ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
トレセン学園は昼休みの最中。生徒たちは束の間の休息を喜んでいることだろう。
そんな中……オレはデスクワークで鈍った体をほぐすべく、軽くグラウンドの外周をランニングしていると。
「あ! ライスさんのトレーナーさん! こんにちは!」
「やあ」
トレセン学園から外部転入生としてやってきたウマ娘が元気と活力、そしてでっぷりと膨らんだ腹を丸出しにして話しかけてきた。
――コイツはスペシャルウィーク。自分以外のウマ娘が一切いない片田舎からトレセン学園へ転入した異色のウマ娘だ。
実際、トレセン学園へ入学できるウマ娘は限られている。
過去に何の実績もないスペシャルウィークがエリートが巣食うこの地へ転入できたという事実。これはコイツがとんでもない才能を秘めているからに他ならない。
それはそれとして、だ。
「……オレは君のトレーナーではないから口だしする権利はないが、食事はほどほどにしといた方がいいぞ」
「……え、えへへ。ここのご飯がおいしくてお代わりし放題だからつい……」
そのボムッ! ドンッ! と、でっぷり膨らんだたるんだ腹ァ! えへへ、ついじゃねえよ! どうにかせいや!
そして、コイツのトレーナーッ! アンタが放任主義なのは知っているが、肝心の虐待をサボってんじゃねえッ!
「今日はですね……な、なんと! 特別メニューの五段重ねにんじんハンバーグがありまして! えへへ、おいしくて一杯食べちゃいました。で、でも! 自分でもちょっとまずいかなって思ってまして。だから少しでも貯まったカロリーが消化できるかなって、散歩に来たんです! きっと昼休み中ずっと歩いていれば大丈夫、ですよね!?」
「毎日がチートデーじゃ、いくらウマ娘でも厳しいんじゃないか?」
「チートデー? よくわかりませんが、やっぱりそうですかねえ……トレーナーさんの力でどうにかなりませんか?」
「ならねえよ!」
「で、ですよね……はあ」
ウマ娘は人間とは異なり、少量の運動や時間経過で大量にカロリーが消化される。
なので、生まれつきウマ娘は太りにくい。だが、物事には限度ってもんがある。スペシャルウィークの摂取量はウマ娘の尋常じゃない消化カロリーをも超越しちまっているッ!
「ライスさんはいいですよね。私と同じぐらい食べるのに、ぜんぜん太らなくて」
「君よりは食わないが、アイツも大概だよな」
「お腹もぜんぜん膨らまないですし……羨ましいです」
ライスシャワーの体の神秘にスペシャルウィークと一緒に頷いてしまう。
オレの虐待ウマ娘として絶賛虐待中のライスシャワーも小柄のクセに並みのウマ娘をはるかに凌駕する大食らいだ。何より不思議なのはアイツはいくら食ってもスペシャルウィークみたいに腹が膨らまない点だ。腹は膨らまないだけで、摂取量が多いときは普通に太ってはいるが。
まあ、オレとしては目の前の天然アホ面のコイツやオグリキャップが誇る異次元の胃袋の方が不思議でならない。
「とりあえず昼休みは散歩程度にして、放課後は普段よりもハードなトレーニングを組んでもらえ」
「はい!」
「それとしばらく夕食は控えめにな」
「ええ!? そ、そんなあ……!」
「近いうちに君のトレーナーからも言われると思うぞ」
食事制限を提案され、この世の絶望みたいな顔をしたスペシャルウィークに追い打ちをかける。
「痩せたいんだろ? レースに勝てるようになりたいんだろ?」
「ううっ……でも、うーん……」
唸って、頭を揺らすスペシャルウィーク。とことん食い意地が張ってやがる。しかし、スペシャルウィークは少しした後に唸り声を上げるのをやめ、キラキラした真っ直ぐで純粋な瞳をして、しっかりとオレに対して顔を合わせてきた。
「……そうですよね! はい、わかりました! 私、鋼の意志を持って節食します!」
「そこまでの決意表明は聞いてねえ! しかもその意志とやらは序盤ですぐに効果が切れちまいそうだな、おい!」
桐生院家直伝の使えな……使いどころの難しいスキルを使用しようとしたスペシャルウィークに呆れてしまう。愛嬌たっぷりの変わらない姿に呆れて、気が緩んでしまった。
「ったく……スペは」
ここでスペシャルウィークはきょとんとした顔でオレを見つめてくる。オレもその顔を見て、自分の失言を悟った。
「今、私のことスペって言いました?」
「いや、言ってないよ」
「絶対言ってました! ウマ娘の耳からは逃れられませんよ!」
一応誤魔化そうとしたが、人間の聴力より優れたウマ娘相手には誤魔化しは通用しなかった。普段は抜けてるクセに、こういう時だけ敏感になりやがって!
