ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
さて、今日は水曜日。水曜日ってことは……グラウンドにヤツがいる確率は100%だろう。
ほら、やはりいやがった。年明け後も変わらずに嬉しそうに自らの体を痛めつけてやがるな。
オレはターフの外からドMサイボーグウマ娘を呆れつつも眺めていた。すると、見られることにも興奮を覚えているせいか一瞬でオレの方へ視線を向けてきた。毎度思うが、コイツの気配察知能力半端ねえな。
ミホノブルボンはターフへ近づくオレに先んじて薄っすらと微笑みを浮かべつつ、近づいてくる。しかし、その笑みにはどこか影があるように感じた。
「こんばんは、あなた。あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
「新年のご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「気にする必要なんかないよ」
てか、コイツからも新年の挨拶は既に電話越しで貰っているんだがな。しかも、日を跨いだ直後にだ。親御さんも深夜に人ん家に電話かけるのはマナー違反だって娘に諭してやれよ! ライスシャワーはその辺りしっかりしていたぞ、コラァ!
しかも物事を簡潔に伝え、言葉数の少ないミホノブルボンとは思えないほどオレに対してたわいのない話を振り続けられ、気が付いたら初日の出を拝む時間になっていた。
コイツはやはり天敵だ。虐待を快楽として受け止め、オレの精神をありとあらゆる方法で削ってきやがる。
「どうやら休暇中も相当鍛えていたようだな」
「はい。あなたから与えられていたミッションもすべてコンプリート済みです」
「……オレが君に与えた指示は休暇をしっかり取れ、だったはずだよな?」
「はい。実家に帰り、束の間の休暇を取らせていただきました」
「ったく。まあ、確かに無茶なトレーニングはしてないようだな」
――ミホノブルボン、体重微増。ライスシャワーとは違い、コイツの場合は筋肉だけではなく胸の周りの脂肪が増えている。ウマ娘としてだけではなく、女性としての成長期も迎えているのだろう。
ますます、コイツの際どいデザインの勝負服姿をいかがわしく見る輩が増えそうだな……んん? 勝負服、だと?
そういえば、勝負服はウマ娘自身がコスチュームデザインを注文する場合が多い。ライスシャワーのはオレがデザインしたヤツなんだけどな。
……ん? もし、自分で注文したパターンだとしたらミホノブルボンって――露出狂の側面まで持っていやがるのか!? いやほんとマジで、虐待うんぬんを別にしてコイツの将来が心配になってきたわ……。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「はい、あなた」
一旦考えるのを放棄して、ミホノブルボンを連れて自宅へと向かうことにした。これ以上、変態の感性に染められる訳にはいかねえ。
とまあ、ミホノブルボンを車に乗せた訳なんだが……助手席に座るミホノブルボンは終始無言だった。
元々口数が少ないヤツだから不思議ではないんだが、だがいつもの無表情姿とはどこか雰囲気が異なり、両耳はピンと張りつめて落ち着かない様子だった。
もしかして、トイレを我慢しているのかと思案したが……ライスシャワーならまだしてもミホノブルボンに伝えても、却って羞恥が快楽に返還される恐れがあるので言葉を出さずにおいておいた。
――この後、ミホノブルボンが想定外の行動を取るとも知らずに呑気なことを考えていたものだ。
「さあ、入っていいぞ」
「お邪魔します」
そう。事件が起こったのは……オレが家に入った直後だった。
ミホノブルボンを家に招き入れ、家の鍵を閉めたその時――オレの正面へと体を向けてきたミホノブルボンに背中に腕を回され、体を押し付けられた。汗とシャンプーとリンスの香りにミホノブルボンの匂い。そして、むにゅりと柔らかい脂肪の塊がオレの胸板に押し付けられる。
「どうしたんだ、ミホノブルボン?」
って、ちょいちょいちょいちょい! テメエ! 何しやがる! なまじ体が成熟していやがるから質が悪い!
