ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。   作:カチュー

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最近、ヴァルゴ杯用に何度も育成していて思ったこと。

――メジロライアンって、実はめっちゃ可愛くね?


#18 もう一人の担当ウマ娘

 

「その、お兄さまの担当ウマ娘だったって……本当ですか?」

 

 突如、現れた”超”をつけても足りないくらいの美人ウマ娘さんもお兄さまのウマ娘だった? 

 でも、お兄さまは今年初めて赴任されてきた新人トレーナーさんだ。中央に来る前に地方で働いていた訳でもない。彼女の言っていることは明らかにおかしかった。

 

 ライスの疑問に、どことなく深い知性を感じさせる落ち着いた美しい薄赤色の瞳を怪しげに細めた。

 

「本当ではないけれども、本当ですよ。ジャスタウェイな、ショッキングファンキーパッションってやつです。この世界ではほんの一握りのウマ娘しか知らない、へっぽこ新人時代からの付き合いですからね」

 

 ど、どういうことなの? 本当ではないけれど、本当? 後、途中からこの人が何を言ってんのかわかんないんだけど……。

 さらに頭が混乱していく中、彼女は陽気に笑って、別の話題へ話を進めた。

 

「あの人、とても優秀でしょう? たまにナルシスト気味で気持ち悪くなる時はありますが」

 

「は、はい……い、いや! ぜんぜん気持ち悪くなんかないですっ! どんな時でもお兄さまは、すごくカッコイイんですから!」

 

「はは! カッコつけてるあの人に、今度目の前で”うわっ、マジですっげえ気持ち悪いんですけど”って言ってみてください。あなたみたいな純真で温厚なウマ娘から言われたら、いいリアクションしてくれると思いますよ」

 

「い、言いませんっ……!」

 

「どうしても? 言ってくれたら葦毛工場直出荷”パクパクモグモグ、ですわ! 黒糖マシマシ激辛麻婆メジロドーナツ”を上げますよ?」

 

「そんなヘンテコドーナツなんて、いりません! それと、絶対お兄さまにそんなこといいませんっ!」

 

「はいはい、そんな声を大きくしなくても聞こえてますよ。ほほーん。小動物のように見えて、案外我が強いんですねえ」

 

「……あ! そ、その! ご、ごめんなさい!」

 

「いえいえ、面白い方は好きですので」

 

 あ、あうぅ……お兄さまのこととはいえ、初対面の人相手に声を荒げちゃうなんて。彼女は気にする素振りを見せなかったけど、またしても失礼なことをしちゃった。

 ライス、だめだめすぎるよ……。

 

 この後、名前も知らない美人ウマ娘さんとお兄さま談義に花を咲かせた。

 

「お兄さまはすごいんです! えっと、ライスがちょうど困っている時に……」

 

「ふんふん、それでそれで?」

 

 もっとも、向こうが話題を振ってくれて、ライスが答えるような形だったけど。

 けど、彼女とのお話はすっごく楽しかった。お兄さまがよく取る仕草だったり、会話の内容だったり、お兄さまの作る料理のことだったり。共通の話題でここまで楽しく盛り上がれたのは、今までのウマ生を振り返っても、記憶になかった気がする。

 

 ……綺麗なだけじゃなくて、コミュニケーション能力も高いなんて羨ましいなあ。

 

 短い時間で談笑を重ねて、彼女のおかげで暗く閉ざされていた心も一時的に忘れて、ゆったりと和んでいた時。

 河川敷に流れる冷たくも草の匂いの混じった風に髪を靡かせた彼女は薄暗い夕暮れ空を見上げて、心底不思議そうな口調で言った。

 

「ところで、あなたは何を勘違いして落ち込んでいるんです?」

 

「え……?」

 

「大方、あの人に昨日のレース内容のことで理不尽にキレられて、責めなくてもいいのに自分を責めて、自分勝手にしょぼくれていたんでしょう?」

 

「どうしてそれを……? い、いや全然理不尽じゃありません! いつも、お兄さまは正しいんです! お兄さまは絶対に間違ってなんかないんです!」 

 

「それは、本当に?」

 

 

 絶対の確信を持って断言するライスに眼前の女性は問い詰めるように言葉を紡いだ。怒鳴られたわけでもないのに……どうしようもなく背筋が寒くなってきた。

 

 

「この前のレースだって、お兄さまの言うことを守らなかったからいけなかったんです!」

 

「言うことを何でも聞くのが、本当にあなたにとって正しいことなんですか?」

 