「悪かったな。馴れ馴れしく呼んでしまって」
「いえ、ぜんぜん嫌じゃないです! むしろ、懐かしいというか、安心するというか……これからもスペって呼んでくれませんか?」
「断る」
「即答!? ひどいです! トレーナーさんのいじわる!」
「ほら、昼休み終わっちまうぞ。少しでもカロリーを減らすんじゃなかったのか?」
「ううっ……そうでした」
とぼとぼと歩き出そうとするスペシャルウィーク。オレはそのまま放っていこうとして、一歩歩いた瞬間……体が止まった。止まってしまった。
止まって、オレはジャケットのポケットをまさぐって中が見える透明な包みを取り出す。
「……ほら」
「……あっ、クッキー! 私にくれるんですか?」
今日の練習終わりにライスシャワーに渡そうと思っていた特製抹茶クッキーをスペシャルウィークに手渡す。
ちなみにこのクッキーは桐生院さんから頂戴した激苦茶葉を混ぜ込んである。試しにオレが試食したら、あまりの激苦さに勢いよくクッキーを吹きだしてしまったほどの劇物だ。
「夜に口寂しくなったら、それをよく味わって食べるといい。少しは腹の足しになるはずだ」
「あ、ありがとうございます! えへへ、やっぱりトレーナーさんは優しいですね。トレセン学園の皆さんも評判だけじゃなくて、もっとトレーナーさんのことを実際に知った方がいいのに……」
クク! オレが善人に見えるとか目が腐ってやがるな! タダほど怖いものはないって事を苦味と共によく味わっておけ!
「早く行きなって。放課後どころか午後の授業にも差し支えるぞ」
「はい! それではトレーナーさん、したっけ!」
ニコニコと笑顔で手を振って歩いていく天真爛漫なスペシャルウィークにオレも釣られて笑ってしまう。そして何気なく話している風を装った気疲れから、大きく息を快晴に向かって吐いた。
――スペは大丈夫そうで本当に良かった。
● ● ● ● ●
私――スペシャルウィークがトレセン学園に転入してから、だいぶ経った。初めての学園生活で不安だったけど、毎日がとても楽しい!
おしとやかなグラスちゃんや明るいエルちゃん、気位が高いけど面倒見がいいキングちゃんやひたすらマイペースなセイちゃん、いつも元気いっぱいなウララちゃん。
その他にも個性たっぷりで優しいクラスメイトたちに恵まれて、お母ちゃんとは出来なかったウマ娘さんたちとの競争も出来て……本当にここに来て良かったと思ってます!
やっぱりおもいっきり走るのは気持ちいいし、充実感がとってもある。
改めて、私は走るのが大好きなんだってトレセンに来てから自覚した。何の実績もない私をスカウトに来てくれた学園関係者、そして笑顔で送り出してくれたお母ちゃんには感謝してもし切れないなあ……。
そんなこんなで楽しい時間は着々と過ぎ、無事に担当トレーナーさんも決まった私は本格的に練習を始めるようになった。
そこで気になったのは一人のウマ娘、そして一人のトレーナーだった。
「おい、ライス! 何やってんだ! 体の傾け方が甘い! ストライドはもう少し広く取れ! 一歩一歩を大事に踏みしめろ!」
「は、はい!」
グラウンドでひたすら走り込んでいるウマ娘は今にも倒れそうな疲労困憊の顔をしていて、苦しそうで。そんなウマ娘にトレーナーは褒めることを一切せずに怒鳴り、厳しい指摘をしていた。
「ライスシャワーさん、かわいそうだよね」
スパルタ指導ってああいう感じなのかなあと顔を引きつらせて見ていた。するとちょうど近くにいたクラスメイトのウマ娘、トモエナゲちゃんが気分悪そうな表情を全面に出して言った。
「あのトレーナー、いつもライスシャワーさんにあんな感じの指導してるの。ライスシャワーさんがおとなしいからって、やりたい放題。見かねた生徒が学園側に直接抗議しにいったこともあったらしいんだけど、ライスシャワーさん本人が自分のトレーナーのことを悪く言うなと突っぱねちゃったらしくて……」
「そうなんだ……」
「なんでこんな人が中央のトレーナーになれたんだろう……トレーナー試験って人格面も評価対象に入るはずなのに」
「……たぶん、そんな悪い人じゃないんじゃないかな? きっといい人なんだよ」
「もーっ! スペちゃんは甘すぎ! 都会にはいたいけなウマ娘を騙そうとする悪い人がいっぱいいるんだからね!」
こんな悪い人には付いて行ってしまってはダメという事例を交えて、熱の籠った説明をし出したトモエナゲちゃんに私は苦笑いをしつつ、相槌を打つ。
(でも、あのトレーナーさん……)
確かに身長も高くて、言動も目付きも雰囲気も怖い人だけど……どうしてかあのトレーナーさんは私には悪い人には思えなかった。
「それはそうとして、スペちゃんのトレーナーは……放任主義だよね?」
「うん! でもちゃんとトレーニングは見てくれるんだ!」
「それはトレーナーとして当たり前なんじゃ……」
「そ、そうかなあ……」
私のトレーナーさんは初対面で足や太ももを触ってくるへんた……変人だけど、しっかりと私の話を聞いてくれるし、聞いた上でトレーニングメニューを調整してくれる。
私は担当になってくれたトレーナーさんにも会えたことを嬉しく思っていた。
だけど、それは別として……不思議とライスさんのトレーナーさんのことも気になっていた。
「あ、あの!」
「……ッ!? 確か、転入生のスペシャルウィークだったな。どうした?」
だから私は意を決して、偶然街中で見かけたライスさんのトレーナーさんに話しかけた。急に話しかけられたからかトレーナーさんはとても驚いた顔をしてたけど、表情に笑みを作って聞き返してくれた。
「え、えっと……!」
私自身、特にトレーナーさんと会話する内容は無かった。どうにかして世間話からでもと思った時。
――グオウウウウウウウ!!!
