ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。   作:カチュー

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アクエリアス杯が開始されたので、投稿開始します。
手塩に掛けて育てた魔改造ブルボンが無双していて楽しいんじゃあ!



#21 迫る影

 本日は12月31日。世間では大晦日と呼ばれる日で家に引きこもって家族とにこやかに団欒しているヤツも多いだろう。

 労基法違反まったなしのブラック環境で働くトレーナーたちには日付感覚もわからなくなるので関係ないけどな。

 

 そんな過酷なトレーナーたちも年末年始は連続休暇を取れる。まあブラックって言っても、中央トレーナーの給料は一般会社員と比較したら比べるまでもなく高給取りだ。なにより、担当ウマ娘がレースに勝利した暁には特別賞与が出るのが大きい。さらにG1を制したと成れば、ただのサラリーマンからしたら半年は生活に困らない金額が一括で振り込まれる。

 

 賞金額がべらぼうに高いジャパンカップ・有馬記念を優勝した日には……と一攫千金が狙える夢のある職業でもあるのだ。なので、高収入目当てでトレーナーを志す輩も多い。

 が、オレはそんな程度の低い志なんか持っちゃいねえんだよなあ……!

 

 オレの目的は――可愛いウマ娘が苦しみ藻掻く姿を見て愉悦に浸り、虐待することにあるんだからな!

 

 と、現金な話はここまでとして、せっかくの貴重すぎる休日にオレが何をしていたかというと。

 

「ふう……この店のコーヒーは最高だな」

 

 休日返上で年明け後の虐待メニューに頭を悩ませた結果、年末でも平常営業していた行きつけのレトロな雰囲気のリーズナブルな喫茶店で息抜きをしつつ、これからのタスクを整理していた。

 コーヒーを5杯も注文し、昼から夕方まで集中して取り組んじまった。それも当然だ。

 何故なら来年はいよいよライスシャワーにとって、一生に一度のクラシック戦線が始まるから。我が虐待ウマ娘が他バに絶望を与えた上でクラシック三冠を取り、そのままシニア期のウマ娘たちにも虐待をしかけ、ジャパンカップ、有馬記念を制する。その為には……。

 

「今のところ同期で敵になりそうなのは、やはり超ド変態オブザイヤーのミホノブルボンか。純粋な精神面の強さでいえば、マチカネタンホイザも侮れねえ。ライスに絶望的な敗北を味わわされても、一人だけ未来を見据えていたしな……」

 

 軽く脳内の情報の処理に集中している中、オレのすぐ左方向から女の声が生まれた。

 

「あの、相席よろしいでしょうか? はい、ええ。銀河よりもドーナツよりも寛大なお心遣いありがとうございます、ですわ」

「……いや、許可していねえんだけど」

「細かいことを気にする男性は嫌われますですわ」

 

その女――正確に評するならばそのウマ娘は、誇張表現で唖然とするほど美しかった。神々しいまでに整った美貌。モデル並みの高身長に長い手足。一見すると非の打ち所がない葦毛のウマ娘がオレに話しかけてきた。

 

「っと……失礼いたします、ですわ。ここ、穴場なんですわよね。人通りのない路地裏にポツンと佇んでいる、今にも潰れそうなさびれた喫茶店」

 

 そいつは許可も取らないまま、オレの対面に優雅さを置き去りにどかっと大きく音を立てつつ、対面に腰かける。

 令嬢のような上品さを辛口レビューで台無しにしつつ、オレの飲みかけのコーヒーに手をつけた目麗しい彼女は、これでもかというほど渋い表情を見せた。

 

「……あら、泥水を啜ったほうが幾分マシな味と。わざわざ特製ブレンドで注文する品ではありませんわね」

「勝手に飲んでおいて、人の好みをディスってくるんじゃねえ! ったく」

 

 悪態をつき、自由奔放という文字の体現者に呆れの中に羨望を混ぜて睨みつける。

 

「いつまでマックイーンを中途半端に真似た気色悪い口調を続けるんだ……ゴルシ」

「あー、ひっでえな。ここにマックイーンがいたら、およよー! って悲壮感たっぷりで泣いちまうぜ。あー、店員さん! コイツにアイスカフェラテ、ミルクと岩塩とハバネロたっぷりで頼む!」

