラスにいい気分だった。

だって、観客の皆さんがあんなにもライスの走りで興奮してくれて……嬉しそうにしてくれて。

 

 やっと、こんなライスでも人々に幸せを与えられるようなウマ娘に一歩近づけて、――すごく幸せ、だった。だけど、ライスは自惚れから一瞬でも忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。

 

 ライスにとって――絶対は、お兄さまだ。

 

 なのにライスは、お兄さまの指示に背いちゃった。お兄さまの、お兄さまの期待を裏切っちゃった。お兄さまに、失望交じりのすごく悲しそうな顔をさせちゃった。

 かつてない大観衆の前で行ったウイニングライブは、お兄さまのことで頭の中が真っ白になっちゃった。それでも、無事にやり切れたのはお兄さまが直接指導してくれた反復練習のおかげ。

 

 そうなんだ。ライスが行えるようになった全ての事に、”お兄さまのおかげ”がついてくる。

 

 そんなライスがお兄さまに見捨てられたら、どうなっちゃうんだろう、と。

 でも考えるまでもない事すぎて、ひとりで失笑しちゃった。

 

 ――全部が元通りになるだけ。ダメダメでどうしようもない、無価値なライスに戻るだけ。

 

 ただ一つ、元通りにならないことは……きっと、お兄さま無しで生き続けることが辛くて苦しくてしょうがなくなっちゃうんだろうな、ってことなんだ。

 

 ライスは失った信頼を取り戻さなきゃならないんだ。もっと、もっとがんばらないと。

 

 

 レース明けの翌日。朝練は珍しく無しで午後から練習と、お兄さまから連絡が来た。前走の時も休みだったけど、毎日お兄さまと朝練をして、お兄さまの自宅でおいしい朝ご飯を食べるのが当たり前になっていたから、どうにも居心地が悪かった。

 

 さらに最近、――ライスに内緒でブルボンさんがお兄さまの家に来ているようでとても不安な気持ちになっていたのも拍車をかけていた。

 ライス、知ってるんだ。隙あればブルボンさんがライスの目を盗んで、お兄さまに話しかけているのを。バレてないと思って、ライスが見たことの無い普通の恋する女の子のような甘えた表情でお兄さまに接しているのを。

 

 ブルボンさんのしあわせそうな顔を見ると、とてもモヤモヤした汚い感情が胸を渦巻いた。一言で例えると、不愉快だ。

 

 そんなこともあって、常にお兄さまの傍にいないとほんとうに落ち着かないよ。

 

 そうして、ようやくお兄さまに会える待ちに待った午後。集合場所のグラウンドに行くと、お兄さまは腕を組んで静かにたたずんでいた。ライスが来たことに気づくと、少しだけ気まずそうな表情で片手を上げてきた。

 

 

「よう、ライス。その、昨日は悪かったな。せっかくの大舞台で勝ったのに、水を差してしまって」

 

「え、ううん! 全然そんなことないよ! 言いつけを守らなかったライスがぜんぶ悪いのに……!」

 

 

 ――お兄さまはほんとうに、やさしい人だ。許してくれるどころか、何の落ち度もないのに、緊張しているライスに気遣って謝ってくれた。

 

 ライスがお兄さまから言われたいことを、全部察して言ってくれている。

 そして、ライスはほんとうにダメダメで汚くて嫌な子だ。お兄さまのやさしさに付け込んで、――お姫様のように扱ってくれるのを心のどこかで喜んでいるんだから。

 

 でも、お兄さまのおかげでライスのいつもの日常が始まった。お兄さまが指示を出して、ライスがそれに応える。練習は辛いけど、充実した毎日。これが、ライスの一番のしあわせな時間なんだ。

 

 ライスはお兄さまから与えられたウォームアップレベルのトレーニングの指示をこなしていると、

 

 

「……よし、今日はここまでにしておこう」

 

「え、もう終わりなの……?」

 

「ああ。お前もレース明けで疲れただろう」

 

 

 唐突にお兄さまから突然トレーニング終了を告げられた。な、なんで? ようやくこれからってところなのに……! 