「……現在、エネルギー充電中。充電完了まで今しばらくお待ちください」
「……おいおい」
てか、コイツのバカ力で抱きしめられてるから痛いわ! 前にもあった気がするな、こんなの! オレの体が限界を向かえる前に早く手を……! って、コイツ……。
「……あなた」
――ミホノブルボンは顔をオレのYシャツに埋めて震えていた。暖かな水滴がYシャツの繊維に吸収されシミとなっていく。やはりコイツ、スズカに何かを吹き込まれたのか。
オレは静かにミホノブルボンの頭を撫でてやる。
仕方ねえ。虐待していいのは、虐待をされる覚悟のあるヤツだけだ。骨が軋み、体ごとへし折れそうな肉体の苦痛程度、耐え切ってやる。
「……申し訳ございません」
「構わない。トレーナーはウマ娘の為にいる存在だ。オレは君の担当トレーナーじゃないが、トレセン学園の一トレーナーとして君の力になるよ」
「……サイレンススズカさんに、会いました」
「……そうみたいだな。アイツから直接聞いたよ」
「あの人は、私に言いました。今の私ではライスシャワーには勝てないと。そして、あの人の力を借りればライスシャワーに勝てるようになると」
アイツ、そんな誘惑をしてやがったのか……。
「だが、君は断ったんだろ?」
「はい。私は自身の努力の結果でライスシャワーを打ち破りたいと願っていました。努力は裏切らない。努力は肉体を超越する。断じて、邪道な抜け道を探して勝ちたい訳ではありません。何よりあの場であの人の手を取ってしまったら、取り返しのつかない事になる予感がしました。ですが……」
「なぜ、あの時――あの人の手を取らなかったのかと強く後悔する自分がいるのです。あそこであの人の手を取っていれば、順当に勝ち続け三冠ウマ娘になれて……ゆくゆくは、と」
オレはミホノブルボンの懺悔のような言葉を黙って聞く。人もウマ娘も弱い生き物だ。目の前に禁断の果実があれば、誰だって手に取りたくはなる。
「原因は解析済みです。私がライスシャワーよりも努力を重ね続けたとしても、あなたと共にいるライスシャワーには勝てないと結論づけている為です。ですから、時間をおいてもバッドステータス『弱気』が解除されない。ライスシャワーと相対する前から敗北を飲み込んでしまっている弱い私自身が、心の底から嫌いです」
「……そうか」
「私の未熟な精神があなたに見透かされるのが嫌でした。あなたに、あなたに私の存在価値を証明できなくなるのが、恐ろしかった! あなたに会うのが、とても怖かったのです……!」
「そうか。そうだったか……」
俯いた顔を決してオレに見せないまま、ミホノブルボンは叫んだ。コイツのデカい声を初めて聞いたな。
サイボーグなんかじゃねえ。年相応のか弱く未熟なウマ娘がオレの目の前にいた。
……ったく。こうやって無防備に心をさらけ出されると虐待出来ねえじゃねえか。面倒だが、真剣な相手には真剣に答えてやらなければならないな。
「オレはライスシャワーのトレーナーだ。ライスシャワーの実力はオレが一番よくわかっている。加えてオレは中途半端に相手を気遣うことや、くだらない嘘は大嫌いだ。その上で……おまえに事実を伝える」
オレが“おまえ”と使う相手は担当ウマ娘か一目置いた相手しかいない。取るに足らない相手に時間を割くほど、オレはお人好しなんかじゃないんだよ。
「今のライスシャワーに勝てる可能性があるのは――誰よりも愚直に貪欲にひたすらに努力を積み重ね続けられるウマ娘だけだ」
ここでオレは力が抜けているミホノブルボンの肩に手を置き、ゆっくりと力を込めて体から離した上で涙で潤んだ空色の瞳を真正面から見つめる。
「つまり――ブルボン、おまえだけなんだよ」
「……ッ! それは真実、なのでしょうか?」
「そうだ。オレのことがそんなに信用ならないか?」
「……そんなことはっ!」
「そんで、どうしてオレが担当ウマ娘じゃないおまえを気にかけていたかわかるか?」
「……わかり、ません」
「――おまえの真っ直ぐで不器用な走り方が好きだから。夢を追う姿が好きだから。そして、努力は裏切らないと信じているおまえが好きだから」
「………っ」
「だが、いつもいつも人の言うことをこれっぽっちも聞かずにオーバートレーニングするのは非常に腹が立つけどな」
ここまで言い、オレはミホノブルボンに笑いかける。続けて指の腹で涙を拭ってやりつつ、なるべく安心させるように穏やかに、優しく言ってやる。
「ブルボン。おまえはもっと自信を、プライドを持て。おまえはオレが見込んだウマ娘なんだから」
「……はい」
「あ、言っておくがな……勝ちを譲るつもりは毛頭ないぞ。勝って三冠ウマ娘になるのはライスだ」
「いえ……勝って三冠ウマ娘になるのは私です」
挑発に挑発で返せるぐらい元気になったミホノブルボン。これなら大丈夫そうだな。ここで崩れてしまったら、ライスシャワーがミホノブルボンを全力で叩き潰す快感が味わえないところだった。
「んじゃ、さっさと風呂入ってこい。その間に飯作っておくから」
「……ありがとうございます。お借りします」
ミホノブルボンが浴室へと向かっていくことを確認して、オレは大きく息を吐いた。
――ああ、よかった。
じゃねえわ! またオレの悪い癖が出ちまった。こんなことを繰り返しているから……。
っと、いけねえ。ネガティブ思考に囚われるのだけはダメだ。頭の回転が鈍くなり、判断能力が低下する。
さてさて、気を取り直して虐待を再開するか! ククク! 今日のメニューはもう決めてある! 超激辛広東風薬膳麻婆豆腐! 辛みは抜群にあるが、いくら食っても胃には優しい薬膳特別設計だ! 腹痛で途中でリタイアなんてさせねえ。今日こそ、今日こそはお世辞にもうまいなんて言わせねえからな! 覚悟しておけよ、クハハハッ!