「そんなゲテモノ誰も飲まねえよ! 糖分・塩分・辛味成分のビックウェーブでオレを殺す気か!?」

「つまんねー。せっかくアンタが好きそうなの注文してやったのによ」

 

 ゴールドシップ……通称ゴルシ。容姿端麗が基本であるウマ娘の中でも誰もが認める絶世の美人でありながら、ウマ娘中屈指の変人である。

 学年不詳。年齢不詳。住所不定。実力未知数。ゴールドシップの生態は謎に包まれている。

 

 にしても、ここまでコイツが姿を現さないことは無かったんだが……。

 

「今までどこをほっつき歩いていたんだ?」

「おうッ! 漁業組合に殴り込みして、宇宙一周マグロ漁船旅行に行ってきたんだZE☆。壮観だったわ~、――煌めく星々に、波濤の如くマグロが飛び交うオーシャンブルーの惑星は……」

 

 ゴールドシップはよく通る声で、ぼんやりと遠い目をし、世にも奇妙な物語を思い返すようなそぶりを見せた。その姿はハリウッド映画に出てくる名女優のように、とても美麗で魅力的なものであったが、――コイツのイカレファッキ〇な感性を知っている以上、男として何の情欲も湧いてこない。

 

「んま、愛するゴルシちゃんがいなくても思ったより元気そうで良かったわ!」

「お前もいつも通りすぎて、却ってホッとしたわ」

 

 誰もが羨む美貌を存分に宙に放り投げている残念すぎるウマ娘はテーブルに肘を付き、頬杖をつきつつ、天真爛漫に歯を見せて笑った。

 ――けどまあ……アグネスタキオンといい、コイツといい態度が変わらないヤツは安心するな。

 

 にしても、ゴールドシップがここまで一度もトレセン学園に顔を出さないことなんて今までなかったんだが……。

 ひとり疑問に思っていると、パンと目を輝かせたゴールドシップが興奮気味に語ってきた。

 

「そうそう、見たぜー! アンタが担当しているライスシャワーのレースをよ! 完璧ゴルシちゃんをクレイジーリスペクトした走りに滾っちまったよ、おい!」

「まあ、やはり勝負事は派手に勝つことこそ映えるってもんだしなあ」

 

 ニヤニヤとしてくるゴールドシップに深く頷く。付け加えるなら、弱者であると偏見を持たれたヤツが強者だと勘違いしているヤツを倒すカタルシスは、最高の一言に尽きるってもんだ。

 自分勝手に人を舐め腐った敗北者の絶望面は見ていて胸がスカッとするからな。

 

「にしても、アンタが岩場で漁られないように震えているアサリのようなウマ娘をスカウトするとは、――ラグナロクを体で受け止めた時より衝撃的だったわ……」

「あー、お前のおかげで人類救われたー、ありがとうー」

「だろだろー」

「で、用事は?」

「うーわー、氷漬けにした温水を沸騰させたみたいに心に余裕がねえなあ。もっと日頃からスカイダイビングした方がいいって、絶対」

「めんどくせえ……!」

 

 ゴールドシップと話していると、会話の流れが崩壊しているのはいつものことだ。かといって、ただのバカではなく、研究肌のアグネスタキオンとは別ベクトルの高い知性を持っているのがこれまた厄介。

 コイツはなまじ頭が良い分、常人には価値観や思考を理解するのに時間がかかってしまうのが問題なんだよなあ……。

 

「んじゃ、アンタが収拾付かなくしたし本題入るなー」

「どう考えてもオレのせいじゃねえだろうが!」

 

 ハハハ! と笑い飛ばしたゴールドシップだが、しばらくすると表情を真顔に変えた。

 

「なあ、アンタさ……また壊すつもりなのかよ?」

「……ああ?」

 

 壊す。主語がない曖昧な表現だが、オレにそういったニュアンスで伝えてきた時点で意味することはわかっていた。

 また、担当ウマ娘を壊すつもりなのかと。

 

「何言ってんだよ。逆に壊れる要素なんて、万に一つも無いはずだ。壊さないように、今までライスシャワーを徹底的に虐待してきたんだから」

「……壊れかけだったってーの」

 

 オレの回答にゴールドシップは心底呆れた顔をして、聞き取れない声量でぼやき大きく嘆息した。

 