「そうです! お兄さまはいつも、正しいんです! だから、言いつけを守れなかったお兄さまに見捨てられそうになって。悪いのは全部ライスの方……」

 

「……あー、めんどくせえ。何が見捨てられる、だ」

 

 ライスの懺悔の言葉に優雅で丁寧な言葉遣いを崩し、人が変わったように荒っぽい雰囲気を纏った彼女は頭をガシガシと掻きむしった。

 ぎょっとするライスの尻目に心底呆れた様子でライスの方へ顔を向けた。

 

「今までの話聞いてわかったんだけどさ。アンタ、少しはアイツのことちゃんと見てやれよ」

 

「そ、そんなの……」

 

――お兄さまを見る?

 

 そんなの、言われなくたってやってるもん。いつもかっこよくてやさしい大好きなお兄さまのことは毎日、欠かさず見ている。話してくれることはもちろん、ふとした仕草や反応まで全て。

 

「お兄さまはかっこいい。お兄さまはやさしい。お兄さまはすごい。お兄さまは完璧でいつも正しい。何も間違ったことは言わない」

 

 ここで言葉を止めた彼女にギロリと目力を込められ、吐き捨てるように言われる。

 

「実に大層で気色悪りぃことだ」

 

 気色悪い? 一体どこが……?

 

「アンタから見たアイツは、まるで”人”じゃねえみたいだ。設定を加えに加えた、おままごとの人形のように滑稽だな」

 

「そ、そんなことあり、ません」

 

 ハっと息を飲み込む。声がかすれつつも返答したけど、か弱い否定の言葉しかでなかった。だってお兄さまはライスにとって、まさしくしあわせの青いバラに出てくるお兄さまみたいな”理想”の男性だったから。

 

 ――ううん、それもちょっと違う。

 

「他人のことを、テメェ勝手に当てはめてんじゃねえぞ」

 

 お兄さまはこうあって欲しい。このようでいて欲しいと思っていた。自分の”理想”をお兄さまに押し付けていたんだ。

 

 けど、お兄さまはそんなライスの高望みしているライスの理想を軽々と凌駕してくる。そんなお兄さまに更に憧れて、好きになって、もっと望んでしまっていて。

 ――あまりにもお兄さまが理想的すぎるから、ライスは自分が何もお兄さまの役に立っていないことに怖くなっていって。こんなダメダメなライスじゃ、いずれ見捨てられるに決まっていると幸せの中でもどこかで思ってしまっていたんだ。

 

 目の前の彼女は、一人で勝手な決め付けを行ったライスに対して静かに怒っていた。その怒りの重圧に思わず耳と尻尾をビクリとさせてしまった。

 

「……すみません。怖がらせてしまいましたか?」

 

「い、いえ。あ、その、ハイ……」

 

「あー、クソ! 慣れないことはするもんじゃありませんねー。我ながらつまんねえヤツ……」

 

 苦い笑みを浮かべ、丁寧な口調へと戻した彼女は続けざまに諭してきた。

 

「いいですか、ライスシャワーさん? 第一、あの人が自分の選んだ担当ウマ娘を見捨てる訳がないでしょう?」

 

「それは……」

 

「あの人は、あなたを傷つけるようなことをしましたか? 命令を聞けないお前は用済みだとでも言われました? オレの言うことを聞かないカスは消え去れとでも突き放されました?」

 

「お、お兄さまはそんなことしてません!」

 

「ほらね? 怒って言い返してくる辺り、あなた自身わかっているじゃないですか。アイツは、何があっても絶対に自分が選んだウマ娘を見捨てない」

 

……そうだよ。お兄さまは言ってくれたんだ。ライスから見捨てろと言われても、見捨てないって。

 

 それなのに、ライスは前日のレースでの失敗と間違いなくお兄さまに好意を抱いているブルボンさんのことで不安や疑心を持って……今のポジションを奪われると焦っていて。お兄さまがどう思っているか。何を考えているのかを直接聞こうともしなかった。自分の作り出した”偶像”のお兄さまばかり見ていて、目の前にいるお兄さまのことを見ようとしていなかった。

 

「結局、今日アタシが何が言いたかったかっていうと」

 

 そう言い、ライスの両肩に手を置いたこの人は痛みを感じるぐらいに強く肩を握りしめてきた。

 

「くっだらねえ被害妄想でメンヘラみたいにウジウジ悩んでんじゃねえ! アイツに言いたいことがあったら、恐れず直接ぶちまけろ! アイツのことを本当の意味で信頼しやがれ!」