と、その前に涙と鼻水で濡れたこのスーツに応急処置を施さねえとな……。
● ● ● ● ●
私は今、自身が思慕する男性の家の浴場で髪を洗い流し、一日のトレーニングで汚れた全身を手洗いで綺麗に洗浄しています。
ボディーソープは彼が愛用しているものを使用。彼と同じ匂いを纏わせることが出来ることに気分が高揚します。
「あなた……」
小さく呟いたはずの私の声は風呂場の壁に反響して、籠りつつも響く。また繰り返し、彼のことを呼ぶ。私の声が籠っているのは、風呂場にいるせいなのでしょうか。
――恐らく、それだけではありません。私が彼を慕う想いが声に載ってしまっているから。
非科学的な思考。根拠のない断定。以前の私では考えられないエラーが発生中。
ですが膨大なエラーに侵されているこの瞬間が、非常に心地よい。
「あなた……」
何もかもが怖かった。サイレンススズカさんに会う前から。会ってからも、実家に帰ってからもずっと。
ですが彼の心の中に私の存在が確かに根付いていたことを言葉で、態度で示してくれました。私だけが、あのライスシャワーに勝てるとまで仰ってくれました。
いつもあなたは、私を見守ってくれている。私を愛してくれる。
「あなた……」
――好きです。大好きです、あなた。
「あっ……んっ……」
――三冠ウマ娘になること。これは幼少期からの私の夢であり、目標です。しかし、今の私が一番欲しいものは――あなただけ。
あなたは私の夢を肯定してくれた。私のマスターではないのに、私を応援してくれた。愚かな私を切に叱ってくれた。そして今も、私のことを救ってくれた。
あなたのことが大好きです。あなたさえいれば、それでいい。あなたがいなくなる日々には、もう耐えられない。
「んんっ……はあぁっ」
彼に“好き”と言ってもらえた。彼のその時の声を想起する度に、脳内が幸福と快楽と悦楽で支配されてしまいます。
「あなた……っ!」
もう――止まらない。愛が、欲望が、渇望が止まらない。快楽の高まりが極限まで達し、浴室の床にへたり込む。しばらくの間、心地よい余韻に浸った後、私は立ち上がって湯気で曇った鏡を愛欲に塗れて濡れた手でふき取る。
そこに映し出された私の表情は案の定、とあるウマ娘の表情に類似していた。
「……私は」
もう恐怖はない。これからはただ、前に進むだけ。
「私は、ライスシャワーに勝利します」
『――おまえの真っ直ぐで不器用な走り方が好きだから。夢を追う姿が好きだから。そして、努力は裏切らないと信じているおまえが好きだから』
かしこまりました。あなたが好きな私を、私は実現します。
私は夢を必ず叶える。ならば、夢を掴み取るためなら何でもしましょう。
私は努力は決して裏切らないと信じている。だから、勝つための努力は何だってしましょう。
真っ直ぐに不器用にひたすら走り続け……あなたが一番大切に、大事にしている存在を完膚なきまでに叩き潰す。
例え、悪魔に利用されたとしても。例え、何を犠牲にしたとしても。
――あなただけの“絶対”に私はなります。
「何かを変えることのできる人間は何かを捨てることができる人」
クズトレーナーの徳の高い助言のおかげで、ようやくミホノブルボンは覚悟を決めました。