「にしても虐待ねえ……アンタ、変わっちまったな」

「オレは変わってなんかいないよ。ただ、楽しく生きるのはやめただけだ」

「……つまんねー。どうしてこうもスカッと生きらねえのかねえ」

 

 コイツの小バカにした態度に少しだけイラっときたオレは……。

 

「誰もがお前のように自由に生きられたら何の苦労もしねえよ」

 

 と、安易に言い返してしまった。それが引き金になった。

 

「――それを、誰よりも自由に拘ったアンタが言うのか」

 

 顔も口調すらも平坦だったが、ゴールドシップは短い台詞に怒気を何重にも織り交ぜていた。ゴールドシップに悪いと一言添えて、目線を空っぽのコーヒーカップに向ける。

 

「いったい、どこで間違えちまったのかな……アタシたち」

 

――違う。お前はずっと正しかった。間違えたのは、オレの方だ。

 

 まだトレーナーとして右も左も分からなかったオレは走ることが大好きで生き甲斐のウマ娘の夢を叶えるため、たゆまぬ努力をした。

 オレは、アイツの走る姿が大好きだったんだ。だから、アイツがオレの指導で止まることなく異次元の先へと歩みを進めるたびに胸が高鳴り、彼女の夢を叶えるために加速的にのめり込んでいった。

 

 結果、彼女の夢は叶った。叶ってしまった――彼女のレース人生の終わりと同時に。

 

『私は……あなたのことがずっと好きでした。誰よりも愛しているんです。トレーナーさんのためならどんなことだって出来ます。誰よりも役に立てます……! だから、お願い。お願いです! あなたの傍に、ずっといさせてください……!』

『……違うだろ! お前が愛しているのは、オレなんかじゃないだろうがッ……!』

 

 ――代替としての生き甲斐をオレなんかにしてくる変わり果てた姿に……目を背けて逃げてしまった。

 

 逃げたオレに対して、スズカが見せた瞳に渦巻く暗闇が今でも忘れられない。

 

 だから、今のオレは絶対に間違ってはならないんだ。

 

――二度と間違えない為に、ゴミでクズでカスな虐待を愛する男になったのだから。

 

 

「……おっと、もうカーブラックホールが閉じる時間か。んじゃ、しばらく会えねえと思うが、達者でな!」

「いや、待て! どういうことだ? これから学園に滞在するんじゃないのか?」

「ゴルシちゃんは謎の多いウマ娘! 学園じゃなくてもどこにでもいるから安心しろって! クハハ! では、100億ドーナツの果てでまた会おう! それとこの世界のスズカだが、アタシたちのよく知るスズカだったぞー!」

「……は!? ちょ、おま!」

 

 瞬きする暇もなく立ち上がったゴールドシップはオレを置き去りにして店を出た。慌ててすぐ後を追うも、ゴールドシップの姿ははじめからいなかったかのように影も形もなかった。

 神出鬼没で生態不明のゴールドシップではあるが、いつもハッキリと話すゴールドシップが早口で焦るように残していった最後の言葉がオレにとっては決してスルーできない内容だった。

 

「スズカが、オレたちのよく知るスズカ……?」

 

 ありえねえ。だって、この世界で一度たりともスズカ自らオレに接触してきたことは無かった。念のため、学園当初にリスクを冒してスズカと話してみたことがあったが完全に見ず知らずの他人と話すときのスズカで胸を撫でおろしていたのによ……!

 

 仮にゴールドシップのいうことが本当だとしたら、尚更わからねえ。アイツはきっと未だにオレのことを――。

 

 だとしたら、マズい。もう手遅れの可能性も……!?

 オレらしくない、この時点で動いても何の意味も持たない行動を取った。電話帳から大事な虐待ウマ娘の名前を探し出し、登録されたダイヤルを震える手で押した。

 

 たった1回の呼び出し音ですらもどかしい。2回、3回と呼び出し音が鳴り……4回目で可憐な少女の声がスマホのスピーカーから発せられた。

 

「お、お兄さま! どうしたの?」

「せっかく実家に帰ったばかりなのに電話をかけて悪いな、ライス」

「ううん! 全然! むしろ、お兄さまの声を聞けて嬉しいよ!」

「それでさ、ライス――お前はサイレンススズカと話したことってあるか?」

「スズカ先輩と? ……ううん、ほとんどないかな」

「そうか。それなら、いいんだ」

 