私のお腹の虫が思いっきり鳴った。私のお腹のアラームを間近で聞いたトレーナーさんはというと……!
「……クク! フハハッ! フハハハッ! ほんと、コイツは……! 豪快すぎんだろッ! クハハッ!」
悪役が挙げそうな三段笑いで楽しそうに笑い出す。
「う、ううっ……! あんまり笑わないでくださいよお~……」
こんな時に鳴らなくてもいいのに!
私は恥ずかしさのあまり、顔がとっても熱くなってしまった。
「クク……悪い悪い。お詫びといっちゃなんだが、うまい焼肉屋を知っててな。今から一緒に行かないか? オレが奢るからさ」
「え! 焼肉!? ほ、本当ですか!? あ、でも……さすがに申し訳ないと言うか」
ひとしきり笑い終えた後、笑い過ぎて滲んだ涙を拭ったトレーナーさんは私にそのように提案してくれた。だけど、そこまで良くしてもらうわけにはと一度は遠慮した。
でもトレーナーさんは、ニヤリと口元を歪めると言葉で私を誘惑してきた。
「気にするな。それにな、その店はなんとウマ娘でも食べ放題だ。もちろん、味も保証する。切り落としカルビ、上ロース、ホルモン……どれも絶品なんだ」
「カルビ、ロース、ホルモン……!? た、食べ放題! じゅ、じゅるり……」
恥ずかしいだけで怒っていた訳でもないから、奢ってもらうのは気が引けたけど……トレーナさんの誘い文句だけで涎と共に申し訳ない気持ちがどこかに無くなってしまった。
「な、なら……遠慮はしません! どうか連れてってください!」
「いいだろう」
そうして連れて行ってもらった店は繁華街からちょっと外れた場所にあった。トレーナーさんに説明された通り、本当に味は絶品だった。
お肉はもう口に入れただけで脂がジュワジュワと溶け出す。そして、お肉を噛むと閉じ込められていた肉汁が飛び出し、旨味が口の中だけじゃなくて頭の中から全身に広がっていくみたいで……なまら旨かった!
何回お肉もご飯もおかわりしたか、もう覚えていないけど……おいしすぎてお腹がはちきれそうになるまで食べたのは覚えている。
――それとトレーナーさんと一緒にいる時間はどこか懐かしくて、安心して、とても楽しかったことも。
● ● ● ● ●
夕食を食べ終えた私は寮の自室にいる。お風呂も入ったし、授業の課題も同室の先輩に教えてもらいながらなんとか終わったし……後は明日に備えて寝るだけ。
だけど、眠気はやってこない。襲い来る空腹感とバッグにしまってあるとあるモノが原因だろう。
――グルルルウ……!