 

 握りしめてきた手は熱量溢れる台詞のように暖かかった。そうして、握りしめる力を緩めた彼女は肩をポンと叩いてきて…… 

 

「――アイツが担当したウマ娘の中で一番信頼されるヤツになれ。アイツの夢を、叶えて上げてくれ」 

 

 そう言い、彼女はほんの微かに寂しさを交えたような笑みを見せた後……シックで高級そうな腕時計をチラリと見た。

 

「……そろそろ時間ですね。今日は貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございます」

 

「え、もう……ですか?」

 

「名残惜しいのはわかりますが、あえて去り際を引き留めないのも女性の魅力ですよ」

 

 子供をあやすようにあしらわれて顔がぽっと熱くなっちゃったけど……あ、そうだ! これだけは聞いておかないと!

 

「……あ、あの! じゃあ、最後にお兄さまの夢って何か教えてください!」

 

「ウマ娘を虐待すること、ですかね?」

 

「……え!?」

 

「ははは! 冗談ってことにしておきます。私の口から伝えてもつまらないでしょう? ちゃんと聞きたいことは本人から聞き出しましょうね」

 

 勇気を出して彼女から聞き出そうとしたが、あっさりと煙に巻かれてしまった。やっぱりダメかあ……それにしても、サラリと”虐待”ってビックリする言葉が出てきて、またまた驚いちゃった。

 

 お兄さまの夢についてはすごく気になるところだ。今まで一回もお兄さまの夢のことは聞いたことが無かった。

 

――そういえば、お兄さまの担当ウマ娘になって1週間ぐらい経った時に聞かれたんだっけ。

 

『なあ、ライスシャワー。君の夢は何だ?』

『……え、と。その。ちょっと、言うのは恥ずかしい、です」

『人に夢を話すなんて恥ずかしいかもしれないけど、これだけは聞いておきたいんだ』

『で、でも』

『まだ信頼もないヤツなんかにって思うかもしれないけどさ……』

『そ、そんなこと、ありません! ……ライスは人々に幸せを分け与えられるようなウマ娘に、なりたいです』

『いいじゃないか。とても、カッコ良くてキラキラした夢だ』

 

あの時のお兄さまはとても暖かい眼差しをしていた。真正面にライスの目を見てくるお兄さまと夢のことを話したことで顔が真っ赤になったことは今でも記憶に残っている。

 

「それでは、今度こそお別れですね」

 

 と、一瞬ライスが過去へと記憶を遡らせていた中、彼女はすくっと立ち上がり、コートやズボンについた汚れを払いのけてスタスタとトレセン学園とは逆方向の道へと歩き出した。

 慌てて、ライスも立ち上がり彼女の背中越しにお辞儀をする。

 

「あ、あの! 今日は本当にありがとうございました! ライス、もう一度お兄さまと自分のことをちゃんと見つめ直します!」

 

決意表明をあらわにしたライスに、足を止めた彼女は振り向くことなく右手を高く上げて、

 

「……んじゃ、ライス! アイツのこと、頼んだぜ!」

 

 そう言い残し、まるでこの場に存在しなかったかのように……

 

「え? ど、どこに行っちゃったの?」

 

 ライスの目の前から突如姿を消した。この場所は長い一本道で見失う訳がないのに……。

 

 でも、あの人なら突然消えても不思議じゃない気がした。神出鬼没でたまに何を言っているのか分からないけど……お節介でとてもやさしい人。

 

「――お姉さま。ライス、やってみせます。もう逃げません」

 

 自分に向きあい、お兄さまにもちゃんと向き合う。その上で嬉しいことも不安なことも共有して、レースでも日常生活でもお兄さまから一番信頼されるウマ娘になってみせる。

 

――それと、ブルボンさんには絶対に負けない。

 

 あっ、そういえば……!?

 

「お姉さまのお名前聞くの、忘れちゃった……」

 

 でもでも、あれだけ美人な人だもん。ネットで調べればお姉さまのことが検索で出てくるかもしれないよね。帰ったら、調べてみよう! 

 

 がんばるぞー、おー!

 




ライスシャワーちゃんの闇堕ちを期待していた方は大変申し訳ございません……!

その代わり、ライバルウマ娘がそろそろダークサイドに堕ちるかもしれんからね!


補足:謎の美少女ウマ娘さんには現界時間があります。お助けキャラは都合よく何度も使えないってことですね。

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