 電話越しからも伝わる困惑した声にオレは大きく息を吸い込んだ。どうやら接触はなかったらしい。心臓の鼓動が静まっていくのを確認して、世間話に切り替えた。

 

「ところでライス、久々の実家はどうだ?」

「うん! お父さまとお母さまにも会えたし……すっごくライスの活躍を褒めてくれたよ!」

「よかったな」

 

 電話越しでもライスシャワーの喜びが伝わってくる。クク、親御さんよ。もっと褒めてやれ。報われるべき存在が報われたんだ。娘を何よりも大事に思っているアンタ達が一番祝福してやらなきゃな。

 

「てか、褒めなかったらお前んちに乗り込んでやろうと思ってたのに」

「そ、それはちょっとまだ早いと言うか……!?」

「そうだな。それじゃ、オレたちの夢が叶ったときに訪問させてもらおうかな」

「……お兄さま。うん! 一緒に夢を叶えようね!」

「ああ。んじゃ、よいお年を」

「お兄さまもよいお年を!」

 

 電話を切り、自然と出ていた額の冷汗をハンカチで拭う。そうだよな。ライスシャワーに接触を図っていたとしたら、徹底的に虐待をしているオレがわからないはずがねえ。

 

「とすると、誰が狙いだ……?」

 

 アイツは変わっていないとしたら、オレ自身に被害を加えようとしない。オレの周囲を不幸にして、ほくそ笑むはず。だが、今のオレは自他ともに認める嫌われ者。ライスシャワーへの虐待を見ているウマ娘からも、マスメディアからも最悪の評価を受けている。

 そんなオレに唯一付き纏ってくる変わり者がいるとすればアグネスタキオンと……ミホノブルボンしかいない。

 

「出ねえか……クソッ!」

 

 油断していた。一人ぐらいなら多少気にかけてもいいと。アイツと同じ逃げウマ娘だから、夢を見てしまった。それにミホノブルボンがアイツ以上に無茶なトレーニングをしていたから……放っておけなかった。

 電話帳に登録されていない番号からの着信だ。だが、オレには見覚えのある番号だった。画面に表示された緑色の受話器のマークをスライドして、耳に当てる。

 

「……もしもし」

『……お久しぶりです、トレーナーさん』

 

 音声変換されてはいたが、幾度も近くで聞いた綺麗なソプラノボイスだった。あまりにも海馬に刻み付けていた情報と変わらなすぎて、感動的な状況とは真逆なのに目頭が熱くなりそうになった。

 

「不得意だった腹芸がすっかり板につきやがったな……スズカ」

『ふふ、トレーナーさんが教えてくれたおかげですよ。それよりも、思ったより驚かないんですね』

「今しがた、嵐のように去っていたヤツが教えてくれたからな」

『……この世界でも私の邪魔してくるなんて、本当に不思議で邪魔な人。でも、ちょっと到着が遅かったみたいですけれど』

 

 くすくすと愉しそうに話す声の主・サイレンススズカは本題へ切り込んでくる。

 

『せっかくの大晦日で恐縮ですけれど……今から会ってお話ししませんか?』

「どこに行けばいい」

『嬉しいっ。トレーナーさんが私に時間を割いてくれるなんて……』

 

 サイレンススズカの情感たっぷりの蠱惑的な声色に、どうしようもなく胸が苦しくなった。オレが壊してしまったスズカだと改めて現実を突きつけられたからに違いない。

 

「そうですね……では、私たちの約束の地。で、いかがでしょう?」

「分かった。すぐに向かう」

「お待ちしておりますね。それと……今でもあなたのことだけを愛してますよ、トレーナーさん」

 

 歪み切った愛の告白で耳元をくすぐったサイレンススズカは電話を切った。同時に店へ戻り、勘定を済ませ外に出たオレはビジネスバッグを担ぎつつ事務作業で怠けていた右足でコンクリートの地面を思いっきり踏みしめた。

 

――ずっと目を背けてきた大切だった人物に会いに行くために。

 




今回のお話では心に余裕がないせいか、虐待トレーナーが本心剝き出しになって綺麗に浄化されてしまっております。

ソウルクリーナーの役割を果たしてくれたサイレンススズカさん、ありがとうございました。

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