「ふふ、もうお腹空いちゃったの? スペちゃん」
「えへへ……ちょっとだけ」
憧れの先輩に暖かく微笑みかけられ、恥ずかしさから私は頬をかく。このままじゃ体が持たないと思った私はバッグに仕舞ってあった包みを取り出す。
お昼休みにライスさんのトレーナーさんから貰った緑色のクッキーだ。迫りくる怒涛の空腹相手に背に腹は変えられない。
早速、袋を開けてみるとお茶葉のいい香りが漂ってきた。
すると、同室の先輩――サイレンススズカさんが私が取り出したクッキーをまじまじと見つめて、蹄鉄を打つ手を止めて近づいてきた。
「そのクッキー、とてもおいしそうね」
「はい! ライスさんのトレーナーさんから貰ったんです!」
「そう……」
スズカさんはようやくクッキーを視線を離す。そうして、普段のスズカさんとはどこか違う雰囲気でおねだりしてきた。
「よかったら、私にも分けてくれない?」
「はい、もちろん! あ、そういえば……スズカさんが夜におやつを食べるのは珍しいですね」
「スペちゃんが悪いのよ。私だって、スペちゃんが一人でおいしそうなものを食べようとしていたら羨ましくてついつい欲しくなっちゃう」
と、珍しくイジワルそうな笑みを作って、スズカさんは答えた。
けど、今まで私が間食していた時は一度も自分から分けて欲しいなんて言われたこと無かったのに……本当に珍しい。
私はお茶を二人分用意して、小型の丸テーブルの上に置いた。そして、皿を取り出してたっぷりと詰め込まれていたクッキーの中身を開ける。
「おいしそうですね……! では、早速ですがいただきます!」
両手を合わせ、お辞儀をした私はクッキーをつまんでひと齧りする。こ、これは――!?
「……うぐっ!? に、にがあッ!?」
こ、このクッキー……すごく苦い!?
「あ、でも……甘い? 苦甘くておいしい?」
でも、あれ? 最初にガツンと強い苦味が襲い掛かってくるけど、なんだろう……!? 嚙む度に苦味が和らいで、じんわりと優しい甘さが広がる不思議な感じ。トレーナーさんの手作りクッキーは味わえば味わうほどおいしくなる、まさに魔法のクッキーだった。
「……ん~! なんか癖になるおいしさです! さすがだな~!」
食べ進めていくうちに笑みが零れてしまう。やっぱりトレーナーさんは料理が上手だなあ……あれ?
――どうして私はこのクッキーが手作りで、トレーナーさんが料理上手だってわかったんだろう?
「……うん、とってもおいしい。おいしいわ」
だけど、そんな微かな疑問はスズカさんの顔を見たせいで消し飛んでしまった。
「ど、どうしたんですか……? 大丈夫ですか?」
「……あ」
スズカさんの顔には嬉しさと悲しさが混じったような笑みと共に、一筋の零が流れていた。スズカさん本人も自分が涙を流していることに気づいていないようだった。慌てた様子でスズカさんは涙を拭う。
「大丈夫よ、気にしないで。このクッキーがとてもおいしくて、感動しちゃったの」
「よ、良かったあ~。スズカさんに何かあったら私……」
「ふふ、ありがとう。でも本当に何でもないから安心して」
「はい、わかりました! でもトレーナーさんのクッキー、確かにおいしいですよね!」
「ええ、絶品ね」
お茶を淹れ直した私たちは談笑しながら、お皿に開けたクッキーを食べ進めた。たくさん袋に入っていたクッキーは見る見るうちに姿を消していく。えっと、その……主に私の胃袋へと。
「……あ」
「……あら」
そうして、最後の一個になったとき……私とスズカさんの手がクッキー上で重なった。しかし、一度止まったスズカさんの手は固まった私の手をくぐり抜ける。
伸ばした手は確かにクッキーをつまみ、小さく開けた口に運ぶ。
「ごめんなさい。最後の一個、貰っちゃった」
「いえいえ、そんな! 私の方がたくさん食べちゃってたので!」
「ふふ、スペちゃんは優しいわね」
「えへへ……」
スズカさんの落ち着いた綺麗な声に私ははにかむ。
「ねえ、スペちゃん……一つだけお願いがあるの」
「あ、はい! どんと来てください!」
スズカさんはクッキーを食べ終わった後、満足感と幸福感で包まれていた私に何気なく、だけど少しだけ重い雰囲気でそう切り出してた。
「スペちゃんはずっと、今のスペちゃんのままでいてね?」
「今の私、ですか?」
「ええ」
そう言い、スズカさんは儚げに微笑む。スズカさんはたまに言葉足らずなところがあるけど、今回の言葉はとても曖昧で捉えづらかった。
(うーん……やっぱりよくわかんないなあ)
だけど、スズカさんの言葉に込められた想いは言い表せられない重みがあって。どうして私が重みを悟れたのかはわからないけど……。
「わかりました! スズカさんのお願いだったら、何だって叶えて見せます!」
「……ありがとう、スペちゃん」
心の底から尊敬していて、大好きなスズカさんのお願いを断れるはずがない。私はスズカさんのひんやりとした左手を両手で包んで、曖昧で抽象的で重い願いを叶えることを誓ってみせた。
スズカさんは今のスペちゃんが可愛くて仕方ありません。
今のスペちゃんは、ね。