 

 

「そ、そんなことないよ! 全然足りないもん! まだまだライス、がんばれるからっ!」

 

「その気合は次の機会に取っておけ。しっかりと休むのもトレーニングだぞ」

 

 そうやって淡々と口にしたお兄さまに、ライスは思わず身震いしちゃった。

 

 だって、今のお兄さまはいつものような練習時に見せる情熱がなかった。覇気がなかった。ライスの走る姿を見ても、生き生きとした表情を一度も見せてくれなかった。一度も、ライスに笑いかけてくれなかった。

 

 それって、――もうライスには期待していないってことなの? 

 

「……ないで」

 

「ん?」

 

 いや、いやだよ。見捨てないで、お兄さま。ライスは、お兄さまがいないとダメなの。お兄さまから離れたくないの。四六時中ずっとライスの傍にいて欲しいの。

 

「……ううん、何でもない。言いつけは守るよ」

 

 汚らわしい自己愛に溢れた願望を、口にできるはずもなく辛うじてたどたどしいであろう笑みをかたどった。

 

 

● ● ●

 

 まだ16時過ぎなのに、もう暗くなり始めている冬の夕暮れ時。肌をつんざく寒さは今のライスの凍り付いた心の中を表しているようだった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 呆然としていても、体に染みついた日課は簡単には振りほどけなかったライスはお兄さまに内緒で学園外をランニングしていた。指示以外の自主練はお兄さまに禁止されているのに、言いつけを守らないなんてまたお兄さまに失望されちゃう。

 

 けど、黙って部屋の中に閉じこもっていたら不安でぐちゃぐちゃに押しつぶされそうになっていた、と思う。

 

「……もっと、もっとがんばらないと。がんばる、がんばる、がんばる……」

 

 もう、失態はしちゃいけない。もっと、自分を追い込んで、弱い心を鋼よりも堅くして……お兄さまの指示はどんな状況でも守れるウマ娘にならないと。

 川沿いの土手で座り込み、休憩中も”がんばる”ことを自分に言い聞かせていると……

 

「あらあら。随分と悲しそうなお顔をしていますね」

 

「……」

 

「無視とは酷いですね。可愛い黒髪のウマ娘さん」

 

「……どなたですか? え……」

 

 しっかりと芯が通りつつも、美しい女性の声がライスの後ろから響く。他人に構っている余裕がなかったライスは一度目は無視して、二度目は普段なら怖くてできない粗雑な態度を取りつつ、振り向いて目を丸くした。

 

――絶世の美女ウマ娘。その言葉はライスの目の前でおしとやかに微笑みかけている、葦毛のロングヘアーを風に靡かせたウマ娘さんの為にあった。

 

 彼女はいかにもブランドものの高そうな赤いコートや洋服が汚れるのも気にせず、ライスの隣に座り込んだ。 

 

 

「黒髪のウマ娘さん。少し、私とお話をしませんか?」

 

「……い、今はそういった気分じゃ……」

 

「まあまあ、そう言わずに。あの人から教えを仰いだことがある同じウマ娘同士で、ね?」

 

 

 顔を合わせずに断ろうとするも、彼女は優雅な見た目と違って、結構押しが強かった。ちょっと、ちょっとだけ苦手なタイプかも……。

 

 ――え、あ、あれ? ちょっと待って……!?

 

「……あ、あの! あの人って、ライスのおにい……トレーナーさんのことですか?」

 

 でも、お兄さまはライスが初めての担当ウマ娘だって言ってたし……あれ、あれれ?

 

 突然降ってわいた衝撃の急展開のあまり、真正面から彼女の美しい瞳を覗き込むように凝視すると、

 

「やっと、上を向きましたね。ライスシャワーさん」

 

 不思議と似合ういたずらっ子ぽい表情でライスの頭をやさしく撫でてきた。

 

 




黙っていれば美人。某ご令嬢ウマ娘よりも上品なハジケウマ娘。

あ、この方はブラック要素皆無なのでご安心ください。

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